「河馬」と「馬」…名は似ていても実体は違う
みなさんもご存知のとおり、「カバ」は「河馬」と書き、この名称はいかにもカバが「馬」の仲間であるかのような誤解を与えている。さらに言うと、英語ではカバを「hippopotamus」あるいは「river horse」と呼び、これらの語の原義はいずれも「川の馬」なる意味である。しかし、実際にはカバは馬よりも牛、鹿や猪にはるかに近縁な動物である。なぜなら、カバは牛や鹿などと同じく偶蹄目に属し、一方馬はサイなどと同じく奇蹄目に属しているからである。
それにもかかわらず、大昔から東洋でも西洋でもカバは「川に住む馬」であると誤って考えられてきた。先述のとおり日本語でも中国語でも英語でも誤ってカバが「川の馬」と呼ばれているのもこのことが原因である。
この理由は、言うまでもなく昔の人々には大きな動物を馬の仲間であると考える癖があったためである。さらにこのこの理由は当時の人々は大きな動物と言えばこの馬ぐらいしか知らなかったためであり、言いかえると当時はこれほど馬が有名だったということである。実際、陸生哺乳類中カバは象に次いで大きく、したがって「カバ」なる名前のルーツとなった馬よりもはるかに大きいのである。
しかし、実はカバは馬とは違ってきわめてずんぐりとした体型をしており、したがって実を言うとカバは馬とは似ても似つかぬ動物である。しかも、猪(豚もこの猪の一種である)もカバと同じくずんぐりとした体型をしており、したがってカバは馬よりもはるかに猪に似ていることがわかる。そのうえ猪はカバと同じく偶蹄目に属しており、したがって、体型、類縁関係の両面から考えてこの動物を「河馬」と呼ぶくらいなら「河猪」(英語ではもちろん「river boar」)と呼んだほうがはるかに適切なのは火を見るよりも明らかであろう。実際、このカバを「river pig」(もちろん日本語では「河豚」となる。ただし、このすでに「河豚」は「フグ」なる生物の名称に用いられており、したがって現実問題として「カバ(河馬)」から「河豚」への改称はきわめて困難である。)と呼ぶべきであるという意見もあるぐらいである。
決して「科学的」とはいえない科学用語
以上のように、「河馬」に限らず新しく発見されたものの名称はそれに似ている(「河馬」のように実際には似ていないこともある)と考えられている既知のものの名称をもとにつけられることがほとんどなのである。そして、このような命名のしかたが「河馬」、「酸素」や「インディアン」などのように名称がその実体を表していない科学用語を生み出す最大の元凶となっているのである。
このように、言葉は必ずしも「合理的」につくられているとはいえないのである。そして、この言葉の「合理性」とは言うまでもなく「『名』が『体』を表していること」である。さらに言うと、このように「名」が「体」を表しているということはすなわち名が似ているものは実体も似ているということである。
そして、言うまでもなく生物の場合実体が「似ている」ということは「近縁である」ということを意味するのである。また、各生物が(ある分類に基づいて)同じ仲間に属している場合にはこのことを「同族である」と表現し、ほとんどの場合この「近縁」と「同族」はほぼ同じ意味で用いられている。
ところで、ご存知のとおりこのように元来生物科学の用語である「同族」なる語がその意味を拡げて化学用語にも転用されている。つまり、化学ではこの「同族」なる語は
@ 同族元素…最外殻電子の数が等しい元素(例 リチウム、ソディウム、ポタシウム、ルビジウム、セシウム(これらを総称して「アルカリ金属」と呼ばれている))
A 同族体…同じ官能基(例 カルボキシル基、アミノ基)を持っている化合物(それぞれ「カルボン酸」、「アミン」(両方揃うと「アミノ酸」)と呼ばれている)
これらの2通りの意味に用いられている。この中で@は元素、Aは化合物(その中でも特に有機化合物)に対する用語であるが、これらにはいずれも「密度、融点、沸点などの物理的性質は異なるが、他の元素、化合物との反応性などの化学的性質がきわめてよく似ている」という大きな共通点が存在している。そして、@、Aいずれのケースにおいてもその化学的性質が似ている理由は@では原子、Aでは分子の構造が似ているためである。
しかし、すぐ後で述べるとおり同族元素だからと言ってその名称が似ている(ここでは「似ている」とは共通している部分があることを指す)とは限らないし、逆に元素名が似ているからと言ってそれらの元素が同族元素であるとは限らないのである。そして、やはりこの元凶も「河馬」のケースと同じ昔の人々が実際には似てもいないのに勝手にそれを「似ている」と思いこんだためである。