水銀・・・「液体の銀」であると勘違いされた元素

 みなさんもご存知のとおり、「水銀」なる元素名の原義は「水のような銀」、すなわち「液体の銀」である。また、この水銀をラテン語では「hydrargyrum」と呼び、これを直訳するとやはり「水銀」となる。さらに、英語ではこの水銀は「quicksilver」と呼ばれており、この原義は「動きやすい銀」であり、これは「液体の銀」なる意味に解釈することができる。

 しかし、このことは化学を勉強すればすぐにわかることであるが、「銀」は「金」や「銅」と同族元素であり、一方先述のとおり水銀は亜鉛と同族元素である。したがって決して水銀と銀は同族元素ではないのである。しかも、周期表において水銀の左に並んでいる元素は金であり、したがって周期表で水銀は銀の斜下に並んでいるのである。

 以上のことから、周期表において水銀は銀とは上下のつながりも左右のつながりもないことがわかる。それにもかかわらず、大昔から東洋でも西洋でも誤って水銀は銀の仲間であると考えられてきた理由は、言うまでもなく銀と水銀はその色、密度(銀の密度は10.50g/cm^3、水銀の密度は13.59g/cm^3)、イオン化傾向(水銀は銀よりもイオン化傾向がわずかに大きいだけである)などが互いによく似ているためである。

 これよりもっと大きい理由は、言うまでもなく銀は金、鉛や錫と並んで古くから知られていたためである。したがって、それよりも新しく発見された水銀や亜鉛などの金属はその特徴をもとに命名するしか方法がないのである。このときそれに似ていると考えられていた既知の金属の名称もとに命名するのが最も手っとりばやい方法である。もちろんこのとき当時の人々には新しく発見された金属に似ていると考えられていた既知の金属が互いにそれらの同族元素であるかどうかは知る由がなかったのである。つまり、知られている元素が互いに同族元素であるかどうかは化学が進歩してはじめて明らかになることである。

 このように、既存の名称をもとに命名するやり方こそが河馬、水銀や後で述べる亜鉛のようにその語源となったものに名称は似ているが実体は全然似ていない用語を生みだす最大の元凶となっているのである。

 なお、もちろん「水銀」なる金属が発見されたときにはすでに銀を火であぶると液体になることは知られていた。したがって、水銀はそれが発見されたときから銀とは別の物質であることがわかっていたのである。それにもかかわらずこの新物質を「水銀(hydrargyrum、quicksilver)」と命名したことには唖然とさせられる。この原因は、言うまでもなくわれわれ人類のものの考え方が必ずしも合理的ではないためである。

白金(platinum)・・・やはり銀と勘違いされた元素

 ご存知のとおり、白金を英語で言うと「platinum」となるが、この「platinum」の語源は何と「銀」である。つまり、「platinum」なる元素名はそれをふくむ鉱石の名称である「platina」に由来するが、この「platina」の原義は「小さな銀」であることが知られている。

 この理由は、水銀の場合と同様に白金はその色やイオン化傾向(白金は銀よりもイオン化傾向がわずかに小さいだけである)などが互いによく似ているためである。つまり、白金は銀と同じくそのイオン化傾向が小さく、したがって自然界でも単体として存在できるために昔からその単体が知られていたのである。しかも、白金はその色が銀にきわめてよく似ているためにしばしば銀と勘違いされ、それがゆえに誤ってそれをふくむ鉱石が「platina(小さな銀)」と呼ばれたのであった。

 しかし、この白金はニッケルと同族元素であり、したがってやはり白金と銀は同族元素ではないのである。しかも、周期表において白金の横に並んでいる元素は金であり、したがって水銀の場合と同じく周期表で白金は銀の斜下に並んでいるのである。

 さらに言うと、このように銀と勘違いされた金属は白金や水銀だけではないのである。たとえば、銅とニッケルの合金は「白銅」あるいは「洋銀」と呼ばれているが、この理由は言うまでもなくこの合金が銀に似た色をしているからである。

亜鉛(zinc)・・・鉛とも錫とも勘違いされた元素

 ところで、「亜鉛」なる元素もやはりその名前とは裏腹に「鉛」とは何の関係もない元素である。つまり、周期表を見ればすぐにわかるとおり、「亜鉛」は「水銀」や「カドミウム」と同族元素であり、一方「鉛」は「炭素」、「珪素」や「錫」と同族元素である。

 また、この亜鉛は英語では「zinc」と呼ばれているが、この「zinc」と「錫」(英語では「tin」となる)の語源が同じであることが確認されている。つまり、「錫」を英語で言うと「tin」となるが、この「亜鉛(zinc)」の語源は何と「錫(tin)」なのである。

 このように、「亜鉛」なる元素の名称が「鉛」や「錫」の名称に似ている理由は、言うまでもなくこれが中国や日本では「鉛」の仲間であると勘違いされ、一方ヨーロッパでは「錫」の仲間であると勘違いされたためである。つまり、この事実は民族によって元素に対する感じ方、考え方が(その真偽にかかわらず)異なっていることを物語っているのである。なお、当時は錫、鉛、亜鉛(すぐ後で述べる金、銀、水銀、白金、銅、鉄も同じ)などの金属はそれ自体が「元素」であることが知られておらず(というよりも「原子」の存在自体が知られていなかった)、金属は石、水、油などと同類の化学物質であると考えられていた。

 ところで、実は先述のとおり亜鉛と勘違いされていた「鉛」や「錫」は互いに同族元素である(したがって、「錫」を「亜鉛」と呼んだほうがはるかに適切である)。それにもかかわらず東洋でも西洋でも錫と鉛を混同することなく区別できた理由は、言うまでもなく錫も鉛も大昔からその精練技術が確立し、その存在が知られていたためである。

 事実、錫(すず)と鉛(なまり)はそれに固有の和語を持つ数少ない金属元素の一つである(なお、金は「こがね」、銀は「しろがね」、銅は「あかがね」、鉄は「くろがね」と呼ぶがこれらはいずれも「すず」や「なまり」よりもずっと後になって生じた呼称である。)。つまり、この事実は日本では錫や鉛は金や銀よりもはるかに以前から知られていたことを物語っているのである。

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