酸素の性質は「窒素」と「弗素」の中間

 ところで、実は「窒素」を「酸素」と対称的な元素と見なす考え方は間違いなのである。なぜなら、窒素は酸素ほどではないがそれでもかなり著しい陰性元素だからである。したがって、窒素はごく弱いけれども酸素と同様にものを燃やす働きがあるのである。たとえば、窒素ガス中にマグネシウムやカルシウムを入れて加熱するとそのマグネシウムやカルシウムは炎を上げて燃え、後に窒化マグネシウムや窒化カルシウムができる。

 と言っても、このように窒素ガス中で炎を上げて燃焼する物質はマグネシウムやカルシウムなど一部のきわめて反応しやすい金属に限られている。したがって、やはり窒素は酸素と比べてきわめて反応しにくい元素であることには何ら疑う余地がないのである。このことが単体の窒素が大気中に大量に存在している理由である(地球大気の成分の78%(体積べース)は窒素)。

 このように窒素がきわめて化学反応しにくい理由は、単体の窒素分子は2つの窒素原子からできているが、これら2つの窒素原子間の結合が三重結合であるがゆえにその結合がきわめて強く、したがって窒素分子中の窒素原子間の結合を切るのがきわめて困難だからである。

 また、先述のとおり酸素は反応しやすい元素であるが実はこれよりもはるかに反応しやすい元素が存在するのである。この元素とは、言うまでもなく周期表で酸素の次に位置する元素、すなわち弗素である。この「弗素」なる元素の単体は非常に反応しやすく、たとえば化学的にきわめて安定な物質である水でもそれを弗素ガス中に入れれば爆発的に燃えてしまうのである(したがって、単体の弗素の保管はきわめて困難である。)。

 この理由は、先述のとおり弗素が全元素中で最も電気陰性度が大きいことい以外にもう一つ存在するのである。このもう一つの理由とは、弗素分子中の原子間の結合が単結合(1つの電子対による共有結合。多重結合(二重結合、三重結合などの総称)の対義語)であるためにその結合がきわめて切れやすいことである。

 以上のことから、酸素の性質(元素としても単体としても)は窒素と弗素の性質のちょうど中間にあることが直ちにわかる。つまり、御存知のとおり酸素は最も反応しやすい元素の一つではあるがそれでも弗素とは異なり常温では可燃物を酸素と接触させても爆発することがない。この理由は、言うまでもなく酸素分子中の原子間の結合が二重結合であるためにその結合が比較的切れにくいからである。

 このように、酸素原子間の結合が二重結合となる理由はもちろん酸素の原子価が2価だからである。この理由は、酸素が希ガス(この場合はネオンを指す)よりも原子番号が2つ小さいためである。いいかえると、酸素が窒素と弗素のちょうど中間の性質をもっている理由はやはり周期表において酸素が窒素と弗素の間にあるためである。

生物がエネルギー源として「酸素」を選んだ理由

 ところで、先述のとおり弗素は酸素よりもはるかに反応しやすい元素であり、したがって炭や油を弗素中で燃やすと酸素中で燃やしたときよりもはるかに高い温度で燃えるのである。したがって、一見すると生物は酸素の代わりに弗素をそのエネルギー源として利用したほうがはるかに効率がよいと考えれるのである。

 しかし、先述のとおり弗素は非常に反応しやすいために生体をつくっている物質は弗素と接触すると直ちに燃焼し(このとき非常に高温となる)、ゆえに弗素は生物のエネルギー源として利用できるどころか逆に生命を脅かす敵となるのである。さらに言うと、酸素も比較的反応しやすい元素であるためにやはり生体物質と反応し、その生体物質を変質させてしまう性質をもっているのである。

 このように、生体物質を変質させるはたらきをもった物質が他ならぬ「活性酸素」である。しかし、幸いなことに酸素は弗素と比べるとはるかに反応しにくいためにこの「活性酸素」から身をまもることは生物にとって比較的容易であり、したがって以上のことから酸素は生物のエネルギー源としてきわめて利用しやすいことがわかる。

 これ以前の問題として、宇宙には弗素がきわめてわずかしか存在していないことがあげられる。つまり、この宇宙で最も多く存在する水素原子の存在量(原子数べース)を10^6とすると酸素原子は6.73*10^2、弗素原子は7.70*10^-2となることがわかっている。したがって、弗素原子は酸素原子の約1/11440倍しか存在していないのである(さらに言うと、弗素の原子価は1価なので同じ種類、量の物質と結合するのに弗素原子は酸素分子の2倍必要なことを忘れてはならない。)。

 一方、酸素は水素、ヘリウムに次いでこの宇宙に3番目に多量に存在することがわかっている。したがって、酸素の化学的性質から考えても存在量から考えても酸素以外の元素をエネルギー源として利用する生物など到底進化しえないのである。

 ところで、先述のとおり窒素はその発見時には生命とまったく関係のない元素であると考えられていたが、その後この窒素はアミノ酸(蛋白質はこの「アミノ酸」から構成されている)や核酸などの構成元素の一つであることがわかり、したがって「窒素」なる元素は生命と関係ないどころか逆に密接な関係があることが明らかとなったのである。

 この理由は、窒素の原子価が3であるために同時に3つの原子と結合できるので窒素は複雑な体系をつくることが可能だからである。また、同じ理由から炭素が生体物質をつくる「鍵元素」となっていることが説明できる。つまり、炭素の原子価が4であるために炭素はきわめて複雑な体系をつくれるのである。したがって、御存知のとおり炭素をふくむ化合物(有機化合物)はその種類が炭素をふくまぬ化合物よりもはるかに多く、このことが炭素をふくむ化合物に「有機化合物」という特別な名称が与えられている理由である。

 しかし、だからといって炭素、水素と酸素のみではそれほど複雑な体系をつくれないのである。そこで生物は炭素についで原子価が大きく、したがって炭素ほどではないが複雑な体系がつくれる窒素に白羽の矢を立てたのであった。そして、先述のとおりこの窒素を使って生物はアミノ酸、蛋白質や核酸などを合成し、それを自らの材料として利用したのであった。特に、核酸は遺伝情報をつかさどる物質として生命の存在に必要不可欠なものとなっているのである。

 以上のように、生命の存在には「エネルギー」と「情報」およびそれらの媒体としての「物質」、この3つが必要不可欠であることがわかる。そして、元素の化学的性質および存在量から生物は「エネルギー」を担う元素として「酸素」を、「情報」を担う元素として「炭素」および「窒素」を選択し、それらを利用したのである。

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