| 1月13日(日) 晴れのち曇り 小雪の5回目の月命日。 | ||||
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| とうとう小雪が生きていた2001年が終わって2002年になってしまいました。 あの暑かった8月13日からもう5ヶ月も経つのです。季節も夏から冬へとすっかり様変わりしてしまいました。 思えば小雪の闘病が本格的に始ったのは去年の1月7日に初めて痙攣発作を起こした時からです。 その前の12月24日に腫瘍が見つかったもののお正月はまだまだ元気で実家の両親や弟の家族と一緒にお散歩も楽しんでいました。 それが去年の1月の痙攣発作から一気に弱ってしまい、ご飯も食べられなくなり頑固な下痢も始まるし、下痢どころか一時は血便まで出て熱も出るし体重はドンドン減りつづけるって言う最悪の事態が始まったのでした。 あの時は主治医も「春まで生きられない」って思われていたようです。正直、私も「もう駄目かも」って何度も思いました。しかし、小雪は奇跡のような回復を見せて、それからも頑張りつづけて春を越し梅雨の季節も凌いで夏まで頑張ってくれました。最後まで笑顔で!(家ではご飯を嫌々食べていた小雪ですがお散歩の時は写真のようにいつも笑顔でした。) そう。本当に最後まで笑顔しか見せてくれませんでした。笑顔の可愛い子でした。その笑顔のお陰で本当に私は救われていました。 きっとあの笑顔がなかったら、あんなに一緒に頑張れなかったかもしれないし今も風花を迎えて新しい生活を始められなかったかもしれません。 小雪と一緒に病気と闘った7ヶ月余りの月日は今でも私の中で輝きつづけています。 小雪のお陰で犬と一緒に暮らす事の幸せを知りました。そして1度その幸せを知ってしまうともう犬なしの生活なんて考えられなくなり風花を迎えました。 だから風花との今の生活があるのは小雪のお陰なのです。 小雪さん、本当にありがとうね!貴女のお陰で母さん達は今も幸せだよ。安心してね! 上手く言えませんが、小雪を愛する事は、そのまま風花を愛する事でもあるのです。小雪への思いが今は全て風花に注がれています。小雪にしてやれなかった事を風花にしてやる事で小雪への供養になるって思っています。そしてそれは同時に小雪を愛し続ける事だとも思っています。 今、愛犬を失って悲しみの中に居る方に伝えたい。今はまだ何も考えられないかもしれませんが、どうか犬と暮らす幸せを捨てないで下さい。貴方を待っている子はきっと何処かに居ます。その子とまた新しい幸せに向かって頑張って生きて欲しいのです。貴方の愛犬もきっとそれを望んでいるって思います。だから犬との暮らしを諦めないで! 小雪が『虹の橋』に旅立った時に本当はこのHPを閉じようかなって思いました。しかし色々考えて続ける事にしました。 理由は今、病気と闘っている子や老犬になり介護が必要になった子、そしてその飼い主さん達に小雪の日記が何かの役に立つかもしれないって思えたからです。そして小雪の生きた証がその方達への応援メッセージになればって思えたからです。 こう言う事を考えたのも小雪のHPを立ち上げる前、まだ小雪が元気だった頃にあるHPで高齢犬や痴呆犬の介護の記録を読んで、その事が小雪の介護をする上でとても参考になったからです。 何より私の気持ちの持ちようがきっとそのHPを読む前と後では全く違ったように思います。 その頃まだ元気だった小雪でしたが、老いは少しづつ少しづつ小雪に忍び寄り初めていました。その老いと向き合う時に勇君と愛ママさん(そのHPを書かれている方です。)の介護の記録は私に小雪の老いとキチンと向き合う勇気をくれました。 老犬のサイトって結構少ないです。介護の記録が残っている所となると尚更少ないです。これはその子が亡くなってしまうとHP事態が自然消滅してしまうからかもしれません。 でも、今、お家の中で大事にされてワクチン等も普及してワンコの命は昔に比べて格段に伸びています。それに伴って犬も人間と同じように成人病になり老犬になると介護が必要になってくる子も沢山います。 そう言うワンコや飼い主さん達が「老犬介護」に向き合う上で小雪の日記が少しでも参考になったり励みになれば嬉しいです。 最後になりましたが、私の老犬介護への気構えの参考になったHPをココで紹介させて頂きます。 愛ママさんのHPです。今、痴呆の子を抱えている方や老犬介護をしていく上でとても参考になるサイトです。 是非、訪れてみて下さい。(下をクリックして下さいね。) http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Gaien/1644/index.html そしてもう一つ、今実際に老犬介護をされていて、とても参考になるHPもココに紹介させて頂きますね。 レディママさんのHPです。(もしも小雪の介護をしている時にココのサイトに巡り合っていたら小雪の介護はもっともっと充実したものになったような気がします。とても参考になるので是非覗いてみて下さいね。そしてレディママさんとレディちゃんを応援してあげて下さいね。) http://www7.ocn.ne.jp/~lady/ |
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| 1月21日(月) 雨のち曇り 不思議な出来事。 | ||||
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| 今日の日記はちょっと気持ち悪かったり怖かったりするかもしれません。そう言うの嫌だって思う方は読まないで下さいね。m(_
_)m ペコッ! 突然ですが、私は昔からよく金縛りに遭います。と言っても小雪が居た頃はいつも私の枕元には小雪が居てくれたので金縛りにあってもそれ程怖くはありませんでした。 それに若い頃は結構怖かったりもしましたが最近では金縛り自体が頭は目覚めていても体がまだ目覚めていない状態なのだって判っているのでそれ程怖くはありません。 しかし今朝方、小雪が居なくなって初めて金縛りに遭いました。金縛り自体が久し振りだったし、それに良く覚えていないのですがとても怖い夢を見た後だっただけになんだかもの凄く怖くて金縛りに遭って動かない体を動かそうと必死にもがきました。しかし、もがけばもがくほど体は動きません。そして訳の判らない音まで聞えてきます。 私はもう怖くて怖くて汗びっしょりになりました。 その時です。枕元に白い犬が居るのが判ったのです。判ったって言うのはとても変な表現なのですが見た訳ではないけれど、確かに其処に白い犬が居るって判るのです。存在を感じるのです。 白い犬が居るって思った途端心の中で「あ〜、この子がいるからもう大丈夫!」って思いました。何故か判らないけれど「もう大丈夫!」って思えて心底安心しました。その時気付いたのです。白い犬は間違いなく小雪だって。 「もう大丈夫!」って思って安心した途端、私の体から力が抜けました。そして体が動くようになりました。(ちなみに金縛りに遭っている間も意識はハッキリとあります。ただ体が思うように動かないだけです。) 実際に小雪を見た訳ではないけれど、其処に居て私を守ってくれたのは間違いなく小雪だったと確信しています。 小雪は今も私の側に居てくれる。私に何かあった時は守ってくれる。今までもそう思っていましたが、でも確信はありませんでした。ただそう思った方が心が安らぐのでそう信じていただけのような気がします。 しかし今朝の出来事でハッキリと確信しました。小雪は今も私と共にあります。小雪の体はなくなってしまったかもしれないけれど魂は今も私と共にあります。 そう確信した時やっと本当の意味で立ち直れると思いました。小雪の居なくなった事を、もう2度と抱きしめられない事を本当の意味で受け入れられる気がしました。風花の事も心から愛しいって思えました。 小雪が居てくれたからこそ今、風花が私達と一緒に居るんだって思うと小雪に感謝の気持ちで一杯です。 未だに涙は出るけれど、やっと素直に小雪に「ありがとう〜!」って言える気がします。 小雪が『虹の橋』に旅立って5ヶ月、やっと小雪の死を受け入れられるように思います。 こんな事を書くと「何を今更!」って言われそうですが、今までHP上では強がりを言っていました。弱音を吐いてしまうと自分で自分を制御出来なりそうで怖かったから……。でも、やっとペットロスから抜け出す出口が見えました。これも小雪のお陰です。小雪さん、本当にありがとう〜! |
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| 1月23日(水) 晴れのち曇り カール君が『虹の橋』に旅立ちました。 16才と7ヶ月13日の生涯でした。(1985年6月10日〜2002年1月23日) |
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| 今朝11時、小雪の憧れのカール君が『虹の橋』に旅立ちました。(写真は去年の7月に撮ったものです。この時はまだ2人共元気でした。) 偶然にも私はカール君の最後の時に立ち合わせて頂きました。 朝、カール君のお母さんからお電話を頂き夕べからカール君の体調が悪い事をお聞きしました。(昨夜も病院で点滴をして貰ったそうです。)ちなみにカール君のお母さんは免許を持っていらっしゃいません。そして今日はお家に誰もいらっしゃらないって事でした。 なので以前から「カール君に何かあったら車を出すから遠慮なく電話してね。」って言っていた私にまず電話をして下さいました。で、勿論すぐに車を出しカール君を病院へ連れて行きました。 病院で点滴をして貰って少し楽になったかなって思った時、カール君に吐き気が襲い(吐きはしませんでしたが)呼吸が一時止りました。すぐに主治医の心臓マッサージで一旦息が戻ったのですが(この時、聴診器を当てていた主治医が「心臓の鼓動が徐々に弱くなっています。もう駄目でしょう」と言われました。)、結局そのままカール君は『虹の橋』に旅立ってしまいました。苦しむ事なくとても穏やかにまるでロウソクの炎が消えるように静かな最後でした。 その一瞬を立ち会った私は今更ながら命の儚さを思い知りました。ついさっきまで私達の世界にいたカール君はアッと言う間に私達の手の届かない世界へ逝ってしまったのです。 小雪の時も思いましたが、誰かが言っていた「……死は前よりしも来らず、かねて後に迫れり。人、皆、死する事を知りて、待つこと、しかも急ならざるに、覚えずして来る……。」と言う言葉を実感しました。 小雪の大好きだったカール君の最後に立ち会えた事にとても不思議なご縁を感じました。小雪の最後には立ち会えなかったけれど変わりにカール君が最後に立ち合わせてくれたように思えて……。(間に合わなかったご家族の皆様、ごめんなさい。でも、カール君の最後に立ち合わせて頂いた事にとても感謝しています。) お家に帰ってきたカール君は毛も艶やかだし体も全然痩せていないし、とても老犬には見えず本当にまるで眠っているようでした。それを見て今更ながらに長年のご家族の愛情の深さを知りました。 いつもお散歩で会うカール君は足取りもしっかりしていて、まだまだ頑張ってくれるって思っていたけれど、もう充分頑張っていたんだよね。今はもう年老いた体は脱ぎ捨てて自由に走り回っているよね。 『虹の橋』では小雪やまりちゃんや沢山の仲間が居るから寂しくないよ。小雪によると『虹の橋』はとっても良い所だそうだよ。『虹の橋』でも小雪と仲良くしてやってね。 カール君、長い間本当にありがとうね!あの暑かった夏の日に小雪にお別れの「チュッ」をしてくれた貴方の事は決して忘れないよ!貴方は小雪が夢中になるだけあってとても素敵な子だったよ。最後までクールでダンディだったよ! これからは『虹の橋』からママさんやパパさん、それにお姉ちゃんやお兄ちゃん達を見守ってあげてね。 そして小雪と一緒にいつでも帰って来てね。素敵な貴方の事は決して忘れないからね!だから「さよなら」は言わないよ。カール君、またね! 25日(金)の午前11時にカール君はお空に帰ります。カール君のご冥福を心からお祈りしたいと思います。 |
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| 2月28日(木) 雨 養女記念日。 | ||||
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| 今日は小雪が私達の娘になってくれた養女記念日です。 小雪と出会ったのは小雪がちらつく寒い寒い日でした。その小雪の中を私は新しく家族になる仔犬を迎えに期待に胸を膨らませて電車に乗って和歌山まで行きました。 初めて会う小雪は本当に真っ白で雪の子のように可愛い可愛いワンコでした。余りの可愛さに私はもう小雪に一目惚れ状態でした。初めて自分だけの犬を飼える事になった私はもう嬉しくて嬉しくて天にも昇る気分だったのです。 正直、犬を飼う事の責任なんて何も考えていなかったように思います。 ただただ新しく家族になってくれた仔犬を幸せにしてやりたい!って言う思いだけで小雪との生活はスタートしました。 ここから先は『小雪日記』に書いてある通りなので省きますが、あの寒い日から15年7ヶ月半もの長い間、小雪は常に私達の側に居て抱えきれない程の楽しい思い出と幸せを一杯残して『虹の橋』に旅立ってしまいました。 ↑は去年の8月1日の写真です。亡くなる12日前の写真です。真夏の暑い時期、お友達が夏ばてしている時にも小雪は車椅子に乗って絶好調でお散歩を楽しんでいました。それはそれは楽しそうでお散歩仲間のお母さん達からも「小雪ちゃん、暑いのに元気やねぇ〜!この分やと秋にあったら一人で歩けるようになるよ。」等と言われた程です。 実際ご飯は余り食べないもののお散歩に行っている時の小雪はいつもご機嫌で毎日本当に楽しそうでした。 こう言う状態が暫く続いていたので私自身「もしかしたらこのまま頑張ってくれてお誕生日を迎えられるかもしれない。」等と楽観的な事を考えたりしていました。しかし、この日から僅か一週間後の8月8日から小雪は体調を崩し熱が上がったり下がったりして結局8月13日に小雪は病院で一人ぼっちで『虹の橋』に旅立ってしまいました。 それから半年、「小雪にしてやれる事は全てやった!」って思いながらも心の奥底で「何か間違いを犯したのではないのか?」って言う自問自答が続いていました。って言うよりずっとずっと自分を責めつづけていました。後悔ばかりしていました。 しかし、最近あるHPで『(犬は)過ぎたことなんか考えない、今日を必死に生きるだけなんですね。』って言う言葉に出会いハッとしました。 そうです。本当にその通りなのです。実際小雪も過ぎた事等考えず今を一生懸命生きていました。 ↑の写真を見ても判るように、例え歩けなくなっても車椅子やラジオフライヤーに乗って毎日を一生懸命楽しんでいました。精一杯生きる事を楽しんでいました。 これがもし人間だったら他の子達が元気に歩いたり走り回って遊ぶ姿を見て歩けない自分自身を省みて悲観的になってしまうところだって思います。 段々弱っていく自分の体の変化に戸惑い回りに当たり散らしているかもしれません。または出来ない自分に腹を立て回りの優しさに甘えてしまうかもしれません。 しかし小雪は甘えるどころか自分で出来る事は時間がかかっても今まで通り自分でやろうと決めているように私に甘える事を拒否していた時もありました。(まだ庭に居た頃、お水を飲みたいけれど私に口まで水を持って来て貰うのは頑として拒否して不自由な後ろ足を引き摺りながらも何度も何度もトライして自分でお水を飲んでいました。) その潔い生き方を見て小雪の介護をしながらも私自身どれだけ励まされ勇気を貰っていたか判りません。 小雪の介護をしていた間はいつも小雪と一緒に前だけを見ていたのに、何時の間にか後ろばっかり振り返るようになっていました。これでは小雪に笑われてしまいますよね。 もう過去を振り返ってくよくよと考えるのは止めます!いくら後悔しても小雪は決して喜んではくれないし帰ってきてもくれないから……。 小雪の事を忘れる事は一生ないけれど、でも、今は風花との生活を大切にしようって思います。 いつか『虹の橋』で小雪に再会した時に小雪に笑われないように……。自分にe(^。^)g_ふぁいと!!!です!!! |
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| 3月13日(火) 晴れ 小雪が教えてくれた事……。 | ||||
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| 梅の季節なので去年小雪と写真を撮った同じ場所で風花の写真を撮ってみました。 とってもお天気の良い日だったのですが写真を見てみると、風花に虹がかかっています。(*^^*) こじつけのような気もしますが、私にはなんだか小雪が『虹の橋』から下りてきて風花を守ってくれているような気がしました。って言うのも、この3日後の3月11日に風花は避妊手術をすることになっていたからです。 余談ですが小雪は避妊手術の失敗によって『おもらし』をするようになったと思っています。慢性腎炎の遠い原因も避妊手術からではなかったかなと言う思いもあります。 小雪の始めの主治医(小雪の最後を診て下さったのは2番目の主治医です。)を決める時、私は何も考えず、ろくに調べもせず、ただただ往診をしてくれるって事だけで選びました。(その頃、私は車を運転出来なかったし、引っ越したばかりで近所に知り合いもいなかったので頼める人もいなかったのです。) 多分、避妊手術を軽く考えていたのだって思います。で、結果は小雪のその後を大きく左右する事になってしまいました。 (この事に関して小雪に本当に申し訳ない事をしてしまったと思っています。と同時にその後の小雪に対して私には小雪を『幸せ』にする責任があるって思いました。) なので今回、風花の避妊手術を何処でして頂くかについては、とても悩んで選びに選びました。 幸い今回は小雪の時と違ってご近所に犬仲間が沢山居るので色々情報を集められたし、それに何より動物病院がとても増えたし、ネットでも事前に色々調べる事が出来たので、とても参考になりました。 しかし、幾ら最高の獣医さんにお願いしたとしても全身麻酔をする手術です。お腹を開くのです。手術する事自体はこの先の風花の為にも良い事だと思うので何の迷いもなかったのですが、『もしも……。』の事を考えるとやはり心配で心配で仕方がありませんでした。 なので手術の日は神様は勿論、小雪にも風花の手術が何事もなく無事に終わるようにお願いしました。 そして今のところ、風花は手術も無事に終わり術後も順調に回復しています。 きっと小雪が守ってくれたのだって思います。 小雪さん、本当にありがとうね!これからもお転婆風花の事を守ってやってね!お願いね!!! それにしても、小雪と風花、ちょっと似てるって思うのは私だけ?(*^^*) 病院に関して。 何故、小雪の主治医の居る病院に行かなかったのかって疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれないので一言。 小雪の主治医は本当に小雪に良くして下さったと思っています。設備も整っているし料金的にも設備のわりに妥当で良心的だと思います。 では、何故? 申し訳ないですが、やはり小雪の最後の時の事が納得いかないのと、それに何より今でも病院の近くを車で通るだけで小雪の最後の時の姿が目に浮かび心臓が痛くなるのです。 なので未だに出来るだけ遠回りをしても小雪の病院の側を通らなくて良い道を意識的にも無意識的にも選んでしまっています。 余談ですが、病院から小雪の訃報を知らせる電話があり急いで小雪を迎えに行った時、小雪はガランとした第2入院室でたった一人ケージの中で寝かされていました。(扉も閉まっていました。) それを見た時、「たった一人でこんな所に寝かされていたのか!」と思うと小雪に申し訳なくって申し訳なくって泣けてしまいました。日頃感情を表に表さない主人がとても大きな溜息を漏らしたのを今でも鮮明に覚えています。 私達が小雪を迎えに行ったのは診察前で患者さんは誰も居なかったし、すぐに迎えに行く事は判っていたはずなのだから、せめて診察台の上に私が小雪のために持っていっていたシーツを敷いて小雪を寝かせておいて欲しかったと今でも思っています。 多分、獣医さんの日常では『死』は特別なものではなく日常の一こまなのかもしれません。いちいち患者が死んだといって悲しんだり嘆いていたのでは心も体ももたないのかもしれません。 しかし、飼い主にとっては『この世でたった一人の大事な大事な子』なのです。『死』が日常茶飯事の獣医さんと言えども心は必要だと思います。 今回、風花の手術をお願いした獣医さんはカール君の主治医でもありました。 カール君の最後の時、この方は大きな綺麗なシーツを敷き、其処にとても大事そうにカール君を運び、カール君の体を綺麗にして下さり、その後カール君を車まで運んで最後は看護婦さんと手を合わせて車が見えなくなるまで見送って下さいました。 勿論、これだけで風花をお願いしようと決めた訳ではありませんが、カール君の手術(老犬になってからの歯の手術で心臓が悪かったカール君にはとても難しい手術だったようです。)やワン仲間の子の手術もとても丁寧で何かの時のために携帯の電話番号も教えて下さるなど(今回、風花の手術が終わった後、私も心配でつい時間外にお電話してしまいました。その時に嫌な顔一つせず親身に話を聞いて下さったばかりか翌日に先生の方から風花を心配して電話を下さいました。)対応が細やかで動物を心から愛していらっしゃるって事が良く判り(獣医さんだからって動物好きとは限りません。)小雪の主治医には感じなかった心を感じました。(しかし、この獣医さんを選んで小雪をお任せしたのは私なのですから結局は全て私の責任なのだと思います。小雪さん、ごめんね。) 動物は獣医さんを選べません。大事な我が子の命を預ける獣医さんです。慎重に慎重に選びたいものです。 この事を小雪は私に身をもって教えてくれました。 いつも思う事ですが小雪にはもう何もしてやれないけれど風花にキチンとしてやる事で小雪も許してくれるって思いたいです。(カール君の最後に立ち会えた事と言い小雪は本当に色々私に教えてくれているんだなって思います。) |
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| 4月1日(月) 晴れ 桜……。 | ||||
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| 2000年4月6日の写真です。 後ろの階段を下りると桜のトンネルがあり、とても綺麗です。 |
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| これも2000年4月6日の写真です。 この頃は小雪もまだまだ元気一杯でした。 |
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| 2001年4月2日の写真です。 癌が見つかったり痙攣発作を起こしたり足が悪くなり始めたりしましたが 本人はまだまだ元気でお散歩を楽しんでいました。 |
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| 桜の季節です。 桜と言えば我が家では毎年桜をバックに小雪の写真を撮っていたので今年はちょっと辛いものがありました。 小雪は元々病気を持っていて「余り長生きは出来ない」って言われていた子なので毎年、小雪と桜の木の下を通るのが私達の夢でした。毎年毎年桜の木の下を通りながら小雪に「来年も一緒に歩こうね!」って言っていたのを思い出します。 去年は癌が見つかったり痙攣発作が起こったり下痢が止らなかったり足も随分悪くなり嫌でも小雪に老いを感じずにはいられませんでした。小雪との別れがそう遠くない未来にある事を感じずにはいられませんでした。 それだけに去年の桜の季節は何かに取り付かれたように写真を撮り捲りました。 きっと「小雪と一緒に桜の木の下を歩けるのは今年で最後だ!」って言う予感があったのだって思います。 それでも春を越し梅雨の季節も凌ぎ、酷かった下痢も治まって車椅子ながらも元気にお散歩に行く小雪を見ると「もしかしたら!」って言う一筋の希望はありました。「春は無理でも誕生日は大丈夫かも?いや、このままの状態ならば又春を迎えて桜の木の下を小雪と一緒に歩けるかも?」等と暢気な私は希望を捨てきれずにいました。 しかし、結局は体力が持たず小雪は秋も待たずに『虹の橋』に逝ってしまいました。 昨日(月曜日の午前1時頃)この写真をアップするのに、もう1度小雪と桜の写真を整理していて思わず涙が溢れ止まらなくなってしまいました。 桜の季節なのに小雪が居ない!寂しい、寂しい、寂しい……。 心の中が寂しいで占領されかかった時、横で眠っていた風花がふと起き上がり私の膝に頭を乗せじっと私を見上げます。 「風花が私を見ている!泣いてはいけない!」そう思っても涙は急に止ってくれません。 その時です。風花が立ち上がって私の涙を舐めてくれたのです。その暖かい舌の感触に余計に涙が溢れ風花を抱きしめて号泣してしまった私ですが、でも風花を抱きしめているうちに不思議と心が満たされていくのを感じました。 風花が居てくれて良かった!本当に心からそう思いました。 そして小雪が風花に出会わせてくれたのに違いない!って何故か思えた私です。 来年も再来年もきっと桜の季節になると小雪を思い出して辛くなる時もあるかもしれないけれど風花と共に頑張って生きていこうとちょっと大げさかもしれないけれど思った私です。小雪さん、一緒に歩こうね! それにしても元気だった頃の小雪と風花の笑顔は本当に良く似ているって思うのは私だけでしょうか。 |
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| 4月13日(土) 晴れのち曇り 『白い犬とワルツを』 | ||||
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| 今日は8回目の小雪の月命日です。その同じ日に映画『白い犬とワルツを』の邦画版が公開されました。 実はアメリカ版の『白い犬とワルツを』はテレビで2度程見ていたので内容は良く知っていたのですが今日、偶然に『白い犬とワルツを』のHPがあることを知り行ってみたら、なんと邦画版の白い犬は紀州犬が演じていました。 テレビを見たのは1度目は小雪がまだ元気だった頃、そして2度目は小雪が『虹の橋』に旅立ってしまってからでした。 1度目も感動したけれど2度目は小雪を失った後だっただけに、とても心が癒されました。そして、こんな風に小雪も私の元に帰ってきてくれたら嬉しいなと思ったのを覚えています。 この映画を見て紀州犬の良さを一人でも多くの方が知って下さるととても嬉しいです。あっ、でも紀州犬はラブやゴールデンのように誰にでも懐きフレンドリーなワンコとはちょっと違うので本当に紀州犬を愛し理解して下さる方に飼って欲しい犬種です。 まさかこの映画で流行犬にはならないって思うけれど、そんな風に安易に飼って欲しくない犬種なのです。(ラブやゴールデンなら安易に飼っても良いって言ってる訳では決してありません!念のため!) ちょっと固い話になりますが、日本人の犬の選び方を見ていると犬も洋服やバッグと同じで流行で選んでいるように思います。洋服やバッグなら流行が終われば今までの物を捨てて又次を買えば良いでしょうが犬は生き物です。 私達と同じように感情もあります。痛みや苦しみも味わいます。 1度飼えばキチンと世話をすれば普通は15年は生きます。その15年の間には可愛い仔犬の時期もあるけれど仔犬はアッと言う間に大人になり、そして何れは人間と同じように老いて色々病気などもします。痴呆になる子もいます。 そうなった時にでも絶対世話をすると言う気持ちがなければ飼うべきではないと私は思っています。 今、私は大型犬のラブの風花と暮らしていますが、いつか風花が小雪と同じように老いて自分の事も出来なくなっても、なんとか工夫をしてキチンと介護をしてやりたいって思っています。 老犬の介護って言うと、なんか暗いイメージがありますが実際には大変だけれど、それ以上に喜びも沢山あります。 何より自分を頼って生きている子がいるって思うだけで毎朝「今日も頑張るぞ!」と思えたし、そして一緒に生きているって言う充実感がありました。 そしてそして、このHPを開いていたお陰で沢山の心暖かい素敵な人々にも出会えたし、ご近所にも小雪の介護を通じて沢山の心優しいワン仲間と出会う事が出来ました。 小雪は居なくなってしまったけれど、今も私はその方達に日々支えられて生きています。 何度も書きますが、小雪の介護をした7ヶ月余りの日々は私の人生の中で最も輝いて充実した日々でした。今でもその思いは変わる事なく、介護を経験させてくれた小雪に感謝の気持ちで一杯です。 小雪さん、本当に本当にありがとうね!!! そうそう、今日の小雪の写真は去年の4月に撮った写真です。私が食べてる杏仁豆腐を貰ってご機嫌の小雪です。(^^) 最後に『白い犬とワルツを』のHPは↓をクリックして頂くと飛べます。良かったら覗いてみて下さいね。 http://theater.nifty.com/shiroi_inu/index.htm ちなみに私は久し振りに主人と一緒に見てみたいと思っています。(*^^*) |
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| 6月11日(水) 雨のち曇り 『小雪への思い』 | ||||
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| この3枚は私の大好きな小雪の写真です。 車椅子ながらも楽しそうに元気に歩く小雪と友人が撮ってくれた小雪が小雪らしく写っている写真。 季節が巡ってまたあの暑い夏になってきましたね。 この季節だけじゃないけれど、でもやはり特にこの季節は去年の小雪の事が思い出されてなりません。 先日いつもの公園を風花と歩いていてハッとしました。 目の前に小雪のウンチの世話をしている小雪と私が見えて……。そしてまた車椅子で楽しそうに歩いている小雪とその小雪の車椅子を押しながら幸せそうに歩いている私が見えて……。ラジオフライヤーに乗りながらも幸せそうだった小雪とそれを引っ張る私が見えて……。 毎日毎日小雪に「お母さんがついてるからね、絶対絶対守ってあげるからね!」って言いつづけたあの頃……。 けれど結果的に私は小雪を守ってやる事が出来なかった。 その悔恨の気持ちが日を追うごとに強くなっていきます。去年の日記を開いて小雪を見た途端、胸が押しつぶされそうになります。 色んな方が色んな言葉で私を慰めたり励ましたりしてくださるのですが、その言葉にいちいち頷きながらも心の中の小雪への悔恨の気持ちは決して消える事はありません。 小雪が私の側から居なくなって寂しくて悲しくて生きる意欲も意義も見出せずいっそ死んでしまいたいって思った事もありました。でも心配してくれる主人や友人達に支えられ、自分自身でも「こんな事ではいけない!」って思い、なんとか前に進まなければとの思いから、せきたてられるようにインターネットで仔犬を探し風花を迎えました。 あの時は仔犬さえ側に居てくれれば全てが上手く行くような錯覚に落ちいっていました。 けれど、それは間違いで風花を迎えて風花をドンドン愛するようになっても結局は何も解決はせず小雪への「守ってやれなかった!」「約束を果せなかった!」って言う悔恨の気持ちはなくなるどころか日増しに強くなる一方です。 ここまで書いてこの日記をアップしようかどうか迷いました。余りにも暗いので……。 結局その時はアップせず保存のみしました。 そして昨日小雪の事が載った本『明るい老犬介護』が私の手元に届きました。 |
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| 7月3日(水) 晴れ 『明るい老犬介護』 | ||||
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| こんな形でまた小雪にまた出会えるなんて……。この本を手にした時、言葉に出来ない程嬉しかったです。 2年前の春、小雪の為に小雪の生きた証を残したくって作ったこのHPを見て児玉さんからメールを頂き、雑誌『Title』に小雪の事を載せて頂きました。とは言ってもこの取材を受けた頃は小雪はまだまだ元気でしっかり自分の足で立ってお散歩にも行っていました。 それが15才を過ぎた途端アッと言う間に色々な病気が発見され下痢が続き足が弱り、車椅子やラジオフライヤーのお世話になってお散歩するようになりました。 ドンドン老いていく小雪を見るのは正直辛かったけど、でも小雪自身は自分の体調の変化に驚く事もなく淡々と障害を受け入れていました。 その姿にどれほど励まされ勇気を貰ったことか。 そして今また、こう言う形で小雪は私に勇気を与えてくれています。 この本を読み進むうち、不思議と心が落ち着き安らぐのを感じました。 何度も何度も言いますが、小雪の介護を出来た事はきっと私の生涯の中で1番輝いて充実し幸せだった時のように思います。 こんな時間をくれた小雪に感謝の気持ちで一杯です。 最近、少しづつ老犬の事が話題に上るようになったとは言え、まだまだ老犬って言葉にはマイナーなイメージがあります。 でも、実際に老犬を介護してみて思った事は、老犬介護は切ない部分や苦しい部分も確かにあるけれど、しかし一つの命に頼りにされ、その命を守る事が出来るって経験は素晴らしいものでした。(私の場合、結局は小雪を最後まで守ってやる事は出来なかったけれど……。) 本の中で小雪は永遠に生き続けるのです。 今、老犬の介護で思い迷っていらっしゃる方に少しでも小雪の事が参考になれば幸いです。 尚、この本には小雪と私の他に14組(合計16匹)の老犬介護の様子が書かれています。そして老犬介護に関する色々な情報や注意点等も書かれています。 今、現在老犬介護をなさっている方は勿論、まだまだ元気な子の飼い主さん達にも是非読んで頂きたい一冊です。 良ければお近くの本屋さんで手に取ってご覧下さいね。 タイトルは『明るい老犬介護』。著者は児玉小枝さん。出版社は桜桃(おうとう)書房です。定価1,500円。 ※この日記は6月27日に書き始めて7月3日に書き終えました。 |
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| 8月15日(木) 晴れ 小雪の一周忌。 | ||||
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| 13日で小雪が『虹の橋』に旅立って1年です。 小雪と一緒に頑張っていたのが昨日のように思い出されて、もう1年経ってしまったのか?って不思議な感覚です。 けど、今私の側に居てくれるのは小雪ではなく風花です。そう思うと、やっぱりこの1年って長かったのかな? 先日久し振りに小雪の夢を見ました。風花を迎えて暫く小雪が夢に出てきてくれないので、ちょっと小雪に愚痴を言ってみたのです。「たまには夢に出てきてよ!」って……。 そうしたらその日の内に小雪は私の夢に出てきてくれました。 夢の中の小雪は真っ白でとても綺麗でした。そして大勢のワンコに囲まれてとても満ち足りて幸せそうでした。 夢の中では小雪は死んだのではなく行方不明になっているって事になっていて小雪を保護してくれていた方にお礼を言っているのですがお礼を言いながらも何故か相手の顔は全く覚えていないのです。ただとても穏やかで優しい方だったって事だけは覚えています。 で、お礼を言って「やっぱり小雪は死んではいなかったんだ!主治医の嘘つき!」って思いながら小雪を抱いて我が家に帰って主人を呼んだところで目が覚めました。目が覚めても暫くはこの手で小雪を抱っこしていた感触が残っていてちょっぴり嬉しかったけれど、でも出来る事なら永遠に目覚めたくない気分でした。 目覚めて暫くは「今のは夢?」って思ったけれど、でもすぐに現実を思い出しました。 小雪は死んだんだ!この手で小雪のお骨を拾ったんだもん。私と同じ世界には小雪はもう居ないのです。 悲しくて寂しくて涙が後から後から溢れました。 けれど同時にこの夢はひょっとして小雪からのメッセージだったのかもしれないなとも思いました。 きっと今の小雪は『虹の橋』で大勢の仲間と共に神様に大事にされているのかもしれません。 「だからもう私の事は心配せんでも良いよ!風ちゃんを可愛がってあげてね!」って言う小雪の声がした気がしました。 そして最近やっと小雪のビデオをテープに興す作業をしているのですが一昨日ネットの友人のねぇねさんが遊びに来てくれた時にねぇねさんと風花が余りにも楽しそうに遊んでいる姿を見て思わずビデオを撮ったのですが、なんとそのビデオは小雪がラジオフライヤーに乗って姪っ子と甥っ子に引っ張って貰っているビデオでした。 ラジオフライヤーに乗っている小雪は最高にご機嫌で得意満面の笑顔でした。 そのビデオが消えてしまったって判った時は正直とても落ち込みました。 最近はいつも風花のビデオを入れているのでつい勘違いして入れてしまったのですが、でも考えてみればこれも「いつまでも私の事を思ってくれるより風ちゃんとの新しい生活を楽しんでね!」って言う小雪からのメッセージかもしれません。 そう思うと消えたビデオの事はとても惜しいのですが、でも心は随分軽くなりました。 小雪が『虹の橋』に逝ってしまって1年。 愛するワンコが亡くなってきっと悲しいのは親である飼い主だけで当のワンコはこの世に居る間は一生懸命頑張って生きたのだから、きっともう思い残す事もなく『虹の橋』で新しい生活を楽しんでいるのかもしれません。 きっとそうだって思います。 だとしたら私も、もう悲しみの涙は流さないって小雪に約束しようって思います。 小雪さん、それで良いよね? 12日・13日と小雪を偲んで小雪と風花のお散歩仲間のお母さん達やネットのお友達のねぇねさんが我が家に来て下さいました。 一緒に小雪の元気だった頃のビデオを見たりしながら過ごしお陰さまでなんとか笑顔で小雪の一周忌を迎える事が出来ました。 ビデオと言えば風花はテレビで犬が写るとテレビの中の犬に向かっていったりワンワンと吠えたりするのですが不思議な事に小雪のビデオを写していても全く吠えませんでした。 もしかしたら風花にはいつも小雪が見えているのかもしれません。だとしたら、ちょっぴり風花が羨ましいです。 私も小雪に会いたいな!会って一言「ありがとう〜!」って伝えたいなってつい思ってしまいます。 でも、きっと小雪には私の気持ちは伝わっているんでしょうね。 一生懸命頑張って生きてくれた小雪に今も感謝の気持ちで一杯です。小雪のお母さんでいられた事を誇りに思っています。 これからも永遠に小雪は私の大事な宝物であり娘です。 それと最後になりましたが、いつも思っていたのですが小雪は本当に色々病気を持っていて主治医にも「痛みがないのが不思議だ!」とか「今生きている事自体が奇跡です。」なんて良く言われていたのですが、それなのに何故あんなに可愛い(親馬鹿です。)笑顔で毎日を過ごせたのでしょう。 私なりに考えた結論はきっと周りの人全てに受け入れられていたからじゃないかな?って思うのです。 家族である私や小雪パパは勿論ですが毎日会うお散歩仲間のお母さん達や小雪を小さい時から知っていて下さるご近所の方、そしてネットのお友達や名前も知らない行きずりの方達。 その方達皆が毎日毎日「小雪ちゃん、今日も元気そうで良かったね!」とか「毎日頑張って偉いね!」とか、はたまた公園でウンチを垂れ流してしまっても「こゆちゃん、ウンチが出て良かったね!」って言って貰って誰一人小雪の事を「汚い!」と言わず邪険にもされず本当に周りの方皆に大事に大事にして頂きました。 きっと周りの方のこんな優しさが小雪に伝わっていたのだって思います。 ウンチをしてもオシッコをおもらししても歩けなくなっても、どんな風に自分が変わっていこうともその時その時の自分をそのまま受け入れて貰えるって言う安心感が小雪のあの笑顔の源泉だったに違いないって思っています。 飼い主が我が子同様の愛犬の世話をするのは当たり前ですが回りの方にも恵まれるとなると中々難しいのかもしれません。その点、小雪は周りの方達皆に恵まれて本当に本当に幸せなワンコでした。皆様、本当にありがとうございました。 追伸 前にも書いたって思いますが、今、老犬と暮らしていらしゃる方、そして病気のワンコの介護をしている方。 どうかどうか介護を楽しんで下さい。生きていてくれる事を楽しんで下さい。ウンチのお世話が出来るのも生きていてくれるいからこそです。 貴方が介護を楽しむと貴方の愛する子も安心して歳を重ねたり病気と前向きに闘ってくれるように思います。 私は今でも小雪の介護が出来た事を本当に感謝しています。 上手く言えませんが小雪の介護を経験した事によって「生きる!」とは何かって言う大事な事を教えて貰った気がします。 そう言う意味でも小雪に感謝です。小雪さん、ありがとうね!!! 写真は上3枚が私の1番好きな小雪の写真です。特に1番上の写真は小雪が1番元気だった頃の写真で一緒に長野のペンションに行った時のものです。 そして下の左の写真は13日に写した写真です。右は昨日小雪に『雪の精』のビーズを作ってやったので小雪のお骨にかけてやったところです。(ちなみに私も同じ物を作って今、首にかけてます。(^^;;) |
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| 2003年2月28日(金) 晴れ 17年目の養女記念日。 | ||||
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| 今日は小雪と出会って17年目の記念日でした。 今日は比較的暖かく穏やかな良い天気でしたが、17年前の今日は小雪がちらつく寒い寒い日でした。 その寒い中、私は一人で電車に乗って和歌山まで小雪を迎えに行ったのです。 初めて見た小雪は本当に雪のように真っ白で小さくて可愛い可愛い仔犬でした。 その可愛さに私はもう一目ぼれでした。 小雪に会うまでは男の子にしようか女の子にしようか迷っていた私ですが小雪に会った途端そんな迷いは吹っ飛びました。(実はそれまで実家で飼っていた子達が殆ど男の子だったので、うちに来る子もやっぱり男の子が良いかなって思っていたのだけれど、「紀州犬はきついから止めとき!どうしても飼うなら女の子にしとき!」と言うブリーダーさんの言葉に女の子にしようかどうしようかと迷っていたのです。) ケージから出された小雪はトコトコとお店の前まで出て行き、そこでしゃがむとジャーッってオシッコをしました。そして他の大人の犬達が入っている犬舎を1つ1つ覗いて不思議そうに見つめていました。大人の犬が怒りまくっていても全く気にする風もなく、ただ無邪気に覗いているだけでした。その姿の愛らしかった事。 そして小雪を胸に抱いた瞬間、愛しさがこみあげて思わず「うちの子になる?」って小雪に聞いていました。 帰りの電車でも一言も鳴かず箱の中で動く様子もなかった小雪。 家に帰り大急ぎで箱を開けると中からボーッと出てきてブルブルブルブル震えてた小雪。 大急ぎで湯たんぽを買いに走り湯たんぽを入れてあげると安心したように眠ってしまった小雪。 心配した夜鳴きもせず主人が帰ってきてもチラッと見ただけで爆睡だった小雪……。 今も小雪をこの胸に抱いた感触が蘇ってくるようです。本当にあの日の事がまるで昨日の事のように思い出されます。 あれからもう17年も経つんですね。 あんなに小さく元気だった小雪が年を取って歩けなくなり私の側から居なくなってしまうなんて……。 月日の経つのって本当に早いです。 今日は小雪の大好きだった和菓子をお供えしてお花を買ってきてお祝いをしました。 『虹の橋』の小雪もあちらの世界でお祝いをしているのでしょうか? 小雪さん、本当に母さんちの子になってくれてありがとうね!母さん達に一杯一杯幸せをくれてありがとうね! 小雪さんのお陰で犬と一緒に暮らす喜びを覚えた母さん達はもう犬の居ない生活なんて考えられなくって風花を迎えたよ。 だから風花と出会えたのも小雪さんのお陰だよ。本当にありがとうね! 今は風花を育てる事に一生懸命だけど、でも、小雪さんの事を忘れる事は絶対にないからね。 いつかまた会える日まで母さんも頑張るからね。だから小雪さんも『虹の橋』の皆と仲良くして母さん達が行くまで待っててね! そうそう。一緒に居た男の子(小雪さんの兄さんかな?それとも弟かな?)は小雪さんだけケージから出されると「僕も一緒に行く〜!」とばかりケージの扉を手で開けて出てきてしまってたね。 あの男の子は今、どうしてるかな?もう『虹の橋』に旅立ってしまっているのかな?もしそうなら今頃小雪さんと再会してるかな?一緒に『虹の橋』で遊んでる?きっと他の兄弟達やお父さん&お母さん達も一緒だよね。なら寂しくないね。うん、きっとそうだよね。安心したよ!小雪さん、またね! |
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| 2003年4月3日(木) 晴れ 2回目の桜の季節。 | ||||
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| 小雪が『虹の橋』に旅立ってから2度目の桜の季節がやってきました。 今でも小雪と一緒に桜のトンネルの下を歩いた事を昨日のように思い出します。 小雪の思い出と共に桜の季節は私にとっては特別な季節になってしまいました。 小雪と言えば先日久しぶりにご近所のおばあちゃんにお会いして立ち話をしていたところ、 小雪の話になり、おばあちゃんが「いっつもあんたんとこの家の前を通ると今でも小雪ちゃんが 居るような錯覚を起こすんよ。あの子はホンマに最後までよう頑張ってたなぁ〜。 足が悪くなっても文句一つ言わんと一生懸命歩いてた姿を今でもハッキリ覚えてるよ。 なんや知らんけど、あの子の事を思うといっつも目頭が熱くなるんよ。 ホンマ、偉い子やったわ。」って言って下さったのです。 小雪が旅立って1年と7ヶ月余り。 私達の他にも、こんな風に小雪の事を覚えていて下さる方が居るなんて……。 お話をしていて、嬉しさと感謝の気持ちで一杯になり私の方こそ目頭が熱くなってしまいました。 写真は2年前の4月に桜のトンネルの入り口で小雪と一緒に撮った写真です。 この頃はもう随分足が悪くなっていたはずだけど、写真の小雪は笑ってくれているようです。 |
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| 2003年8月15日(金) 曇り 3回忌 | ||||
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| 8月13日は小雪の3回忌でした。 早いもので小雪が『虹の橋』に旅立って、もう2年です。 最初の1年は毎日毎日「去年の今頃は……」と思い出してばかりでしたが時間と言うものは有難いもので時と共に少しづつ少しずつではありますが悲しみも癒えてきました。 風花が私の側に居てくれた事でも随分救われました。 きっと風花が居てくれなかったら悲しみをもっともっと引きずっていたかもしれません。 それでも、流石にここ数日は小雪の事ばかりを思い出しアルバムやビデオを見たりして過ごしました。 アルバムやビデオの中の小雪はとても元気で楽しそうです。 本当に亡くなる数日前まで病気とは言え、老いているとは言え、とても元気で笑顔の可愛い子でした。 そんな写真を見ていると「もっともっと私が気をつけていれば小雪は長生きしてくれたのでは?」って思えたりして切ないけれど、でも、それと共に一生懸命与えられた運命の中で生きた小雪に尊敬の念すら覚え最後の最後まで私に笑顔しか見せなかった小雪に今更ながら感謝の気持ちで一杯です。 13日は小雪の命日であると共にお盆の入りでもあったのでお花を買って小雪の大好きだった和菓子も買って小雪を迎えました。 有難い事に実家の両親や、そしてまた私達の他にも小雪の事を覚えていて下さる方がいて友達やワンコ仲間やネット友達のぴよちゃんからもお花を頂き日記にも書きましたがケイちゃんのママさんからは小雪の大好きだったメロンを頂き、その他にもカードを頂いたりして、きっと小雪は大喜びだったって思います。 本当に皆さんには感謝の気持ちで一杯です。ありがとうございました。 写真は上が2000年の4月に明るい老犬介護の取材の時に児玉さんに撮って頂いた私の大好きな小雪の写真です。 真ん中はミミちゃんのママさんが作って下さった花の精に守られている小雪の額です。。 小雪の写真を何段にも重ねて作って下さっています。(ちゃんとした名前があるのですが度忘れしました。) そして下はお花や大好きなお菓子&メロンに囲まれている今の小雪です。 最後に↓は2000年11月に大好きなまりちゃんママさん(今は古都ちゃんのママさんです)のお庭で元気に走り回っている小雪です。この時、小雪は14歳と11時ヶ月でした。 この半年後には歩けなくなって、そしてその3ヵ月後には『虹の橋』に旅立ってしまいました。 きっとこの写真が現存する最後の小雪の走っている写真なので皆様に見て頂きたくてアップさせて頂きました。 |
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