ネパール・めだかファミリースクール

 この学校(小学校)は、ネパール東部のサピング村(首都カトマンズからバスで
2時間以上、そこから徒歩3時間)という山村に2000年に日本からの支援を受
けて創立されました。
 1999年夏にネパールからウッタム君という青年が奈良に訪れ、「自分の出身
の村に女の子や貧しくて学校に行けない子どものための小学校を造りたいので、
協力してください」と訴えました。これに共鳴した人たちが募金活動を行ない、学
校の建設資金が集まりました。2000年春、学校が建設され、教室2つの3年制
(※ネパールの小学校は5年制)の学校としてスタートしました。
 この学校を支援し続けようと、募金活動の中心となった人たちを中心にして「めだ
かファミリースクールを育てる会」が作られ、めだかスクールの学校経費の全て(
先生の給料・教材費・制服費・給食費など、年間60万円)を日本から送っています。
育てる会は会員制をとり、現在約70名(年会費6000円)で、めだかスクールを支
えています。
 めだかスクールは現在生徒数が61名で、5年制になっています。2007年には
宮本さんの支援で第二校舎が建てられました。先生は5名です(校長はウッタムさん)。
他に音楽を担当する用務員1名です。先生の給料は日本円で月3500円から8000
円です。(ちなみに、公立学校の先生の給料は20000円です。)
 めだかスクールの1期生はすでに社会人になったり、大学での進学をめざしてがん
ばっています。パーピットラ先生はめだかスクールの修了生です。
 めだかスクールを育てる会は、年に数回運営委員会をもち、年数回通信を発行し
ています。会員が数年に1回現地を訪れ、交流を深めています。


連絡先: 事務局 〒630-8054 奈良市七条西町1-15-1  前 圭一
            電話 090-5163-1311 

めだか通信   めだかファミリースクールを育てる会

No.56        事務局 〒630-8054 奈良市七条西町1-15-1

  2017年2月20日発行         TEL 090-5163-1311 前 圭一

 

 

めだかスクールを育てる会第17回総会の報告

 2016年11月26日(土)午前11時から、めだかスクールを育てる会の定期総会
が吉野郡教育会館で行われました。

 この総会では、運営委員会を維持していくことが困難な状況にあり、今後2020年を
目途に会の改廃を行う方向で、改廃後のめだかスクールの支援のあり方について検討して
いくことが話し合われました。

 新しい運営委員は以下の通りです。

 会長事務局長(兼任)前圭一 副会長森本沃子 会計木綿喜恵・島村慶子 

運営委員 樋口千里・柴田律子・森本政子・寺田猛・吉田和子

 総会の議案書については、「めだか通信」56号と合わせて会員のみなさんにお送りします。

 


 ウッタム校長よりの学校報告(2017年3月14日)

 こんにちは、前さん。

 めだかスクールの報告をお送りするのが遅れたことについて、申し分けなくお侘びします。
別に何も悪いことは起きていません。

 あなたが私のフェイスブックを見られた時は元気でしたが、そのすぐ後で健康を損ねました。

 同じ時期に、ネパール政府の教育省から多くの精神的圧力がかかりました。新しい憲法によっ
て教育部門で、多くの法律の規制や規則が変わりましたので、めだかスクールの登録のために、
全ての新しい文書を申請しなければなりません。そのために仕事しています。それはとても複
雑ですが、うまく出来ると思います。

 

 

 

めだかスクールの報告

3月までの全生徒数は59名です。1年生23名、2年生7名、3年生12名、4年生8名、5
年生9名です。何人かの生徒は、両親が移動したために、1年を終えることなく学校をあきらめました。

今年は5年生は9名で、彼らはめだかスクールを卒業する予定です。彼らに学校カバンをあげるつ
もりです。

めだかスクールには、毎月外国人の英語のボランティア教員が来ています。いつも1~2人います。
それは生徒にとって英語のレベルアップとともに、他の知識を高めるのにとてもいいことです。

村全体でも、人々は新しい家を再建するのに忙しくしています。何人かは新しい家を建てました。
しかし、ネパール政府は500ドルを支給しただけです。村人たちは、ゆっくりと自分たちで再建に
取り組んでいます。

2017年度のめだかスクールの新学期が、4月15日から始まります。今、最終試験をやっていま
す。この週末にピクニックをやります。

全ての生徒たちは、よく勉強してめだかスクールで幸せです。

 

                                            ウッタム

 


子どもたちの自己紹介文と絵(※絵は省略しています。)

 2016年夏にめだかスクールを訪問し、子どもたちに英語を教えるボランティアをされた古賀恵理子
さんから、メッセージとともに、授業で子どもたちに書いてもらった自己紹介文と絵が送られてきました
ので、紹介します。

 

  カリナ(Karina)

  私の名前はカリナです。私は8歳です。

 クリケットが好きです。クリケットは

 緑で、とても良いです。

 父の名前はカマル、母はビニタです。

兄弟の名前はビニタで、妹はカビナです。

私はとてもいい女の子です。

祖父はハルカ、祖母はミラといいます。

 パンタ(Panta)

 私の名前は、ラチャナ・パンタです。

 私は花が好きです。母の名前はシータ

 パンタです。父の名前はサニュカヒ・

パンタです。

 私は9歳です。私はとても良い女の子

です。

私は4年生です。姉妹の名前は、ラシア

・アスミタとテリシャナ・パンタです。

 

バルン・パンタ(Varun Panta)

 私の名前はバルン・パンタです。

私は鳥が好きです。鳥は飛ぶことができ

ます。鳥はいろんな色をしています。

母はパルバティ・パンタ、父はケダル・

パンタといいます。私には兄弟がいませ

ん。私はとても幸せです。

 

 

 

 

 ニシャ・パンタ(Nisha Panta)

 私の名前はニシャ・パンタです。

 私は、花と家が好きです。花は赤く、

 家は青いです。私は雲が好きです。

雲は白いです。

母の名前はシータ、父の名前はナウェジ

です。

 

古賀さんのレポートより

 1年と3年の子たちはあまり関われませんでしたが、わりとおとなしく、

2年と5年の子がセンチな子が多かったです。

 5年の子たちは、来年中学校で遠くなるということを話していました。

 ネパールには私立の学校も多い中、めだかファミリースクールがある重要性を再確認しました。

 ボロボロの靴とカバンで、笑顔で通ってくる子どもたちが将来どんな大人になるか楽しみです。

 

 シバ君(2年生)

 1時間かけて学校まで通学。貧困

家庭。読み書きはギリギリ。1年生

を2回。

すごく素直で、頑張りたい!とい

う意欲のある子でした。

 ウッタムさんにお聞きしたところ、

お母さん、お父さんもほとんど読み

書きできないので、宿題をこなすの

が大変だそう。

 手先は器用で無口だけど、笑顔が

カワイイ子でした。

 

 

 

 

 折り紙が上手で、一人で鶴を1回

教えただけで折れる5年生の子。

 学校まで片道2時間だけど、土曜

の半日授業日も休まず登校。

 努力家で、将来が楽しみな子です。

 

 

 

  

 高取城まつりでバザー、大盛況!!

2016年11月23日に、高取城まつりがあり、恒例のバザーをしました。

角地の広い場所を借りることが出来、とても有難かったのですが、しばらくぶりの参加で品物の量が多す
ぎて、ダンボールから出すのさえしにくい状態でした。古着、瀬戸物、靴、カバン、加えて新品で手作りの
木製品や和紙でできた小さなタンス、爪楊枝立てなどを並べました。

 毎年ここで掘り出し物を探すのを楽しみにしていると言ってくださるお客さんが何人かいて、多い人はダ
ンボール3箱分程の買い上げとなりました。
いろんな人が、気に入った品を選んでいかれるのでかなり売れ行
きがよかったです。

 始まりは1点100円からでしたが、終わりに近くなるにつれ、今年で最後のバザーということもあり、安
くして全部売り切りたいと思い頑張りましたが、衣料品は700点ばかり残りました。これらは持ち帰ってリ
サイクルセンターへ売りに行き、1枚1円で、ブランド品は随分いい値で引き取ってもらうことが出来ました。

 手作りの木製品の中に小さなテーブルと椅子があり、これらは早くに完売しました。作者が来てくれて、つ
まようじ立ては手作りの品を買ってくれた人に無料で、と言ってくれたので皆さんに喜んでもらう事が出来ま
した。

 昼食の間もない程の盛況でしたので皆の胸に、やった!よかった!と満足の思いが疲れを払拭し皆の胸を満
たしました。

 品物を出してくださった人、買ってくださった人、いろんな形で協力してくださった人、ほんとうに感謝で
す。有難うございました。

                                     (文責、森本 沃子)

             

 ※めだかスクールに衣類送る

  2016年12月に、めだかスクールに市民の方からご提供いただいた子ども用衣類を送っています。

 

会費・カンパ等振込み先

     越部郵便局 口座番号 00910-0-152501

          「めだかファミリースクールを育てる会」

 

 

ネパール震災 緊急支援の呼びかけと現地からの報告

 2015年4月にネパールでは、マグニチュード7.8の大地震で死者8000人を超す被害が
出ました。多くの建物も崩壊しました。
めだかスクールを育てる会は、5月の運営委員会で、被災しためだかスクールの生徒の家族
への支援に取り組むことを決定し、緊急支援募金を呼びかけています。
募金の送り先は以下の通りです。 口座番号 00910-0-152501 めだかファミリー
スクールを育てる会「ネパール震災緊急募金」とお書きください。

以下は、めだかスクール校長から送られてきたメールと写真です。

     

                崩壊した家

 村に通じる道に大きな岩が崩落し、道を塞ぐ

 めだかスクールの校舎は一部ひび割れ


          家が崩壊し、茫然とたたずむ家族

 村人は雨露をふせぐ簡易の施設を建て、しのいでいる


   ウッタム校長からのメール(5月11日)
     
 
 (前略)
   すでにお知らせしたように、ネパールサピング村では恐ろしい時期に直面しています。
 私の生涯の中でも、目の前で起こったこのような災害は見たことがありません。すごくショ
 ックを受け、悲しい思いです。今は、生活は通常の状態に戻っています。
  サピング村の状況についてお知らせします。
   サピング村は1区から9区あり全戸数は1135戸です。約90%の家が壊れました。
 残りの10%はいい状態ではないか使用不能です。全部で13人が亡くなりました。
   今、全ての住民はテントとトタンで一時的な避難所を建てました。生活はホームレスの
 ような状態です。
   めだかスクールの2つの校舎は大丈夫ですが、ほんの少しヒビが入りました。いくつか
 補修すればよくなるでしょう。今週から授業を再開するつもりです。
   別の地区から、米・油・ダルー(カレー)・砂糖といった援助をいくらか受けており、ネパ
 ール政府が供給しています。どれくらいの期間援助が受けられるかはわかりません。
   そこで、可能でしたらめだかスクールを育てる会とイネイトで何らかの支援を考えていた
 だきたいのです。それがうまくいくことを願っています。(以下略)




めだか通信(No50、2015年2月10日発行)より   

 ウッタム校長からのめだかスクール近況報告
 こんにちは、めだかファミリースクールを育てる会のみなさん、2015年明けましておめでと
うございます。みなさんの力でめだかスクールが15年間続き、サピング村の人たちや、学校
の先生・生徒たちみんなが感謝しています。

 評判のいい三浦さんの授業
 2014年10月からめだかスクールを育てる会会員の三浦さんが来られて4ケ月になりました。
今まで日本から来られた会員の方で、誰もこれほどサピング村に長期滞在してめだかスクール
にかかわったことはありません。
 三浦さんからめだかの子どもたちに日本語の授業や音楽の授業をやっていただいて、感動し
ました。15年間の間に、学校ではいままでなかったことをやってみて、みなさんからすばらしい
といわれました。学校の生徒たちみんな朝の体操の始まりから、毎日うれしいです。本当に子ど
もたちの幸せな心が豊かになったと思います。
 三浦さんとめだかスクールの仲間との間で、文化の違いや育っている環境の違いで、わからな
いことがいっぱいあって、あわないことや理解できないところがたくさんあると思います。しかし、
三浦さんもいろんな文化など環境の違いがありながら、苦労して一生懸命子どもたちのためにが
んばってくれており、本当に感謝します。私たちみんなは彼女から学ぶことがたくさんあり、勉強
になりました。ありがたいです。
 めだかスクールでは、いつものプログラムで三浦さんが来てから3回目の親たちのミーティング
をやりました。ミーティングで親達から、三浦さんから習った日本語の単語・文字や日本の歌を家
で歌ったり話をしたりしてくれてびっくりし、勉強の違いがわかった、将来何か役に立つと思って感
謝しているとの声がありました。

 15年前と変化した村の生活
 15年前のサピング村と今とでは村の状況がすごく変わりました。まず経済的には、出稼ぎで生
活が向上してきたと思います。住んでいる家の作り方など衛生や生活習慣など変ってきました。み
んなの着物、食べ物、家で持つ物自体が新しく始まったところです。
 前より家にテレビ・ラジオ・電気製品があります。それで、子どもたちが電気のある時間に勉強し
ないで、テレビを観たり他のことをします。このような生活の変化で、今は勉強のレベルが低いです。

 政府からの教育の話はあったが-----
 2014年の11・12月に、ネパール政府から今の教育状況をどうしたらよくなるかということで、県
庁の方で話がありました。学校では勉強のやさしい環境をつくりましょう、学校では男と女別々のト
イレをつくる、子どもたちにていねいに教えて学校に来る環境をつくる、生活習慣・文化などカースト
制で差別はしてはいけない、といった話がありました。話はすばらしいですが、ネパール政府の公
務員がいろんな村の学校を訪問して本当の状況を見ないと役に立つことが何も変わらないと思い
ました。

いい教育を子どもたちに
 村では、何度も困ったことがあっても、村人が子どもたちにいい教育を受けさせたい、教育は大事
だという考えがあります。私も、村ではどんなことが起こっても、めだかスクールの目的として貧しく
て学校にいけない子どもたちに文字の読み書きといった初級教育を大切にしたいと思っています。
めだかスクールでは、みなさんのあたたかい心の力を合せて、子どもたちのためにすばらしい学校
環境を作るために一生懸命がんばります。
 みなさんのご協力、よろしくお願いいたします。どうもありがとうございます。
            
       2015年1月26日
                            ウッタムより
 


 めだかスクールを育てる会第15回総会を終えて
 2014年11月29日、橿原市のネパール料理店プジャ(PUJA)で、育てる会の総会が行なわれ、総会議案と新役員
が了承されました。
 活動報告の中で、ウッタム校長からの手紙が紹介されました。それは、「めだかスクールが15年間続けてこられた感
謝の気持ち」を込めたもので、15年間で子どもたちの学びは深まり、女子教育も浸透してきたこと、中学・高校へと進学
もできるようになったこと、が報告されていました。
 現地報告では、運営委員のお二人からプロジェクターを使って話がありました。

◎寺田猛さん 「ネパール奥地で学校を建てる」
 寺田さんは柔道整復師として接骨医院で患者の治療にあたられています。患者さんからのカンパや治療費の一部を
貯めて、信頼できる組織を通じて学校建設に携わってこられました。
 2014年の夏も支援した学校を訪問し、子ども達と交流してこられました。子ども達の目の輝きと好奇心のすごさに感
心したそうです。いつか自分の子ども達も連れていって、実際の目で見て感じてほしいと言っておられるのが印象に残っ
ています。

◎前圭一さん 「めだかスクールを訪問して」
 前さんはこれまでめだかスクールを6回訪問してこられました。スライドを使い、サピング村の様子やくらし、めだかスク
ールの子ども達の学習風景、保護者会の様子について話されました。
 めだかスクールがスタートして15年になり、会員の熱意と協力の下に支援が続けられてきたこと、いつか学校が自立で
きるよう望みながら、できる限りの支援を続けたい、今年は運営委員の三浦さんが10月から半年間めだかスクールに滞
在して支援してくれているので、今後に生かせるアイデアも期待している、という話でした。
 総会後の懇親会では、葛井ひかるさんの歌を聞きながらの食事会となりました。
  
                        (文責 森本政子)


    三浦さんのサピング村滞在記
    

           
[めだかスクールを育てる会運営委員の三浦らんさんが、2014年10月から半
              年間の予定で、ネパー ルサピング村に滞在し、めだかスクールで授業をしたり、
              生徒たちとの交流を深めてこられました。
              今回、彼女から送られてきた滞在2ケ月目のレポートを掲載します。]


 まず、日本語の授業・音楽の授業等をお伝えします。
 ・時間表 月曜日 11:45~12:30 2・3年生合同 日本語
      火曜日 14:00~14:30 4・5年生合同 日本語
      水曜日  11:45~12:30 2・3年生合同 音楽
      木曜日 14:00~14:30 4・5年生合同 音楽
 ・日本語教室 木曜日 16:00~16:45 中学2・3年生 6名
        金曜日 14:00~14:45 先生      3名

 日本語の授業
 日本から持ってきた「ひらがな表」をベニヤ板に貼り、土手にある低木の枝を折ってきて、指示棒にし、
一字一字指して私といっしょに発音してもらうことから始めました。
 黒板にお手本を書いてノートに写してもらい、全員の席を廻り声をかけ、「ラム(上手)」と言って赤ペン
で「花まる」をつけます。すると、みな競ってノートを出し、花まるをつけてやると、とても喜んでくれます。
初めてのことなのかなーを私もうれしくなります。
 「おはよう」「さようなら」「こんにちは」を覚えてくれました。動物や身近な物の言葉も教えています。
「みうら」の名前も覚えてくれ、朝早く来た子は、二階の部屋の窓を開けておくと、「みうら!」と声をかけ
てくれます。
 4・5年生には、そろそろカタカナに挑戦しようと思っています。

 日本語教室
 これはウッタム先生の声かけで始めました。今はひらがな・カタカナの読み書きもスムーズです。ガギ
グゲゴ(濁音)、パピプペポ(半濁音)まで一応終わり、「よい」「わるい」「重い」「軽い」の形容詞を中心に、
日本語とネパール語、時には英語を混じえて、パフォーマンスも入れてすすめています。
 中学生になると、読むのも書くのも早いです。数字も1~30まで終わり、どんどん進みます。動詞も始
めようと思います。又自己紹介も含め、短い文章にも入りました。
 3人の先生たちも熱心にノートしています。日常の会話もずいぶんと日本語で言うようになりました。私
は逆にネパール語を学ぶということです。


 音楽の授業
 音楽の授業は楽しんでやっています。とにかく、「めだかの学校」を全員で歌うことを第一の目標にしま
した。
 2枚の大きな紙に楽譜と歌詞を書き、第二校舎の2階の壁に貼りました。メロディを流し、歌詞を読んで
覚えてもらい、キ
ーボードに合わせて、全員で歌う。男子・女子が別々に歌うなど、くりかえしているうちにどんどん覚えます。
彼等は耳で聴いて覚えるのが速いのです。
 45分間の中に楽しみも作りました。それは、キーボードに入っている10曲の西洋の曲、「よろこびの歌」
「アルプス一万尺」「くるみ割人形」「ジングルベル」等を速い目に流し、みんなで踊るのです。
 これが生徒達にとって楽しいらしく、私なども狂っているのか、一緒に手をつないだり、輪になったりでや
ります。サポートに入ってくれている先生も、ついに生徒たちと一緒に踊るようになりました。
 次は、まったくの思いつきで「ジングルベル」を教えました。サンタクロースもクリスマスもこの世界では無
縁でしたが、「どういう日か」「サンタはどういうことか」私が文章にして朝礼の時に説明してもらい、2回しか
練習する時間がないのですが、12月25日に全員で合唱する予定です。その時に、岡崎さんと藤原さんの
カンパで子どもたちへクリスマスプレゼントをするという企画もできました。12月25日が楽しみです。

 ラジオ体操
 9時50分から始まる朝礼でテープを流し、私が前に立って体操をしてきました。
生徒達は私がやるのを真似て手足を動かしていましたが、4・5年生はほとんど出来るようになりました。12
月8日から生徒を一人前に出して、私は後ろでするようにしました。
 先生達もネパール服で一緒に体操をやるようになりました。朝、中学校に行く生徒たちが興味深そうに見て
いきます。体操の後、生徒達は「ネパール国家の歌」を歌ってから各教室へ行きます。

 とにかく生徒達は活発で強靭です。素足でも、シャツ1枚でも少々の寒さは平気です。私が心配して、「大丈
夫か?」と声をかけるのですが----少々のことではへこたれません。1時間以上かかって山道を登って学校に
来るのですから。
 授業中、隣の生徒が自分より出来ないと教え合う優しさ、喧嘩をしてもすぐ仲良くなり、ケロッとしています。
 先生たちの大きな声などに負けません。授業以外は先生と生徒の接触はないので、自分たちで遊びを考え
てやります。先生と生徒の関係はショックでしたが、日本の子どもたちとは違うということに気付き、あまり心配
しないことにしました。
 散歩やドラルガハットへの道を歩いていると、遠くの方で「みうら!」と呼ぶ声、「オーイ」と手を振り返す楽しさ。
 登校してくると、2階に居る私を呼んで、「ボール」「なわとび」と声をかけてくれます。時々一緒に遊びます。
 1年生の子と追いかけっこをしたり、手をつないで輪になったりして遊びます。私と手をつなぎたい子が競って
困るくらいです。なるだけ全員と手をつなぐことを心掛けています。「折り紙」「風船」や「折鶴」も教えています。
 子どもたちと仲良しでーす。もちろん3人の女の先生たちと仲良くやっていますので、ご心配なく。

 ネパールの生活紹介
 ネパールでの食べ物など生活について紹介します。
 食事は校舎の下にあるウッタムさんの家で、皆さんと同じネパール食を食べさせていただいています。今は、
ウッタムさんのお兄さんの家と半々で食事しています。朝食は9時30分頃、夕食は18時30分~19時頃です。
 内容は、この村のどこでも食べているものです。御飯にダル(豆のスープ)、タルカリ(野菜の煮たもの)、アチャ
ール(漬物、といても日本の漬物のイメージと違います) たまにダルとタルカリが一緒に出る時もありますが、
ほとんどはどちらか一品です。
 御飯はお椀に3杯分ぐらい盛られるのですが、私は3分の1くらいにしてもらっています。皆大盛りの御飯を食
べますが、太っている人はいません。ダイエットしたい人には、ネパール食をおすすめします。

 にわとりを食べる
お祭りとか接待とか、何か特別の時に、庭で餌を食べているにわとりをつぶします。これは男の人の仕事で、羽
根を取り、木の台の上で斧のような刃物で骨まで小さく切ります。それを女の人が炉で炒め、そこへいろんな香料
を入れ、塩と砂糖も入れておいしく出来上がります。
 骨付きの肉を食べるのは、歯が丈夫でない私にとって大変ですが、この時でないと肉が食べられないと思い、
なんとか骨から肉を取り食べています。
 卵は食事に出ませんので、歩いて30分程の小さなお店に売っているのを10日に1回ぐらい買いに行きます。
茹で卵にしてタンパク質の補給としています。この卵は村の家の卵なので、実においしく大きいです。
 台所は土間に炉が土で作られています。何軒かの家の炉を見ましたが、各家庭の独創でいろんな形です。直
接土間に穴を掘り、そこで煮たり炒めたりするところもあります。縄文や弥生時代が今も生活の中で営まれてい
るのには感服する次第です。
 火は木の枝やトウモロコシの皮・芯等燃えるものなら何でもです。無駄がありません。火吹きで火を起こすのを
見て、昔の日本のカマドを思い出しました。
 水道は、数軒で1ケ所の水場があり、朝6時頃から水を金属製の器に入れ台所に運んで置き、炊事します。
家畜 各家庭では動物(にわとり・牛・山羊)を飼っています。これは動物性蛋白質のために絶対必要ですから、
人間と一緒に暮らしているという感じです。糞は田畑の肥料として大切なものです。(化学肥料はこの村では皆
無です)
村の道を餌場まで移動するので、どこへ行っても糞はあります。踏まないように歩くのも慣れ、見ても汚いと思わ
なくなりました。
 私の部屋は校舎の二階の8畳くらいの部屋です。まずは部屋の大掃除から始めました。床は板敷ですが、すき
間があります。古いカーペットが3分の2ほど敷かれていましたが、3分の1から冷たい空気が入ります。11月下
旬からは寒さが身にしみるようになりました。特に夜と朝は厳しいです。少し厚めのマットを買ってもらいました。
 布団は、敷布団2枚(1枚はネズミがかじった穴有り)、その上に寝袋2枚掛け布団。12月に入って寒さが厳し
くなって、首にマフラーとバスタオル帽子をかぶってとすごい姿です。寝袋のおかげで寒くありません。
 夜中にはネズミさんの鳴き声と動く時の音がすごいので、眼が覚めます。私の部屋にも一匹入り込んで、リンゴ
をガリガリかじる音がしました。今は外に出たらしく、いないようです。
 停電は不規則で、その日によってちがいますが、昼はほとんど停電です。電気がつくのは夕方の5時から8時で、
ちょうど夕食の時です。夜は夕食が終わったら寝るので、8時間ぐらい寝る時も度々です。持っていった山用のライ
トは離せません。
 ちなみに、中国・インドの資本で発電所があるのですが、それはその国の方へ送電するとのこと、ネパールには
ゼロということを聞いてびっくりです。



2012年2月、めだかスクール訪問時の写真

 
   段々畑の菜の花と集落                    めだかスクールの先生たち

 
    めだかスクールの保護者                  サピング村からのヒマラヤの眺望

 
   学校の授業風景                        休憩時間中のサッカー遊び

 
   サピング村の風景                   日本からプレゼントされた靴を選ぶ生徒たち

 
   めだかスクールの全校生徒                ピクニックでの踊り

 
  どの家でも牛・山羊・鶏を飼っている            段々畑のある風景


   
  
ネパール・めだかスクール訪問記

                                                                      前 圭一

 5度目のめだかスクール訪問
 2012年2月、ネパールのめだかファミリースクールを訪問した。今回で5度目の訪問である。同行者は3人の女性
(松田さん・坂本さん・石島さん)。いずれもこの学校のサポーターで、石島さんは奈良ハイクの会員で、2009年の訪
問の時も参加している。
 このめだかスクールは、1999年の夏に、現在校長をしているウッタム君が日本に来て、自分の故郷のサピング村
に女の子や貧しくて学校に行けない子どものための小学校を造りたいので支援してほしいと訴え、これに共鳴した人
たちが学校建設のカンパを呼び掛け、翌年の2000年春に校舎が完成し、3年制の小学校としてスタートしたもので
ある(ネパールの小学校は5年制)。奈良では、「めだかファミリースクールを育てる会」が作られ、会員の会費を元に
年60万円を現地に送金し、先生の給料や学校経費の全てが賄われている。現在、私はこの会の代表を務めている。
 

サピング村へ
 2月8日午後2時、関空から中国南方航空機で中国・広州へ。ここから乗り継いでネパールのカトマンズ空港に着い
たのは夜10時過ぎ。空港にはウッタム校長が出迎えてくれていた。空港を出ると雨が少し降っていた。昨年9月以来
の久しぶりの雨とのことだった。ホテルに着いたのは深夜0時半だった。
 2月9日朝8時45分にホテルに手配してもらった車に乗りドーラルガハットに向かう。途中、ジュルケルという町に寄り、
そこのイネイトペンションに泊まっていたジュリアンというルクセンブルク人の女性と、ウッタム君のお兄さんのビルバル
さんが乗り込む。
 11時過ぎ、ドーラルガハットに着く。ここにはめだかスクールの卒業生のコイラス君の父親や弟がポーターとして来
ていた。日本から生徒たちへのプレゼントとして、大淀町希望ケ丘小学校、橿原市畝傍東小学校、同畝傍幼稚園と大
阪の金剛学院の生徒が提供してくれた古靴を持ってきたが、その靴と参加者の荷物を運んでもらうことになった。古靴
は3箱でかなりの重量になっている。この運搬料が一人日本円でたったの200円。
 食事をした後、12時過ぎからゆっくり山道を歩いてめだかスクールのあるサピング村をめざす。午後3時半近くにめ
だかスクールに到着。先生から歓迎のレイをかけてもらう。写真を撮っていると、生徒たちが群がり寄ってくる。日本か
ら持ってきたキャンディを生徒へのプレゼントとして配る。
 午後4時、学校が終わり生徒たちは自宅に帰っていった。遠い集落の子は1時間以上かけて通っている。ちなみに、
この村は9区で構成されているが、村の最高地点と一番低い地区との高度差は優に1000メートルを超えている。
 この日からめだかスクールの校舎の2階に泊まる。ウッタム君と息子のウゾール君(めだかスクールの5年生)、それ
に「黒べえ」という名の黒い犬もいっしょに寝る。(ちなみに、この名前は、私が以前飼っていた犬の名前からつけられて
いる。)
 滞在中の食事は、この日から3日間いっしょに寝泊まりして世話してくれたナニー先生が主に作ってくれた。毎回カレー
だったが、参加者にはけっこうおいしいと
好評だった。

 保護者懇談会と授業参観
 2月10日、朝外に出てみるとヒマラヤの山々がきれいに見える。これほどくっきり見えるのはこれまでで2度目である。
久しぶりに降った雨が空気をきれいにしたのかもしれない。段々畑には菜の花が咲いていて、ヒマラヤの山々とのコント
ラストがすばらしく、絵になる景色が広がっている。牛を使った犂で畑を耕す光景もみられた。
 9時前に保護者懇談会が行われた。めだかスクールの生徒は70名近くだが、家族は48家族とのこと。各区から三々
五々集まってくる。8時の予定が、結局8時40分過ぎに始まった。始めに、私がめだかスクールを育てる会の11年間に
わたる支援活動の状況について、以下のような話をした。育てる会の会員は70名ほどで、この年会費(6000円)がめ
だかスクールの支援金の主なもので、ネパールからウッタム校長が送ってくれる無農薬の紅茶を販売して、送金の一部
に充てている、年4回会報をだして、学校の状況や会の活動を知らせている、会員はなかなか広がっていないので、い
つまで支援し続けられるかわからないが、学校が続くよう出来る限りのことはしていきたい。
 そのあと保護者から意見や要望など出してもらう。保護者からは、学校が出来てから教育レベルが上がってうれしい、
公立学校の教育が悪いのでめだかスクールを卒業してからが心配だ、めだかスクールのために何かできることがあった
ら支援したいと考えている、今年先生が2人やめたがいい先生を探してほしい、といった声が出された。発言する人は限
られていたが、めだかスクールへの期待がひしひしと伝わってくる懇談会だった。
 この日の授業は、午前10時から午後2時までだった。午前中の授業を参観。生徒たちはけっこう授業をまじめに受けて
いる感じだった。さすがに5年生ともなると、英語のスペリングもきっちり書いている。昼、授業が終わると生徒たちは学校
の少し上にある広場に行き、しばらくサッカーをしたり、同行の女性たちと遊んだりして過ごす。サッカーボールはすぐ下の
田んぼや池に落ちていく。この後、給食の時間。給食はビートンライス(蒸した米を平たくしたもの)にカレー味のスナックを
少々混ぜたようなもので、飲み物は水だけだ。
 
 プレゼントの靴を配る
 給食の後、2007年に建てられた新校舎の2階で、学年毎に日本から運んできた古靴を選んでもらう。靴を履いてうれし
そうな顔を見ていると、日本からわざわざ運んできたかいがあったと思った。提供していただいたみなさんに感謝したい。
ほとんどの生徒はこの靴を履いて帰っていった。靴選びの後、学年毎に撮った後、全校生の写真を撮る。
 生徒が帰った後、先生たちと翌日のピクニックの準備として、近くの松林に薪を拾いにいく。

 先生との懇談
 午後5時20分、先生との懇談会が行われた。めだかスクールの先生は現在5人。ウッタム校長、ナニー先生(10年目)、
ラミラ先生(4年目)、パビットラ先生(2ケ月、ウッタム校長の兄のビルバルさんの長女)、スシラ先生(新任、1歳児の母)。  
 最近2人の先生が辞めたが、その後任がパビットラ先生とスシラ先生である。ウッタム校長は、新しい先生を探すのに
相当苦労したようだ。何しろ、先生の給料は1ケ月日本円で6000円。公立学校の先生は9000円で、その7割にもなら
ないので、なかなか成り手がいないという事情がある。この11年間で、長年勤めているのはウッタム校長とナニー先生だ
けである。先生たちからは、以下のような声が聞かれた。
・学校はうまくいっているし、いい結果がでている。継続したサポートがなければやっていけない。ネパールでは最近物価
の値上げがあり、給料が上がればと思う。子どもたちの将来のために、出来ることをがんばりたい。
・公立学校より設備や環境がよく、しっかり勉強している。
・この学校が始まったころからめだかスクールに入ったが、この学校の先生になれてうれしい。長く勤めていきたい。
 この日の夕食はウッタム君の家のにわとりをつぶしたのがふるまわれた。これにあまく味付けしたご飯といっしょに食べ
る。
 この日、夜遅くまで3区から鳴り物の音が聞こえてくる。この時期は結婚式のシーズンとの事で、街に出てからも結婚の
場面を目にした。

 夜は停電状態
 村には何年か前から電気がつくようにはなったが、なんと生活時間にはつかず、真夜中から朝の5時頃までつくという
状態だった。おかげで、日本からプレゼントとして提供してもらったソーラーランプや電池を使わない電灯が役にたった。
 ちなみに、首都カトマンズもしょっちゅう停電している。ホテルやレストランなどは自家発電している状態だ。

 保護者や卒業生も参加したピクニック
 2月12日、この日は年に2回行われるピクニックの日。近くの松林の中で、朝の8時半から夕方の4時半まで行われた。
全校生徒に保護者や生徒の家族が参加。生徒たちは、食事が出来る間思い思いの遊びを楽しんでいる。実にのびのび
したものだ。
 竈が作られ、いくつかの大きな鍋にバターご飯やじゃがいも・豆を煮たもの、マトン肉の炒め物などが調理される。100
名近くの料理を作るのは大ごとだ。特にご飯は大きなしゃもじでかなりの力で蒸し返す作業が繰り返される。保護者のサ
ポートがあって始めて料理ができあがる。もっとも、数人の老人たちはおしゃべりをして、食べるだけ。おまけにロキシー
というどぶろくが振る舞われる。めだかの卒業生も食事の相伴に預かっている。めだかスクールの一大イベントがこのピ
クニックだという印象を強くした。
 食事後は、タブラー(小太鼓)の演奏に合わせての歌と踊り。歌は何種類もあるようだが、聞いているかぎり同じように
思える。踊りはワンパターンといってよい。同行の女性たちも誘われて踊りの輪の中に入る。めだかスクールで音楽を教
えているビルバルさんとある保護者の女性はさすがに上手だった。日本のメンバーからは、「幸せなら態度で示そう」の
歌を歌い、子どもらにいっしょにやってもらった。
 こうして楽しいピクニックが終わり、最後にお別れのあいさつをして生徒たちと別れた。

 世界遺産バクタプールと、ナガルコットから見たヒマラヤ
 2月12日朝、めだかスクールのある1区から3区の方に散歩する。3区にはかつて日本人が建てた学校があり、3年
制で先生が二人とのこと。現在は公立学校になっている。学校のまわりはごみが散乱し、トイレは使用できない状態ら
しい。田んぼの畦道を通り、学校を見た後、集落を通ってめだかスクールに戻る。途中、小さい子どもが石臼で粉をひい
ていたり、薪割をしたりしている。子どもも家事の大事な担い手なのだ。     
 9時半にサピング村を出発し、歩いてドーラルガハットに向かう。約2時間歩いて、11時45分にドーラルガハットに着く。
12時過ぎにバスに乗り、世界遺産のバクタプールに向かう。灰を被せて焼く陶器の製造現場やヒンズー寺院、かつての
土候の宮殿などを見学。古い塔をレストランにした所で昼食にしたが、ここで食べた焼き飯のおいしかったこと。これほど
のものは日本でもめったにないのではないかと思う。
 ここからヒマラヤの山々が眺望できる名所として知られているナガルコットにタクシーで向かう。途中、プロパンガスの
充てんのためにたくさんの人が並んでいる光景を目にする。都会では薪を使わないので、燃料事情はかなり厳しいよう
だ。このガスも、最近目立つバイクのガソリンもネパールでは産出しない。
 ナガルコットのホテルに着いて、夕日を眺める。このホテルは一番高いところにある一等地だが、夕食はひどかった。
翌朝、日の出を見る。エベレスト方面からランタン、そしてポカラとまるでパノラマのような眺めが見られるが、薄いガスの
幕が張っているようで、せっかくのヒマラヤの山々がくっきり見えなかったのは物足りない印象がぬぐえなかった。
 
 カトマンズでのショッピング
 2月13日、8時30分にホテルを出発し、首都カトマンズに向かう。カトマンズに着き、私が里親をしているシータ(めだか
スクールの1期生、ナニー先生の妹、現在カトマンズの学校で医学部をめざして勉強中)の下宿先に行き、我々の荷物を
預けた後、観光客がよく行くタメールに行き土産物を買う。ショールやマフラーなどを買ったが、カシミヤやパシミヤ100%
と表示されているものはほとんど中国製で偽物だという。本物はネパール製の商標が付いていて、値段もはるかに高い。
女性陣はさかんに値下げ交渉をしている。ある女性はいったん買うとした商品をこの値段以下でしか買わないと一旦返し
てしまった。本当に買わないかと思わせて、主人が買い手の言い値にするといって買うことにした。これは初めから計算
済みのやり方だったわけである。この店で、めだかスクールの運営委員の女性へのプレゼントのマフラーを女性陣に買っ
てもらう。ただし、いくらで買ったかは内緒。
 
 里子のシータちゃんと会う
 昼食を日本料理店でとった後、ウッタム君はシータを迎えに行く。シータと合流して、日本から持ってきためだかスクール
への支援金を銀行に預けにいく。この後、庶民がよく買い物をする通りに行く。ものすごい人が行きかい、生活の匂いがぷ
んぷんとする。ここで、めだかスクールの調理場で使われていた大きなスプーンの形をしたおたまが欲しいということで、全
員が買い求めた。シータちゃんに何か買ってあげるというと、靴と衣類それにデイバッグを買った。靴選びにかなり時間をか
けていたが、やはり女の子だなあと思った。
 シータの下宿に戻る。サピング村からわざわざ我々の見送りのためにやってきたナニーさんと再会。ここから歩いて30分
ほどのインド料理店に行き、いっしょに食事をした。タンドリチキンやナンそれにモモという餃子などを食べたが、食事代は日
本円で3400円ほど。ネパールは本当に物価が安いと改めて実感する。シータの下宿に戻り、荷物をとってタクシーに乗り、
空港に向かう。ウッタム君、ナニーさんに見送られながら空港内へ。
 深夜の11時15分にカトマンズの空港を立ち、広州の空港で乗り継いで、関空に着いたのは2月14日の午後1時だった。
日本は小雨が降っていた。

 今回の訪問は1週間と短かったが、村からくっきりとしたヒマラヤの山々が見られたこと、年に2回しか行われないピクニッ
クに参加できたこと、世界遺産の街を見学できた事など、これまでの訪問で一番充実していたように思う。
 最後にめだかスクールや生徒・先生にプレゼントした物のリストを挙げておきたい。・古靴・CDプレーヤー・CD・キャンデー
・ソーラーランプ・電池を使わないランプ・先生への寸志(11名より)・レターセット・定規・色鉛筆・アクセサリー・靴下・独楽・
ハンカチ・まり・小物入れ・メジャー ご協力に感謝します。