1.はじめに


  最近の日本はどうなっているのだろう、子殺し親殺しのニュースが毎日のようにとどけられる。政・財・官にわたる不祥事も後を絶たない。教育現場や家庭の乱れがますます進行し、ストレスを原因とする病気の急増、自殺者や悪質な泥棒の増加。あるいは国や自治体の財政赤字の増大、遅々として進まない行財政改革、少子高齢化に伴う社会活力の低下など、国の体力も急速に弱まっている。・・・
人の顔から明るさが減り、経済発展の裏で急激な自然環境の破壊が生じ、人類の未来までも危うくなっている。・・・

 

戦後日本は驚異的な高度経済成長を果たし確かに豊かになった。ところが私達は今、豊かになり便利で快適な生活ができるようになったのに心は満たされず、平和な安定した世の中であるのに先への不安の方が強く、我々の周囲には閉塞感がある。

 

何故だろうか。

 

大きな原因のひとつに、世の中の急激な変化がある。
一つが人口の急増と都市集中。明治初期に3000万人程度であった日本の人口は、150年後の今や1億2700万人強の約4倍に急増している。そして明治初期2400万人くらいいた農業従事者は、今や1000万人を割っている。すなわち、85%ほどが農民であった日本は、農民の人口比率は8%ほどになり、人口の都市集中、農村の過疎化、そして核家族化が急速に進行した。

 

アメリカナイズとかグローバリゼーションとかいって、日本にそれまでなかった欧米の考えや生き方、価値観がどっと押し寄せ、テレビをはじめとする情報メディアを通じて個人の心に直接刺激を与え続けている。日本人の伝統的な考え方や価値観などは根本から揺すぶられ、さてどうしたらよいか分からない状況になっている。

 

物質文明が飛躍的に発達した。例えば、洗濯機、掃除機、電子レンジなどの普及により生活が超便利になり、主婦の仕事は飛躍的に能率が上がった。車をはじめ交通機関が発達し目的地まで短時間に到着できるようになった。このように便利になり時間の余裕ができるはずが、以前にも増して忙しく、時間に追われ、心の余裕がなく、ますますせかせかした生活になっている。人間の歴史はついこの間まで、ゆっくりしたスローペースで進んできたのだ。

 

第2次世界大戦に敗れた日本は貧乏のどん底を体験した。日本国民は豊かになりたいと願い企業も個人も必死に働いた。日本人の本来持っているすばらしい素質も手伝って、短期間に見事経済成長を成し遂げ豊かな国になった。当初描いていた豊かになる夢は既に実現しているのに、いまだにGDPのコンマ何パーセントかの変動に一喜一憂するような、右肩上がりの思想をほとんど唯一の「善」としてあくせくしている。

 

こうした人間のあくなき欲望をベースに際限なく成長と消費を求める国のあり方、個人の生き方が行き詰まり状況にある今、次の向くべき方向が問われている。

 

我々の次に向く方向は、「物質的豊かさ」と「心の豊かさ」のバランスを持った人間になることである、別の言い方をすると、これまで「物質的豊かさ」に重点を置いて生きてきたのだから、これからは「心の豊かさ」に重点を置いて生きるべきである、とよく言われる。いわば「成長」時代から「成熟」時代への方向転換である。

 

その「心の豊かさ」とはどのようなもので、またどうすれば得られるのか。
このテーマは、まさに政治、行政、教育機関などが模索しているがいまだに解答が出てこない難しいテーマだ。
このような時、何千年にまたがる人類の歴史から学ぶことが一つの方法だ。先人の智恵の前に跪いて、「心豊かに」生きる秘伝や秘訣に耳を澄ましてみることだ。

 

以下、日本民族としては圧倒的に長い期間を生きた弥生時代や縄文時代の、いわゆる古代の我々の祖先に照準を当てて、日本人の「大和心」を探ってみたい。