いずみの@講義中 の発言:
もう、第二部をこっちでやっちゃえ
結城 が会話に参加しました。
いずみの@講義中 の発言:
結城さんが釣れた(笑)
結城 の発言:
これは釣られたというのだろうか(笑)
結城 の発言:
よろしくおねがいいたします〜
いずみの@講義中 の発言:
で、あと残ってる議題といえば……
いずみの@講義中 の発言:
主人公のスケールは「過程を描かなくてもいい」ってことと、
朝倉とカモについてひとつ、ってのが残ってますね(メモ見つつ)
水音 の発言:
どちらを優先するべきなんだろうか
いずみの@講義中 の発言:
両方とも水音さんには前説が必要っぽいなぁ
水音 の発言:
よろしくお願いします
いずみの@講義中 の発言:
ちょっとログコピペします
いずみの@講義中 の発言:
ここまでですね。水音さん読みました?
水音 の発言:
大体は把握しました
いずみの@講義中 の発言:
でまぁ、
みんな難しい考察してるけど、
四の五の言わずにスケール勝ちすりゃいいんだよ
っていう、要約すると(笑)。
水音 の発言:
とんでもなく分かりやすいw
はし@受講中 の発言:
ぶっちゃけた(笑)
まきばっくす の発言:
結局少年漫画なんだよねという結論w
いずみの@講義中 の発言:
まぁ、そこまで極端な古典的パターンを踏襲しろってわけじゃなくて、最終的に
「そのワクの範囲内に収まりさえすれば、後はどうだろうがオッケー」
ということです。
デカいビジョンを提示して、「それが達成されそうな雰囲気」を
醸し出せれば(そして達成するまで主人公は決して諦めないであろう決意を描ければ)
少年漫画として落とし込めるんだ、と。
水音 の発言:
少年マンガらしい終わり方ですよね
いずみの@講義中 の発言:
だから天才の超を、ネギは乗り越えちゃっていいんですよね。
いずみの@講義中 の発言:
で、その主人公、ヒーローのムチャはどうやって達成されるのか、というのが
>パターン的には、「努力型」「根性型」「才能型」「理屈型」「協力型」「描写しない」〜
の部分ですね
いずみの@講義中 の発言:
まぁ誰が読んでも納得できるような理屈を用意するか、
「天才だから」で何でも通しちゃうか、
努力や根性で解決するか、
みんなと力を合わせたり、力を借りたりして達成するか〜
と。
ここらへんは感覚的にわかりますよね。
水音 の発言:
何となく一部の概要だけは掴んだ気がします(ぉ
いずみの@講義中 の発言:
そこらへんで重要なのは
「見せかけ」と「本質」の関係で、
見た目上は努力して勝ちましたっていう主人公でも
いずみの@講義中 の発言:
冷静になって良く見てみると凄い才能が
あるだけなんじゃないかと思わせたりとか
いずみの@講義中 の発言:
例えば『アイシールド21』とか、基本テーマを一言にまとめると
「アメフトは一点突破の才能と努力があれば、
他の才能がダメでもヒーローになれる!」
なんですけど。
いずみの@講義中 の発言:
実際に主人公のセナが成長していくと、一応
「足が速いだけのチビでもヒーローになれるんだ」
という話を描いてるように見えるんですけど。
いずみの@講義中 の発言:
明らかにあの猛特訓についてきたり、
大会に出てる時点で、ホントは単に
「足以外も凄い、アメフトプレイヤーとしての基礎体力を持ってた人なんだろ」っていう(笑)。
水音 の発言:
なるほどw
いずみの@講義中 の発言:
これなんか、「セナは本当のアイシールド21にならなきゃいけない」っていう
ゴールの提示がまずあって
いずみの@講義中 の発言:
最初は「足が速いだけの人」だから、
「なれそうにない」って所からスタート
してるわけですけど(そうでないと漫画にならない)
いずみの@講義中 の発言:
実際に「ホントになりそうだ」って周囲も思った頃には、
「なるべくしてなるような才能が実は眠っていた」、という逆説
が起きるっていうことですね。
『ラブひな』の景太郎なんかもそうですけど。
ダメ男に見えたのは覚醒してなかっただけで、実は凄い男なんじゃないかっていう。
女子寮の管理人をしたり温泉に入ったりしてる内に、今まで使ってこなかった才能が明らかになっていく。
まきばっくす の発言:逆に凄い人をヘタレに落とす方法もありますよね
成瀬川とか凄い人なんだけど、ヘタレにしか見えない。
bluefield が会話に参加しました。
いずみの@講義中 の発言:
もう一人参加されました。bluefieldさんですね(いずみのと結城さんのマイミク)
bluefield の発言:
先日、ネギまを一気読みまして。
いずみの@講義中 の発言:
おお
bluefield の発言:
酷いアニメに切れたりしてるわけですよw
いずみの@講義中 の発言:
どっちの話ですか(笑)>酷いアニメ
第二期?
bluefield の発言:
どっちも、それぞれ別の意味で酷いんじゃないかと思ってます
アニメは、一作目はクオリティの問題で、二作目は原作無視ってところですかねぇ。
いずみの@講義中 の発言:
一作目は制作論、二作目は方法論の問題だと思います
まきばっくす の発言:
とりあえず、監督に恵まれない
bluefield の発言:
読んで、驚いたのが、至極まっとうなジュブナイルだったってことなんですよね。
だから、佐藤順一なんかがむしろ適任だとは思うよ。
いずみの@講義中 の発言:
なかなかキワモノのイメージが払拭されないですからね。>まっとう
bluefield の発言:
まっとうなジュブナイルの上に、けっこう今日的なテーマなりを持ち込んで接木してるでしょう、そこが新鮮だったですよ。
bluefield の発言:
それより、アニメの話をしてしまってすいません。いずみのさんの講義の続きをしましょう。
いずみの@講義中 の発言:
あ、はいはい
いずみの@講義中 の発言:
どこまで話飲み込めました?>ネット議論とログ
bluefield の発言:
過去ログも読み終えましたよ
いずみの@講義中 の発言:
おお
いずみの@講義中 の発言:
なんか質問でもあれば補足しますよ
bluefield の発言:
最近の連載で、テーマパートとバトルパートが分離されてることですね。
bluefield の発言:
で、テーマそのものについての話と、少年漫画的な要請があるので、それをバトル漫画の枠内でどうやって収めるかってこと。
bluefield の発言:
こんな、とこですか、整理すると。
いずみの@講義中 の発言:
ああ、テーマとバトルに分けますか。
bluefield の発言:
「テーマとバトル」あるいは、「ロジックとバトル」に分離してるわけで
水音 の発言:
個人的にその二つに分かれてる部分が好きなところで、なんとなくゲームチックなんですよ
bluefield の発言:
そう、好きな部分でもあるし、この漫画の先進的な部分でもあると思う
いずみの@講義中 の発言:
あんまり言いたくないけど、ノベルゲーみたいな感じのバランスですね
その割に台詞の数少ないじゃないですか(※ノベルゲーは膨大な台詞でテーマを語るジャンル)。それが凄い。
bluefield の発言:
バトルを入れることで、台詞の少なさにも繋がるし説明過多にもならないと
まきばっくす の発言:
絵の情報量が多いですからね〜
あれだけの密度はそうない
まきばっくす の発言:
バトル無しでタラタラ学園生活送る少女漫画みたいなネギまも読んでみたかったかも
bluefield の発言:
いずみのさんが、いろんな少年漫画を例に挙げてたけど、
過去の少年漫画だと、「バトルで勝利すること」が問答無用でロジックでの勝利にも直結してるんですね、
それをクレバーに回避してるなぁ、と
bluefield の発言:
過去王道から微妙に外してるんですよ
bluefield の発言:
少年漫画の表現として、一歩先に進んだ観すらあるわけで
そこら辺が新鮮でおもしろい。
水音 の発言:
私はノベルゲーとかすごく好きなんですけど
水音 の発言:
ネギまの一コマ分の情報量って、ノベルゲーにしたら1シーン全部使うぐらいあると思うんです
水音 の発言:
それを無理なく、説明過多にならないように詰め込んでいる腕って流石だなぁ、と感心してますね
bluefield の発言:
そうね、ネギまっていろんな漫画の直系みたいな部分があって、情報量の濃さや設定の詰め込みは、FSSや士郎正宗の直系だと思う。
茶々丸なんて、士郎正宗の漫画からそのまま流用してますよw
水音 の発言:
あとFateに似てるなぁと思う部分が結構あったりしますw
bluefield の発言:
Fateも設定詰め込み系の作品ですね
いずみの@講義中 の発言:
赤松さんはノベルゲー遊ばない人なんですが、
もしその影響を受けたりしてたら、逆に
クドクドしい作風になってマズかったかもしれませんね
いずみの@講義中 の発言:
あくまで「ドタバタ・ハイスピードラブコメ漫画」の世界から
来た作家だったから良かったと思うんですよ。
bluefield の発言:
そうね、ヒロインが多人数ってのもギャルげーが下地になってるんじゃなくて、上で挙げた設定詰め込み漫画の影響がデカイんじゃないかな
いずみの@講義中 の発言:
その上で週刊作家ですから、鍛えられますよ
まきばっくす の発言:
『ああっ女神さまっ』の系譜ですね
bluefield の発言:
女神さま自体が、設定詰め込み漫画の影響がデカイですからね。
いずみの@講義中 の発言:
なにげに「ハーレム漫画を週刊で回す」っていうのは
技術を後世に遺すくらいの大偉業ですから
いずみの@講義中 の発言:
シロマサ→女神さま→(AIとま)→ラブひな→ネギま
という繋がりで見てみると、
いずみの@講義中 の発言:
ラブひなをやることが
「週刊でシロマサを回す」ことの基礎研究を兼ねてた可能性がありますね。
その見方は面白いかもな。
bluefield の発言:
あるいは、F.S.Sを週刊でまわしてるんですよ
いずみの@講義中 の発言:
でちょっと話を戻すと、ぼくは割と原理主義的な少年漫画読者なので
いずみの@講義中 の発言:
だから「王道を外す」という言い方とかがあると、
凄い言葉遣いにデリケートになって、慎重になるんですよね
いずみの@講義中 の発言:
「ネギまは少年漫画らしくないことを良くやるなー」と
思うと同時に、
「王道は今のネギまも飲み込める筈だ」という見方をするわけで
bluefield の発言:
いやこれは個人的意見ですけど、メインはジュブナイルでバトル漫画の王道なんですよ。
ただ、その枠内で、バトルとロジックを分離させたり、微妙に「セオリー外し」をやってるわけでして。
bluefield の発言:
だから、「バトル=ロジック」、つまり力技で勝つことが
ロジックでも勝利をおさめることとイコールになってる、
過去の漫画に比べて先進的でもある、と。
いずみの@講義中 の発言:
うーん、そこまで先進的ではない……というか、もちろん
技術的な追究は勿論あるんですけど。
いずみの@講義中 の発言:
どうかな、凄い独特な手法を作り上げたという気はしますけどね。
いずみの@講義中 の発言:
結城さんはどうよ?(笑)
結城 の発言:
んー、個人的な印象で申し訳ないんですが、
超が「思いを通すのはいつも力ある者のみ」
と言ってる時点で、別段他の漫画と変わりはねー という(笑)
bluefield の発言:
ははは
水音 の発言:
どう聞いても「力が全て」ですしねw
いずみの@講義中 の発言:
そう、なんだかんだ言いながら
ネギも武力行使で勝つんだろ? っていう(笑)
結城 の発言:
本心が何処にあるにせよ、それを選択した時点でバトルになるのは当たり前だ、という。
結末もバトルでしかつかねぇよ、という(笑)
結城 の発言:
だから、そういう意味では安心して見てられるんですが(笑)
bluefield の発言:
いや、でも肉体的なバトルと、ロジック戦を分離してるから、おもしろい、と
いずみの@講義中 の発言:
うーん、そういう意味では
bluefield の発言:
そうそう、やっと話が通じたかもw。
「殴り合いながら論戦する」ってのを漫画の演出として賢く回避してるでしょう
いずみの@講義中 の発言:
まぁ、刹那エヴァ戦なんかはまともに「殴り合いながら論戦」やってたりはしますけど。
結城 の発言:
んー、というか、まぁこれは俺の思い込みでもあるんですが、
「ロジックで負けたら力業で」ってキャラ付けですよね、超は
結城 の発言:
というか、ロジックで勝つことに固執してないというのが正しい気がしますが
bluefield の発言:
逆に、超の方が、ロジックとバトルが混在してるんですよね。
だからこそ力づくで世界を変えようとしてるわけで
bluefield の発言:
ここに、主人公側との対比があるんですよ
水音 の発言:
ロジックはロジック、バトルはバトルなネギと
ロジック、バトル混合の超ですか
bluefield の発言:
この辺りの主人公と超の立場を違いを抑えておくと、
現状での連載のテーマにももっと肉薄できるかもしれない、と
結城 の発言:
あぁ、超がバトルとロジックを混在させてる分、最終的に残るのはバトルだろうな、というだけなんですがw
bluefield の発言:
そりゃ、なんたって少年漫画ですから。>最終的に残るのはバトル
ただ、どうやってそこに落とし込むのかなって興味はありますね。
いずみの@講義中 の発言:
「残るのは」、というより、「何で心を折るか」かな
いずみの@講義中 の発言:
「文句を言わさない状態」
に持って行く決め手がどっちなのか、という
いずみの@講義中 の発言:
殴り勝って文句を言えない状態にしてから
言葉でえぐるのかもしれないし
bluefield の発言:
そこら辺りは今後の楽しみですね
いずみの@講義中 の発言:
「言葉じゃ五分だ、あとは実力で雌雄を決しよう」もいいですね
水音 の発言:
最終決戦っぽいですね>実力で雌雄を決しよう
まきばっくす の発言:
ここまで盛り上げて、会話だけで終わったら斬新すぎる
まきばっくす の発言:
超「ゴメン私が悪かったネ」
結城 の発言:
あぁ、そういう意味で、理屈に優劣は決められないと思うのですよ
bluefield の発言:
双方の立場を描いた上で、理屈でもある程度優劣があるんじゃないのかな
夕映が勝てるってこないだの連載でも話してたわけですし
結城 の発言:
しまった、書き方が悪かった。
超にとってはその手段しかないワケで、それは理屈で押されようがどうなろうが、
手段そのものを変えるわけにはいかない、ということです
bluefield の発言:
そうね、双方の理が十全に描かれてるし
いずみの@講義中 の発言:
つうか既に、「自分に正当性なんか無い」って本人思ってるよね、超は。
結城 の発言:
だから、間違ってるとか間違ってないとかは正直どうでも良いことで、
結城 の発言:
要はそこに「現在に生きる人間の可能性を信じるか信じないか」
ということだけでしか決着はつけられないと思うのですよ
いずみの@講義中 の発言:
まぁ後は単純に
「超の計画は超には止められない」
ことも重要なんじゃ?
いずみの@講義中 の発言:
「私が止まらなきゃいけないのは理解した、じゃあお前の手で止めてくれ」の世界ですよね。
仮に「ここで止まって当然」と超が思ったとしても、自分では止まらないと。
結城 の発言:
最終的にはそこに行ってもらわないと困るかな
いずみの@講義中 の発言:
そういう意味でも
「ロジックで説得するやつは相手より強くあるべき」
みたいなヒーロー像はありますよね、って思いますよ。
いずみの@講義中 の発言:
あとはホントに、ガチンコで倒されてみないと、
「本当にコイツに委ねていいのか」
が確かめられない以上、戦うんだっていう。
いずみの@講義中 の発言:
そういう意味じゃ、エヴァなんかも基本的に
「ここで負けるようならそれまでだ」って言う、
実力主義の人なんですよね。
いずみの@講義中 の発言:
でもbluefieldさんの言いたいことは大体わかると思うんですけど、
凄い王道を守りつつも、見せかけの表現では少年漫画っぽさを
避けようとしてるように見えるんですよ
いずみの@講義中 の発言:
テレなのか計算なのか天然なのかわかんないんですけど
bluefield の発言:
というより、王道なテーマの先進化ですかね
bluefield の発言:
あるいは、少年漫画の「お約束」や「タブー」に微妙に踏み込んでるのがおもしろい
いずみの@講義中 の発言:
先進化という言葉よりは、「追究」と言った方が相応しいでしょうね。
bluefield の発言:
ええと、テーマの話に戻しましょうよ
いずみの@講義中 の発言:
どこまで戻しましょう
bluefield の発言:
うーん、ってか、俺が出張りすぎなので、いずみのさんの講義が聞きたいw
いずみの@講義中 の発言:
じゃあちょっとストックしてた話で
いずみの@講義中 の発言:
名も無き読者さんが書いてたんですけど、
武道会からずーっとテーマの積み立てをやってたわけですよね。
学祭初日に夕映が小太郎に言ってた、
「愛を知らぬ者が本当の強さを手に入れることは永遠に無いだろう」とか、
「強さを求め続けてどうする?」みたいな言葉もそうなんですけど。
いずみの@講義中 の発言:
まず刹那戦、
エヴァの説教、
図書館組の巻き込み、
一度敗北して仲間に救出される、
一般人を巻き込む作戦の提案、
朝倉とカモの評価、
夕映の助言、
とくるわけですが
いずみの@講義中 の発言:
この「朝倉とカモの評価」が気になってまして
bluefield@聴講中 の発言:
「評価」?
いずみの@講義中 の発言:
ここですね。
いずみの@講義中 の発言:
これ読んで、「なんとなくヤな気分になった」っていう友達がいたんですよ
いずみの@講義中 の発言:
ぼくも
「これまたいつもの、
少年漫画っぽくない表現のひとつだなー」って思ってて(笑)。
bluefield@聴講中 の発言:
主人公が大人になることですか?
bluefield@聴講中 の発言:
それとも、打算を身につけること?
いずみの@講義中 の発言:
いや……名も無き読者さんは
「この作戦は、一般人の生徒や敵すらも信頼した上に成り立っている」
みたいに説明されてるんですが。
ネギの「連帯と信頼」の一部として評価してるんですよね。
で、作中でその作戦を賞賛してるのが朝倉とカモなんですけど。
いずみの@講義中 の発言:
でもよくよく読んでみると、ネギだって他人を利用してるだけだと思いません?
水音 の発言:
なんか嫌ないい方ですね。その通りなんですけども
いずみの@講義中 の発言:
生徒側からすれば、
合意してもいないのに、自分を操ってるヤツから
「信頼してます」なんて言われてもなあって感じだろうし。
いずみの@講義中 の発言:
信頼するだけじゃなくて、相手から信頼もされた上で
「信頼に応える」ようでないと、連帯というキーワードには繋がらないんじゃないかと。
いずみの@講義中 の発言:
自分の目的のために、龍宮やハカセと協力したり、学園側を利用している超と、大差は無いでしょうという。
超もネギも、身内に事情を隠しながら作戦立ててるんですから。
そういう意味では、
「超一味のみんなは超を信頼してるけど、超がそれに応えるとは限らない」
「いいんちょ達はネギを信頼していて、ネギはそれを裏切りたくないと思ってる」
という対比はありますけど、一般生徒に関してまで言うと、微妙ですよね。
いずみの@講義中 の発言:
でですよ、要するに朝倉とカモはヒーローじゃないので
いずみの@講義中 の発言:
どっちかというと
「大人の価値観側の人物 」、どう考えても
「超寄りの思想の持ち主 」なんですよね。そういう連中にホメられた所で、少年漫画として主人公の成長は証明できない。
いずみの@講義中 の発言:
だから、この作戦の立案に対して、
ネギ本人は嫌悪感を感じる必要があるんですね。
まきばっくす の発言:
改めて見るとここはいい演出ですね
いずみの@講義中 の発言:
アスナは全肯定してくれるという。>ここはいい演出
ここでアスナは、
いつも通り理屈をすっとばして「軽蔑しないわよ」って慰めるだけで、別に「成長した」だとか「そのやり方は間違ってない」とか認めたりはしないんですね。
いずみの@講義中 の発言:
こっちの方も、アスナが「なにやってんの」って感じで見てて、
世間知らずのさよが全然意味わかってなくて、
「?」って顔してるのが良い(笑)。いずみの@講義中 の発言:
子供から見て、
「よくわかんないけど、こいつらが言ってるのは、大人の言い分なんだな」
っていう対比になっていて
いずみの@講義中 の発言:
だから多分、ネギが学園生徒を巻き込んでしまうのは、結局ネガティブな要素であって、
人間としては
未熟さや、不完全性の表れだと思うんですよ 。だから罪悪感も覚えなきゃいけなかったし、
慰めされはすれど、称揚される行為ではないと思うんですね(この作品においては)。
いずみの@講義中 の発言:
ネギまは「絶対的な強さなんて存在しない」「完璧な手段なんて無い」なんていう、
そういうシビアな世界の漫画ですから、
「一歩を踏み出す者」であるネギが、何らかの罪悪感や嫌悪感を
背負わなきゃいけないのはまぁ当然なので。いずみの@講義中 の発言:
でも朝倉とカモは、ネギのヒーロー性をみくびってる、引き立て役の立場だと思うし、
ネギが何らかの形で「いや、そういうのじゃないんだ」って
乗り越えなきゃいけないことを言ってる(作者に言わされてる)んじゃないか、って思うんですよ。
いずみの@講義中 の発言:
水音さんや大槻さんは感覚的にどうでした?>朝倉とカモ
まきばっくす の発言:
作者的にぶっちゃけなきゃいけないことを言わされてるってのは
感じましたね、ただそれがネガティブなものかどうかはもちょっと
話が進まないとなんともいえないですね
水音 の発言:
「やっぱりFateに似てきたなぁ」と思うのは私だけかな
いずみの@講義中 の発言:
まぁ単純にネギは性善説で、超は性悪説なんでしょうけどね。
「人間はミスを犯す存在だから、人間のミスは私が全部フォローしてみせる」というのが超。
いずみの@講義中 の発言:
ちなみにカモの台詞。
少なくともカモは
「超が本気でカタギに手を出すようなことがありゃ〜」なんて言ってる辺り、超を信用しきってるわけじゃないよなあ。
いずみの@講義中 の発言:
やっぱりこの二人の会話は、「リーダーは他人を利用できてナンボ」
としか言ってなくて、信頼とかは関係ない気がする(笑)。
で、おそらく実際そうですし。
いずみの@講義中 の発言:
そのカモが「おっちゃん嬉しくて」って言ってるってことは、
そういう「大人の価値観」でネギの成長を誉めてるわけだから……。
朝倉とカモの会話を聞いてて、ちょっとヤな感じを覚えるってのは描写的に当然だったのかな、と。
いずみの@講義中 の発言:
勿論、ネギが「そういう要素を身に付けていく」こと自体はオッケーなんですけど、
そのことによって、ネギがどういう結果を出すのか? っていうのはまだ描かれてませんし、
それはネギ自身が示さなきゃ、少年漫画的な意味は無いんですよね。
いずみの@講義中 の発言:
この時点だと結局、「朝倉とカモが勝手に喜んでるだけ」ですから。
そういう、
「少年漫画の外の論理」が描かれた後に、
「少年である主人公がそれを乗り越えていく」という構図が
期待できる所が、面白さかもしれませんね。
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