約束の三十分前。私は、待ち合わせ場所に着いてしまっていた。
というのも、家に居ても緊張して普通でいられず、早いと分かっていて出てきてしまったからである。
…目の下にクマ…とまではいかなかったけれど、昨日は緊張してあまり眠れなかったし……。
それは、女の子ではないけれど、やっぱり何を着ていけば良いか?とか、何か用意した方が良いのか?とか…。考え出すときりがなかったから。……大きな緊張と不安、そして小さな…けれど止まる事のない恥ずかしくて甘いような期待。……人生初のデートは皆、こんな気持ちなのだろうか??
私は、駅の壁に寄りかかって自分の足元を見ていた。
私が結局、着てきたのは黒のパンツに白のネルシャツ。……元からそんなに服が多いわけでも、流行に敏感なわけでもない私が色々考えていくうちに途方に暮れて、行き着いた先が、この限りなく無難な格好……。私は普段からシャツやセーターにジーンズかズボンを合わせるくらいだし…。姉にはラフ過ぎる!もっと体に沿ったようなタイトな物とかお洒落な物を着たら良いのに!と良く言われるけれど……私には、デザインだとか重ね着を考えるのは、なかなか難しくて。一応、あまりサイズの大きな物とかは幾らなんでも見苦しくなってしまいそうなのである程度、気を遣っているつもりではあるんだけれど…。
「宮田先輩は……あんまりそういうの気にしないのかな…?」
きっと、宮田先輩はデートとかにも慣れているだろうし…お洒落もしていそう…。
……そんな先輩の横に私みたいなのがいて大丈夫なんだろうか…?
ふと……今朝から押え込んでいた不安がまた、大きくなってきた。
ここまで来て、悩んでも仕方ない事だと分かっているのだけれど、やっぱり不安はそう簡単にはなくなってはくれない。……心の中で、彼がそういう事で付き合いを嫌だと思う人ではないと理解していても…だ。
私は、自分を落ち着かせる為に一度、大きく吐いた。……すると、丁度その時、こちら側に走ってくる姿を見付けた。
……顔を上げて見つめていると宮田先輩は、私が自分に気づいた事を知って瞳を柔らかくして微笑んだ。
「……待ったか?」
私の前に立った先輩は、優しい声で聞いてきた。……今は、約束の十分前。彼が約束よりも早く来てくれたという事になんだかとても嬉しくなって、私は首を振ってそれに答えると先輩は、優しく微笑んだまま、さらりと一度だけ、私の頬を撫で、そのまま髪を後ろ流すように頭に触れた。…それは一瞬の事で周りには人もいなかったけれど、私を赤面させるには十分だった。
「…み、宮田先輩?」
ドキドキと一気に高くなった心臓の音に動揺しながら、呼びかけたけれど先輩はやっぱり優しく微笑んだままで
「……どこに行くかとか決めてなかったな。どっか行きたい所、あるか?」
彼は、先ほどの事に触れず、行き先を聞いてきた。……私は、それにまともに答えれる余裕はまだなく、首を横に振った。……例え、このドキドキがなくても答えられはしなかっただろうけど……。
「……じゃあ…映画とかか…?他って言ったらゲーセンとか買い物か…」
どうする?と瞳で聞き返されたのが分かったので、私は映画で何がやっているのかをとりあえず見てみようと彼になんとか言った。彼は、それに頷いて私の横に並んで歩き出す。
学校でしか見た事のなかった先輩。
先輩は、ジーンズと襟元の所に交差するように紐の通った黒のニットを着ていた。ラフなんだけれど…男らしい首筋や胸元が見え隠れして…なんだか変に急に意識をし始めてしまった私は、彼の顔をなかなか見れなくなってしまった。……いや、逆に顔だけを見れば大丈夫だと勇気を振り絞っても目を合わせてしまうと心を読まれてしまいそうで慌てて外してしまう。
それを何度か繰り返した後、先輩は不思議そうに
「……どうかしたか?菱谷?」
と聞き、私が焦ってなんでもないと身振り手振りで答えると、彼はますます不思議というか訝し気な顔をして
「……菱谷…」
じっと私の顔を見る。が、私はやっぱり彼の顔を見る事が出来ない。
このままじゃ不味い…と分かっているのに、理由が理由なだけに焦れば焦るほど、顔を赤くして何も言えなくなってしまう。
先輩は、しばらくそのままでいたけれど、急に私の手首を掴んで歩き出した。
その腕の強さは、痛いというほどではなかったけれど、早足に歩く先輩の足は、最後まで緩む事はなかったのだった。