溢れる光の向こう側

    
第四回

4.

現場の朝は早い。八時に事業所ごとに建てられたプレハブ事務所の前に集合し、朝会が開かれる。
 その時間に合わせて、町から作業員を運ぶ専用バスが、道路を連なって走るが、信一郎たちは東京から運んできた測定器、工具、予備ランプ類があるので民宿と原子力発電所間はライトバンで通った。
 ラジオ体操が終わった後は、本日の連絡事項、作業場周辺の状況説明等の安全活動のあと「ご安全に!!」と全員で声を合わせる。三人とも昨夜のお酒は残っていなかった。
 点検前半の三日間は、原子炉の燃料棒保管プールでの水中照明ライトの交換作業である。
 午前中は状況確認で終わるであろう。三人は管理建屋の入り口でIDカードによる身分照合を行い内部に入る。慣れた作業とはいえ、ここに来ると今でも緊張感が高まる。窓口でフィルムバッチとTLD測定装置を受け取る。フィルムバッジは一週間持っておいて、放射線でどれだけフィルムが感光するかにより被爆量を測定するものである。TDL測定装置は小さなICチップのようなもので、これは毎回入場ごとに新しいものを受け取り、退出するときに測定器にかける。この二つの測定装置と、IDカードを一緒にストラップにつないで首から掛ける。
 三人は軽い冗談を交わしながら、細い廊下を歩いて作業員ロッカールームに入った。

 なにも急ぐことはないのだが、いつも三人は服を脱ぐ競争をしてしまう。緊張感を少しでもほぐすかのように、業務の中で何かしら楽しみを見つけて、くだらないことを競い合っていた。
 前回来た時には競争に夢中になるあまり、勢いあまって脱がなくて良いパンツまで下ろしてしまい、高橋と加藤に大笑いされてしまった。
 前回のリベンジを果たすため、今日は密かにシャツを着てこなかった自分に信一郎は苦笑した。
 首から測定具のストラップを付けパンツ一枚になった信一郎は、高橋と加藤に誇らしげに勝利を宣言し、防護服更衣室へ向かう。
 シャツを着てこなかった効果は絶大だった。
「祥子さんとベッドインする時も、その手を使ったのか」ズボンを脱ぎながら加藤が、信一郎の背中に負け惜しみの言葉を投げかけた。
 防護服を着るのも自然と競争になる。ピンク色の肌着とズボン下をはいている信一郎を見て、高橋は競争を諦めたのか、のんびりムードで着用を始める。
 負けず嫌いの加藤は遮二無二なって信一郎に追いつこうとする。
 黄色い綿の靴下を二枚重ねで穿いて、フード付のつなぎの作業服に足と腕を通し、一気にファスナーを首の下まで引き上げる。綿の手袋をした上からRIゴム手袋を一枚つけて手首をガムテープで塞ぎ、もう一枚上からRIゴム手袋をつける。
 二枚目のゴム手袋は一枚目のゴムと密着し滑りが悪く、中々指先まで入らない。ここで手こずっている間に、加藤が着用し終わり信一郎の肩をポンと叩く。
「祥子さんとの時はゴムを付けなかったのか? その手際の悪さでよく彼女はシラケなかったなあ」下卑な笑みを浮かべながら加藤が歩き出す。
「今日の昼弁当は俺の奢りだなぁ」高橋は特別悔しそうでもなく、丹念に手袋の着用状態を調べている。
 作業は早いが手抜きをしかねない加藤と二人なら、原子力発電所の作業に不安を感じずにはいられないだろうが、いつも冷静沈着な高橋がいるからチームとしてバランスよく仕事が進む。信一郎は高橋の横顔を見ながら頼もしさを感じた。
 付属棟のエレベーターで三階にあがり、ヘルメットを着けてその上からフードをかぶる。
 いやがうえでも緊張感が高まる。
 付属棟内部に入り通路のバリアーを跨いで、作業用RIゴム靴に履き替える。そこで放射線管理者の服装チェックを受ける。
 加藤のゴム手袋の手首が、ガムテープで完全に固定されていないのを指摘され、その場でガムテープを巻き直す。
 高橋が加藤に向かって笑いながら言う。
「早かったはずだ、手抜きは駄目だね。今日の昼弁当は加藤の奢りに決定だ」
「ちゃんと止っていたと思ったんだがな。中島がシャツを着てこなかったので焦ってしまった」
「おいおい、人のせいにするなよ。仕事は完璧でいこうぜ」信一郎は苦虫を噛み締めるような顔で加藤を見つめた。
 いつも加藤には冷や冷やさせられる。しかし信一郎は作業時における加藤の手際の良さには一目をおいていた。そのうえ彼は人が躊躇するような高所や足場の悪い場所でも、難なく作業をこなしてくれる。
 見た目はいかつく、初対面の人にはとっつきにくいが気の良い仲間である。

                       第五回へ続く