溢れる光の向こう側
第三回
3.
駐車場の一角に造られたプレハブの作業者現場事務所に着いた信一郎達は、まず自分たちが座って作業準備や昼食をするために必要なスペースを、長机の端っこに確保し荷物を下ろした。
他の作業者達はすでに現場に入っていて、事務所に残っているのは元請け会社の所長と、二名の放射線管理者、それに女性の事務員だけだった。
「おはようございます。東和工業の高橋他二名です。今到着しました。よろしくお願いします」
信一郎と加藤より一年だけ先輩の高橋がリーダーである。
「ああ、よろしく。じゃあ、明日から作業に入って貰おうか。今日はホールボディカウンターと新規入場者安全教育の予約を入れてあるから受けておいてくれ。明日からは朝会に間に合うよう頼むよ」
デスクで書類に目を通していた現場所長は、それだけを言うと、また書類に目を落とした。
所長は事務屋ではなく、いかにも現場から叩き上げてきたというのが分かる厳つい風体をしているが、今は現場に入ることもないのか、クリーニング下ろしたてのような一点のシミもない作業服を着ていた。
ホールボディカウンターとは、体内の放射性物質の取り込み状況を測定する機械で、一週間後の退場時にも受けて入場時とのデーター比較をする。
管理棟にある受診室のホールボディカウンターのベッドに横たわると、レールの上をベッドがスライドして、全身が測定器のトンネル内に入る。信一郎は初めてこの検査を受けた時、棺桶の中に入れられたような不安感に襲われ息苦しさを感じたが、今ではすっかり慣れて、数分間の短い測定時間にもかかわらず居眠りさえするようになってきた。
そのあと尿検査をすますと放射線管理者から、放射線についての知識と発電所内での安全についての研修を三時間受ける。研修では安全に関するビデオを見せられる。
すでに人気の峠を越えている関西のお笑いタレントが、原子炉内部を面白可笑しく説明している。毎年同じビデオなので、信一郎はどこの場面でギャグを言うかさえ覚えていた。
最後に簡単なマルバツ記入式試験を受けて合格すると、やっと翌日から作業に取り掛かれる。
この日は入場手続きだけを済ませ早々に現場を後にして、予約してあった民宿へ引き上げた。
他の泊り客もすべて定検作業者だが、まだ現場から引き上げてきていないので、信一郎たちが一番風呂を使い、そうそうに夕食を摂ることにした。
この出張での楽しみの一つがこの夕食とお酒にある。
民宿の主人が漁師なので、その日獲れた新鮮な魚介類がふんだんにテーブルに並ぶ。
しかも二食付で宿泊費が五千円と安く、会社から支給される出張旅費に差額が出るので、お酒を心行くまで飲めるのだ。
女将というにはあまりにも色気がなく、日焼けした顔に深い皴を刻んだ漁師のかみさんの、節くれだった手で酒を注いでもらうと、不思議な寛ぎ感に包まれる。
会社にいると毎日残業の連続で、同僚たちとこうしてゆっくりお酒を飲みながら話をする機会を持つことが出来ないので、自然と話が盛り上がる。
最初は明日からの点検の話題だったが、酒が進むにつれて独身の高橋と加藤に、結婚についていろいろと詮索された。
結婚式のスピーチで高橋に暴露される可能性が有ると分かりつつも、祥子と知り合って二度目のデートで、所謂ファッション・ホテルで関係を持ったことも酔いの勢いで話してしまった。
高橋も加藤も気のいい奴だが、職場に女性がいないということと、仕事柄出張が多くて女性には縁がないままに三十代になっていた。信一郎の結婚式で、祥子の友人の女性との出会いに期待しているふしがあるが、それも分からないでもない。
実際には二次会でどれだけ女性に接近出来るかにかかっているが、信一郎は祥子の友人と彼らが結婚をして欲しくない。仕事仲間とプライベートな付き合いをするのは苦手である。
まずそんな心配をするほど彼らは女性との接触が上手くはないであろう。
そんな話しをしているうちに杯を重ね、三人で一升瓶を空けていた。
三人ともアルコールには強いので、そんなに酔った素振りもなくその日は眠った。
第四回へ続く