KIzUNa
第一話
深夜。
満月の夜。
月明かりに照らされた一軒の家。
決して大きくはない2階建て。
寝静まっているのか既に電気は消えている。
月の明かりが差しかかる浴室。
一人の少女が立ち尽くしていた。
中学生ぐらいだろうか。
パジャマを着て何もすることなくただ立っているだけ。
表情はわからない。
ずっと浴槽に溜まった水を見つめている。
だが、少女の右手にはカミソリが握られていた。
そう・・・少女は自殺するつもりでいた。
『・・・生きていても・・・楽しくない・・・』
限りない負の感情。
生きることへの絶望。
弱い自分への憤り。
何をやってもそれらの感情を紛らわすことができないでいた。
だから、死を選んだ。
自分の命を絶つことはいけないとわかっている。
今まで耐えてきた。
孤独に、虐待に、嘲笑に。
でも、限界だった。
もう、我慢できない。
もう、涙もでないくらい幾度となく泣いた。
どれだけ助けを求めても助けてくれなかった。
どれだけ叫んでも誰も振り向いてくれなかった。
親も、先生も、クラスメイトも。
そして、人を信用できなくなった。
自閉症になり、鬱になり、食事も取らなくなった。
学校に行くのを辞め、家にこもる事が多くなった。
そして、自分の感情を出さなくなった。
笑うことを忘れ、ただ涙を流す日々が続いた。
追い込まれた少女は自分の存在を抹消しようとしていた。
自分がいなくても誰も悲しんではくれない。
親と呼べる人もいない。
両親を失い、親戚の姉に預けられることになったが、
その姉は自分のことを疎い存在だと思っている。
会話なんてほとんどない。
夜の仕事のため、すれ違いの毎日を送るだけだった。
自分がいなくなれば、あの人も喜ぶだろう・・・
もう、誰にも迷惑をかけることがなくなる・・・
もう、あの辛い日々を我慢しなくてもいい・・・
少女は左腕のパジャマの裾をめくる。
その腕は少女の腕とは思えないアザがたくさんあった。
手首に縛られたような跡。
腕は内出血を起こし、切り傷やミミズ腫れがたくさんあった。
それは学校や家庭で受けた虐待の跡だった。
腰を降ろし、カミソリを手首に近づける。
手首に金属の冷たさが伝わる。
カミソリを持った手が震えていた。
死への恐怖。
呼吸が荒くなり、動悸が激しくなる。
目を見開き、歯を震わせ、死への恐怖と闘っていた。
数分後───────。
意を決し、少女は目を閉じ・・・手首を切った。
激しい痛み。
ぶしゅっという音が聞こえた。
目を開けると浴槽が血で真っ赤に染まっている。
一瞬、綺麗だと思った。
右手からカミソリが落ち、赤い浴槽の中を泳いだ。
そぉっと左手首を水に浸す。
しばらく赤く染まった浴槽を見つめ、
眠るように浴槽にもたれかかった。
次第に意識が薄れていく中、少女は安堵の表情を浮かべた。
月に照らされた顔にはうっすらと涙の筋。
そして、忘れたはずの「笑顔」を取り戻していた。
『・・・ヤット・・・楽ニナレル・・・』