科学哲学ニューズレター

No. 31, February 3

The Graduation Theses and Master's Thesis of This Year

Editor: Soshichi Uchii


本年度の卒業論文・修士論文特集

本年もまた各種試験、論文試問、就職、進学、留年とそれぞれのドラマが交錯する季節がやってきた。とくに大学院生諸君に言っておきたいことは、論文を書くのが苦痛だとか苦労するとか感じる人は、学問の世界なんかにはいって来るのはやめた方がいいということ。それから、いかに「学術論文」であろうと、おもしろくないものはダメ。基本的に、われわれは自分でおもしろいと思うから選んだ学問分野をやっている。したがって、その「おもしろさ」を読者に伝えられなければ、その論文は失敗である。「世のため、人のため」に学問をやる奇特な人だとしても、オモロない論文の値打ちが低いことには変わりはない。無理やり書かされる「読書感想文」やないデ!

以上の基本をふまえたうえで、読む人にわかりやすいように、できるだけ平易な言葉ですっきりと書いてや。ひっかかるところ、ここがヤマやと思うところは、十分に言葉を費やし、議論を尽くして、流れにメリハリをつけよう。やたらとむずかしい言葉が好きな先生方もおられるようだが、当研究室ではそんなもんはマイナス評価にしかならん。どうでもいい注、「これだけ調べました」ということを言いたいだけの注は、バッサリと省いてもらいたい。もちろん、盗作、タネ本隠しのたぐいはアカン。仁義はきちんと守りなはれ!

さあ、今年はどやろか?


卒業論文 Graduation Theses


小野田波里「アインシュタインの宇宙論──相対論的宇宙論の起源」

Hari ONODA, Einstein's Cosmology--the origins of a relativistic cosmology

アインシュタインの1917年の論文、「一般相対性理論の宇宙論的考察」を取り上げ、この最初の相対論的宇宙論の試みの背景と意図とを解明しようとする。アインシュタインがこの論文で主眼としたのは、有限宇宙モデルの提示であり、これは一般相対論の理論的要請を満たすためのものであった。すなわち、これは完成した一般相対性理論を天文学的な問題に「応用」しようとしたものではなく、相対性の主張を完全なものにするための試みの最終段階と見なされ、マッハ原理、慣性の相対性を満たすという目標のために、このようなモデルが考えられたのである。以上の点を、論文自体の分析と、書簡等の資料によって裏づける。

 

佐野勝彦「プライアーのマクタガート時間論批判──時制言明の取り扱いについて」

Katsuhiko SANO, Prior on McTaggart's Theory of Time--how to treat tensed statements

マクタガートの時間論は、「時間は存在しない」というパラドキシカルな主張とともに、時制論理の先駆としても注目されている。まず、彼の「時間の非実在性の証明」自体を検討し、彼の論証が「多義性の虚偽」を犯していることを指摘する。次にプライアーによるマクタガート批判と、プライアーが構築した時制論理の枠内での、マクタガートの論証の再構成を示し、プライアーの立場から見た問題の解決策を説明する。最後に、マクタガートの誤りの原因を考察して論文を締めくくる。ところで、「多義性の虚偽」を指摘してあげたのは誰かね?

 

橋本和也「クワイン哲学と経験主義の歩み」

Kazuya HASHIMOTO, Quine's Philosophy and the Transformation of Empiricism

「本稿では、文を経験の基礎におくことから始まって、やがて全体論へと至るクワインの体系を概観したい」と序で宣言するこの論文は、クワインの「経験主義の五つの里程標」という論文に沿って、クワイン哲学の「全体」をたった12ページでなぞったもの。日本にはクワインの解説を書いてくれる人々が大勢いるので、何とか「卒論」のかっこうになったのかね?


修士論文 Master's Thesis


 

澤井 直「ボネの発生理論とpreformation」

Tadashi SAWAI, Charles Bonnet's Embryology and Preformation

この論文は、十八世紀の発生学における「前成説対後成説」論争を背景にすえ、シャルル・ボネとハラーの位置づけを試みる。まず、発生学におけるpreformation と evolution という言葉の語源を探り、これら二つの言葉を結合して使ったのはボネであることが主張される。前の言葉は、もちろん「前成」の原語であり、後の言葉は、すでに存在している構造(胚)が変化し、展開していくことを意味する。

ついで、「前成説対後成説」論争についてのこれまでの一般的な見方に対して新たな視点を開こうと試みる著者は、「経験的証拠と理論との関係を重視」する観点からボネとハラーの再評価をおこなう。著者によれば、ボネは彼以前の古い、多分に思弁的な前成説を継承しようとしたのではなく、「直接の観察証拠に基づいた」考えを提出するという、新しい態度をとって変貌した前成説を唱えたのである。もっとも、観察証拠や、それを得るための手法を見いだしたのはもっぱらハラーだったのだが、ボネはそのような理論の体系化に貢献したのである。


編集後記 第30号特集はまだ完結していないが、それと交錯して次の31号をお届けする。論文試問はこの2月3日、4日と行なわれる。

(c) Soshichi Uchii

Last modified Nov. 30, 2008