科学哲学ニューズレター

No.13, March 1996

S. Uchii, "Our Students's Graduation Theses"
Our Courses for the Coming Year
Our Activities in 1995
Preview: S.Uchii's Theories of Evolution and Ethics


初の卒業生を送り出す。卒論ショートショート

二年前に第一期生として三人の専攻学生を迎えた当研究室も、本年二月には卒業論文の試問を終えて、この度めでたく三人の卒業生を送り出すこととなった。彼らの卒業論文はまずまずの出来であり、われわれ指導教官も一応責任を果たせたものと考えている。彼らの論文テーマ、筆者の短評、および彼らの今後の進路を以下に述べておこう。

野澤聡 「デカルトの運動論の問題点――物体に内在する運動と力をめぐって」
デカルトの運動論を論じたある意味で野心的な論文だが、いろいろな問題に触れすぎて中心的な論点を絞り切れなかったうらみがある。しかし、ラテン語テキストをきちんと読んだ上での解説と議論は、卒論としてはかなりの水準のもの。今後、論点を整理してすっきりとした論文にまとめなおすことを期待する。(→大学院に進学し、研究者の道を目指す。)

日沖桜皮 「リンドパピルスにもとづく古代エジプトの算術研究」
古代数学史にかなり入れ込んでいる著者のユニークな研究だが、二次資料に大きく依存する点と、何よりも原資料が乏しいことに大きく制約されているのが残念。エジプト数学にも抽象や一般化の契機が含まれていたという議論の方向には、書き手の思い入れが強すぎる恐れ大。(→「サイエンス・ライター」としてすでに仕事を始めているが、新年度は聴講生として籍をおき、もうしばらくアカデミックな訓練を積む予定。)

多田  「ウェーバーの社会科学方法論における<客観性>について――理念型の果たす役割」
執筆途中の研究発表では一時「どうなることか」と心配させられたが、論文はコンパクトに要領よくまとめて面目を立てたのは立派。ウェーバーの原典は込み入った長文の連続で読みこなすのは相当大変。理念、理想、理念型、価値理念等、難解用語の理解のしかたもむずかしい。最近講談社学術文庫の一冊として出た邦訳もよくわからないので、卒論で曲がりなりにもこれだけまとめればよしとしよう。(→通信販売の企業に就職[女子学生に多難だった就職戦線を切り抜けた]。)

新年度の講義概要

新年度より大学院重点化が認められて(予定)、基本的に大学院の授業と学部の授業とは分離される(「大学院科目」は学部生も履修可能)。また、当研究室は「現代文化学専攻」に所属するので、当研究室が提供する学部のいくつかの授業は現代文化学の共通科目となる。
共通
講義 内井「科学哲学入門」(金4・※全学共通科目)科学と哲学 /自然科学の方法/反証主義/科学的説明/理論・観察・測定/仮説の形成と確証/科学理論の変遷/科学の目的
講義 伊藤「科学史入門」(月3・※)生命思想の歴史的展開・前半は古代から19世紀までを、後半は今世紀における生物物理学から生命工学への発展を論じる。
基礎演習 内井「論理学」(火3・※)内井『真理・証明・計算』
講読 伊藤(月2) Helmholz, Vortr拡e und Reden (1884)

学部
特殊講義 内井「確率論の歴史と哲学」(金3)ラプラスのEssai Philosophique sur les Probabilit市 を中心として、その前後にわたる確率論の歴史的・哲学的問題を論じる(仏語テキスト)。
特殊講義 斎藤 光「『性』あるいは『生』についての学問史研究に向けて」(金2)
十九世紀に急速に展開する「生物」に関する学問の展開と同時的に出現し、連動して展開した「性」に関する学問思想の軌跡を概観する。
演習 伊藤(水3)Babbage's Calculating Engines(1889)
   薮木(哲学と共通)
     宗像(哲学と共通)
 内井・伊藤「科学哲学科学史セミナー」(火4・4回生必修、大学院科目)

大学院
特殊講義 内井「進化論と倫理」(火2)ダーウィンの道徳起源論、19世紀の進化論的倫理学をめぐる論争、現代の社会生物学と進化論的倫理学を検討する。
特殊講義 伊藤「ニュートンの科学論」(火3)彼の力学体系を、主著Philosophiae Naturalis Principia Mathematica の検討を通じて考察する(ラテン語テキスト)。
特殊講義 横山輝雄「社会的認識論」(大学院科目、集中)Social Epistemology の諸問題を、フェミニズム科学論、自然化された認識論、科学技術倫理などとの関連で論じる。
演習 美濃 正(木3) Salmon et al. Introduction to the Philosophy of Science
 小林(哲学と共通)
 内井・伊藤「科学哲学科学史セミナー」 (火4)

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研究室95年度の活動記録

4月 学部改組に伴い実験講座となる。伊藤和行助 教授着任。『科学哲学ニューズレター』8号
 伊藤「マルシリオ・フィチーノの健康論」、『日 本医史学雑誌』、41-1号
 伊藤「マルシリオ・フィチーノの長命論」、『ル ネサンスにおける異教的伝統の再検討−平成6年 度科学研究費補助金[総合研究A]研究成果報告 書』
 伊藤「ガリレオ」、『西洋哲学史−近代編−』、 ミネルヴァ書房
4月28日 研究室新入生歓迎会
5月 『科学哲学ニューズレター』9号
 内井『科学哲学入門』世界思想社
6月10日 伊藤(学会発表)「マルピーギの医学論」、日本医史学会年会、名古屋医師会館
6月27日 『科学哲学ニューズレター』10号
 本山省三(サンパウロ大学)教授講演「日本とブラジルの近代化に果たした科学技術の役割」
 内井「確率革命、または確率概念の科学への浸透」『アルケー』3号
7月26日 伊藤(講演会)「パッラーディオ」、京都イタリア会館
8月 伊藤・書評「清水純一『ルネサンス 人と思想』」、『ルネサンス研究』第2号
9月 『科学哲学ニューズレター』11号
 伊藤『ルネサンスの霊魂論』(共著)、三元社
10月 『科学哲学ニューズレター』12号
 伊藤(共訳)・カッシーラー『シンボルとスキエンティア―近代ヨーロッパの科学と哲学―』、ありな書房
10月3日 Prof. Michael Finkenthal (Hebrew University)  講演 "Two Cultures Revisited"
11月 内井「カオス、複雑性、科学方法論」『科学哲学』28号
11月25日 伊藤(学会発表)「フラカストロの伝染病論」、ルネサンス研究会、京大会館
12月3日 「内井・『科学哲学入門』を検討する」京都科学哲学コロキアム
12月15日 研究室忘年会
96年2月 伊藤(共訳)・ライナルド・ペルジーニ『哲学的建築−理想都市と記憶劇場−』、ありな書房
2月6日 卒論試問
2月13-16日 大学院入試(当研究室では修士課程に4名が合格)
2月19日 松王政浩博士論文試問「ライプニッツにおける『集合的』可能世界論の展開」(主査内井)
2月28-29日 卒業生を送る会(城崎温泉にて)
3月21日 謝恩会

近刊予告 内井惣七『進化論と倫理』世界思想社(5月刊行予定)

 第一部 ダーウィンの道徳起源論
 第二部 十九世紀の進化論的倫理学
 第三部 社会生物学と倫理

   
Herbert Spencer

アブストラクト――進化論を題材として、科学思想と倫理思想との関係を考える。
 第一部では、進化論的人間観の発想の現場を押さえるため、『人間の由来』の道徳起源論を分析する。進化論に基づくダーウィンの道徳起源論では、現代の社会生物学で論じられているほとんどの問題が少なくとも萌芽的な形で触れられている。それだけでなく、科学的な知見に基づいて人間の倫理を考えていくための重要なヒントも含まれている。
 第二部では、スペンサーの進化論的倫理学と、それと対照的なハクスリーの考えを中心として、進化と倫理との関係に関わる十九世紀の論議を検討する。その過程で、進化論的知見はどのような形で倫理的価値判断と関わりを持ちうるかという問いが掘り下げられる。
 第三部では、新しい進化生物学の成果に基づいて出現した社会生物学の基本的な考え方を紹介したのち、社会生物学に依拠して復活した進化論的倫理学の試みを検討する。進化論と倫理学の理論構成には意外と共通点が多い。どういう結論に落ち着くかは読んでみてのお楽しみ。


T.H.Huxley


編集後記 久方ぶりのニューズレターをお届けする。(96.3.29/内井惣七)

Last modified Nov. 29, 2008.