Christmas heart  〜 A Hedgehog Lovers 2 〜



できれは1からぞうぞ。1は


「Merry Christmas!」
 明るい声に、合わさった、かんぱーいの声。賑やかに打ち鳴らされるクラッカーは掃除の手間を無視して四方八方に紙テープと紙吹雪を撒き散らした。
 鳴らしたのは快斗と平次で、家主は黙認の構えだ。正確には自分が掃除をする訳でないから構わない、という本音があったがそれなりにこの馬鹿騒ぎを楽しんでいるようにも見える。
 快斗には『浮かれ大王』だの『生粋のお祭り男』なんて別名が存在していて、そのくらいしっかりと血を引いたエンターテイナーなのは事実だったから、この日も快斗は既に幼なじみの計画したクラスメイトほぼ全員参加のクリスマス会で一渡りマジックを披露して立派に一舞台こなしてきた所だ。
 そんな風に期待されるのが普通で、期待されるのは名誉でもあったから、快斗はそんな自分になんの疑問も抱いてはいなかった。
 ましてや探偵二人を前にしてのマジックショーとあらば、力も入る。早速とばかりに料理をつまみだした二人の目を盗んで、仕込んでいたマジックの仕掛けに手を伸ばそうとしたその時。
「あ、そうだ」
 不意に新一が、かぶりついていた唐揚げを無理矢理に嚥下して「おまえ、今日もうマジック禁止」とのたまった。
 よりにもよって、選りすぐって最高の仕掛けの数々をこれからご披露しようとしていた、その時に、である。一瞬固まった快斗は次の瞬間には絶叫していた。
「ええーっ? 何でだよっ?」
「禁止なものは禁止。家主命令だからな」
「うそー!」
 叫ぶ快斗にお構いなしに、新一は禁止の一点張りである。
 しかも伝家の宝刀・家主命令が発動するとあっては快斗もへなへなと椅子にくずおれるしかなかった。
 家主命令。
 これは快斗や平次が工藤邸の半居候として暮らす際に言い含められた、工藤新一の絶対条件である。勿論、水戸黄門の印籠のように何でもかんでもそれを持ち出すような真似をするなら二人だって馬耳東風だったが、新一は滅多にそれを持ち出しはしなかった。
 以前発動されたのは、三十九度の風邪っぴき状態を押して現場に駆けつけた平次が『家主命令』で追い返された時。
 そして次は、平次が新一の部屋にいた時に(かなりいい雰囲気だったのをわざと邪魔したのは当然内緒だ)快斗がその部屋の窓から来訪して以来『家主命令』で窓からの出入りが一切禁じられた事。
 なのに、である。
 よりにもよって快斗がかなり本気で用意した数々のマジックを、この日の為にと仕込んだ手の込んだそれを、いざこれからという時になって封じられるとはあんまりである。
 しかも『家主命令』は絶対で、それが撤回される事はないと快斗も知っているだけにやるせない。
「ひどい〜。ひどいよ〜。今日の為にせっかく用意したのにィ〜っ」
 べしゃ、とテーブルに突っ伏しておいおいとわざとらしく悲嘆に暮れる快斗に「ダメなもんはダメ」と新一はにべもない。
 そこにまた、我関せずと飲み食いに集中している平次の姿。
 騒々しさだけはひけを取らないものの、明るく楽しいクリスマスからはどんどんかけ離れていく工藤邸のクリスマスイヴは、まだ始まったばかりだった。
「赤?」
「や、ロゼにした。赤のが良かったんなら発掘して来よか」
「横暴だ!」
 工藤邸の地下のワインセラーには世帯主が趣味で集めたとしか思えない数々のワインが寝かされている。
 だが世帯主が帰国しそれを楽しむのは年に一度もないらしく、現在その数を減らしているのはもっぱら息子とその友人達だった。
 息子である家主とその友人は地下からワインを調達する事を発掘と呼ぶ。その程度には、どこにどんなワインが眠っているのかを把握している人物はいなかった。
 また、当たり前のようにグラスを傾けている三人は、揃いも揃って未成年どころか高校生である。誰一人としてその点に拘ってはいなかったが。
「別にいい。お。旨い」
「せやろ、せやろ。たんと食い。黒羽もごねてんと食うてみ?」
 ほれ、と箸で目の前に唐揚げを突き出され「理不尽だ!」と訴えるつもりだった快斗は反射的にはぐっとかぶりついてしまう。
 口の中に広がるジューシーな味わい。唐揚げは揚げたてで、周りはかりっと肉汁たっぷり、絶品である。
 悔しい事に彼の作る『工藤の為の食事』はまずかった試しがない。
 その過去の積み重ねが快斗の口をぱくりと開けさせてしまうのだ。多少不本意であろうとも。
「どない?」
 平次の瞳は期待というよりは自信に満ちている。それに負けた訳ではないが、快斗は素直に感想を述べた。
「……………おいしーです」
「おおきに。よおさんあるで、ちゃんと食いや」
 ご機嫌な西の探偵ににこにこと促されて、快斗は家主の横暴に異議を訴える筈が頷いて箸を進めてしまっている。
 要は誤魔化された訳だが、平次はそんな風に気を逸らさせるのが格段に上手かった。相棒である新一の不器用さを補って余る程に。
 たまに上手くさばき過ぎて、却ってそれと気付いた家主の怒りを買ってしまったりもしているが。
 美味しいものでお腹が和むと新一の不当な『家主命令』さえもそれなりに仕方がないなぁと思えるものだから不思議である。
 勿論、凝りに凝った仕掛けのマジックを披露出来ないのは本意ではないけれど、せっかくのクリスマスイヴ、美味しい料理を前にしかめっ面をしているのも楽しくない。
「快斗」
「うん?」
 新一がぶっきらぼうな表情で、ワインを差し出している。
 慌てて快斗は少し残っていたグラスをくいっと空けて、受ける。
 無造作に傾けられるボトルから、芳香な香りが漂ってくる気さえするから工藤マジックも侮れない。
 そっと口を付けるグラスの向こうで、新一は一瞬だけ隣の席の平次に視線を投げる。平次はにこにこと終始笑顔を崩さないまま一つ頷いた。
 何だか二人の間でだけ通じ合っているのが見ていられなくて、快斗は揺れるグラスの中へと視線を留めた。
 その中に、浮かぶ顔も見えない。
「どうせ、今日もやって来たんだろ」
 新一の台詞は、少しばかり唐突な感がある。何、と快斗が目をぱちくりと瞬いていると「マジックや」と平次が横から口添える。
「クリスマス会で毎年披露しとる、言うてたやん?」
「あ、うん。そうだけど。………ごめん、よく分からない。なんでそれで禁止令になんの?」
 快斗の疑問に新一はむすっと視線を逸らして、平次はそんな相棒を横目に苦笑を漏らした。
「オレ達はおまえのマジックで楽しいけど、楽しませてるおまえは楽しくねぇだろ」
 しばらくむすっと視線を外したままの新一も、落ちた沈黙に諦めたようにそう呟く。
 ふへ、と快斗は首を傾げた。
「だから、ダメ」
「………楽しいよ? 楽しくない訳ないじゃん。マジック好きだし、見てくれる人が楽しんでくれたらオレも嬉しいんだよ?」
「そうだろうとは思ってるけど、それじゃフェアじゃない」
 やっと彼の言っている事が分かってくる。つまり、要するに。
「新一………オレに気を遣ってくれてるんだ?」
「気を遣ったとか、そんなんじゃなくて、ただ単にオレがイヤなんだよ」
 あくまでも頑固な新一の台詞に、平次は苦笑だか吹き出すのを堪えているのだか分からない、複雑な表情を片手で隠して肩を震わせている。
「楽しむなら、オレも服部も、おまえもちゃんと楽しむべきだろ」
 気負いもなく、ポテトを口に運びながら新一は普通にそんな風に言う。
 カワエエ、と声なく平次が唇を震わせたのが視界の端で確認出来た。
 なんだか理不尽さしか感じなかった『家主命令』も、そうなると嬉しくすらある。快斗はじんわりと感動していた。
 そのついでにこそこそっと平次を手招いて。
「あのさ、へーじ」
「…………おう、なんや」
 返事が返るまでの一拍に警戒心が滲み出ている。
「今すごく新一にちゅーしたくなったんだけどいい?」
「あかん、言いたいトコやけど、しゃあないよなぁ、工藤ごっつー可愛い事言うんやもん」
「おい」
「だよね。ほっぺオッケー?」
「よっしゃ。ほっぺたかおでこなら負けといたる。お伺い立てれるよーになったとは、自分も成長したもんやなあ」
「コラ待て」
「まぁね。じゃあ遠慮なく」
「待て待て待てーっ!」
 当事者を無視してイタダキマスと手を合わせてからにじり寄る快斗と、何故だか微笑まし気に眺めつつもあくまでも箸から手を離さず卓上を攻略していく、平次。
 そして新一の怒声が工藤邸を響き渡った。
「新一かわいーい!」
「助けろ、服部!」
「だーめっ。助っ人はナシでしょー♪」
「バカっ! よせって、コラ!」
「ぅわははは、脇、反則だよ〜っ」
「うるせぇ。鼻の頭のがよっぽど反則だろーがっ」
 逃げに走る新一を捕まえて、額と両頬とおまけに鼻の頭にキスを降らせる快斗に、蹴りとくすぐり攻撃で反撃していた新一。
 リビングを走り回り転げ回り、賑やかなことこの上ない。
 心の隅で混ざりたい衝動にかられながらも、平次は子猫の如くじゃれあっている二人を微笑まし気に眺めていたのだった。
「もおええかー?」
 頃合いを見計らって掛けられた声にふと我に返ると、平次はどたばた騒ぎにも動じる事なくひたすら卓上の攻略に取り組んでいたらしい。すっかり皿はさらわれて、残った料理は新一と快斗の割り当てとばかりに二人の小皿へと移されている。
 まるで居酒屋奉行、と快斗はその光景に密かに感心した。こういう真似が出来るのは非常にまめな性分なのだろう。
 それとも片づけも自分の肩にかかっているからこその行動か。
 散々じゃれ合って転げ回っていたものだから、流石に息が上がってぜいぜいとすぐには息を整えられない。大きく呼吸をし、新一と顔を見合わせては、やっと互いの腕を解放する。
 笑いの余韻であちこちの筋肉がぴくぴくしているのを悟られまいと互いに余裕の表情を張り付けてはいたが、あまり効果はなかった。
 妙にはしゃいでしまったのを自覚すると照れ臭くなってしまう。
 微妙に視線を避け合って距離を取る二人の姿を見て、そっと平次が笑いをかみ殺して、言う。
「お二人さん。気ィすんだらこれ片してくれへんか」
「………おい、服部。よく考えたらおまえ、先刻さり気なくヒトの事売りやがったな」
 促されるまま箸に手を伸ばしながら、新一が思い出したように横目で平次を睨むが、一段低くなった声音にも動じない相棒は「そうやった?」などとすっとぼけて受け流す。
「ええやん。丁度ええ腹ごなしになったんとちゃう?」
「だったら、快斗、こいつにもキスしてやれ」
 じろりと恨めしげに指示され、快斗と平次は「それはちょーっと………」と顔を見交わせた。
 出来れば力一杯辞退したい。
 快斗も顔をひきつらせたが、同様に平次もピクピクと顔をひきつらせているところを見ると思いは同じと見える。
「オ、オレ、へーじはあんまり好みじゃないからあ〜、へへへ」
「俺も、相手は工藤のがええかな〜」
 この一声には横から新一が蹴りを入れたらしく、テーブルの下でがこっと音がして、西の探偵の笑顔が一瞬凍り付いた。それでも笑顔を保っていたのだから、それはすばらしい。
 もみ手でもせんばかりの二人に胡乱な視線を投げつけて、家主は一つ溜め息をつく。
「だったら腹ごなしに発掘でもしてこい!」
 残り僅かとなっているボトルを手にした新一の一声で、居候達は互いを押しのけ、我先にと地下への階段を駆け下りていった。
 顔をしかめながらその後ろ姿を見送って………結局新一は口元に苦笑をもらした。

 *** *** *** *** ***

「ぅわ」
 飛び込んだ地下室はワインセラーとして温度調節されているので、鼻先からヒヤリとした空気にぶつかって、一瞬目を瞬かせる。
「お」
 すぐ後ろで同様に空気の違いを体感したらしい平次の似たりよったりな一声が上がる。背後からの彼の気配に押されるように、快斗は足を進めた。
 ………何だか落ち着かない。
「何や目ぇ乾きそぉやなー………」
 微妙に違う感想に、快斗は軽く笑いながら周りを見回しつつ歩を進める。一瞬の空気の違和も、順応してしまえば震え上がる程の寒さではない。
 室内に所狭しと並んだボトルは数知れず、壮観な眺めである。
 である、が。
 眺めているだけなら壮観でいいが、手に取るとなれば話は大いに別だった。
 なんと言ってもこの場にあるのは、どれを取ってもあの工藤夫妻が趣味で収集しているものだ。超売れっ子作家と元大女優の夫婦である、安価なものを探す方が難しいに違いない。
 それを思うと一般庶民生まれの庶民育ち、骨の髄まで一般庶民な快斗にとっては迂闊に動くにもおっかない場所なのだ。
 快斗は怪盗KIDなんてものをやっている。
 しかしそれとこれは別問題なのだ。
 KID姿で、何千万とするという宝石を指でつま弾いて見せるのとは全然違う感覚で、基本的な庶民感覚がなくなる訳ではない。
 恐る恐ると見回している快斗とは違い、平次は発掘も経験者だけあって至って慣れた風に次々と獲物を物色している。
 ああ、そうだ、と快斗は思い直した。
「こいつもおぼっちゃまだったっけ………」
「なんか言うたかー?」
 楽しそうにワインの発掘作業に勤しんでいる平次が、部屋の片隅から視線だけ寄越して来る。「イ〜エ何でもないでーす」と視線を逃れて答えた。
 目前に並ぶラベルはまるで『手を触れるべからず』と言っているようだ。快斗は早々に発掘協力を投げだし、平次に最終判断を押しつける事を決意した。
 例え仮に彼の選ぶそれがべらぼうに高い品だったとしても、自分がそれを知らないままなら心置きなく楽しめるに違いない。
「一本? 二本?」
「一本でええんとちゃう。工藤かて食べるモンもコッチも、もうそんな入らんやろ」
「だろうね」
 軽く肩を竦めて同意を示す。
 地下へと追い立てた家主はそもそも多食な方ではない。
 飲むと言っても底なしでもないし、二本目を開けた所で喜々として片づけるのはここにいる二人になるだろう事も自明の理だ。彼の判断は正しい。
「工藤といえば」
 ふと思い出したように、瓶を二つ手に取り見比べながら平次が言う。快斗は足を止めて続く台詞を待つ。
「ホンマに、意地悪で言うたんとちゃうんやで」
 平次は柔らかく笑んで片方を棚に戻した。
「何」
 呟いて、すぐに快斗も納得する。
「………家主命令?」
 問い返すと平次は頷きで応えた。手にした一本は仮予約なのか視線は次々と舐めるようにラベルからラベルへと注がれていて、真剣な面持ちは今日この場にいないもう一人のおぼっちゃまが茶葉を選択する姿と通ずるものがある。
 直感と衝動で決めてしまう自分とは違うのは承知していても、当人の真剣さとは裏腹に「もうそれでいいじゃん」と口を挟みたくなる。
 だが厳選するだけあって彼の選ぶワインは外れなしだし、アイツの煎れる紅茶が美味しくなかった事もないのだ。
「工藤なぁ、あれ、本気で、不公平なんが気にいらへんみたいやねん」
「もう分かったよ。頑固で照れ屋でほんっとにもーお……どうしてああも可愛いんだろうね………」
 思わずちゅーしたくなる程度には、可愛い。
 その癖本人は何がそんなに快斗を嬉しがらせたのかなんてちっとも分かってはいなくて、自覚だってないのがきっと平次に時折苦笑をもらされる原因となっているのだろうとも思う。
「多分な、白馬おったらそこまで拘らへんかったんちゃうかと思うんやけどなぁ」
 瞬間、快斗は見透かされたような気が、した。先刻思い出した、顔を。
「別に、アイツいたっていなくったって………」
「俺らン中で、あいつ一番自分のマジック見たがったんちゃうかと思うわ」
「そんなの、分か」
「と、工藤が言いよるんや」
 ニヤ、と平次が笑う。手にしていた一本を戻し、新たに目をとめたらしい白ワインを慎重に眺め、持ち上げて一つ頷く。どうやらようやっと彼のお眼鏡に叶う一本と巡り会えたらしい。
 むぅ、と黙り込んでいる快斗に振り返りそれを掲げ見せて、平次はからかうように更に笑みを深めた。
「ちなみに俺も同意見や。………残念やったなぁ、来れへんで」
 元々の話では、このクリスマスイヴには三人の探偵と怪盗が揃う筈だったのだ。
 勿論、探偵達はいつ何時警察からの協力要請で呼び出されるかもしれないし、そうでなくても探偵というお人柄、とかく事件には行き当たり易い性質がある。
 それを承知の上でした約束だった。
「別に………そういう事もありだろーとは思ってたし」
 白馬は白馬の判断で今日をキャンセルし、快斗は快斗の判断でそれを受け入れた。ただそれだけの事なのだ。
 その行動を東西名探偵が訝っているのは感じていた。
 以前の………ただ白馬が好きでその思いが一方通行だと思っていた頃の自分なら、約束なんかしなかった。その代わり、強引に白馬邸に忍び込んででも彼といる時間を作っていた。
 思いが通じ合った頃なら、約束を反故にされれば拗ねて怒って大騒ぎして、そしてすぐに仲直りした。些細な喧嘩でも深刻な諍いでも、する度に快斗の避難場所であり立てこもりの場所でもあるのは工藤邸だったものだから、東西名探偵にはさぞ迷惑な話だったろう。
 今、快斗はずっと欲張りになった自覚がある。
 残念でない訳じゃない。
 せっかくのクリスマスイヴ、忙しい白馬、そして同じようには忙しく日々過ごしている気の合う仲間と過ごせる、せっかくのチャンスだ。惜しくない訳がない。
 けれど、今快斗は、白馬と二人でいられないからと言って、沢山の人と彼との時間を共有するくらいなら一緒にいない方を選ぶ。
 いつの間にか自分はこんなにも、贅沢で、わがままで………欲張りだ。
 そんな自分を知られるくらいなら、いつものように拗ねて意地を張っていると思われている方がずっといい。
「自分がそんな物分かり良ぅなったら気持ち悪いやん」
「どういう意味だよ」
 反射的に言い返すと、笑みを残したままの顔と出会った。
 片手のワインを掲げて見せて、動きだけで部屋へ戻ろうと促され、快斗はそそくさと先に立つ。
 平次の横をすり抜けると、背後からの空気の揺れが伝わって来る。………そっと喉を震わせて笑う時の、そんな感じ。
 後ろで、平次が重い扉を閉じる音がする。
「そのまんまや。言うたったら良かったのに」
 快斗の足は自然と歩調がゆったりとし、階段を登りながら、止まる。
「何を?」
 振り返る事はしなかった。
 平次もどうしたって探偵である事には違いなかった。呑気そうな顔をしていても、新一とはまた違ったところで、そういう………見通す目を持っている。
 迷ったのか、平次の答えが返るまでには僅かな間があった。
「………寂しいんやない?」
「オレが?」
 笑って、快斗は振り返った。
 階段の最上段。見上げて来る瞳は思った通り、厳しさではなく案ずる色が見え隠れしている。
「バカだね、へーじ。一晩アイツと会えないくらいで寂しい訳ないじゃん」
 その一晩がよりにもよってクリスマスイヴだったとしても。
「無理してへん?」
「する時もあるけど今はしてないよ。へーじがいて新一がいて、こんなに楽しーんだから」
 本当に?と、平次は快斗をまじまじと見ている。
「ホントだってば。信用ないなぁ」
「そらな。自分、上手に嘘つき過ぎやもん」
「人聞き悪いなぁ。ポーカーフェイスって言ってくれない」
「それもええけどほどほどにしといたり。寂しいとか会いたかったとか、言うてもらえるんも嬉しいもんやで」
 確かに、新一が思っているとしてもそうは簡単には言いそうにない言葉たちである。実感がこもるのも無理はない、と快斗は少しおかしくなった。
 そんな事を言う自分も想像がつかない、というのもあったが。
「思ってへんのやったらしゃあないけどな」
 軽く言われて、快斗はべーっと舌を出す。
「オレは! へーじみたいに臆面のないタイプじゃなくって奥ゆかしいの!」
 寂しいとか、会いたいとか、思っていない訳ではなく。
 平次は笑って軽く階段を上がって来ると、快斗の横に並び、通りすがりにくしゃくしゃと空いた片手でその髪をかき混ぜて行った。

 *** *** *** *** ***

 リビングに足を踏み入れようとした平次が不意に立ち止まった為、半歩後ろにいた快斗はその背にぶつかりそうになり、慌ててたたらを踏んだ。
「何、急に、………」
 止まらないでよ。そんな風に続けようとして、彼を見上げて、一気に笑みの消えたその表情に快斗の台詞の語尾が消えていく。
 平次は一度、息を飲んですっと目を眇めた。固い表情で大きく歩幅を広げると、一気にリビングへと進んで行く。
 視界の先では、ダイニングテーブルに突っ伏した新一の後ろ姿が見えて、快斗も表情を引き締めると足早に後を追った。
 静かな室内にピンと空気が張りつめて行くのが分かる。快斗は一回掌をシャツに擦り付けた。
 かがみ込むように新一の様子を見ている平次の、二歩半後ろで足を止める。
「………へーじ?」
 そっと新一を覗き込む彼に、一歩下がった状態で声を掛ける。瞬間、平次が目に見えて肩を落とした。
「………る」
「え、なに?」
 どっと脱力した平次が新一のイスの横に座り込む。聞き返した快斗を一拍置いてから見上げて、彼はもう一度口を開いた。
「………工藤、寝とる」 
「……………………………」
 途切れた緊張感と安堵に、開けた口が何瞬かそのまま放置されて、結局快斗も同様に床へとへたり込んだのだった。
「かなんわ、心臓に悪ぅ………」
 はぁ、と溜め息をつく平次は、それでも明らかにほっとしたのが窺えて「ホントに」と快斗も同意を示した。
 いきなりぶっ倒れる可能性が、新一には少しばかり多い。
 だから、テーブルに突っ伏している姿を見た瞬間に平次が焦ったのも頷ける事態だ。
 覗き込むと両腕を枕にして寝ている新一の寝顔は、至って普通で………ほのかに頬を赤らめすやすやと寝入っている。
「待ちくたびれて寝ちゃったみたいだね」
「せやな」
 寝顔を見ていると自然に二人共、囁き声でのやり取りとなってしまう。
 苦笑を浮かべながらも、新一の寝顔を見遣る平次の顔は優しい。
 目元にかかる前髪を起こさないようにそっとかきあげる指も、大切そうな触れ方も、優しい。
 テーブルの上に残されていた小皿の新一のノルマはこなされていて、グラスとワインの瓶に残っていたロゼは既にない。
 彼が片づけたのだろう。
「アホやなぁ。そんなに飲めへん癖に、こら意地になって飲みよったな」
 言われてみれば、平次のグラスまで引き寄せられて新一の空のグラスと並んでいる。
 快斗のグラスにまで手を出さなかったのは慈悲か、恋人と友人の差か。
「疲れてんじゃない」
「………せやろ、な」
 朝から目暮警部からの要請で、新一は出かけていたらしい。
 夕方にこちらに着いた平次が合流して、二人が工藤邸に戻ったのが午後七時。快斗が訪れバタバタ暴れて、それでもまだ九時だ。
 普通の状態の彼ならこんな時間に寝てしまうなど考えられない事態だ。自らの体力も考えずに読書に走る夜更かし大魔王なのだから。
 だが、流石の探偵も日々の呼び出しに忙殺されて疲れ切ったに違いない。そこにアルコールが入って、と想像に難くない。
「寝顔もカワイイね?」
 くすくす笑う快斗に、平次は当然や、と頷きで応える。まったくもって臆面がない。
「せやけど、こんなトコで寝かしとく訳にもいかんやろ。せっかく発掘したんもあるし」
 慌てて快斗は平次の腕を押さえる。
「起こしちゃ可哀想だよ、ワインならまたでいいからさ。………上で寝かせてあげなよ」
 平次の表情に躊躇いが浮かぶ。彼の言いそうな事が分かり、快斗は言を継ぐ。
「オレならいいからさ。イヴにカップルのお宅にいつまでもお邪魔するほど、野暮じゃありませんって」
「………スマンな」
「いいってば。あ、でも洗い物は残してくからお後よろしく♪」
 ウインクすると、苦笑を返された。
 新一の身体を胸元に凭れかせて、膝下と背に腕を回し抱き上げる。平次の腕の中の新一はよっぽど熟睡しているのか一向に目覚める気配もない。
 踵を返しかけて、平次は足を止める。困った、と顔全体に表して。
「せやった。すまん、もういっこ頼まれてほしいねんけど」
「ナニ?」
「十時までに荷物届く筈やねん、それまで居とってくれへんか」
 ははぁ、と快斗は納得した。届くのはプレゼントか、それとも平次の荷物か。どちらにしても十時ならもう一時間弱といったところだ。
「お安いご用。戸締まりもまかせて」
「それは心配してへん。相変わらず合い鍵いらずとは便利な奴っちゃ。………せや、冷蔵庫にケーキ入っとるわ、持って帰り」
 流石に驚いて快斗は目を丸くした。
 新一は元々甘いものを殊更好む訳ではない。それを熟知している平次がクリスマスとはいえケーキまで用意しているのは予想外だった。
「もらっていいんだ?」
「そうしてもらえると有り難いわ。工藤と俺だけやったら、半分もよう食べへんやろから。自分やったら食べれるやろ」
 快斗がてのひらを広げ「このくらい?」とてのひらサイズを示すと、平次は首を振る。
「そーやなくて、丸太の奴やねん」
「ブッシュ・ド・ノエル! うわっ、オレ大好き!」
 ロールケーキをチョコクリームで仕上げた可愛らしい丸太型のケーキはクリーム好きでチョコ好きな快斗のつぼを同時刺激する、すばらしいケーキなのだ。
 大抵この季節にしか店頭に現れない希少性もスバラシイ。
 小声で歓声を上げる快斗に、平次も笑みを浮かべて頷いた。
「そうちゃうかとこいつも言うとったわ。選んだん、工藤やねん」
 思わず彼の腕の中の新一をまじまじと見つめてしまう。
「どうしよ、へーじ」
「………何や?」
「また新一にちゅーしたくなっちゃった」
「………………今日の分はもう終わりや。今度にしたって」
「おっかしいの」
 快斗はくすくす笑いが止まらない。困ったように下がった眉毛がいかにもという感じで、抱き上げた身体をやや快斗から離すように向きを変えた辺りに独占欲が見え隠れして微笑ましくすらある。
「だったら、俺のやからあかん、くらい言えばいいのに」
「言うても蹴られんようになったらな」
「あー………」
 仲の良い二人の間にも、まだまだ新一の照れという強大な壁が存在するらしい。
 慰めの言葉を思いつけずに、快斗は新一を抱き上げている平次の肩を、軽くぽん、ぽんと叩いてその代わりにした。
「おおきに」と平次はしみじみと返す。
「ほな、頼むで」
「はーい、頼まれました。おやすみ♪」
 ダイニングテーブルの席に着き、ひらひらと掌を泳がせると平次も両手が塞がった状態で一つ頷いて、慎重に階段を上がって行った。
 静かな邸内に残された快斗は、その後ろ姿を見送るとすっとその顔から笑みを消したのだった。

 *** *** *** *** ***

 テーブルに頬杖をついて、目を閉じる。シーンと静まり返った室内に独り、時折時計に目を走らせる程度しかする事もなく、快斗は手持ち無沙汰だった。
 十分もすると間が持たず、取り出したのは商売道具。手の中にするりとトランプを滑りだし、指の動くままに次々と動かす。
 トランプが仕込んであるのはいつもの事でも、それで何かをしようと思った訳ではなかった。ただ、こうしてトランプをいじっている間、快斗は何も考えないでいられる。その為だけに動かす、カード。
 街はまだ、クリスマスソングが溢れている筈の時間。
 今日はピザ屋の配達だってサンタ姿なのだから、もしかしたら宅急便だってサンタ姿なのかもしれない。
 それから五分。
 いくらかは残っているかもしれないクリスマスイヴの名残の到着を待つ快斗の耳に、ようやっと玄関チャイムの音が聞こえたのだった。
「はいはいはいっ」
 ペンを片手に、パタパタと廊下を抜けて足早に駆けつける。
「ご苦ろーさ……まっ?」
 待ってましたと扉を開いて、快斗は瞬間、固まってしまった。ペンを持った右手が行き先を失って中途半端に揺れる。
 門の向こうに待っていたのは、今日は来れないと言った筈の、男。間違ってもサンタ姿などでもなく、猫印のキャップを被っているでもない。
 引き寄せられるように門へと駆け出しながら、まじまじとその顔を眺めた。神妙な表情で芸なく立っている姿に、やっと事態が飲み込める。
「アイツら〜ッ」
 ぼやいた小声はここにいない東西名探偵に向けたもの。やられた、と思わず額に手がいってしまう。
 届く荷物はコレだったのだ。つまり、あの二人は先刻承知だったに違いない。むしろ、知っていたからこそ今、快斗はここでこうしているのだろう。
 遠く聞こえるクリスマスキャロル。まだイヴの終わりまでには時間がある。
「………快斗」
 門を挟んで一歩手前、彼と向かい合い快斗は足を止めた。
 名を呼んだきり、白馬は黙ったまま快斗を見ている。………快斗の出方を待っている。
「手」
「………はい」
 不機嫌な一言に、慌てたように白馬は手を差し出す。瞬間迷って出てきた右手を捕まえて、快斗はその指を包んでいる手袋を取り、てのひらにおもむろにサインペンを走らせた。
 くろばかいと。
 目を見開いても、白馬は嫌がるでもなくなすがままで手を委ねている。手を離すと、わざわざひらがなで書かれたそれを見て、僅かに眉を寄せた。
「これは、所有印ですか」
「ばーか。単なる受け取りだよ」
 何の事か分からないのだろう、白馬は不思議そうな表情になったが、結局問い返しはしない。快斗のする事だから、そんなものなのだろうと結論付けたのかもしれなかった。
 肩を竦めるようにして、ペンをポケットへ入れて門を開ける。押しつけられた手袋を受け取り、白馬は後に続いた。
 静まり返った邸内。玄関先で白馬は耳をすますように小首を傾げ、躊躇いがちに足を止める。
「すみません、随分と………遅くなってしまったようですね」
「でもない。それにちゃんとチャイム押せるようになったじゃん。成長、成長」
 以前、余所のお宅を訪ねる時間じゃないと、門の外で躊躇っていたのをからかうと、白馬は照れたように視線を外した。
「オマエ、パーティはどうしたんだよ?」
 それを理由に、彼は今日この場へ来るのをキャンセルした筈だった。
「一回り挨拶はしたので、抜けて来ました」
「………大丈夫なのかよ、そんな事して」
「義理は果たしましたから。本当はもっと早く来れれば良かったのですが」
 申し訳なさそうに言い添えられて、快斗は小さく笑う。
「じゅーぶん」
 むしろ、イヴの間には会えないだろうと思っていたのだ。得したような、そんな気すらしている。誰と共有する事なく、イヴの夜を彼といられるのだ。
 快斗は白馬のてのひらを取り、自らのサインにそっと唇を寄せる。白馬が大きく目を見開いた。
「オレがサインしたんだから、オマエ、持って帰っていーんだよな?」
「………置いて帰られては困ります」
 小声で言う快斗に、白馬も囁きに近い声で応じる。視線を合わせて、快斗は微笑んだ。
 待ってろ、と仕種だけで示し、快斗は足音を立てないようリビングへと引き返す。ダイニングテーブルの上に散らばっていたカードを手早く纏め、冷蔵庫を覗いて箱へ手を伸ばそうとして………笑いをかみ殺した。
「まったく、もう………」
『紅茶は煎れてもらえ』
 ケーキの箱に張り付けてあるメモにあるのは新一の手による文字。
 階上で今頃、上手くいったかと二人で話しているのだろうか。手がかかると、笑い合っているのかもしれない。
 カードにメッセージを残し、ワインにぺたりと張り付けて、足早に玄関へと立ち戻った。
 待っていた白馬が、そっと目を細めてどこか眩しそうに、快斗を見る。
 無造作にケーキの箱を手渡して、上着に手を通す。ぐるりとマフラーを巻き付けると、すぐに白馬の指が伸びて来て丁寧にそれを整えた。
「帰りましょう」
 目を合わせて、工藤邸から踏み出す。こっそりと外から鍵なしで扉を閉めるのを、白馬は紳士らしく見ないふりで通した。
 街はまだイルミネーションが輝き、クリスマスソングが流れている。
 白馬の手にはケーキ、快斗は両手をコートのポケットに突っ込んで弾むように歩く。
 肩を並べて歩きながらも、大きく弾むように歩く快斗と、均一なテンポで歩を進める白馬の歩幅は合わない。それでも微妙に前後しながら、時々視線を交わすのが、楽しい。
「オマエ、お腹まだ余裕ある?」
 ケーキを指差して問うと「一切れなら、多分」と返事は苦笑混じりで。
「いーよ、残りはオレ食うから。でも紅茶は付き合え。シナモンのロイヤルミルクティーな」
「お砂糖たっぷりで、ですね?」
「んー………、いや、少なめでいーや」
 普段ならまずない指定に、不思議そうな顔で白馬が覗き込んで来る。その視線を避けて、快斗は呟いた。
 寂しかったとか、会いたかったとか、そんな思いは二人で楽しむティータイム、甘い紅茶で飲み込んで溶かしてしまう。………だから。
「甘いケーキと、あまーい囁きをたっぷりと貰う予定だから、さ」
 だから、お砂糖は少しだけ控えめに。
 優しい指が快斗を手招いて引き寄せて二人の距離も少し近づいて、唇が触れ合う少し手前で、メリークリスマスと、囁きが行き交う。
 ………丸太が少し傾いてしまったのはご愛敬。
    メリークリスマス。

 

・おまけ・

 片足で扉を閉めて、そのまま平次は彼のベッドへと慎重に新一を下ろした。
 同じベッドに腰を下ろし、両腕を新一の顔を挟むようにつき覆い被さるようにして、額に軽くキスを落とす。指先で両頬を触れ、じれったいくらいゆっくりと鼻の頭にもキスをして。
 唇の手前で平次は低く喉を震わせて、囁く。甘く、低く。
「いつまで寝とるんや、たぬきさん」
 寝息がふっと途切れた。
 室内にあるのは互いの気配だけ。至近距離で、彼の研ぎ澄まされた蒼い瞳がぱちりと見開かれる瞬間を見るのが平次は好きだった。
 そして、平次を強い視線が貫く瞬間と、それが柔らかく変わる瞬間が。
「ウルセー。ちっとは騙されろよな」
 ふてくされたような物言いに、やっぱり笑ってしまう。
「いやぁ、なかなかのモンやったわ。流石は大女優の息子やな」
 わざとらしく褒めると、新一は嫌そうに顔を顰める。
「黒羽は信じた、思うで」
「そ、か………? なら、いーんだけどよ」
 なんといってもクリスマスイヴだ。
 みんなが笑っていられるといいのにと願う新一の気持ちを叶えたくて、おせっかいを承知で平次は今回の計画に一枚咬んだのだ。
 これで無為に終わっては報われない。
「ちゃんと来るかな」
 今だって、新一の心は目前の平次を飛び超えて、窓の向こうにまだ見えない、それでもきっと来る筈の友人の笑顔を思っている。
 そんな彼が好きだけど、焦れる気持ちもあった。その瞳が自分を透過するのが、堪らない気持ちになる。
 なるべくなら見せたくはない気持ちだけど、確かにそんな気持ちは存在して、時折平次の心をざわめかせるのだ。
「連絡した時の声の調子なら、来るやろ。なぁ、ホンマに残っとったワイン全部呑んでもうたん?」
 唐突に変換した平次の質問に気を引かれたか、新一の意識と視線がまっすぐに平次へと突き返されてくる。
 答えには一瞬の間があった。
「おまえ、バカ?」
「………………」
 新一の返事は簡潔過ぎて、時に痛い。
 どうにもがっくりと力が抜けて、平次は身体をずらし新一の横へと転がる。スプリングで二人は同時に少し揺れた。
「工藤〜。もうちょっと言葉選んだってくれへんか」
「この距離で顔付き合わせて、酒臭い息か、酔っぱらってる顔か、本当に分かってなきゃ探偵じゃねぇよ」
 バカ、と言う言葉と同時に、くるりと新一が平次の上にのし掛かり、蒼い瞳が瞼に隠された頃には、唇も重なっていた。
 新一からのキスは初めてだった。
 突然の衝撃が強過ぎて平次は瞬間固まったが、復帰するのも早かった。
 吐息をからめ合い、項から首筋にてのひらを走らせる。しっとりとした肌の下に波打つ脈と、そっと開いた瞳の蒼が少し煙って平次を見返す。
 強い視線が平次の視線を捕らえて、次第に柔らかく変質する。
 平次の好きな、柔らかく煙った、蒼に。
「寂しかったのも、会いたかったのも、自分だけだと思ってんじゃねぇよ」
「工藤………」
 しっかりと名を呼んだつもりが、喉から出るとやけに低くかすれて響いた。
 言ってもらうと嬉しいのだと、語った言葉を彼が知る筈はないのに。
 新一が、鼻の頭を平次の頬に触れるぎりぎりで掠め、そのまま平次の視界から顔を隠すように、肩口に額を寄せる。
 自らにかかった体重に、仕種に、その温かさに、愛しさは増し募る。
 どうしてこんなにカワイイんだろうね、と聞き覚えのある友人の呟きが耳元で甦る。まったく、本当に、その通りだ。
 言った側から照れ臭くなったのを必死で隠そうと、背けた顔を押しつけられている肩口。辛うじて垣間見えるのは、うっすらとピンクに染まった、耳。
「工藤」
 抱きしめた身体を、そっと揺すって、囁く。
「なぁ工藤。答えてほしいやけど。………工藤は俺のや、言うたら、やっぱり蹴るか………?」
 そっと問うてみれば、返って来るのは沈黙。やっぱり蹴られるかなぁと、発言を撤回しようとした時、やっと新一は顔を上げた。まだほんのりと頬は赤く平次は視線を反らせない。
 そのまま、考えるような沈黙が更に続いて………ゆっくりと、彼は口を開いた。
「………言いふらすような真似したら、蹴る。でも、言わないで思ってるだけなら、いい。オレもおまえはオレのもんだと思ってっから」
 何か文句でもあるか、と睨みつけられて、慌てて首を横へと振る。ある筈がない。
 一瞬くらっと来たのは、果たしてどちらのせいか。
 視線が絡まって、それに引かれるように、距離が縮まって行く。
 見えるのが一対の蒼だけになって、やっと思いだして平次は囁いた。
 イヴの夜に相応しい言葉を、そして愛の言葉を。

・END・

◆Christmas heart〜A Hedgehog Lovers2〜:平×新+白×快◆


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