KEEP OUT




3)

「ふふ、ふふふふふっ、ふわーっはっは! 完ッ璧だあー!」
 まるで一昔前のアニメの悪役のように、快斗は不気味な笑い声を上げた。
「新一には特製の招待状〜。これで遊んで貰えるし♪ 警察の皆様には……まぁこんなもんか」
 初心者用、熟練者用よ用意出来た二枚の犯行予告のカードを前にニヤニヤとほくそ笑む姿は、鈴木園子を筆頭とした怪盗KIDファンの皆様にはちょっとお見せ出来ない姿である。
 ……イメージも夢もこっぱみじんだ。
 鼻唄まじりにデパートの店内の見取り図と配線地図のコピー……無論門外不出と呼ばれる代物だが、こっそり忍び込みデジカメで写しプリントアウトするのは楽勝だった……をパズルのように床に並べる。
 プリンターからは付近の地図が吐き出され、ノートパソコンには一定時間毎に最新の天気図が映し出される。
 天候。
 風向、風力。
 悪天候だからといって計画を中止する気もさらさらなかったが、知ると知らないでは危険度がまるで違う。
「ん〜……このままだと風はちーっと強過ぎっか。んじゃここいら辺からダミーさんに飛んでもらって」
 きゅきゅっとチェックペンのグリーンが地図の上に丸を描く。
「帰りは上と思わせて下、ところがどっこい、実は横だよーんって事で。Cポイントさんには寝て頂いて♪ んでお隣さんから別人でハイさようならっと」
 非常階段に大きくC。警備状況は予告を出してからの変動に対応出来るよう、快斗の頭の中にはいくつものルートが存在する。
「あ、でも」
 んん、と小首を傾げ。
「新ちゃん来たらこの辺は読まれるだろうから〜……安易かねえ。通気口も釘とか打たれそうだし。いっそどっかんって床抜いちゃおうかなー。あ、ソレ、面倒なくって滅茶苦茶楽かも」
 物騒な事をウキウキと考えている快斗である。
「どうせ保険にゃ入ってんだろうし、改装のお手伝いだよな、ぅわーオレってば親切さーん♪」
 どうにも少しばかり間違っている快斗である。友人の探偵がその場に居れば、大いに顔を顰めて異を唱えた筈だ。
「リニューアルセールになったら新一と買い物に行かなくっちゃ!」
 ……どんどん間違っている。
「後は……ココとソコと〜、こっちにも念の為仕込んでおいて、臨機応変に行きましょーかね」
 臨機応変、またの名を適当とも言う。
 こんな調子の怪盗KIDに毎度毎度してやられているのだと知ったら、警察関係者は情けなさに滂沱の涙を流すのは必定だった。
 知らない方が幸せでいられる見本とも言える、怪盗KID裏事情であった。

*          *          *


 平次が怪盗KIDと遭遇してからの三日間は、ひどく緩慢に過ぎた。じれったい程、大きな動きもなくただ淡々と日常に埋没して。じれったい程、大きな動きもなくただ淡々と日常に埋没して。
 こんな時に限って警視庁からの呼び出しもなく、この故郷を離れた東の地で数少ない知り合いの中で、かなり親しいと平次的には自信満々で言える筈の友人は低気圧のまま……。
 遊びに出ようと呼びかけても遊びに行っても良いかと問うてみてもまるっきり取り合ってもくれない有り様だ。低気圧の理由に、平次は少しばかり心当たりがなくもない。
 友人の機嫌が微妙に低空飛行なのは、三日前平次が新一のもとを訪ねてからだからだ。
 新一曰く『訪ねる』ではなく『朝っぱらから余所宅を襲撃した』となるらしいが、その時から、彼の機嫌は微妙に地を這っている。
 平次の押しかけ癖……それを癖などと言う言葉で括って良いものかどうかはともかく……は、昨日今日始まったものでもないのに、諦めた節のあった新一にしては根が深いのか機嫌の浮上する出来事がないだけなのか。
 気付けば三日も過ぎているのに一向に回復の兆しも見られないという、由々しき事態に陥ってしまっていた。
 だが、四日目にして事態は急変、平次は新一からの電話に一気に気分を浮き立たせた。
 彼が、未だ警察発表もない怪盗KIDの犯行予告状をどこからか手に入れて来たからだ。しかも暗号たっぷりのそれを二日かけて解読するのは至福の時間で。
 六日目には未だ目的の宝石展が開催されていない百貨店や、付近の下見に出掛け。そこで平次は一旦事態から身を引いた。
 予告状の解読で警察に協力する事になった新一とは違い、平次はまだ少し迷っている。……KIDを追う理由が非常に個人的な事情に感じるから。
 だから、予告前日まで個別に情報収集を決意した平次だったが、思いがけずその三日前に新一からの着信を得た。
「おー工藤! どないした。もしかしてなんぞ新情報でも掴んだんか」
 問いつつもまさか、と言う響きは強い。
 怪盗KIDの新情報を得たら真っ先に知らせてくれとしつこい程に念押ししてあったものの、友人の性格を鑑みるにあまり期待が出来ないとも思っている。
 探偵という性質を差っぴいた所で見受けられるものぐさな彼の一面で、意外と多用される口癖は『面倒臭ぇ』と『あーそうだっけ』だ。
「いや、そうじゃなくて……実はちょっと……」
 珍しく歯切れの悪い口調の新一である。そして続く言葉に平次の声のボルテージがぐんっと上がった。
「風邪、ひいちまったみたいでよ」
「そらあかんやん、薬飲んでちゃんとあったこーして寝とる? ……医者には診てもろたか?」
「ああ、灰原が診てくれた。ただ……その……、」
 困ったように語尾を濁す様に、平次は携帯電話を片手におもむろに立ち上がった。
「なんやなんや、俺に出来る事あるんやったら言うてくれたらええのに、水くさいやっちゃなー」
「でも、おまえにうつしちまうかもしんねーし……」
 そのひどく頼りない声音に、見えもしないのに平次はどんっと胸を叩いて見せた。
「何言うとんのや、俺と工藤の仲やないか! すぐ行ったるからおとなしゅう待っとり」
 ほっとしたような安堵の溜め息が耳元に漏れる。
「せや。どうせジブン家の冷蔵庫、たいしたもん入っとらんのやろ? 適当に見繕って行ったるわ。なんぞ欲しいもんとかあるか」
「……アイス……いいか?」
 予想外の発言に咄嗟に口許に浮かんだ笑いを堪える。普段はその手の物は敬遠している癖に、風邪をひいて味覚も調子が狂っているのかもしれない。そう思うとアイスクリームと工藤新一の組み合わせは何やら微笑ましくすらある。
 平次は至極穏やかに了承の意を告げた。
 常々、使い走り扱いされる事はあれどここぞと言う時に限ってなかなか頼りにしてはくれない相棒に、やきもきしていたのだ。そんな相手からのヘルプ電話だ。嬉しくない訳がない。平次は、いそいそと買い出しをこなし半刻後には上機嫌のまま工藤邸のチャイムを鳴らしていた。
「来たったでー」
 預かっている合鍵で入り、念の為に一声掛けると「来たか、服部」と思いがけず明瞭な声で返事を返され『アレ?』っと平次は首を傾げる。リビングからひょっこりと家主が……風邪っぴきでふらふらの『筈の』新一が、顔を覗かせた。
「工藤! ちゃんと着替えて大人しゅう寝とらなあかんやん。……?」
 言いつつも、何やらもやもやとえもいわれぬ違和感がじわじわと足元から這い上がる。思わず平次は片眉を引き上げた。
 新一は玄関先で足を止めてしまった平次の傍らまでやって来ると、指を引っ掛けて両手にぶら下げていたビニール袋を彼らしく無造作な所作で覗き込む。
「なんだコレ」
「何、て……。食いもんと、柔らかアイスノンとかひんやりシートとか、要りそぉなもん適当に調達して来たんやけど……」
「へぇー! ……気が利くじゃねぇか。風邪っぴきのガキに酒呑ませた奴と同一人物とは思えねぇぜ」
「ソレごっつー痛いで、工藤……」
 着いた早々にこやかに古傷をえぐられて、平次は玄関先でやや黄昏れた。
 ちなみに卵酒というレパートリーを覚えたというだけで、アルコールはやはり持ち込んでいたりする訳なので、どっちに転んでも服部平次は服部平次だったりする。
「まぁいーや、とりあえず上がれよ、アイス溶けても何だし」
「…………」
 重要なんはソコかい、と更に複雑な胸中の平次である。
 平次はよろよろと新一の後を追い、ダイニングキッチンへと向かった。先を進む彼の足取りは至って軽く、視線も声もしっかりとしたものだ。風邪などひいていないのは一目瞭然である。
 電話の向こうにいた筈の『風邪をひいて頼りな気に平次を見上げる工藤新一像』が平次の中で、ガラガラと音を立てて崩れて行った。
「風邪、ひいたんやなかったんやな……?」
 聞くだけ無駄な事は分かっていたが、それでも平次は聞かずにはおれない。
 新一はにやりと笑った。その猫かぶりな笑顔・意地悪バージョンは勿論肯定の返事でしかなく。
 リビングのソファーに踏ん反り返ってソファーの背に両腕を引っ掛け三人掛けソファーを独りで占領している彼の姿は、見るからに元気そのものである。ついでにこの上なく偉そうでもあった。
 文句を並べる気力も萎えて、平次は目前の問題から取りかかる。アイスと雑炊の材料を冷蔵庫、冷凍庫へと片付けて、結局無駄になったひんやりシートをさてどうしようと眺めていると「言っただろ」とけろりと応えが返されて、顔を上げた。
「風邪ひいたってさ」
「うそくさ。ジブン、めっちゃ元気やん」
 思わず半眼で呟いた平次にとうとう新一は吹き出した。
「オレが風邪をひいた、なんて言ったっけ?」
 平次は口を開けてしばし固まった。頭の中で彼との会話が頭だしされ、そして受話器を下ろすまでが凡その記憶を辿ってリピートされ……腹立たしい事に新一の言は自分の記憶が証明してしまった。あやふやに語尾を濁したのをそう思い込んだだけだと言われればぐうの音もない。
 ううう、と平次は唸る。
「確かに言うてへんかったけど……ほんなら誰が風邪ひいた言うんや」
「快斗」
 即答である。
「……カイト? 誰やソレ」
「上で寝てる奴」
 返事は簡潔で、しかも彼の中だけで完結していて、平次はちょっと泣いていいかと聞きたい気分だ。勿論、言ったところで『好きにすれば?』なんて軽くあしらわれるであろう事は想像に難くない。
「つまり何かい。ジブン、どこぞの風邪っぴきの看病押し付けたろー思てあんな手の込んだ電話して寄越したんかいっ!」
「どこぞの風邪っぴきじゃなくて、快斗」
「おんなしやん」
 要は看病を押しつける為に一芝居打ってまで平次を呼び出したという事実は変わらない。なんだかなぁ、とくたびれ果てる平次とは裏腹に、新一はまるで悪びれる様子もない。
「本人にそう言ってもいいけど、まず返事は返らないと思うぜ。ま、今はどっちにしても返事ねぇだろうけど。ああ、快斗、二階のオレの部屋の向かいのゲストルームにいるから、よろしくな」
「よろしくちゃうわ、ジブンのツレやったらちゃんと面倒見たり!」
 ばしっと、指差しての叫びに、新一はニヤリと笑った。
「堅い事言うなよ、オレとおまえの仲なんだろ?」
 聞き覚えのある台詞を返されて、平次はぱくぱくと空気を食べるしかなかった。

*          *          *


 そんな経緯を経ていただけに、平次が件の『カイト』とやらのご尊顔を拝した時には、常々面倒見が良いと定評のある西の探偵の機嫌は、それ以上下がりようがない状況だった。
 と言っても、それが決してどう言う経過でか友人宅で寝込んでいる、この人物のせいだとは言えないのも分かっている。
 あえて原因があると言うならば、平次を呼び出して看病のバトンタッチを試みた友人であったり、短くもない付き合いがあるというのに新一の電話に違和感の一つも覚えなかった自分自身にあった。反省した所で時既に遅しならば、頭を切り換えるしかない。
「熱は高いんか」
 ゲストルームで布団に埋もれている『カイト』の息はやや荒い。微かに眉間にシワを寄せて自らの腕を抱え込むようにしてベッドの端に身を寄せている。
 そう言えば『カイト』について名前以外に何も聞いてはいなかったと、今になって気付く。
「夜八度越えてて、朝には大分下がってきてるって灰原は言ってた。微熱に近いみたいだ。……もしかしたら平熱低いのかもしんねぇけど」
「かもなぁ。なんやしんどそーやし」
 硬く絞ったハンドタオルで顔と首元までを手早く拭って、額にはらはらと落ちていた柔らかいくせっ毛をかきあげてひんやりシートを貼り付ける。やわらか枕は冷えるまでもう少々冷凍庫で凍えてもらわねばならない。
「コイツ飯は食っとる?」
「朝起きた時に聞いたら、いらねぇって」
「ふぅん。普段から工藤みたいにあんまり食わんタイプなん?」
「いや。いつもはオレよりはずっと食う。でも流石に食欲ないみたいでさ。諦めた灰原が朝は薬と胃薬飲ませようとしたら風邪薬も胃薬も嫌がって」
「なんや、子供みたいな奴っちゃな〜」
 駄々をこねたと聞いての平次の呟きに、新一は微妙な表情で「いや、体質っていうか信念ってーか……薬、ダメみてぇでよ」と訳の分からないフォローを入れている。
「薬あかんって、まさか工藤みたいな訳ありとちゃうやろな」
「さぁ。よく知らねぇんだよ」
 悪びれず肩を竦められ、平次は平次で継ぐ言葉に困り「さよか」と軽く流した。
「少なくとも昼は絶対何か食べさせろって厳命されたんだけど」
「……そお言うたかて……よぅ寝とるしー………」
 これだけ枕元で二人がかりでごちゃごちゃと喋っているのに関わらず『カイト』は熟睡の構えだ。無理矢理起こしてでも何か食べさせるべきとはいえ、躊躇ってしまう。
「本当にな」
 新一はふて腐れたようにベッドの主を覗き込んで、しみじみと頷く。
「昨日の夜よろよろでやって来やがったから即行でベッドに放り込んだんだけど……朝まであまり寝れなかったみたいでさ。様子見に来たらすぐ目ぇ開けやがんだ。こんな眠りの浅い奴見た事ねぇよ」
 平次はそっと笑いをかみ殺す。
「それがやっと寝たんだと思うと、こう……迂闊に起こせねぇよ、な」
 新一はぼやいているものの、ちゃんと様子を見に来ていたのだと本人白状してしまっているのに気付いていない。しかもものぐさな新一にしては度々足を運んだというのだから、こう見えて『カイト』とはかなり親しい間柄なのだろう。
 その上どうやって良いか分からないから平次に電話して来ただろうに、素直に手を貸してくれとは言えずに悪ぶって看病を押し付けるかのように振る舞う。
 だからこの友人は大変傍若無人で天邪鬼で……不器用に、優しい。そんなだから友人として出来る限り力になろうと思ってしまう。何が出来るかなんて、よく分からないなりに。
「まぁ昼過ぎには様子見て起こしてみよか。それまでに自発的に起きよるかもしれんし」
 まずは様子を見ると言った平次に、新一も同意の頷きを返した。
 ……しかしながら、言ったはいいが今一つ勝手を得ない看病に、どこから手をつけたものかと平次はひっそりと困惑の溜め息を落とした。

◆KEEP OUT:平×快◆つづき


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