Your my home,Your my window 


*SCENE・1*

「へーえーちゃん、あーそーぼーっ♪」
 まるで小学生が遊びに誘いに来たかのように節をつけてかけられた声に、平次は思わず窓から目を反らした。
 だが人間、見たくないものでもつい目をやってしまうものだし、聞きたくないような事ほど耳に入るように出来ている。
 案外不便なイキモノだ。
 ほんの小一時間前、サーチライトをかいくぐって派手なパフォーマンスを繰り広げ、ついでとばかりになんとかというブルーダイヤを盗んでパトカーとヘリの追撃を逃れ消え失せたとTVの生中継で話題を呼んでいたその人物が、よりにもよってずるずるとマントを引きずりながら窓を乗り越えて来ている。
「遊ぼやなくてただいまやろ。そもそも何でここから入ってくんねん」
 呆れ声で、それでも彼の出入りした窓を閉め、カーテンを引いてしまう程度には平次の中の常識は作動しているようだ。
怪盗キッドこと黒羽快斗は現在この工藤邸にほとんど居着いている。
 平次自身居候の身の上だからそれは別に良いのだが、彼も新一に一部屋もらっているというのに何を好き好んでこの部屋の窓から帰宅するのかが平次には分からない。
 しかも一度ならず、だ。
「んーっと、ただいま、遊ぼ?」
「………どう考えても変やろそれは………」
「んーっと、ただいま、遊ぼう!」
 根本的に間違っている泥棒さんは、これで正解だろうとばかりにウキウキと言い切った。
「………おかえり、お疲れさん。ついでにいうと俺はもう寝るとこやから、遊び相手を探しとるんやったら宵っ張りの工藤がまだ起きとるで、居間か部屋におるやろ。相手してくれるかどうかまではよお保証せんけど、せいぜい可愛ィ頼んで遊んでもらい。さっさとシャワーでもあびて着替えて寝る方がええと俺は思うけどな。ほなおやすみ」
 一息で一気に言い切って、ぐいぐいと背を押して部屋から追い出そうとすると「えー」と声が上がる。
「冷たーい」
「どこがや」
「遊ぼーよー」
「やかましーちゅうねん」
「へーちゃん横暴〜」
 彼は「断固抗議するぞー」等と言葉とは裏腹に気の抜けた声で不満を訴えて来る。
 常ならばそれはそれでいいも悪いもという所だが、よりにもよってどろぼう仕様でのこの口調は当社比3倍は気が抜ける。平次ははぁと溜め息を吐いて彼を部屋から追い出すのを一時中断した。
「もしかして今日の仕事、俺ら行かんかったから拗ねとるんか」
「べえっつにぃ。ヘボ探偵が来なくてもうっかりへーちゃんが来なくても名探偵が来なくても、拗ねてなんかいませーん」
 わざとらしく語尾を伸ばし、腕組みして宣言するその姿はどこからどう見てもふてくされている以外の何物でもない。
 「思いっきし拗ねとるやん………」と小声で呟いて、平次はがっくりと肩を落とす。
 しかもへぼ探偵にうっかりへーちゃんに名探偵ときた。新一を「名探偵」と呼ぶのは出会った頃からそうだという話だが、大抵の場合、平次は「へーじ」白馬は「白馬」と彼は呼ぶ。
 それがうっかりへーちゃんにへぼ探偵と来ればもう完璧に拗ねているとしか思えない。
「しゃあないやん、工藤も俺も別口で呼び出されてんから。白馬が来れへんのは分かっとったやろ?」
 休み突入とともに白馬探は渡英したと聞く。しかも快斗の口から聞いた以上今更知らなかったというオチはきかない。
「でも、つまんない」
 ぽんぽんと衣装を投げ捨てながら、怪盗キッドは快斗の姿に戻りながらぼやく。
 どこへ行くつもりなのかとりあえず彼は平次の部屋から廊下へと向かう方向性で歩き始めた。
 平次は苦笑しながらその衣装を拾ってその後をついて歩く。
 親鳥の後をついて歩くひよこか、それとも幼子の後をついて歩く大人か。
「………暗号は面白かったで」
 慰めようと思った訳ではないがそう言い添えると「そりゃ遊んでもらえると思ったから練りに練ったもん」と子供は更に拗ねる。
「それがてーんで期待外れ。とゆー訳で、へーじはオレと遊ぶ義務がある! だから遊ぼう!」
「論理が飛躍しとるで、自分」
「おうともさ! 飛んでても跳ねてても壊れててもいーから……え、なに?」
 快斗はきょとんと目を丸くして、平次を見上げる。快斗の髪をくしゃくしゃとかき回して彼の勢いを削ぐと、平次は彼の腕に集めて歩いた衣装を「ほい」と手渡した。受け取ったのは多分、条件反射なのだろう。
「洗濯かごに入れてき、明日洗濯しといたるから。ただし部屋干しやで」
「あ、うん、ありがとう。……いや、あのさ」
「ついでにシャワー浴びてくんねんで。………寝るまでやったらつきおうたるわ」
 快斗の表情が瞬間で変わり、ぱっと明るくなる。「うんっ!」と大きく頷くのを見てそれほど今日の仕事は張り合いがなかったのかとやや気の毒な気分にすらなった。
「すぐ戻る! 起きててよ、戻って来るまで寝ちゃ駄目だからね!」
 叫ぶように念押してすぐに部屋を飛び出し駆け降りて行く足音に、眉を顰めているであろう家主を思って平次は少し笑った。
 眠気などとうの昔に吹っ飛んでいた。

 

*SCENE・2*

 ちょくちょく足を運んでいた工藤邸で快斗と初めて会った時に、平次は少なからず驚いたものだ。
 それもその筈、彼が東の工藤こと工藤新一とかなり似通った顔立ちをしていたからである。
 しかもコナンの事情を知る数少ない関係者だと新一自身から紹介を受けたのだから驚きもひとしおだ。彼らしくかなり大ざっぱな紹介ではあったが。
「あ、これ、快斗な。こいつ、事情知ってっからダイジョーブだからよ」
「はぁ、さいで」
「ここに住んでるよーなもんだけど、おまえも似たよーなもんだし気にしねぇよな?」
 紹介された『カイト』は新一の横で彼が決してしないような懐っこい笑顔で、えへへ、と笑いながら立っている。
 一見した通り顔立ちは似ていたが、ふわふわと跳ねている髪や何やら悪戯っぽく瞬かせた瞳はまるっきり別人でそうやって改めて二人を見比べると、彼らはさほど似ても見えなかった。
「そら、別に、工藤ン家やし」
 改まってカイトと呼ばれた少年に向き直る。
 「ええと、初めまして、カイト? 服部平次や、よろしゅう」と言を継ぐ。
「黒い羽根に、快いに北斗七星の斗で快斗だよ、黒羽快斗、よろしく。ちなみに初めましてじゃないけどね」
「………どこかで、会うとる?」
「ああ、そうだ服部」
 快斗の意味深な笑顔に新一がぽん、と手を打つ。忘れてた、とばかりにその後にさらりと付け加えられた一言に平次は舌を巻いた。 
「快斗、キッドだから」
「………なんやて」
「こいつ、怪盗キッドなんだよ。いやホントに。だから初めましてじゃねぇよな」
「待たんかいっ! そーゆー問題やなくてやな、なんでそんなけったいなモンと知り合いなんや、工藤!」
「うわあ、ケッタイは酷いなぁ」
「奇妙くらいにしてやれよ」
「それもひどくない? ちなみに知り合いじゃなくって友達だよねー」
「そうだっけ?」
「あ、新一までひどい〜」
 血の昇った平次を余所に、二人はのほほんとそんなやり取りを交わしている。「せやから!」と、焦れた平次はそこに割って入った。
「黒羽は黙っとれ、今は工藤に聞ぃとるんや」
「はーい」
 返されたのは、小学生のように手を上げかねないイイコな返事。ドスを効かせた筈の平次はその効果のなさを実感してしまう。
 それでも彼は一歩退いて会話からの離脱を態度で示した。
 軽く受け流すその雰囲気は確かにかの泥棒とも通じるものがある気がする。
 ただ直接対決は果たせていないとはいえ、怪盗キッドと黒羽快斗はあまりにも持つイメージがかけ離れていて、そこが平次にはすんなりとは飲み込めない原因でもあった。
 あまりにも快斗は無邪気に見えて。
「……工藤、どういうこっちゃ」
 詰め寄られても、新一はいつも通り泰然とした構えでいる。
「どういうも何も、先刻言った通りこいつはキッドでここにほとんど住んでる」
「なんで?」
「ここが気に入ったんだとよ。居ていいかと聞かれたから、いいって答えた」
「事情知っとる、言うたな。もし脅されての事やったら…」
 平次の懸念は「まさか!」とハモッた二人の声であっけなく否定される。
「ひっどいなー、オレそんなあくどいことしないよー」
「オレがそんなつまんねぇ理由ではいどうぞと頷くと思ってんのか」
 左右から不満気な声を上げられて慌てて平次は二人を制する。
「すまんかった、前言撤回や。………いや、ともかく、自分は黙っとって」
 指さし確認で押し止められ、快斗は踏み出した足を2歩戻し、了解と肩を竦めて見せた。新一は面白そうにそれを眺めやり苦笑を漏らす。
「服部、おまえちょっと落ち着けって」
 ぽん、と肩に手を置かれて、平次はふうと心持ち力を抜く。
 確かに一人で熱くなっているのも馬鹿らしい話だった。残る二人は『しょうがないね』とばかりに目を見交わしていて、どうみても仲の良い友人同士にしか見えない。
「なら、分かるように説明してくれへんか」
「オレ、コーヒー煎れるね♪」
 にこやかにダイニングキッチンに消える後ろ姿を、平次は複雑な気持ちで見送った。
 彼の存在に納得出来ていないからというよりは、恐らくこの家に遊びに来て自分以外がいそいそと立ち動く姿を見慣れていないせいだろう。新一は決してまめに動いて平次を歓待したりはしないし、平次も自分が動く事に慣れている。何くれとなく世話を焼かれるよりも。
 完全に快斗の姿が消えてから、改めて平次は新一と二人、リビングのソファーに腰を下ろした。
 どことなくぎこちない間がやんわりとその場を漂っている。
 何かと自らの中で完結する事の多いこの探偵は、推理や事実を話す時と違い、自分の内面や考えを饒舌に語ったりはしない。
 そのせいか、新一も少し落ち着かない様子で、二、三度身じろぐとおもむろに口を開いた。
「あいつに会ったのはコナンだった時だよ。覚えてるだろ、エッグの事件」
 イエス、と一つ頷く。キッドの事件の中でも珍しく平次のなわばりである大阪での事件の上、ましてや直接対決する前に事故り望まぬながら途中で戦線離脱してしまったのだ。忘れよう筈もない。
「あの時オレ、蘭にばれそうになっててそこをあいつに助けてもらってんだよ」
「新一がオレの鳩を先に助けてくれたんじゃん。あれはお礼〜」
 キッチンから声だけが楽し気に飛び込んで来た。
 一瞬ぎょっとした平次と違い、もう慣れたらしい新一が「地獄耳だよな」と小さく囁いて笑う。
「まぁそうとも言うけど。その後も色々と手ぇ貸してもらったりしてんだ。あいつ、そんな警戒しなくても悪い奴じゃねぇのはオレ保証すっから」
「保証って怪盗キッドの? それとも黒羽快斗の保証なん?」
「怪盗キッドなんてものをやってる、黒羽快斗って人間を保証する」
 声を張り上げ力説するでもない、むやみやたらと言葉を並べる訳でもない、ただ端的に述べるだけの新一の言葉には言葉以上の力がある。
「……工藤の事情を、黒羽は知っとるんやな」
 平次の確認に、新一はただ真っ直ぐに見返し一つ頷く。
「黒羽の事情はどうや。キッドなんぞやっとる事情、いう奴は聞いたんか」
 常ならず深刻な平次を相手に、引き込まれたのか新一も至極真面目にもう一つ頷いた。
 成る程、と平次は呟く。
「それなら、ええわ。俺がどうこう言う事はあれへん」
「………服部………?」
 新一は快斗の事情を聞き出そうとはしないであっさり引き下がった平次の様子を訝しんでいるようだったが、平次が首を横に振って見せると、それ以上問いかけはしなかった。
 キッチンからコーヒーの香りが漂うまでの間、ゆっくりと沈黙が落ちる。
 平次はとりあえず自分の中で彼らの関係の片をつけるのに専念していた。一端頭にある事実をリセットして、色をつけずに向き合う必要性があった。
 ふわり、と平次の鼻を香りがくすぐる。快斗がカップを3つ運んで戻って来たところだった。
「お待たせ〜。はい、新一。へーじ、砂糖・ミルク入れる?」
 何の躊躇いもなく名で呼ばれ、平次も思わず顔がほころんだ。
「ミルクだけもらうわ、おおきに」
 なんとも物怖じしないというか遠慮がないというか、それを馴れ馴れしく感じさせず自然に出来るのが地だとしたら、好感が持てる。
「自分、ほとんど住んでるって工藤言うてるけど、今まで会えへんかったな」
 ここで。そう言葉に潜ませたのを分かったのか否か彼は特にそれにコメントは返さない。快斗は手元のカップにざらざらと砂糖を加え、たっぷりとミルクも注いでから、にっこりと微笑む。
 その思い切りの良い投入加減に思わずカップの中身を想像して固まってしまった平次を、湯気越しに気の毒そうに新一がそっと見遣る。新一にも覚えのあるショックな光景だけに、カップを凝視してしまう気持ちもよく分かった。
「うん。だってへーじが来るの週末だって聞いてたから、オレは平日担当してたんだよ」
「………たん、とう?」
「そうそう」
 余程度肝を抜かれたのかまだいささか動揺の走った声でぼんやり聞き返す平次に、快斗は新一をちょいちょい指差す。
「このヒトの、飯炊き担当。ほっといたら驚くくらい食べないでしょ」
「別に、普通に食ってるよ。そりゃあんまり手ぇかけねぇけど」
 嘘々、と思わず快斗と平次は顔を見合わせタイミングを合わせたかのように共に手を横に振り合わせて見せた。声に出して言わない所まで同じで、二人して吹き出す。
 新一が快斗にオーケーを出した理由が分かる気がした。多分、彼は本当に新一を気に入ってここに居場所を望んだのだ。探偵である筈の新一を立場を超えて心配して、大事に思っている。
 そしてそれを新一も理解した。そう言う事なのだろう。
 声を立てて笑いながら平次は妙にすっきりした気分になっていた。
 怪盗キッドは人を傷つけない。
 黒羽快斗は彼を傷つけない。
 自分と同様に。そう、容易く信じられる気がした。
「それで、オレは合格もらえそう?」
 軽く首を傾げて問う快斗に、平次は新一へと視線を流す。と、関与しない、とばかりに新一に視線はすっと外されてしまう。
 自分で判断せぇちゅう事かい、と平次は苦笑った。答えはもう出ている。
「せやな。大丈夫ちゃうか、コーヒー旨いし」
「基準はそこかよ」
 付け加えた一言に思わず、といった呈で新一が口を挟む。
「だって俺、工藤ファンやもん。工藤の食生活向上に貢献しとる奴、不合格にする訳にいくかい」
「基準、変じゃねぇ………?」
 しきりと首を傾げる家主をよそに、居候二人はそれなりに通じ合えたようで『よろしく』そして『お互い頑張ろう』と固く握手を交わし合っていた。
 かくして探偵と怪盗と探偵の奇妙な同居生活は始まった。

◆つづく 


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