insenible dream....04



(accidentel resemblance)

 

 警視庁の廊下で彼を見かけたのは初めてだった。
 噂だけはとかく耳に入って来ていた高校生探偵の『工藤新一』。
 彼が、メディアからしばらく姿を消した揚げ句、その後の消息はかなりあやふやな物ばかりだったから、白馬は彼に何事か…探偵をやめるような何事かがあったのかと、一時本気で危ぶんでいた。
 偶に、親同士の関係もあって旧知の仲となっている西の高校生探偵・服部平次より彼の名を聞く機会があった為、その疑念は杞憂と判明したものの、実際の彼との出会いはこの時までなかったので。
 だが、顔だけは一度ならずTVでも新聞ででも拝んでいる。
 間違いようもない。
 元・クラスメイトとどこか似た顔立ちの、少年。
 他人の空似という言葉が頭を過ぎったが、似ていると思うと同時に、思う程似ていないとも思う。
 足を止めた白馬に気付いたらしく、会釈して出てきたばかりの扉を閉めると、彼は白馬へと向き直った。
「確か……KID専属の……?」
 伺うような眼差しでの問いかけに、白馬は苦笑で応える。口を開きながら、何故か改めて名乗るのが奇妙な気がした。
「別に専属という訳でもないのですけどね。白馬探、です。有名な工藤くんと、こんな処でお会い出来るとは思いませんでした」
 きっと出会うならどこか事件の現場なのだと漠然と思っていた。
 しかし、互いに出入りする課は同一ではないものの、署への出入りは共に一般人とは一桁違う生活だ。今まで出会わなかった事自体も不思議だともいえる。
「オレも、驚きました。工藤です、よろしく」
 本当に驚いたのかと怪しみたくなる程度の抑揚で彼は呟くと、するりと手を差し出して来る。「こちらこそ、よろしく」と握り返した時に視線に含まれたのは、何か推し量ろうとするような、探偵の目。
「……どうか……?」
 凝視され、白馬が小さくそう問うと、新一はぱちりと目を瞬かせた。
「ああ……いや。あのさ、悪ィんだけど」
 急に口調が砕けて、本当に困惑した表情の彼が言を継ぐ。
「白馬って呼んでも構わねぇ?」
 どんな無理難題がふっかけられるのかと一瞬身構えた白馬に向けられたのは、そんな台詞だった。
 「はい?」と疑問符を返そうとした口元を慌てて取り繕い「ハイ」といささか棒読みに近い語調で返すと、新一は『我が意を得たり』といった風に、微かに頷いた。
「サンキュ。それでさ、白馬」
「何でしょう」
「ここでの仕事、これからか?」
 親指で床を指し示されての問いに、白馬は首を横に振って答えた。
「もう帰るところですが」
「ならこの後、ちょっと時間もらえねーかな」
 口調はいたく軽かった。が、白馬にとってはこれ以上ない以外な申し出である。
 それ程この人物について知っているとはいえないが、それでもこんな風に初対面に近い人間に、そんな言葉をかけて来るようには思えなかったのだ。
 返答に詰まる、というあからさまな白馬の躊躇いに、新一は苦笑と共に言を継ぐ。
「いきなりで本当、悪いと思う。だけど、これはあんたにもきっと損にはならない筈なんだ。それは保証する」
「……僕にも……?」
 言い回しに引っかかり、白馬は復唱した。
 細かい点が気になってしまうのは探偵の性かもしれなかったが、同時に彼も探偵だった。簡単に手の内を全てさらすような真似をする筈がないのを承知していても、つい探るような視線になってしまう。
 その視線をするりとかわすと、新一は不意に携帯電話をポケットから掴み出した。親指でボタンを3回押して、耳へと寄せる。
「……そ、オレ」
 ものの5秒程で、新一は呟いた。
 顔のパーツそのものには大きな変化は見られないというのに、微かに細められた目元や、紡がれる語調の柔らかさで、5秒前までの彼とはまるで別人のようなイメージを醸し出した。
 言葉もなく見つめていると、白馬の肩口へと止まっていた新一の視線は、唐突に動き、白馬の瞳とぶつけられた。
「なぁ、食えねぇモンとかあるか?」
 携帯は変わらぬ位置にあったものの、視線は間違いなく自分へと向けられていたので、白馬はそれを自らへの問いと判断した。
 突き詰めればいくらかはあるものの、こうして咄嗟に聞かれると以外と出て来ないもので、白馬も結局「特には」と答えてしまっていた。彼は頷いて視線をずらす。
「一人前追加な」
 軽い声に、ごちそうになるなんて、と慌てて口を挟もうとした白馬は、新一の吹き出す寸前のような、悪戯を思いついた時のような表情にタイミングを失ってしまう。
 見知った顔と微妙に重なる。自分には向けられない、笑顔と。
「バーカ。そうじゃねぇって。なに、おまえそれ位出来ない訳?」
 新一がパッと携帯電話を耳から外すと『やったるわい! 自分、服部平次さまをなめたらあかんでっ』と、これ以上ない程分かり易く電話の相手が自己主張をかました。
 旧友のひとしきり唸っている声は工藤新一の耳元から大きく離されたままの文明の利器より警視庁の廊下へと巻き散らされていたが、幸いにして見咎められる事なく息切れの瞬間はやって来た。
 その一瞬に、新一は再度携帯電話を耳元へ寄せていた。
「服部」
 静かに名を呼ぶ。
 ただそれだけの行為で、電話の向こうからの声は再び大きくそれから飛び出しはしなくなった。2、3短く言葉を交わすと、『おまえこそ』と小さく笑ってボタン一つで彼と共有していた空間を絶った。
 見事な手腕に思わず拍手を贈りたくなった白馬である。
「白馬」 
「は……い?」
「服部ってさ、結構旨いメシ作るよな」
「そうなんですか? ……僕は彼が料理が出来るなんて知りませんでしたから」
 親同士のつき合いもあって顔を会わす機会は度々あったものの、白馬自身は既にロンドン暮らしも長くなっていた事もあり、互いの家を行き来していたのは小学生の時までだった。
 この年になってからは親抜きで顔を合わす機会もあったが、基本的には事件がらみばかり。
 料理が出来るか、等というありがちな一般的会話は思えばした事がなかった。別に殊更事件がらみだけしか会話をしなかった、という訳ではないものの、随分偏った会話をしていたのかもしれない、と思う。
………服部平次を相手に限らず。
「じゃあ、ぜひ味わってもらわなきゃな」
 新一に決定項の如く語られて、白馬は益々返答につまる。
「はぁ……あの、彼、今こちらに?」
「服部?」
「ええ」
 新一は今度こそ吹き出した。ぷぷっと笑い出したかと思うと、そのまま頷く。
「今も何もあいつ、夏休みと開始同時にこっちに来てるぜ。先刻まで現場で一緒だったんだけどさ、もう家に着いてるみたいだ」
 だから、帰ろうぜ、とあっさり促されて、成り行き的な要素を強く感じながらも白馬はその誘いを辞退しきれなかった。
 それは、新一という興味の対象からの誘いだったからでもあるし、平次という旧知の人物との久々の再会が楽しみだったからでもある。
 だがそれ以上に、目前にちらつされた不可思議な発言と、さり気なさを装っているようで、それでも真剣に白馬の同行を促した、新一の真意が押し量り切れなかった事が一因となっていた。
 それでも躊躇う白馬を伴って、二人は工藤邸へと向かったのだった。

 我知らず、白馬が境界線を越えた瞬間だった。

◆白×快(K) 


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