insenible dream....01



(stranger)

 

 考え事をしながら自室に足を踏み入れて、そのまま足を止める。白馬はぐるりと室内を見渡した。
 窓は開け放たれたまま、カーテンが軽い初夏の風にゆるやかなウェーブを見せる。
 バルコニーから2歩の位置には今朝の英字新聞が広げられ、無造作に脱ぎ捨てられたらしい、革靴が一足。左足はいかにも脱ぎ散らかしたように、底を見せて転がっている。
 まるで、撫でてくれと腹を見せて寝転がっている仔犬を思わせ、白馬の口元に自然に笑みが漏れた。
 窓を閉め、靴を揃えて室内を見回すと、不法侵入者の行動は実に分かり易くその行動の足跡を残していた。
 本棚の前にうずくまっている白い布の固まりは彼のマントであろうし、その先のラグマットの上で所在なげに転がっているのは、白き怪盗の特徴ともいうべき純白のシルクハット。
 放り投げられたらしい赤の細いネクタイが一人掛けのソファーの背にたれ下がり、クッションにはスーツの上着の袖が辛うじて引っかかっている。
 それらを集めながら歩を進め、寝室へと続く扉の手前の丸テーブルの下に落ちている白い手袋を拾い上げて……流石に他と同様に投げ捨てるのは憚られたのか、こちらはテーブルの中央に置かれたモノクルの横にそれらを並べ置いた。
 残りの衣装と、それらを纏っている筈の人物が閉ざされた扉のその向こうにいるであろう事は想像に難くない。
 自分が部屋にいる時には決して訪ねては来ない真夜中の訪問者を思いながら、白馬はノブを回した。

 

§ § § § §

 

 もう一歩、と心の中で呟く。
 ベットの手前の床で座り込んでスプリングマットに背を預けていた不法侵入者は、こちらを目の端で確認するとそのまま『くあぁ』と気の抜ける大欠伸を一つこぼした。
 眠たくて、でも寝付けない、とでもいう風に。

 

 一番初めに訪れた彼は、バルコニーでうずくまっていた人影だった。
 狼狽えた白馬が詰問しようとすると、彼はするりと身をかわしそのままバルコニーの縁から闇へと姿を消してしまった。まるで夢のように、何の痕跡も残さず消える様は流石で、一言も語る事のなかった姿に白馬の中には落ち着かない思いだけが残された。
 春の、とある夜だった。

 

 白の幻は、また現れた。

 

 窓際にたたずむ白い影に、白馬はどこかほっとして彼を部屋へと迎え入れたのだった。
 けれど、何一つ手を触れもせず言葉も発せず…何をしに訪れたのかと静かに問うた白馬を不思議そうに眺めて。ごく、短時間で姿を消した。
 謎は深まるばかりだった。

 

 それでも、彼の訪問は不定期に続いた。
 本棚の前、ソファー、寝室へと続く扉の手前と、部屋の主が席を外している隙を狙って来襲する不法侵入者は、警戒を徐々に溶いてゆく小動物のように、プライベートな空間へと足を踏み入れて来ている。
 そして、4回目の訪問から白のマントにくるまりしゃがみ込んでいたし、寝室に立ち入るようになってからはケットにくるまるようになったが、それでも眠り込んでいる事はなかった。
 それが表情に現れる事のない、彼の緊張を示しているように感じて、白馬自身の緊張も持続した。

 

 前回この場を訪れた彼は、寝室の扉とベットの丁度中間辺りでベットから引きずり下ろしたらしい薄手のケットにくるまって転がっていたし、その前は同様に引っ張り下ろしたらしい上掛けにくるまって寝室の扉に身を預けていたらしく、扉を開けた途端、腕の中に転がり込んで来て白馬を驚かせた。
 そんな事があっても、白馬に自ら触れようという動きはなかったし、白馬自身この部屋で彼を捕らえようとは思っていなかった。
 それ以前に感じたのは、手を伸ばしただけで消えそうな危うさ。
 それは、この場に訪れる彼にだけ感じるモノで、決して怪盗KIDにも黒羽快斗にも感じる事のない感覚だった。

 

 彼の訪問がいかに深夜であっても、彼は眠り込んではいない。それは今夜も変わらない。
 いつだって息をひそめて、全身で全ての気配を探っている。夜空と月を従えてそびえ立つ、張りつめたKIDの姿の時と同様に。
 けれど、その彼の目に鮮やかなブルーのシャツは、目も当てられない程クシャクシャになってしまっている。
 首元の詰まった襟が窮屈そうで、白馬はいつものように傍らに膝を折った。息苦しそうな一つ目のボタンを外そうと指を伸ばすと、彼は大人しく顎を上げる。
 のけぞる喉のラインが綺麗で、束の間、目を離せない。
 襟のカフスを取り外し、小さなボタンは第二ボタンまではだけると、彼は小さく息を吐いて、軽く腕を持ち上げた。こっちも、というように、カフスで止めたままの袖口が目に入る高さまで。
「分かってますよ」
 壊れ物でも扱うかのように、丁寧に腕を取りカフスを外す。濃紺の石と銀の縁取りのカフスは、青いシャツにはそう目立たない代物に見えるが、品は良い。
 彼は口をきかない。
 ただ息を詰めて、儀式のようなそれを目を眇めて見ているだけだ。
 一連の動きを追う視線がなければ、夢遊病を疑ってしまったかもしれない。それ程、彼の態度は普段のKIDの姿とも黒羽快斗の姿とも違い過ぎて微妙で、少なからず緊張を孕んでいるのも事実だった。
 彼は自らこの部屋へとやって来る。
 家ではなく部屋なのは言葉そのままで、彼の訪問は玄関からではなく、部屋のバルコニーから部屋へと直接足を踏み入れている事実に起因する。そんな様は彼を『KID』と呼んでも良い一因に思われた。
 彼の投げ捨てて行く、その衣は、純白の『KID』の衣装。
 犯行日でもないのに、常にその姿で訪れる。けれど彼を『KID』と呼べもしなかった。

 

 不遜な態度。鋭い視線。
 嘲るように引き上げられる口元と、滲み出る威圧感。
 紳士然とした言葉使いも身のこなしも、優雅にたなびくマントと一緒に床に打ち捨てられてしまっているのかもしれない。
 だからと言って、既知のクラスメイトの姿もそこにはない。
 よく笑って、幼なじみの少女に世話を焼かれたり、自分の投げる言葉をぶっきらぼうな一言と呆れ混じりの視線でかわしてしまう、悪戯好きで賑やか好きな少年。
 その姿もない。
 『怪盗KID』が『黒羽快斗』に違いないと当人に向かって断言し、こうして素顔をさらした彼と向き合っているというのに、そのどちらとも違う表情を、彼はする。
 だとしたら、これは誰なのだろう?
 何も語らず、何も求めず……温もりに惹かれて迷い込んだ、小動物のようなこの人は。
 突然現れて、束の間を白馬の傍らで過ごすと、遅くとも日が昇る前には姿を消している。……ただ、その繰り返し。
 どんな問いにも言葉は返らないけれど、白馬が話すと、唇の動きから言葉を理解しようとしているかのように、視線は一点に定められる。
 表情は色がなく、瞳にも何も現れない。
 彼の存在そのものが、謎だった。

 

 彼に問うても答えは返らず。
 KIDは分かっているのかいないのか、遠回しな問いには輪をかけて湾曲な表現の言葉と、曖昧な笑みしか返らなかった。
 黒羽快斗には、学年が変わってからというものロクに会話も出来てはいない。……どう問えば良いものか。それもある。
 何しろ、快斗はKID疑惑を一笑に伏している。どう問うたところで彼にも答えようがないのではないかと思うと、結局探るように視線を送るしか選択肢はなかった。
 奇妙に緊迫した空気だけを抱えて、白馬はそれでも謎だけを見ている。
 『貴方は誰ですか』その言葉で魔法は溶けて彼が消えそうな気がして、今夜も白馬はその言葉を飲み込んだ。
 ただ黙って、彼が姿を消す寸前まで傍らにいる。
 ひどく静かで穏やかな時間を共有しているというのに、小さな不安は白馬の中でいつまでも燻り続けていた。


◆白×快(K) 


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