海青喫茶

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Vanilla

もしもこの世の中に天使って言う生き物がいて。
で、そいつが恋のキューピッド、なんつー肩書きを背負っているなら。
私はそいつに愚痴ってやりたい。





【Vanilla】





「……で、律儀に私のトコに愚痴りに来たわけね、スーパーコピーあんたは」
 百円のラクトアイスを片手に、ため息混じりで貞子さんはつぶやいた。
「なによー、かわいい姪っ子が来たって言うのにぃー」
 コンビニでもらってきたアイスクリーム用のへらを口元でぷらぷらさせて、貞子さんは、呆れた子だという目でやっつけるようにアイスクリームを頬張っている私を見ている。
「第一あんたの愚痴を聞くのに、なんか割に合わなくなーい?
 私は百円のラクトアイス。で、あんたは二リットルのバケツカップ。
 まぁ唯一フェアなのは同じバニラ味ってとこかしら?」
「やけ食いしに来たんだから、量は多くて当たり前でしょ」
「ああ、そうざんすか」
 苦笑交じりに貞子さんはミニカップにへらを突き立てる。
「で、少しはおさまったかな? 恋する乙女さん?」
「そんな言い方やめてよー」
 どすどすっと八つ当たり気味のスプーンをアイスクリームに突き立てる。ほぼ溶けきっているアイスは、抵抗することなくぐっちゃっと掻き混ぜられていた。
「とりあえず、そろそろ浴衣脱いでくれるとありがたいんだけどなぁ……そのまま置いてたらしわくちゃになっちゃうし。それともあんたがアイロンかけてくれる?」
「……脱ぐ」
「ほい、着がえ。今日は泊りって言ってきたんでしょ?あんたの事だから」
「うん」
「じゃ、さっさとお風呂はいっといで」
 ぴっとお風呂場の脱衣所のほうを指差し、貞子さんはハエを追い払うかのようにしっしっと手を払って言った。

 貞子さんは、お母さんとなんと16年も歳の離れた妹、つまり《叔母さん》だ。
 私と7つしか、歳が違わない。
 だから、《おばさん》なんていうと問答無用でげんこつが飛んでくる。
 でも逆に歳が近いせいか、また、私が一人っ子ていうのもあるのか、貞子さんは私の中で姉のような存在になっている。
 貞子さんもまんざらではないらしく、なんだかんだ私が引っ付きにくると遊び相手になってくれたし、試験前になるとよく家庭教師もやってくれた。
 だから。
 お母さんには話しにくいけど、貞子さんになら相談できる、なんてことがいろいろある。
 今回も、実はお世話になっていた。
「……あー、目がまっかっかだ……」
 洗面所の鏡に向かって、ふぅ、とため息ひとつ。
 きれいにくくってもらった髪の毛も、所々ほつれてしまっている。
 ……がんばった、のにな。
 思い出すと、またじわっと涙がにじみ出てきてしまう。
 藍地に白のアサガオの染め抜きの浴衣を脱いで、あまり皺にならないように籠の中に畳んで入れる。
 側にはバスタオルと着替えを置いて。
 ……はーぁ。
 無意識にこぼれてくるため息。
 と。
 ―――バタンッ。
「あーもー、自分の下着姿に見とれてないで、さっさと風呂入んなさいよ」
 いきなり脱衣所の扉を開けて、たぶん浴衣を取りに来たのであろう、貞子さんが下着姿の私を見るなり、蹴りを入れて浴衣の入った籠をひったくっていった。
「きゃー、おていさんのばかー! セクハラー! 暴力反対ー!」
「も一度蹴りいれたろか、あんたは」
 ひょいっと片足を上げていう貞子さんから逃げるように、私はお風呂場に避難した。

◆ ◇ ◆

 話は。
 2時間ほど前にさかのぼる。
 いや、話の始まりは、ほんとはもっともっと、ずっと前。
 私には、クラスで少し気になる子が、いた。
 最初の印象は、ちょっと嫌いな子、だと思ってたのに。
 でも、いつのまにか、目で追いかける様になっていた。
 席替えの時、その子の前の席になって、すごくドキドキもした。
 プリントを配布する瞬間が、さらにドキドキした。
 その子と目を合わせる絶好のチャンスを、いつも毎日、自分から逃して。
 その度に自己嫌悪に陥って。
 後の席の子なのに、なかなか話し掛けることも出来なくて。
 だから、どんな他愛の無いことでも、話し掛けられるとすごく嬉しくて。
 他愛のない返事をするフリをするのが、すごく大変だった。

 その気持ちが、どうやら、《好き》て言う気持ちらしい。

 でも、どこがいいんだろう。どこが好きになったんだろう。
 毎日盗み見るように見ていても、それは分からないままで。
 だから、なかなか納得できなかった。
 この気持ちは、「気になる」だけで「好き」ではないって。
 でも、固い決意を物の見事ふっ飛ばしてくれる発言をしてくれたのが、貞子さんだった。

「あんた、好きなんだよ、その子の事」

 毎度のごとく試験前の家庭教師にきてくれていた貞子さんが、たまたま聞いてくれたこの悩みをあっさりと、その一言で片付けてしまった。

「だ、だって、どこがいいのか……」
「最初から、どこがいいかなんて分かってて好きになったりなんかしないわよ」
「でも、全然話なんてしてないし……」
「でもあんたは話したいって思ってんでしょ?」
「目を…合わせるのだって…」
「つまりそれだけその子が気になっているって事」
「でも! 気になるのと、好きってのは……」
「何が違うっていうのさ?」
「………………………」
 ぐぅの音も、でない。
 そんな私の顔を見て、くすくすと笑う貞子さん。
「ついでにあんたの考えてることも当ててあげようか?
 どこがいいのかとか、何が好きなったとか、いろいろ考えてるうちに、ただ単に気になるだけの存在だと思ってしまって、で、好きなんだって事を認めたくない。違う?」
 う。
「で、自分の気持ちがはっきりしないから、このままでいようとしてる。違う?」
 うう。
「極め付けでいうなら、あんた自身、自分のいいところってもんが分かってないから、どうアピールしたらいいのか全然分からない。違う?」
 ううう。
「……マニュアルどーりねぇ」
「どこにそんなマニュアルがあるのよ!」

 いろいろ、ずばずば言われて凹んだけど。
 でも、だからこそ、打開策も見えた。

「いきなり少女漫画的展開になるわけ無いんだから、まず、期待しないことね」
 おい、まてーい。と思わずツッコミを入れてしまった私。
「つまり、いきなりしゃべりかけて、好きって言われるわけないし、逆に嫌いって言われるわけも無いって事。まぁ、かなりボロカスな事言ったら、言うまでも無いけど」
「ま、まぁ、確かに。そうかも……」
「だいたい、何のために挨拶って言葉があるのよ。誰とでもしゃべられる言葉でしょうが。それをフル活用しなくてどうするのよ。
 あんたが機嫌いい顔して、おはよーって言ったら、向こうはせいぜい、あ、今日はなんかいい事あったのかな?と思う程度よ。
 あんた今、後ろにその子、座ってんでしょーが。絶好のチャンスじゃないのよ!」
「……できるかなぁ」
「つーか、やれ」

 とりあえず。
 挨拶からはじめるようにして。
 次の席替えが始まってしまう前に、なんとか、それだけは欠かさないように頑張ってみた。
 そしたら、席が離れても、廊下で時たますれ違う時、挨拶が出来るようになって。
 教室移動の時、どこだっけ?っていう他愛の無いことも自然と話せるようになって。
 期末試験が始まる前には、また席替えで斜め後の席になれて。
 自然と、試験内容を気にした話が出来るようにもなった。
 友達が夏休み、大グループで花火大会に行くっていう話も出てきて、渡りに船、とばかりに綱渡りをする気分で、でも軽く誘うような感じで、『花火大会、行くって話あるんだけど、頭数足りないらしいから、どうかな?』て話してみた。
『ああ、それだったら八木からも話聞いてるし、行くつもりだよ』って、言われた時は…かなりびびった。
 その時は、乙女チックに天使なんていう存在を信じてみたりした。
 だって、あまりにも、うまくいくものだから。
 期待…しちゃったんだよ。これからも、もっとうまくいくって。

 そして、今日。8月最初の花火大会。
 無理言って、貞子さんちで浴衣を着付けてもらった。
 貞子さんは、ついでだからって髪もきれいに結ってくれた。
「おきばりやっしゃー」
 ぴっと親指を立てて、貞子さんが笑顔でお見送りしてくれた。
 私も、絶対うまくいくって思ったんだ。
 まだ、告白出来る勇気は無かったけど。でも、隣に立てる勇気はちゃんと、持ってたんだよ。
 夜の7時が待ち遠しくて。
 みんなで時間を潰しながらも、気持ちは、まだ立てないその子の隣に向いたまま。
 歩きにくい下駄がもどかしくて。
 だから逆に隣に立てないのは下駄のせいにしてみたりして。
 でもそんなことしても、結局は隣に立てないんだから、頑張れって、くじけそうになる自分を奮い立たせて。
 やっと花火が上がったときに。
 やっと、隣に立てたんだ。

 嬉しかったんだよ。
 それは本当。
 花火を見上げて、横目で、同じように見上げてる横顔を見てたんだ。
 気づきませんように。ずっと祈りながら。それでも気づいてくれたら、いいなって。

 お開きになって。
 みんなとさよならして。
 ……それは、ほんとに偶然、だった。
 貞子さんちに泊まる気でいた私がなんとなく立ち寄ったコンビニ。
 その店の雑誌コーナーにいたのは、その子と、多分、どっかで見た、隣のクラスの子。
 手、つないでた。
 笑って、いた。

 ああ、そっか。
 なんだ、やっぱりそっか。


 私ガ、好キナ子ガイルヨウニ、アノ子ニモ、好キナ子ガイテ、アタリマエ。


 貞子さんに買っていくつもりだったお酒のおつまみは、雑誌コーナーを横切ってまで行く気になれず、冷凍食品コーナーまで出来るだけ音を立てないように意識しながらも、早足で歩いていた。
 下駄で行ったことをちょっと後悔しながら。
 動くこと、手を触れること、全てに細心の注意を払いながら、ラクトアイスの普通サイズと一番でかいサイズを引っ手繰るように抱えてレジに行く。
 気づきませんように。誰も、私に気づきませんように。
 ドアを押して、出来るだけ平然と歩きながら……もう、無理だった。
 一目散に走って、走って。
 涙が出なかったのは幸いだった。
 貞子さんがドアを開けてくれたとき。
 やっと。
「……駄目だったよぉぉぉ」
 涙が、出てきた。

 それからひとしきり泣いて。
 2リットルアイスにどすどすスプーンをつきたてて。
 貞子さんの辛口の慰め方が、いつのまにか、涙を枯らしてくれていた。

◆ ◇ ◆

「おていさーん、あがったよー」
「ほーい」
 リビングに行くと、貞子さんがノートパソコンに向かってタカタカとキーをはじいていた。
 キッチンのテーブルには、ほんのりと、甘い紅茶の匂い。
 髪を拭きながらリビングの隅を見てみると、もうアイロンがけされた浴衣がきっちりとたたまれておいてあった。
「ごはんどーする? まだアイスクリーム食べるつもり?」
「ぶっ」
 不意打ちの皮肉を食らって思わず吹き出してしまった。
「……もぅいや。なんか、お腹が気持ち悪い」
「そりゃそうよ。2リットルアイスの半分をがつがつ食べたんだから、あんたは。
 ま、半分平らげただけ、見事というべきかな」
「うー」
 ふふふっと軽く笑う貞子さんの背中に、こつんっと拳をぶつける。
「おていさーん」
「んー?」
「……ごめんねぇー」
「…………はぁ?」
 カタカタという音が止まり、貞子さんが振り返る。
「なにがごめんなの?」
「んっと……いろいろ」
 どういっていいか分からず、言葉を濁しながら、私は何を言おうか考えていた。
 ほんと、いろいろ。
 一番相談しやすくて、なんだかんだと世話してくれて。
 なのに…私は、何にも出来なかったんだよな……。
 考えてる私を見て、少し察してくれたのか、ふぅ、と軽くため息をついて貞子さんは苦笑混じりに言ってくれた。
「ま、あんたは、私の妹みたいなもんだから」
 よいせっと、と軽く声を立て、貞子さんがキッチンに向かう。
「紅茶、あんたも飲む?」
「……うん」
 カップを棚から出す、カチャン、と陶磁が触れ合う音。
 ノートパソコンの低い起動音。
 リビングの壁掛け時計の、コッチコッチと時を刻む音。
 ……ああ、全部終わっちゃったんだな………。
 静かな空間にある小さな音たちが、そのことを改めて教えてくれる。

 私、失恋したんだ。
 でも、失恋って……ほんとに、これで全部、終わりってことなのかな……。

「ほい、紅茶。ミルクいるなら牛乳自分で取ってね」
 甘い匂いが、鼻元をくすぐってくれる。
「ふふ、まーた、くっだらないこと考えてたでしょ?」
「うーん…」
 俯いて、カップをじっと覗き込む私に、貞子さんは「しょーがない子だ」と言う目をして言った。
「くだらなくはないと思うけど…ちょっと考えてた」
「んー?」
 カップを口に含みつつ、上目使いで貞子さんが私を見る。

「私、何で泣いてたんだろ?」

 ぶふぅっ!
「わー、汚い!」
 口にちょっと含んでいたのだろう、私の思わぬ一言に貞子さんが紅茶を噴きだした。
 げほげほ咳き込みながら…なぜかお腹を抱えて笑い出す貞子さん。
「な、なによぉ」
「い、いや、いきなりあんたがんなこと言うから、あ、あはは、お腹痛い、は、ははは!」
 ……そこまで馬鹿受けしなくてもいいでしょー。
 よじれる腹を抱えて笑う貞子さんを横目に、私は紅茶をすすった。
「はっはっは、んー、悪い悪い」
 気が済んだのか、ひとしきり笑って、またきちんと座りなおす。
「そっだねー。まあ、理由なんて後から色々考えられるもんだから、何が原因か、なんて一概に言えないだろうけどさ」
 両手で包み込むようにカップを抱えて、琥珀色の水面に語りかけるように、貞子さんの落ち着いた声が話を続けていく。
「まあ、結局のとこ、あんたがその子の事、好きだから泣いてたんじゃないかな?」
「それは……そう、だろうけどさ」
「もっと細かい理由が欲しい?」
「うーん……」
 言葉を濁すように、紅茶をすすって。
「わたし、さ……」
「うん」
「よく考えたら、相手に、嫌いって言われたわけじゃないんだよね。
 ただ、好きって言う前に、相手にはもう既に好きな子がいて。
 ただ、それだけなんだよ。
 別に今の関係が崩れたわけじゃないのに…なんで、泣いてたのかなって」
「んー、そうねぇ……」
 コクンっと音を立てて、紅茶を半分飲み干す貞子さん。
「まずは、その子に彼女がいるのを知らなかったって言う、ショックじゃない?」
 うん、それは、ある。
「あと、あんたのことだから、知らないまま、告白を考えてた自分が恥ずかしくなって、で、自分を責めたりとか」
 あ、それもある……。
「あと、思いを伝えることがもう出来なくなってしまった寂しさ、とか」
 ―――………。
 心の中で頷く事さえも忘れて、私は軽く目を見張って貞子さんの横顔を見ていた。
「あんたの性格からして、彼女いるって分かっても、まだ自分が好きだって事、伝える気にはなれないでしょ?」
「うん…ていうか、できないよ、そんなこと」
 だって、それってなんか、悲しい…というか、寂しい。
 2人、すっごく仲がいいのに、それを私の手で壊そうとするのってなんか…やだな。
 できないけど、そんなこと。
 ふふっと笑って、よいせっとまた立ち上がってキッチンへと向かう。
「そーいうのが、ごちゃ混ぜになって、で、パニクっちゃって、で、結果が、どっかーん! とまあ、こんな感じじゃないのかな?」
 手をぱっと上に向かって広げて、貞子さんが笑って言った。
 ポットに湯を注いで、棚の中をゴソゴソと捜す。
 どうやら、紅茶の当てになるものを探しているようだ。
 ……なんか、言われること、全部当たってるなぁ……。
 まあ、私よりも7年多く生きてるわけだし、当然なんだろうけど。
 ひとしきり棚の中をあさった後、かわいらしい天使のイラストがプリントされたチョコレートケーキの箱とポットを抱えて帰ってきて、貞子さんは腰を下ろした。
「まだ分析中?」
「ん、んー……」
 もらったチョコケーキを片手に、目線を時計へと漂わせて見る。
 アナログの指針は、11時を過ぎようとしていた。
「私、2学期どんな顔したらいいのかな」
「ぷっ」
 頬張ってたケーキを、今度は噴きださないように、口に手を当ててまた貞子さんが笑った。
「あんった……今からそんな心配してどーすんのよ!」
「だってー」
 冷静になったらなったでまた考え事が出てくるじゃない。そりゃ、なるようにしかならないだろうけど。
 でも、考えちゃうんだから仕方ないでしょー。
「はぁ……いつも通りにしてりゃいいじゃないよ」
 ほらね。
「できるかなぁ……」
「つーか、やれ」
「……はぃ」
「ったく、あんたはいろいろ考えすぎるね。
 どうせここで考えてたって、いざ現場になったら考えてたこと全部すっ飛んじゃうくせに」
「……ま、まったくもって」
 言い返す自信もないのでケーキと紅茶を口に中に押し込んでいく。
「ま、あんたの考えそうなことだとは思ってたけどさ」
 あ、そこまで読まれてる。
 心の耳に蓋状態の私に、貞子さんはまくしたてるだけまくしたてた後、苦笑をもらして言った。
「そうね。でも気休め程度なら、お説教、言えるけど、聞く?」
「今までの全部、お説教」
「はい、聞く」
「はい」
 きちん、と正座をする私に全くしょーがない子だといわんばかりに、苦笑いを浮かべて。
「まぁ。そこまであらたまらんでもいいけどさ。
 あんたは別に、否定されたわけじゃない。それは、自分でもよく分かってるでしょ?
 ただ、時期が悪かっただけ。それだけなんだから。
 だから、あんたはそのままでいなさい。
 だいたい、良かったじゃない。
 あんたは、その子の事を好きになることが出来た。
 この世の中に星の数ほど男がいても、全世界の男にどれだけ顔を合わせて話ができると思う?
 あんたがどんなに積極的に、そうね、通勤途中のおじさんに挨拶したとしても、世界人口のほんの一握りじゃない。
 そんな中で、あんたは好きな人を見つけることが出来たの。
 これからだって、そんな人にめぐり会えるかもしれない。もちろん、会えないかもしれない。
 でもそれはあなた次第。でしょ。
 そんな未来なんて、その時になってから考えたらいいから。

 好きでいなさい。

 恋愛の好きとか、友達の好きとか、いろいろ区別したがる人はいるだろうけど。
 というか、あんたも、その中の一人に実は入ってるけど。
 そんなの、ね。
 誰が計れるの?
 側にいて、楽しいなら、側にいたらいい。
 話して、楽しいなら、ね。いたらいいのよ。
 それにさ、こう考えてみるのも、楽しいんじゃない?」
 ちょっと首をかしげた私に、ふふっと笑い返して。
「あんたの好きな人が、好きな人の隣にいる。
 好きな子が、好きな子の隣に立って、笑ってるのよ? 幸せそうに。
 それって、ある意味、自分にとっても幸せだと思うけど」
「そう……かな……」
「まぁ、その相手を自分が好きになれるかどうかって言うリスクはもちろんあるわけだけど。
 でも多分、その時は好きになれなくても、ね。時間が過ぎると、実は憎めないとこもあるって気付く時もあるの。
 ま、そういうのはまだあんたには早いだろうけど」
「だと、おもうよ。ちょっとそれは難しい…」
「あはは。さーて、と」
 服の埃を払い落とすように、膝をぱんぱんっとたたき、立ち上がって貞子さんが時計を見た。
「そろそろお開きにしますか?」
 大きく伸びをして、リビング向こうのベットに向かう。
 私は、床に敷いてもらったお布団。
 いつものお泊りスタイルだ。

「なんかさー」
「んー」
 布団を被りながら天井を見上げると、スタンドに手をかけた貞子さんの顔が見える。
「おていさん、男だったら良かったのにねー。
 そしたら私、おていさんにメロメロだよ。なんてったって年上だし至れり尽せりだし♪」
「あたしは、やーよ。あたしだって年上好みなんだから」
 パチンっと軽く、弾くような音の後。薄暗い中白色の明かりが消える。
「……ねぇ、おていさん」
「んー?」
「おていさんも、失恋したら、やっぱ泣いてた?」
「………どうだろうねぇ」
 ごそっと寝返りを打つ音。こっちからは、顔が見えない。
「泣くほどでもなかった時もあったし…泣きたくても、笑ってなきゃいけないことも、あったかな。
 あんたは貴重よ。失恋したって分かった途端、すぐに泣けるんだから」
 ……うん。そーだね。家に帰ってたら…多分泣けなくて、辛かったかも。
「だから、大事にしなさい。自称かわいい姪っ子を面倒見てくれる貞子おねーさまを」
「……はーい。貞子おばさん」
 と、小さいクッションがいきなり顔面に直撃した。
「あしたの朝御飯はあんたが作んなさいね。フレンチトーストと、ハムエッグと、レタスサラダ」
「ふぁ、ふぁーい」
 痛む鼻を擦りつつ、私は布団にもぐりこんだ。

◆ ◇ ◆

 もしもこの世の中に天使って言う生き物がいて。
 で、そいつが恋のキューピッド、なんつー肩書きを背負っているなら。
 私は……そいつに、ちょっとだけ感謝したい。
 私の恋心って言うものは、辛くも伝えることは出来なかったけど。
 愚痴を聞いてくれるありがたい人が、なんというか、そこにいるから。


 好きな人を、私にめぐり合わせてくれてありがとう。

あとがきのようなもの

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