【 備中高梁 】
【備中松山城 】

鎌倉時代の延応2年(1240)、秋庭三郎重信により大松山に砦が築かれたことに始まる。
現存する山城としては日本一高所の城(天守・標高430b)として有名。
天守と二重櫓は天和3年(1683)に水谷勝宗により修築された当時のままの姿であり、国の重文に指定されている。
        
備中松山城より高梁市街遠望 城の大手門に至る石垣

【商家資料館・池上邸】

池上家は、享保年間(1716〜36)に、この地で小間物問屋を始め、代々高梁川水路の船主・両替商などを営み財を築いた。
明治28年、八代目当主・池上長右衛門が醤油の製造販売を始め、昭和37年まで続いた。
現存の建物は、天保の大火災の後、天保14年(1843)に建築、敷地面積1.188u、建物延べ床面積490u、帳場のある旧商家棟、商家資料館、醤油製造の工程を復元した醤油製造所がある。
風情のある川沿いの道 紺屋町筋 武家屋敷町の道

【 頼久寺庭園 】

安国頼久禅寺は、臨済宗永源寺派に属し草創は不祥。暦応2年足利尊氏が再興し安国寺と号した。
永正年間(1504〜21)城主上野頼久公が寺観を一新、安國頼久寺と改称した。
国の名勝指定(昭和49年)の庭園は、備中国奉行・小堀遠州(1579〜1647)の初期(1605年頃)の作庭で、愛宕山を借景にした「鶴亀の庭」と呼ばれる名園で、遠州作庭中の傑作である。
暦応2年12月 西念勧進による石灯籠 書院で憩う

唐 箕 蓑笠など
【郷土資料館】

 郷土資料館は、明治37年に建築された旧高梁尋常高等小学校本館で、明治洋風建築として市の重要文化財に指定されている。
 もみ樅材の無節柾目の良材で念入りに施工され、特に階上の講堂は桃山風の豪快な二重折上格子天井で、明治の気風をそのまま伝えている。江戸時代から昭和初期にかけての生活用具など、3000点を展示。

リンク 高梁市