【 北国街道 】
板取宿 〜 今庄宿

板 取 宿
『木の芽峠茶屋』
左から三人目が前川家第14代当主、頂いた名刺の肩書き。
桓武天皇六代の後胤 平貞盛二男 
従四位の下…少将出羽守平維衡先祖
平清盛ヨリ三七代 
四十三代士族 
前 川 永 運 

前川家は平貞盛を祖先とする500数10年余り続く旧家で、戦国大名として各地に転戦、のち文正元年(1466)木の芽峠に定住した。
信長の朝倉攻めの時、浅井が朝倉方につき総退却を余儀なくされ、シンガリを努めた秀吉を助け、その功績で贈られた「金の茶釜」を見せて頂いた。

木の芽峠は、天長7年(830)に出来た峠で標高628b、頂上付近に茶屋前川家があり、敦賀から今庄へ抜ける道として、天正6年(1578)に柴田勝家が、安土と北の庄(福井)を結ぶ軍用道路として栃の木峠を整備するまで使われていた。

旧板取宿の甲造り型民家
旧板取宿の甲造り型民家
特徴は、妻入りの建物が妻を街道に向けて建ち、急勾配の茅葺屋根で採光通風の為、正面二階部分を甲型にしている。

木の芽峠で落下した梨の実を拾い持ち帰り、梨の果実酒を作った。
何をご覧になっているのか 在りし日の南澤さん (木の芽峠にて)

今 庄 宿
今庄は古くから北陸街道沿いに開けた交通の要衝で、天保年間(1830〜44)の記録では、戸数290余・人口1300余で、旅篭55軒、茶屋15軒、酒屋15軒、娼家が2軒もある賑やかな宿場であった。

宿場風景
今庄町指定文化財:京藤甚五郎家
脇本陣跡 旅篭 若狭屋
旅人や商人の金銀と藩札両替のための御札場     (旧西尾茂左衛門家)
今庄そば道場で、そば打ち体験
明治天皇行在所 郷社:新羅神社