【 東大寺 修ニ会 】

修二会の日程
12月16日 練行衆配役発表  2月21日 社参、試みの湯、注連縄まき
 2月12日 新入習礼  2月25日 練行衆社参と暇乞い
 2月15日 新入・新大導師別火入り  2月26日 練行衆惣別火入り
 2月18日 灯明油の「油はかり」  2月28日 練行衆参籠宿所入り
 2月19日 堂童子試別火入り(戒壇院別火坊)  3月1日〜14日 二月堂にて修二会本行
 2月20日 練行衆試別火入り  3月15日 満行
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別火入り 社参  暇乞い 参  籠 お松明

お水取り 童 子 二月堂界隈 余 話



東大寺 修ニ会

(お水取り)

春を呼ぶ
東大寺二月堂の修ニ会は「お水取り」または「お松明」とも呼ばれ、故南澤さんのお世話で二度聴聞している。一度目は昭和63年、次ぎは平成5年である。

修ニ会は、二月に修する法会という意味で、観音堂はその法要を行うお堂というので二月堂といわれる。
行法は天平勝宝4年(752年)に始まり、1度も断絶したことがないといわれ、今年(2001年)で1250回を迎える。

修ニ会は、正式には「十一面悔過法」と言う。悔過(けか)とは、自分の犯した罪を懺悔し罪業を免れるよう御本尊『十一面観音』に「天下安穏、風雨順時、五穀成熟、万民豊楽」を祈念する法要である。御本尊は秘仏で東大寺の僧といえども披見は許されない。

過去は上堂のお松明を見るだけであったが、内陣に入り明け方までリズミカルな声明を聴き、全ての行法の真髄に触れる得がたい体験だった。

過去帳の「青衣の女人」を聞き漏らすまいと耳を澄ませ、走りの行法と達陀の妙法は、静から動への展開、中でも五体投地は驚きと興奮で魂を奪われてしまった。

行法の終了した未明、司馬遼太郎の【街道をゆく・二月堂界隈】に出てくる「下の茶屋」に立ち寄った。
屋根の鍾馗さんを確認しながら中に入り、「お水取り」の語源となった「若狭井」の名に因んだ銘酒を飲んだ。
主人の笹田さんは手持ち無沙汰だったのか、我々の話の中に入ってきた。そのときの写真がある。

過去帳とは
天平の昔から現代に至るまでの東大寺の有縁者、例えば聖武天皇、光明皇后、良弁僧正、実忠和尚といった大仏造立とか二月堂建立に関係の深い方々から、財物の寄進者や練行衆など何万という人々の名前が、節をつけて読み上げられていく。

過去帳には「青衣の女人」の神話がある。それは承元の頃(1207〜1211)過去帳を読む集慶の前に一人の女性が現れて、何故我を読み落としたかと恨めしげに怨じたので、着衣の色から青衣の女人と読み上げたという。
恐らく名を憚る実在の女性だったのでしょう。集慶の恋人あるいは幻覚、それとも観音の応現などと想像されている。

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