「新一君」 「なんですか?盗一サン」 満面の笑みとともに名前を呼ばれた新一は、これまた満面の笑みを浮かべて顔を巡らせ、背後から自分を抱きしめている恋人を見つめた。 彼の膝の上には分厚い原書が広げられており、蒼の双眸には邪魔するなといわんばかりに細められている。 その鋭さに思わず怯んでしまった盗一だが、ヘタをすれば口を利いてくれなくなるという危険を冒してまで恋人の読書を邪魔した理由は、ただひとつ。 「私とデートしてくれないかな?」 「…いい加減しつこいぞ、盗一」 「恋人としては当然の主張だ!」 「…はいはい」 拳を握りしめて力説する恋人に小さな溜息を零した新一は、おなざりな返事を返して視線を原書へ戻す。 数日前から続いている攻防に、いい加減飽きているようだ。 (いい加減その話題から離れてくれよ……) 内心で溜息混じりに呟くと、腰に回っていた腕の力が強まったような気がしてふと顔をあげる。 再び首を巡らした彼は、数秒ほどの無言の後、溜息を吐きながらがっくりと肩を落とした。 「ガキじゃねぇんだから、それぐらいで拗ねるなよ!」 「大人でも拗ねるときは拗ねるのだよ、名探偵」 「……」 「快斗とは何度もデートをしているのに、なぜ私とはデートしてくれないのかな?」 「……」 「さあ、きりきり吐いてもらおうか」 にっこりとした笑みを浮かべて、盗一が顔を近づけてくる。 嫌な予感がして思わず立ち上がろうとした新一だったが、強く抱きしめられているため、立ち上がるどころか身動きさえとれない。 誤魔化すように乾いた笑みを浮かべるが、やはりというか、恋人はそれに誤魔化されてはくれなかった。 「名探偵?理由をお聞かせ願えますか?」 「…なんでキッドになってンだよ」 そろそろ快斗が帰ってくる時間だというのに、盗一は冷涼な気配を漂わせて怪盗の口調で訊ねてくる。 溜息混じりに呟くと、おやいつの間に…ととぼけた声が返ってきて。 コイツは…と口元を引き攣らせて、新一は恋人を睨みつける。 「お前しつこい!」 「褒め言葉をありがとうございますv」 「…褒めてねぇよ」 「名探偵、さくっと吐いた方が身のためですよv」 「…目が据わってるのは気のせいか?」 「気のせいですよ♪」 にこにこと告げる盗一の瞳は、気のせいでなくしっかりと据わっていた。 理由を聞くまで怪盗モードのままでいるに違いないと考えた新一は、小さく唸る。 ――――絶対に教えたくない。 けれど、このままだとなにをされるか分からない。 どうするべきかと悩んでいると、ふいに項に温かな感触を感じ肌をきつく吸われてしまう。 「んっ…!ちょっ…盗一、なにしてンだよ!」 「なにって、口で駄目なら身体に聞くしかないでしょう?」 言いながらぺろりと項を舐められ、思わず身体を震わせてしまう。 快楽に慣らされた身体に小さく舌打ちつつ、とりあえずジタバタと抵抗してみるが、逞しい身体はびくともしない。 ちくしょーと唸っている間にも、盗一の唇は項から離れることなく柔らかな肌に所有の印を刻みこんでいた。 それがゆっくりと背中に移動していくのを感じた新一は、ハタ…と我に返り…… 「ちょっと待て!いつの間にシャツのボタン外してんだよッ!」 「新一が考え事をしている間にですよv」 「勝手にシャツを脱がすな!」 背中を辿る唇に小さく震えながらも、二の腕までずり落ちたシャツを肩まであげようとするが、胸元を這いまわる手のひらによってそれを邪魔されてしまう。 慌てて恋人の手首を掴み、新一は観念の声をあげた。 「話す!話すからやめろッ!」 「…残念ですねぇ」 「残念がるなよ…」 心底残念がる恋人の様子に大きな溜息を零し、理由が聞きたかったんじゃねぇのかよ…とひとりごちる。 胸元に置かれたままの両手を腰に移動させた新一は、しぶしぶながらに口を開いた。 「お前に視線が集中するのが嫌なんだよ…」 「…はい?」 魔術師の指を弄りながらぼそぼそと呟くと、間の抜けた声が返ってくる。 その態度にムッとした新一の口元がひくりと引き攣り、ごそごそと身体の向きを変えた彼は、正面から恋人を睨みつけた。 「言いたくねぇことを聞いておきながら聞き返すとは…いい度胸してるじゃねぇかよ。なあ?…盗一?」 「あ…はははは…、いや、すまない。まさか新一が嫉妬―――」 「誰が嫉妬してるって?」 「新一君に決まってるじゃないかv」 盗一の言葉を遮ったのは、ドスの利いた声だった。 にっこりと笑みながら、ナニを言ってるんだ?と冷めた瞳で訊ねると、新一同様にっこりとした笑みを浮かべた盗一が即答した。 その瞬間、新一のこめかみがぴきっと引き攣り…… 「俺が嫉妬するわけねぇだろッ!!」 黒羽邸のリビングに怒声が響き渡る。 一般人ならばその怒りの気配だけで意識を失うだろうが、相手は平成のルパンと呼ばれる気障な怪盗。 新一よりも人生経験豊富な彼は動ずることなく笑みを深め、新一の顔にキスの雨を降らしていく。 「新一が嫉妬してくれるとはねー♪」 「だから、違うって言ってるだろッ!」 いい加減なことを言うんじゃねぇ!と声を荒げる恋人に、ふと表情を変えた盗一は、真剣な眼差しで彼の顔を覗きこんだ。 いきなりの変化に、新一の喉がこくりと鳴る。 「と…いち?」 「本当に違うのかい?」 「…ぇ?」 「本当に、嫉妬じゃないのかい?」 「え…と…」 「私は新一の周りにいる人間すべてに嫉妬しているんだが…」 「…快斗にも嫉妬してるよな」 「アイツは最大のライバルだからな」 「アンタの息子だろうに…」 「恋愛に親も子も関係ないよ」 「…さいですか」 きっぱりと言い切る盗一に大きな溜息を零した新一は、うーと唸りながら彼の胸に額を押し当てた。 そして、広い背中に腕を回してぎゅうっと抱きつき…… 「嫉妬して悪ぃかよ…」 小さな小さな声で、ぽつりと呟いた。 冷静沈着でなにごとにも動じないと言われている新一だが、彼もひとりの人間で。 淡泊で嫉妬には無縁と思われることもあるけれど、実は人一倍嫉妬心が強く我が儘だということは、身近な人間だけが知っていることだ。 それを自覚してはいるけれど、プライドが邪魔して自分が嫉妬深い人間だとなかなか認めることができなくて。 けれど…… (なんだかんだ言っても、抑えることなんてできねぇもんな……) どんなに努力しても、嫉妬を抑えることができない。 いや…嫉妬だけではなく、感情もだ。 盗一に関することだけ、自分の感情をコントロールすることができないでいる。 それは当たり前のことなのかもしれないけれど。 黒の組織が未だ壊滅していない今、自分の周りにいる人間を危険に晒すわけにはいかない。 …そう、思ってきたはずなのに。 「いいや、全然悪くないぞ。それどころか、もっと嫉妬してほしいねv」 そう言って、恋人が嬉しそうに笑うから。 彼の前では感情を偽らなくていいのだと、思うようになったのはいつ頃からだっただろうか…? そんなことを考えながら、柔らかく抱きしめてくる恋人の胸元に顔を埋める。 「馬鹿…////」 恥ずかしくて顔をあげることができない。 だから、小さく呟いてみた。 するとこめかみに唇を押し当てられ、愛してるよと囁かれる。 顔を隠したままこくりと頷くと、今日の新一は素直だねーと嬉しそうに言われてしまった。 (俺だって…たまには素直になりたい時もあるんだよ) 口には出さず、胸の内でひとりごちる。 最近、続けざまにいろいろあって、盗一と過ごす時間が少ないと感じたから。 だから、素直になってみようと思った。 自然にそう思ったのは…相手が恋人だからだ。 (探偵が怪盗にベタ惚れだなんて知れたら…、目暮警部や中森警部あたりは卒倒するかな?) それはちょっとマズイかもなぁ…と苦笑していると、大きな手が頬を包み込み、逞しい胸が少しだけ離れてしまう。 なんで離れるんだよ…と眉を顰めてしぶしぶと顔をあげた新一は、恋人の言葉に思わず間の抜けた声を返してしまった。 「というわけで、これからデートに行こうか♪」 「……は?」 「だからデートだよv」 「はい…?」 「久しぶりに映画でも見て…その後どこかで食事をして…」 「あの…盗一サン?」 「食事の後は…ホテルのバーにでも行くか…」 「おーい、盗一?」 人の話を聞かず、盗一は勝手に話を進めていく。 その強引さに小さな溜息を零しつつも、満面の笑みを浮かべてデートプランを立てている恋人の様子に、新一は苦笑を浮かべながらしょうがねぇなぁ…と呟いた。 そして、ふと気がついた。 (そういえば…盗一とデートするの初めてだっけ?つーか、2人で出かけること自体初めてか…。いつもここか隠れ家でごろごろしてたからなぁ…) 思わぬ事実に苦笑を深め、ならば初めてのデートを存分に楽しまなくてはと考えて、彼は真剣に悩んでいる恋人に声をかけた。 「映画見て食事してバーに行って。それからどうするんだ?」 「新一?」 「せっかくの初デートなんだから、いろいろ楽しもうぜv」 にやりとした笑みを浮かべた新一は、驚きに瞳を瞠る盗一の首に腕を回して彼の頭を抱き寄せる。 そして、珍しく自分からキスをした。 すぐに離れてしまった唇を残念に思いつつ、破顔した盗一はそうだなと呟いて、いそいそと出かける準備を始めるのだった。 映画を見て、盗一の馴染みの店で食事をして。 少しだけぶらぶらした2人は、杯戸シティホテルにあるバーに来ていた。 金曜日の夜とあって、店にはサラリーマンやOLたちの姿が多い。 人目を避けるために壁際のテーブルを希望したのだが、、カウンターしか空いていないと言われ、仕方なくそこへ座る。 「へぇ…雰囲気のいい店だな」 「だろう?妻と知り合った店なんだよ」 「真咲さんと?」 「ああ」 「…俺を連れてきてよかったのか?」 写真でしか見たことのない、恋人の最愛の妻。 彼女との出会いの場所ということは、思い出の場所でもあるはずだ。 そんな大切な場所に自分が踏み込んでもいいのかと告げると、盗一は笑みを浮かべて新一の頭を軽く叩いた。 「私が望んだことだ。だから、そんな顔をしなくてもいい」 「…え?」 恋人の言葉に、新一は小さく首を傾げる。 そんな顔って…自分は一体、どんな顔をしているのだろうか? 首を傾げたまま盗一を見つめていると、耳元に唇を寄せてきた彼が苦笑混じりに囁く。 「捨てられた猫のような、そんな顔をしているぞ?大丈夫、私は新一の傍から離れない。そう誓っただろう?」 「…ッ!…俺、そんな顔してたか?」 「ああ」 「…悪ぃ」 そんなつもりはなかったと謝る新一の髪をくしゃりとかき混ぜた盗一は、謝ることじゃないだろう?と笑みを浮かべ、なにを飲む?と訊ねてきた。 恋人の気遣いに内心で感謝しつつ恋人が手にしているメニューを覗きこむと、どこからともなく黄色い悲鳴が聞こえてくる。 「なんだ…?」 「…新一は気にしなくていい」 「…なんで?」 「あのテの連中は相手にしない方がいいんだよ」 「へぇ…そうなんだ」 不思議そうに返事を返す新一に内心で溜息を零しながら、盗一はひしひしと感じる視線にげんなりとしていた。 視線の主は、店内の隅のテーブルに座っているOLたちのもの。 彼女たちは盗一と新一の様子を、事細かにチェックしているようだった。 気配だけでそれを感じていた盗一は、あのテの女性たちはカンが鋭いですからねぇ…と、しみじみとひとりごちる。 「盗一?どうしたんだ?」 「いや、なんでもないよ。私はバーボンのロックを」 「俺は…ギムレットをお願いします」 「かしこまりました」 年若いバーテンに注文を告げた2人は、数分ほどして目の前に出されたグラスを手に持ち、音を立ててそれを合わせた。 恋人を見つめる盗一の眼差しは蕩けるように甘く、そんな盗一を見つめる新一の眼差しにも甘さが滲んでいる。 目の前に座る2人が黒羽盗一と工藤新一だと気づいていたバーテンは、どこか甘い雰囲気を漂わせている彼らに驚きつつも、おいしいですと笑顔で告げてきた新一にありがとうございますと告げながら笑みを浮かべた。 1時間ほどバーで飲んだ彼らは、ホテルの一室へと向かった。 いつの間にかチェックインしていた盗一に思わず呆れてしまった新一だが、まあいいか…ですませてしまう。 チェックインした部屋がスイートルームだと聞かされても、彼はへぇ…と返すだけだった。 (せっかくの初デートだから…今日ぐらいはな…) 胸の内で呟きながら、新一は大きな窓から見える夜景に目を奪われる。 ホテルなんて滅多に来る場所ではないから、こんなに綺麗な夜景を見たのは久しぶりだった。 「綺麗だな…」 「だろう?だが、夜景よりも新一の方が綺麗だよ」 「…なに言ってンだか」 「おや、事実を言ったまでだが?」 夜景を眺める恋人を背後から抱きしめた盗一は、くすりと笑みを浮かべて耳元で囁く。 すると彼は、照れたように視線を逸らして馬鹿…と呟いた。 「愛してるよ、新一」 「…ああ」 「なにがあっても、私はお前の味方だ」 「…ん」 小さく頷いた新一は、おもむろに身体を反転させると、真剣な眼差しで盗一を見あげた。 どうした?と笑顔で訊ねてくる恋人に、俺も…と告げる。 「俺も、お前とキッドの味方だから。お前が組織に狙われることはなくなったけど、俺だってお前を護りたいんだからな」 「新一…」 「ちゃんと覚えてろよ?」 そう言って不敵な笑みを浮かべた新一は、呆然としている恋人にぎゅうっと抱きつきながら、今日は素直になりすぎたなと苦笑を浮かべた。 これで当分素直にならなくてもいいはず…と思っていると、強引に顎を捕まれ荒々しく唇を塞がれてしまう。 「んっ…ん、んぅ…」 「新一…」 「…ちゃんと、愛してるからな」 「分かっているよ」 「…そっか」 素直の大盤振る舞いついでに、小さく告げてみる。 すると、心底嬉しそうな笑みとともにゆっくりと恋人の顔が近づいてくる。 こんな笑顔を見ることができるなら、たまには素直になってもいいかな?と胸の内で呟きながら、新一はそっと瞳を閉じた。 |
管理人コメント(反転)
「Blue of heavens」の志乃香様より、彼のサイトの200000Hit記念のフリー小説を頂きました!(≧▼≦)/
盗新ですよ、盗新!!めっちゃラブラブな盗新!密かに嫉妬していてしかも自覚の無い新一さんが抱きしめたくなるくらい可愛いですvv
志乃香様遅くなりましたが漸くパチらせて(笑)頂きました!有難うございましたーvv
Back to Tresure