「工藤君宛に伝言を預かってきたの」
「伝言…ですか?」

 不思議そうに首を傾げる後輩に、佐藤は笑みを浮かべながら頷いた。

 昨日腹部に負った怪我は全治1ヶ月と診断され、入院を余儀なくされた新一である。
 6年ぶりに再会した恋人と触れあいたいと思っていたのだが、過労気味でもあると言われてしまえばしょうがない。
 ここで大人しく入院しなければ、隣家の少女の逆鱗に触れてしまう。
 快斗と別れてからずっと、彼女には心配を掛けてきた。
 たまには大人しくしとかないとなぁ……と考えていたことは、彼女には内緒だ。

 自分に伝言なんて、一体誰からなんだろう?
 きょとんとしたままの新一は、首を傾げたまま佐藤に問いかける。

「佐藤さん、伝言って誰からなんですか?」
「『貴方の言葉に救われました。しっかりと反省して、家族を守っていきます』」

 彼女の言葉に、新一の瞳が見開かれる。
 伝言の主に思い当たったのだろう。
 少しだけ驚愕していた表情が、ゆっくりと笑みに変わっていく。
 心底嬉しそうな彼の表情に、佐藤は小さく苦笑した。
 自分のことよりも他人を心配する性格は、今もまったく変わっていない。
 それは彼の優しさからくるものなのだが、もう少し自分のことを考えてほしいと思う。

(もうちょっと自分を大事にしてほしんだけど……。ま、彼が工藤君の傍に帰ってきたんだから、ちょっとは改善されるかしら?)

 昨日、現場に偶然居合わせた有名なマジシャン。
 そういえば…と病室を見回し、佐藤は彼の姿がないことに首を傾げた。







   ■■ 終わりと始まりの境界線 +後日談+







 病室を見回し首を傾げている佐藤の行動を不思議に思い、新一は彼女に声をかけた。

「佐藤さん?」
「え?……なんでもないわ。そうそう、室田さんの奥さんからもお礼を言っておいてくださいって言われたの」
「へ?奥さんからも、ですか?」
「そう。『主人を止めてくださってありがとうございます。改めてお見舞いとお礼に参りますので……』って言ってたわよ」
「俺がヘマしただけなんだから、お見舞いだなんて……」

 室田とは昨日空港を騒がせた犯人の名前である。
 彼のナイフを避けることができなかったのは、隙を見せた自分のせいなのに。
 彼の奥さんに申し訳なくて、新一は小さな溜息を零した。
 新一の気持ちが手に取るように分かる佐藤は、まったく…と内心で呟きながら、彼の髪をくしゃくしゃと撫でる。
 いきなりのことに驚いた新一は、年よりも幼い表情で佐藤を見つめた。
 滅多に見ることができないその表情に、ホント可愛いわよね〜vと思いながらにっこりと微笑む。

「室田さんと奥さんは工藤君に感謝してるんだから、人の好意は素直に受け取っておきなさい」
「そう……ですね。でも、奥さんには、怪我のことは気にしないでくださいって伝えてください」
「……分かったわ」

 言った矢先から他人のことを心配する新一。
 自分が言っても聞かないわね…と苦笑してしまう。
 室田と彼の奥さんは、心の底から彼に感謝しているというのに。
 佐藤は、昨日の事情聴取の時の彼の言葉を思い出した。


 突然のリストラで職を失い、妻と子供を養うために必死で働いてきた自分が馬鹿らしくなった。
 なんでこんな目に遭うのかと世間を非難し、死を求めた。
 どうせなら誰かを巻き込んでやると考え、今回の犯行に及んだ。
 あの時は自分が何をしているのかさえ分からなくなって、新一の言葉を聞こうとはしなかった。
 けれど、今冷静になって、彼の言葉に救われました。


 涙を流しながらそう語った室田の瞳には、逮捕した時と比べて力強い光が戻っていた。
 新一がどんな言葉を彼に言ったのか気になり、佐藤は室田に聞いてみた。
 すると―――――

『今までずっと貴方を支えてきてくれた奥さんと子供さんを、悲しませるつもりなんですか?貴方に、残された人の気持ちが分かりますか?リストラされても、貴方には家族という大切なものが残っているんですよ?その大切な物を、貴方は自分の手で壊してしまうんですか?貴方がここで死ねば、残された奥さんと子供さんは、巻き込まれた人の命を背負わなければならない』

 その辛さが、貴方には分かりますか?
 室田の口から語られた言葉に、佐藤とその場にいた高木は少しだけ顔を俯かせた。
 高校生の頃から殺人現場という悲惨な光景を見てきた、名探偵。
 彼だからこそ言えた言葉なのだろうと考える。
 そんな元名探偵は、なにかを感じたのかばっと顔を上げ、病室の扉を凝視する。
 なにかしら?と思い、佐藤は首を巡らせ扉を見つめた。
 数秒後、扉をノックする音が聞こえ、ゆっくりとそれが開かれる。
 現れたのは姿が見えなかったマジシャンと、後から来ると言っていた高木だった。

「快斗」
「ただいま、新一」
「おかえり」

 恋人の姿が現れた瞬間、新一の顔に花が綻ぶような綺麗な笑みが浮かぶ。
 数年ぶりに見たその表情に、佐藤と高木の時が一瞬だけ過去に戻った。
 6年前までは、それが当たり前だと思っていた光景。
 黒羽快斗が工藤新一の傍から離れてからは、ずっと見ることができなかった光景。
 離れていたなんて思わせないような彼らに、思わず安堵してしまう。

「小母さんと寺井さん、元気だったか?」
「うん。母さんは相変わらずうるさかった。新一が退院したら連れてこいってしつこかったよ」
「そっか。ずっと顔見せてなかったから、心配だったんだ」

 ほっとしたような笑顔に、快斗も笑顔を浮かべる。
 そして、上半身だけを起こしている恋人の傍に立ち、こつんと額をぶつけた。
 その仕草に、佐藤と高木の頬が赤く染まる。
 彼らにとってはいつものことなのだろうが、2人から見れば恥ずかしさを感じる仕草だ。
 内心で動揺する2人をよそに。快斗は新一の顔色を窺っている。

「熱、下がってないな」
「1日で下がるわけないだろ?これぐらいなら慣れてるから平気だ」
「慣れとかは関係ないの。気分はどう?」
「昨日よりはよくなった。だから起きあがってるんだよ」
「お願いだから、無理はするなよ?」
「分かってる」

 心配そうな瞳に見つめられて、新一は素直に頷く。
 恋人の返事に安堵の息を吐きながら、快斗は少しだけ汗ばんだ額にキスを落とした。
 すっかり2人だけの世界に入ってしまった彼らに、佐藤と高木は苦笑する。
 当てられる前に帰った方がいいと考えて、高木は申し訳なさそうに声をかけた。

「お取り込み中悪いんだけど……」
「えっ!?」
「ああ、すみません」

 佐藤と高木の存在をすっかりと忘れていた2人は、かけられた声にびっくりする。
 彼らの存在を思い出し、新一は恥ずかしさで頬を染め、快斗は苦笑を浮かべた。

「お邪魔のようだから、僕たちは仕事に戻るよ」
「また来るわね」
「えっ?高木さん、今来たばかりでしょう?」
「佐藤さんを迎えに来ただけだからね。また、仕事の合間にお見舞いに来るよ」

 すまなそうな表情を浮かべる新一に笑みを浮かべながら、佐藤と高木は病室を出て行った。
 気を遣ってくれたのかな?と思いつつ、快斗はベッドの端に腰掛ける。

「もう少ししたら横になれよ?佐藤さんが来てからずっと起きてたんだろう?」
「ん。ところで、いつ向こうに帰るんだ?今回の帰国は正式なものじゃないんだろ?」
「とりあえず1週間後に帰るよ。でも、すぐに戻ってくるから」
「……うん。待ってるから」

 快斗が正式に日本へ戻ってくるのはまだまだ先である。
 向こうでやり残した仕事もあるし、こちらに戻る準備もある。
 少しばかり寂しく思うが、今までのことを考えれば短い別離なのだから。
 快斗が自分の傍に帰ってきてくれると分かっているから、新一の心は穏やかだった。
 待っているという彼の言葉に、快斗が微笑む。
 頬に手を添えられ、彼の顔がゆっくりと近づいてきた。
 そっと瞳を閉じると、唇に重なる温もり。
 軽く啄むようなそれが、次第に深くなっていく。
 久しぶりに感じる快斗の感触に、新一の口元が綻んだ。

「どうした?」
「ん?……幸せだなぁって思ってさ」
「……そうだな」

 もう手に入れることができないと思っていた幸せ。
 再び手に入れたそれを、今度は2人で守っていこう。
 お互いの肩に凭れあって、くすりと笑う。
 そんな彼らを、温かな日差しが柔らかく包み込んでいた。












「ところで、新一はなんで警察官になろうと思ったんだ?」
「んー……。なんとなく?」
「なんとなくって……そんな考えでいいのか?」
「いいんじゃないのか?」
「いや…それはちょっと……」


管理人コメント(反転)
結局はパチってきました、後日談!本当に良いのかなあとか不安になっているのですが、取り敢えず開き直ってしまいましょうvv
ラブラブオーラ全開なお二人vv新一さんが一人の時→快斗君が戻って来た時で雰囲気の変わる新一さんのふわふわほわほわなオーラが幸せ一杯で
こっちまで幸せになれますvvv因みにこれを呼んだ直後の私は「世界の中心で愛を叫ぶ(ギャグネタバージョン)」な状態でした。
ぶっちゃけ身悶えて動けなかったのですが(いつもの事かも?/笑)
ではでは、今後も素敵な小説を心待ちにしておりますvv


Back  Back to Tresure