「工藤君、ご飯ちゃんと食べてるの?」 「食べてますよ、佐藤さん」 「本当に〜?」 疑いの眼差しを向けてくる佐藤に苦笑しつつ、新一は「本当ですよ」と言った。 相手が高木であれば新一の言うことを素直の信じただろうけれど、佐藤の場合は違った。 「何時に何を食べたのか、教えてちょうだい」 「え…と、佐藤さん?」 廊下の隅に追いやられ、逃がさないとばかりに腕を掴まれる。 乾いた笑みを浮かべて彼女の名前を呼べば、返ってきたのは満面の笑み。 しかし瞳はまったく笑っておらず、獲物を追いつめる肉食獣のような眼差しに新一の口元が引き攣る。 (だ、誰か…この人どうにかしてくれ…!) 廊下を行き来する警官や刑事達に助けを求めるけれど、彼らは見ないフリをしてそそくさと通り過ぎてしまう。 薄情者ー!と内心でひとりごちながら、どうやって逃げようかと考えているとひとりの男と目が合った。 「よう、人妻。今日は旦那と一緒じゃないのか?」 「榊さん…」 助けてくれるとばかり思っていた新一は、楽しげな声音にがっくりと肩を落とした。 何故自分の周りには癖のある人間ばかりがいるのだろうか。 (ひとりぐらいまともな人間がいてもいいはずなのに…) 内心で呟いて、新一は深々と溜息を零した。 新一の唇から零れた名前に慌てて背後を振り向けば、男は飄々とした顔で片手を上げた。 「久しぶりだな、佐藤ちゃん。元気そうでなによりだ」 「榊さん!」 「ちょ、佐藤さん!」 驚きの声を上げた佐藤は、新一の腕を掴んだまま男へ駆け寄る。 小さな悲鳴に耳を貸そうとしない彼女に、男は相変わらずだなぁと苦笑した。 男の名前は榊一郎。 東都テレビの報道マンだったが、現在は警視庁クラブの記者をしている。 「いつ帰ってきたんですか?」 1年前に仕事でアメリカへ渡ったはずの彼は、人好きする笑顔で佐藤の質問に答えた。 「先週。この間目暮警部に土産渡したんだけど、食ったか?」 「え?私食べてませんよ?」 初めて聞いた話に秀麗な眉が顰められる。 先週は高木と一緒に聞き込みをしていたため、本庁に帰ってきたのは日付が変わる頃だった。 目暮は自分の席に座って捜査資料を読んでいたけれど、榊が帰ってきたことや土産を貰ったことなど一切口にしなかった。 「お土産って何だったんですか?」 「何だったかなー?」 忘れっぽい性格をしている榊は首を傾げながら、一課に渡した土産の中身を思い浮かべる。 しかし一向に思い出すことができず、「忘れちまったv」と言ってにっこり笑った。 とたんに、新一と佐藤の顔に呆れの色が浮かぶ。 (仕事以外のことはまったく覚えねぇんだよな…この人) 内心でしみじみ呟いて、新一は小さな声で囁いた。 「アンタが買ってきたのはマカダミアナッツ」 「そうそう、マカダミアナッツだ!」 ぽんっと手を打ち、さも思い出したかのように声を上げる榊。 彼が買ってきたマカダミアナッツはどこにでも売っているもの。 しかしチョコレートに目がない佐藤は榊の襟を掴むと、がくがく揺さぶった。 「まだ残ってますよね!…っていうか、どうして工藤君が榊さんのお土産の中身を知ってるんですかっ!?」 「さ、佐藤ちゃん、苦しい…っ!」 ギブギブ!と叫ぶ榊だけれど、彼の訴えは佐藤の耳を素通りしていて。 通りがかった高木が止めるまで、佐藤は榊の襟元を絞め続けていた。 「あの…」 目の前できょろきょろと周りを見回していた女性が、おずおずといった風に声を掛けてくる。 受付嬢は緊張している女性を安心させるため、にっこりとした笑みを浮かべた。 「はい、なんでしょう?」 「あの…捜査一課へ行きたいんですけど…」 安堵の色を浮かべた女性に笑みを深めた受付嬢は、誰かの身内かしらと思いつつ訊ねる。 「失礼ですが、どのようなご用件でしょうか?」 「たいした用事ではないんですけど、うちの嫁がこちらへ来ていると聞いたものですから…」 「お嫁さん…ですか」 笑顔のまま呟いて、はて?と首を傾げる。 一課に所属する女性はひとりだけのはず。 人員が補充されたという話しは聞いていないし、新人が配属されたという話しも聞いていない。 では…目の前の女性が言っている『うちの嫁』とは、一体誰のことなのだろうか。 笑顔の裏で悩み続ける受付嬢。 しかしその耳は、周囲の音をしっかり捉えていた。 「母さん!?なんでこんな所にいるんだよ!」 玄関ホールに驚きの声が響き渡る。 声の主は世界中にファンを持つマジシャンであり、『日本警察の救世主』と呼ばれている名探偵の旦那様でもある黒羽快斗。 マジシャンは慌てた様子で女性の側まで駆け寄ると、烈火のごとく怒りはじめた。 「ここは母さんが来るような場所じゃねぇんだから、さっさと帰れよ!」 「なんでアンタに指図されなくちゃいけないのよ」 「文句は後で聞くから、今すぐ帰ってください」 「イヤよ。私は新一君に会いに来たの。新一君に会うまで帰らないわ」 「新一にはいつでも会えるだろ?わざわざ警視庁にまで来なくても…」 「アンタが新一君連れてこないから、ここまで出向いたんだけど?」 「……」 「新一君にあることないこと吹き込むわよ」 「……」 「一課まで案内してくれるわよね?」 にっこりと笑う女性に対し、悔しそうに唇を噛みしめるマジシャン。 2人の会話に唖然としていた受付嬢はハッと我に返り、おそるおそる声を割り込ませる。 「あのぉ…もしかして黒羽君のお母様ですか?」 「はい。黒羽真咲と申します」 いつもうちの嫁がお世話になっております。 そう言ってマジシャンの母は、深々と頭を下げた。 「い、いえ!お世話になっているのは私達の方ですから!」 受付嬢は慌てて頭を下げつつ内心で、うちの嫁って工藤君のことだったんだ…とひとりごちた。 彼は男だけれど、マジシャンの母親からすれば息子の嫁になる。 (本当は義理の娘になるんだけど、工藤君だったら『うちの嫁』って言いたくなるわよね) 持ち前の推理と宝石のような蒼の双眸で、凶悪犯を追いつめる名探偵。 探偵になり始めの頃はよくメディアに顔を出していたけれど、ある時を境に謙虚な姿勢を見せるようになった。 それは今でも続いていて、彼が関わった事件は極秘扱いとなっている。 身分を弁えている彼は、探偵嫌いで有名な二課の警部も気に入っていた。 (私も工藤君みたいなお嫁さんが欲しいわ〜) 美人で可愛くて器量のあるお嫁さん、どこかに転がってないかしら。 本気でそんなことを考える彼女をよそに、母親をジト目で睨みつけていた快斗はおもむろに大きな溜息を零した。 「頼むから大人しくしててくれよ」 「私が新一君に迷惑をかけるとでも?」 「…誰もンなこと言ってねぇだろ」 むっとした母親に再度溜息を零して、ついてくるよう促す。 しかし途中で足を止め、真剣な顔をしている受付嬢に声をかける。 「春菜さん、仕事の邪魔してごめんね」 すまなそうな顔で謝るマジシャンに、受付嬢―――春菜侑子はにっこりとした笑みを浮かべてきっぱり言った。 「お客様の相手をするのが私の仕事なんだから、邪魔されたとは思ってないわよ」 「春菜さん、受付の仕事に誇り持ってるんだ」 「ええ。私、この仕事が大好きなの」 誇らしげに告げた彼女はとても格好良く見えた。 俺もこんな感じなのかな…と思いつつ、「あの人の相手をしてくれてありがとう」と言ってエレベーターホールへと足を向ける。 タイミングよく下りてきたエレベーターに乗り込み、乗り合わせた顔見知りの刑事と世間話をしている間に目的の階に到着した。 「結構広いのね」 「母さん…」 興味津々といった風に周りを見回す母親に快斗は、ガキじゃねぇんだからさーと溜息を零す。 「勝手な行動するなよ」 「分かってるわよ。アンタもしつこいわね」 「あのなぁ…」 警視庁内とはいえ、ここは危険な場所でもある。 逮捕した犯人が逃げ出す可能性もあるのだから。 (早いとこ新一見つけて、さっさと帰らせよ…) このままだと愛妻を独占できなくなってしまう。 それは絶対に嫌だと内心で呟いて、快斗は歩みを早める。 ほどなくしてたどり着いた一課は閑散としていて、人もまばらだった。 「高木刑事と佐藤刑事もいないのか…」 彼らだけでなく、目暮や千葉の姿も見あたらない。 どうしたものかと考えていると、背後から飄々とした声が聞こえてきた。 「お?旦那が来てるぞ」 「榊さん…その言い方やめてくださ―――…って、快斗?」 「新一!」 きょとんとした顔で見つめてくる愛妻にダッシュで駆け寄る。 そして華奢な身体を腕の中に閉じこめ、顔中にキスの雨を降らせていく。 「ちょっ、かい…んっ…」 文句を言われる前に新一の唇を塞ぎ、逃げようとする舌を絡め取る。 きつく吸い上げながら深く貪れば、肩を叩いていた手が大人しくなった。 瞼を薄く開いて様子を伺うと、その顔には恍惚とした色が浮かんでいて。 相変わらずの色っぽさに頬を緩めつつ、甘い口内を隅々まで堪能していると不穏な気配を感じて、愛妻を抱きしめたままその場から飛び離れる。 「おい、なんで移動するんだよ」 「アンタが俺目がけて鞄投げようとするからだろ!新一に当たったらどうすンだよ!」 「俺が工藤に当てるわけねぇだろ」 「当てたらアンタでも容赦しねぇ。…つーか榊さん、いい加減鞄下ろしてくれ」 「しょうがねぇなぁ…」 しょうがないと言いながらも、榊は鞄を振り上げたまま下ろそうとしない。 快斗に鞄を投げるまでは、腕を下ろさないつもりなのだろう。 勘弁してくれ…と溜息を零していると、キスの余韻でぼーっとしていた新一の口端がゆっくりとつり上がる。 「榊さん、コイツに何かしたら…分かってますよね?」 綺麗な顔に浮かんだ凄絶な笑みは、罪を犯した者と一部の刑事だけしか見ることができないもの。 背筋が凍るようなそれを目の当たりにした榊の顔が、みるみる引き攣っていく。 見慣れている快斗でさえ冷や汗が流れるのだから、免役のない人が恐怖を感じるのは当然のことだった。 それにしても…と快斗は思う。 (なんで探偵モードの時だけフェロモン全開なんだろう…) 2人きりの時よりもフェロモンの量が多いように感じるのは、気のせいではないはずだ。 今夜はオシオキだなと内心で呟いて、愛妻の身体をひょいっと抱き上げる。 「快斗?」 「見たいって言ってた資料は見つかった?」 「見つかった」 「全部見たの?」 「一応は…」 「他に用事は?」 「ないけど…」 それがどうかしたのか?と首を傾げる新一に、快斗はにっこり笑って踵を返す。 「おい、快斗!」 「今夜は寝かせないからな」 「なんでだよっ!」 遠ざかっていく悲鳴のような叫びでようやく我に返った榊は、大きな息を吐き出しながらその場にしゃがみ込む。 「死ぬかと思った…」 「あら、あれぐらいで死にはしないわよ」 「おわっ!」 しゃがみ込んだ自分を下から覗き込むようにして見上げてきた女性に、大声を上げて飛び上がる。 そんな榊を楽しそうに見つめていた女性の顔が、突然むっとしたものになった。 「快斗ったら、私を無視して新一君を浚っていくなんて…」 今度会ったら魚地獄をお見舞いしてあげるわ。 女性の口元がにやりとつり上がる。 (こ、怖ぇ…) マジシャンを呼び捨てにしていたから、彼女はマジシャンの身内なのだろう。 どんな関係なのか気になるけれど、これ以上関わりを持ちたくないとばかりに榊はそろそろと後ずさる。 そして距離が開いたのを確認してから、猛ダッシュでその場から立ち去った。 ひとり残された真咲は資料室から戻ってきた佐藤が声を掛けるまで、その場で息子に対する文句を言い続けていたそうだ。 * おまけ * 「…ぃと…っ、も…やだぁ…」 「やだじゃなくて、『イイ』だろ?」 「かぃ…っ…あっ、あ…っ」 「新一…もっと乱れて」 「ん、んん…っ…あっ…」 「愛してるよ、新一」 「…っれ…も、あいして…る」 甘い嬌声と睦言は明け方まで続きましたとさ。 This fanfiction is written by Shinoka Natsuki. |
当サイトは8/1で2周年を迎えました。 サイト開設当初は半年保てばいいと思っていましたが、まさか2年も続くとは思いませんでした。 これも訪れてくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます(ぺこり) これからもサイト共々よろしくお願いいたします。 そんなわけで、2周年記念駄文でございます。 今回も「eternal oath」になりましたが、いつもより甘さが控えめになってしまいました。 理由は…言わなくても分かりますよね?(笑) 甘甘ばかりでは面白味に欠けると思ったので、ワンクッション置いてみたのですが…。 榊氏は評判がよければ、鑑識課とワンセットで登場させていきたいと思っています。 私的にはトメさんと一緒に「人妻」を連呼させたいんですけどね(笑) |
というわけで、「Blue of Heaven」の夏岐志乃香様から2周年記念フリーをかっぱらってきましたーvv
榊氏がとても素敵ですvvもうもっとバンバン横からちょっかい出していって欲しい理想のおじ様vvって感じです♪
そんな快斗をいぢめようとする榊さんを食い止める新一さんも色っぽくて格好良くて愛おしいですvv
これからも全身全霊で以って応援させて頂きますvvっつーか私も頑張ります(苦笑)
夏岐様、ありがとうございましたーvv
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