一つ一つ、時間を重ねていく君へ。

君を心から幸せにしたいと思っているよ。
君が笑ってくれるためなら頑張るよ。
君を心から祝福しているよ。
君が生まれて出会えたことが嬉しいよ。

一つ一つ、記憶を重ねていく君へ。





重なる思い出







「天国、支度出来たか?」
 コンコンと部屋のドアを叩き呼びかけると、中から慌てたような声とクローゼットを閉める音が聞こえ、ついでに何かをドサドサと落とす音が続いた。
「ま、待って! もうちょっとだから……あーもー!! 落ちるなってば、この!」
「……天国、入るけど、いいか?」
「え、えっ!? 今はちょっと……汚いから……」
「二人でやったほうが早く片付くと思うぞ? 着替えは終わってるのか?」
 ドア越しに聞けば、天国はあーうーと唸りながらも諦めたようで、しばしの沈黙の後答えを返した。
「……どうぞ。着替えは終わったよ」
「それじゃ、遠慮なく。……お前、どうして制服に着替えるだけなのにこんなに散らかしてるんだ?」
 部屋に入ると、ベッドの上から机の上、床に散らばった大量の衣類に絶句した。
 唯一、天国の立っている周りだけが足の踏み場を残している。
「……制服に着替えてたらクローゼットの中が汚いなって片付けようと思ったんだけど……」
「冬服と夏服、もう着ない服に分けようとして奥から引っ張り出すうちに収拾つかなくなったんだろう?」
「う。……どうしてわかるの?」
「俺は他のヤツの事は全く興味がないからわからないけどな、お前のことは好きだからわかるんだよ。……さてと、どうしたもんか……もうすぐ出なきゃいけない時間だしな」
 左手首の時計を見下ろし、微かに眉をしかめた。時刻は八時二十分ほど。式自体は十時からで、その受付は九時半からだが、天国は早めに行かなければならない用事があった。
 この春、天国は晴れて小学校を卒業し、小中高大の一貫教育の私立学校に入学が決まり、その準備に大忙しだった。
 入試枠が厳しい難関の学園とされる芳名学園は、近隣でも珍しい私服可のアメリカを彷彿とさせる自由な校風を常としていた。が、入学式・卒業式などはやはり制服が好ましいと、生徒会にでも入らない限りたいして使いもしない制服の寸法を測り、バッグなどの諸々の買出しに出かける日々だった。
 加えて天国の成績がトップだったことがさらに忙しさに拍車をかけた。
 新入生 (小学校から繰り上がる生徒も居るが、なぜか入学式では一様に新入生とされる) 代表としての宣誓の言葉を考え練習する。とてもではないが、つい最近まで小学生だったことを考慮しない忙しさだ。
 それを見かねた沢松が、天国が自分で考えると言っていた宣誓の言葉を上手く誤魔化し作ってしまったことは想像の通りである。
 沢松はダークブルーの文字盤に銀のロザリオの形をした瀟洒な針を見つめ、ふと視線を感じ天国へ顔を向けた。
「どうしたんだ?」
「う、ううん! 何でもない。それより、どう? 制服似合ってる?」
 聞かれてまじまじと天国の姿を見つめた。
 遠目から見れば黒にも近い深いグリーンのジャケット。襟縁と袖、裾に一本の青のストライプが入り、学年ごとに違うネクタイは、天国の場合青。ストライプと揃って品がいい。
 しかしながら、その制服といまだ少女のような幼さの残る天国の容姿が似合うかと言われれば苦笑せずにはいられない。
 これでスカートだったなら似合ったかもしれないな。
 そんなことを思う。我ながら重症だ。
「……そうだな、ある意味で似合ってる」
「……ある意味ってどーゆーこと?」
「怒るな、似合ってるよ。可愛い」
「か、可愛いって……健吾、それ僕に言う言葉じゃないと思う!」
「そうか? でも可愛いよ。お前は何でも可愛い」
「……ありがと」
 酷く嬉しそうな、はにかんだその笑顔が一番可愛いんだけどな。
 内心で囁いて、つられるように微笑んだ。それを見た天国が頬を染めたのは言うまでもない。
 束の間の平穏は、入学式の時間を思い出した沢松がまた腕時計を見下ろした時に破れた。
 とにかく入学式に遅れないように足元に散らばっている服を拾い集める。
 宣誓をする天国は早めに行き、先生方、生徒会に挨拶に回らなければならない用事があるためだった。
 先生方はともかく、なぜ生徒会にまで挨拶に回らなければならないのかは謎だ。何せ、伝統だと言われて渋々と諦めた記憶は沢松の少しばかり昔の記憶にもある。

 ……芳名学園は、中学までだが沢松の母校だった。
 小学校、中学校と進学し、高校はアメリカへと渡った。
 大学からアメリカへ行ってもいいのではないか、と学園の先生方にしつこく引き止められたが沢松は頑なに首を振って渡航したのだ。
 あの頃、従順に両親に従っていた自分にも反抗期が僅かばかりにもあった。けれどその反抗期のわけのわからない反発心を自覚もしていたため、傍目にはなかったように見えたことだろう。それが……
 中学三年の冬、突然吹き出した。
 いや、違う。
 突然、喪失してしまったのだ。反発心を当てるはずの一つの存在が、いなくなってしまったから。
 母親が、ボランティア活動として中東に向かう飛行機の墜落事故で。
 元々家族愛の薄い家庭だったが、悲しみはあった。そして、それは父親も同じだった。そう、信じていたのだが。
 父親はその訃報を聞いても、微塵も表情を崩さなかった。いくら鉄面皮と言っても、些細な変化は感じられる沢松でさえも感じられなかった。一片たりとも。
 ……薄々は気づいていた。この家庭が愛のない政略結婚だったことは。そして、自分がいくらねだったとしても愛のない夫婦に生まれた子供に、与えられる愛情はなかったことも。
 いっそそんなことを気づける知能と感性などなければよかった。そう思った。
 そして反抗期の反発を利用して、父親の元から離れた。少し頭を冷やす時間が欲しいと思った。……こういう環境なのだと、再度悟る時間も。
 それから半年間、アメリカへ行く準備をして、十八歳の夏大学を卒業して帰ってきた。たった三年で高校と大学の卒業証書をもらうために、寝る間も一瞬の寸暇すらもなかった。飛び級にも程がある、と教授連に苦笑されたことは記憶に新しい。実際には、自分の体を極限まで酷使することで必要以上に思考することをやめたかった。それだけ、だった。
 帰ってくる頃には、知能以外は別人のようになっていた。
 父親の求める『息子』として完璧な風評と学歴を携えて。
 大学時代の沢松の風評はすべて好意的なものだった。
 社交的で、冷静で、尊大なところもなく謙虚で、飛びぬけて明るいわけではないが場を和ますことが出来、知識欲があり、ボランティア精神にも溢れ……
 みな、開口一番に言うだろう。『彼はパーフェクトだ』と。
 それを妬む輩も居たが、それ以上に沢松は多くの人に好かれる存在だった。……胡散臭い、と言われることも時にあったが。
 沢松は、母が死んで父のあの顔を見た時に結論したのだ。父に愛されたいのならば、道具として貴重な価値を持つ人間にならなければならないと。
 沢松家にとって利用価値のある人間になって初めて、父の無感動な視線はこちらへ向くのだと。
 それを悲しいことだと自分で慰める暇もなく立ち居振舞った。
 父の視線を浴びたいがため。認められたい。……出来れば愛されたいと。
 なんて青臭いのだろう。今ではそう思う。
 なぜなら、それでも父は沢松家の道具として完璧になった『息子』を当然のものとしてしか受け取らず、道具以上に愛しもしなかった。
 やっぱりな、と奇妙な安堵も含めて諦めた。仕方ないのだと。彼の人間性に欠陥があるのは、彼のせいではない。そう教育した者が居るからだ。彼のせいではない、そして自分も出来る限りの努力をした。だからもう、仕方ないのだ。
 そうして諦観し、達観し、一抹の空しさを胸に抱えて二十歳までの自由を満喫し、その誕生日を迎えた自分に与えられたものは、天国だった。
 その時喜びとともに感じた、……絶対的な絶望はいくら天国が愛しくても慰めてくれようとも、決して消し去ることは出来ないのだろう。
 ……それを与えたあの父親でない限り。

 五年前、卒業した中学校に養子とはいえ自分の息子が入学するのは妙な気分だった。
 私立の先生はほとんど変わることがないから、おそらく自分が教えを受けた先生も居ることだろう。
 中学までの自分はまだ『沢松家の長男』という仮面を作りきる前だった。なまじ頭が回るために少々早熟な態度をすることが多かった。つまり、生意気な態度を。
 かといって理事長の甥に、手を出す勇気のある先生は居なかった。いや、理事長の甥に、ではなく『沢松本家の長男』に、だ。
 この学園は沢松本家が理事として名を連ねることはない。分家だけが持つ数少ない教育事業の一つだ。
 そして今理事長を任されているのは沢松家の三男、つまり現当主の弟、健吾からすると叔父である。
 この叔父は三男という当主の座からは離れた存在だったため、自由奔放に素直に可愛がられ甘やかされた者の太平楽な気性と健やかな明るさで周囲を和ませる。けれど何も考えていないわけではなく、沢松の血が流れている証拠に若くして理事長を任されるほどの狡猾さを持つ。
 その要領の良さにはあの父親でさえも苦笑したのだという。
 一度で良いからそんな顔を見てみたい、と言ってしまった健吾に、叔父は頭を撫でながら「お前はあのどんな時でもピクリとも表情を動かさない、お前に血は流れてんのかっていう怜兄の長男だからなぁ……可哀想に。どうせだったら優しく明るく楽しい俺か、あの天然ボケで二重人格の静兄の長男だったらまだマシだっただろうにさ」そう慰めてくれた。……多分に酷評されている父親と、もう一人の叔父を哀れとは思ったが。
 そんなことを考えつつ、床に落ちているあらかたの服を拾ってベッドに積まれた服のさらに上へ積んだ。
「ほら、もう行くぞ。挨拶しに行く時間がなくなる」
「はぁい。じゃあ帰ってきたら片付け、一緒にしてくれる?」
「ああ、もちろん。……じゃないと何日経ってもこの状態のままな気がするからな」
「そんなことないよ! ……たぶん……」
 叫び返してから途端に小さくなった声に笑い、天国に手を差し出した。
「さ、行こうか? 俺の可愛いお姫様?」
「お姫様じゃないもん!」
「じゃあ、なんとお呼びすれば?」
「健吾が王様だから……王子様!」
「ははっ! そうか、じゃあ仰せの通りに、俺の可愛い王子様。お手をどうぞ?」
 滴るような流し目に、天国が顔を赤くさせる。
「……健吾、それって王子様にする仕草なの?」
「もちろん、俺の可愛い王子様だけの特別サービス」
 言いながらもまだまだ小さな手が乗せられ、見惚れるほどの流麗な動作でその指先にキスをする。
 さらに顔を赤くさせた天国に微笑んで、入学式へと向かった。



「……諸先生方、並びに生徒会の皆さん、これからご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いします」
 天国がどこかぎこちなく、けれど綺麗に礼をすると、それを歓迎する意味での拍手が起こった。
 ここに来るまでの天国の顔は緊張で血の気が薄くなっていたのだが、ようやく浮かべた笑みに安堵する。
 もうじき九時半。受付は済ませてあるので、あとは会場に行くだけなのだが……
「健吾、久しぶりだな。とは言っても、新年に会ったけどな」
 天国とともに教員室を出ようとした沢松を呼び止めた声があった。
「雅紀さん……お久しぶりです」
 その声のほうへ振り返ると、品のいい黒いスーツを着た三十前後の青年が無邪気とも取れる笑みを浮かべて歩いてきたところだった。
「新年の挨拶の時には連れてこなかったみたいだけど、その子が噂の天国君か?」
「ああ、そうです。……天国、この人は俺の叔父さん。沢松雅紀さんだ。叔父さんって呼ぶと怒られるから、雅紀さんか理事長って呼べばいい」
 健吾に紹介されると、天国はじっと雅紀を見つめた後、ぺこりと頭を下げて笑った。
「えっと、天国です。雅紀さん……? よろしくお願いします」
「おお、可愛い可愛い。沢松家には絶対現れない可愛い子だ。そろそろ沢松の黒ーいところ見せないと、将来困るぞ?」
「黒いところなんて見せたくないんですよ。まだ天国はこのままでいい」
「可愛がってんなぁ。五年前のお前がそんなこと言う自分になるなんて知ってたら、もうちょっと可愛く育っただろうにさ」
「雅紀さん、それは貴方にとって可愛い、ということですよね?」
「当たり前だ。アメリカから帰ってきたお前は無気質な人形みたいで全然可愛くなかった」
「……」
 どう反応していいものか悩み、沈黙と苦笑を返すだけに留めた。
 その顔を見て、雅紀がさらに眉をしかめる。
「ほら、すぐにそれだ。お前のその顔は可愛くない。……ったく、怜兄も馬鹿だよな。行かせたくないなら自分でそう言えば、もうちょっと健吾も素直に育ったもんをさ……」
「……父は、そういう人ではないですから。それに、あの人は俺が何をどう決めようと、それが沢松家に害がないならどうでもいいと思ってますよ。そういう人です」
 そう言えば、雅紀は片眉を跳ね上げた。
「諦めることばっかり身についちまって、楽しいのか? 怜兄もそんな感じだったけど、お前は相当だな。一つ、いいことを教えてやろうか?」
「はい?」
 にやりと笑った顔は、悪戯めいていて、五年前と変わらず楽しげだった。
「怜兄な、お前が自分に相談もせず俺にアメリカに行くって言ったのが気に食わなくて雑用ばっかり押し付けて、挙句の果てには『健吾が留学しないように説得しろ』とまで言ってきたんだよ。まあ、あんだけ好きだった女が飛行機事故で死んで、この上お前までアメリカに行く途中、あるいは帰る途中で事故に遭ったりすんのが嫌だったんだろうな」
「……は?」
「ほら、いつだったか……留学してすぐの新年にお前が帰ってきたとき、ハイジャックに遭っただろ?」
「……ああ、あの? ハイジャック犯が要求した全額、沢松が取り持った……」
「100人近い人質の身代金なんて馬鹿高い金、誰が用意したと思う?」
「……確か一人頭一千万で……十億でしょう? うちが用意したんだから、あの父が、と考えましたけど……どうせ世間体でしょう」
「ところがな」
 ちっちっち、と指を振る雅紀に、困惑を深めた。
「世間体で出す金なら、もう少し値切るさ、あの兄貴は。そこまで馬鹿じゃない。なのにどうして十億も即金で用意したか。……お前が乗ってたからだよ」
「はは、雅紀さん、あり得ないですよ。あの父が、俺が乗ってるから出したというなら、それは俺があの父の長男だからです。沢松本家の跡継ぎだからですよ。それ以外に何があります? 何もない。今だって、父は俺のことを沢松家の道具としてしか見ない。……もういいんです。諦めました。道具としてだとしても、今父は俺を見ている。それで充分です。甘くて幼い夢を見る時間は、もう過ぎたんですよ」
 横でじっとそれを聞いていた天国が、健吾を不安そうに見上げる。
 その視線に微笑み、柔らかなその髪を撫でた。
「……あーあ、可愛くない。俺は見せてやりたかったね、あのいつも冷静沈着、能面みたいに眉一つ動かさない冷血な怜兄が取り乱して『ハイジャック!? 健吾は!? 乗ってるだと!? どうしてあの便に乗せたんだ、馬鹿が!! 何としても犯人の要求を飲め、そしてぶっ潰せ!! 健吾に傷一つあってみろ、この手で嬲り殺してやる!!』とか叫んだ兄貴をさ」
 俺は正直ビビッたね。つか、呆然としたね、こいつ誰だって思ったし。
 そう付け足した雅紀に、健吾は胡散臭そうに眉をしかめた。
「……それ、本当ですか? 限りなく嘘っぽいんですけど……」
「お前も想像できねーよな? 俺もあれは兄貴の顔した別人かと思った。静兄だって珍しいことに驚いてたんだぜ?」
「静司さんが? あのいつものほほんと穏やかに微笑んでる静司さんが……? ……ますます嘘っぽいんですけど……」
「絶対静兄は二重人格だと思うけどな、本当だ。俺だってついに怜兄に押し付けられた雑用に忙殺されて、幻覚でも見てるのかと思ったっての」
 遠い目をする雅紀の顔はどうにもからかったり嘘を言ったりする目ではない。確実に、現実にあった過去を思い出して悲壮としている目だ。
 ……真実かどうかはさておいて、哀れだとは思う。
「お前が留学するって時も『健吾の留学をなんとしても止めろ。出来ない? なら理事を降りるか? 健吾の留学を許可した責任は執念深く覚えておく。覚悟しろ、この世界に私から逃げられる場所など地獄の果てにしかないってことをな。もし、万が一にも何かあれば……生き地獄を見せてやる……』そう言いやがったんだぜ? おかげでお前がハイジャック犯に遭遇した時、俺は危うく墓場に入るとこだった。ま、面白かったから思わずテープに取っちまったけど」
「テープって……盗聴ですか」
「面白いぞー今度聞かせてやる。怜兄、テープがあるって聞いて目の色変えて渡せって言ってきたけど誰が渡すかっての。あんな面白いもん、手放す手はない!」
 楽しそうに笑う雅紀に、少しばかり父の不憫を哀れに思う。
 胡散臭い話だが、それが本当なら少しは嬉しい。
 ……いや、だいぶ嬉しい。
 照れくさそうに笑った健吾に、満足な顔で笑い返す雅紀はやはり楽しそうだ。
 それを見守っていた天国も、嬉しそうににっこりと笑う。
「おっと、そろそろ式が始まるな。お前も急げよ、なんせ天国君は新入生代表だろ? 親子揃って宣誓の言葉やるなんてなぁ」
「健吾も宣誓の言葉言ったの?」
「うん? ああ、まあ、嫌だったけどな」
「すごいね! でもどうして嫌だったの?」
「そりゃ、」
「俺が見てるから、だろ」
「……ご名答ですよ。失敗したらそれでからかわれることがわかってましたからね」
 苦笑した健吾の頭を昔のように撫で、踵を返した。
「ま、楽しめや。んじゃまたな」
「俺が入学するんじゃありませんよ。……相変わらず、奔放な人だな」
「でも、嬉しそうだったよ?」
 天国がニコニコと健吾を見上げ、それこそ嬉しそうに笑っている。
 その柔らかな髪を撫で、ふとそれがあの叔父が自分にするものと似ていることに気づく。
「……半分、あの人は俺の育ての親みたいなもんだからかな」
「え? 何が?」
「何でも。さあ、入学式行って、帰ったらお前の部屋の服を片付けてご馳走食べようか?」
「うん!」
 目を輝かせて頷いた天国を見下ろしながら、自分が必要以上に嬉しい気分になっていることに内心で苦笑した。
 たとえ自分を喜ばせる優しい嘘だったのだとしても、雅紀の話は嬉しかった。
 決して振り向いてはもらえなかった父の話。
 なぜ、あの父は二十歳になった自分に天国を与えたのだろう?
 初めは残酷なことだと思った。まるで、自分はお前を愛せないし、お前からの愛を期待してもいない。それで慰めろ。そう言われているような気がした。
 けれど、違ったのだろうか?
 僅かでも、父は別人のようになって帰ってきた健吾を悲しく思い、慰めようと思ったのだろうか。
 ……思えば、自分は何一つとして父に相談したことも、聞いたこともなかった。
 会話のない親子だった。
 いつからだろう。父が忙しそうに働いている姿に気が引けて、話しかけなくなったのは。
 必要最低限の会話になったのは。
 事後報告のみをする関係になったのは……。
 その関係を、悲しく思わなくなったのは、いつからだっただろう?
 天国と出会う前からだったようにも感じるし、天国と出会って心の空虚が埋まってからのようにも感じる。
「……天国、今度沢松の本家に行ってみようか?」
「行く! 健吾のお父さんに会いに行くんだよね?」
 当然のように言われた言葉に、胸が騒いだ。
「……そう、そうだな。会いに行こうか。面白みのない親父だけど、許してやってくれな」
「当たり前だよ、健吾のお父さんだもん! あ、そうすると僕のおじいちゃんなのかな?」
「おじいちゃんか! じいさんね……呼んでやれ、面白そうだ」
「うん!」
 喉で笑う健吾に不思議そうな顔をするが、すぐに楽しそうに笑った。



 会場に着く頃には生徒たちも着席しており、保護者の席へと分かれた健吾に名残惜しそうに手を振る天国を見送る。
 教員の理事席に座る雅紀に軽く会釈し、並んで座る沢松家の他の分家たちが立ち上がって挨拶しようとするのを手で制した。
「……どうぞ息子をよろしくお願いします。では、私はこれで」
 長ったるしい挨拶など聞きたくもない。そう言わんばかりの健吾の姿に圧倒する者、媚を振る者、表面上には出ないが、気に食わないと思うだろう者。
 それらを流す健吾を、雅紀が面白そうに笑っている。
 これで天国を見る目は甘くもなり、厳しくもなっただろう。けれど、天国はそんなことで潰れたりはしない。潰させもしない。
 その前途を守るのは、他ならぬ自分だ。
 天国は宣誓をすることもあって最前列の席に座っている。
 あの少年の前には、晴れやかな道が似合う。汚い道など歩かせはしない。たとえ、そうしたほうがいいのだという正論があっても。
「……俺が、唯一お前を汚す存在になっちまうんだから、他のゴミをせめて消すくらいはしないとな……」

 天国は……この入学式を綺麗なものとして記憶に重ねるのだろう。
 これからも綺麗な思い出を重ねていく。
 それでいい。
 それがいい。
 自分を犠牲にすることに、なんの不満もない。不満など思い浮かばせもしない、可愛い子供。
 君の未来が幸多いことを、強く願うよ。
 幸多くさせることの出来る自分が誇らしい。
 だから。

「……お前の道が少しでも明るいように。少しでも、綺麗であるように」
 願うよ。
 祈るよ。
 そして、そうするよ。
 ―――かつて、父がそうして自分を見守ったように。







一つ一つ、時間を重ねていく君へ。

君を心から幸せにしたいと思っているよ。
君が笑ってくれるためなら頑張るよ。
君を心から祝福しているよ。
君が生まれて出会えたことが嬉しいよ。

一つ一つ、記憶を重ねていく君へ。




祝福と、執着を捧げるよ。





……甘いのか?これ……
謎だよ、なんだこれ?
暗くない?
暗いよな?
うわーお。
……ま、とにかく。
20万Hitフリー小説、「キス」シリーズ(仮)編でしたっとvv
つか、いつまでこれ(仮)なんだろ?
いい案浮かばないんだもの……
誰かつけてくれ(おい)

こんなものでよろしければ、
どうぞお納めくださいませvv


神原様から200000Hitフリー3作目!沢猿・素敵パラレル設定・光源氏計画!(笑)
とある日。キリ番で「パラレル」とだけ書かれていた小説の内容を読んで衝撃を受けた第一作から愛の愁波を送っていたシリーズ。
第一作目から続かないかな、シリーズ化しないかな♪と怪しく見守っていたのですよ!
ちょっとずつ成長して行くラヴリー天国(ミニ)と見守る大人でも独占欲バッチリ★な男前素敵沢松が愛おしい・・・vv
そんでもって、今まで無機質な感情くらいしか見えてこなかった沢松父に今回の話で高ポイント(ヲイ)が付きましたよ!!
父子の愛って素晴らしい★そして私情としては雅紀さんも大・好・き・だ!イイ味ですよ素敵傍観役オリジキャラ!
神原様、これからもこのシリーズを含め、沢山のお話をお待ちしていますv素敵な作品をありがとうございました!


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