「…やっぱ駄目だよな?」

 縋るような眼差しに、快斗はうーんと唸った。
 ここで駄目だと断言すれば、愛しい愛妻は泣きそうな顔をしながらも分かったと呟くのだろう。
 それを考えると胸が痛む。
 けれどこの工藤邸には、実家から連れてきた相棒たちも住んでいるわけで。

「駄目…」
「そ…だよな」

 新一の顔がくしゃりと歪む。
 泣き出す一歩手前のようなそれに、快斗は慌てて首を振った。

「違う違う!駄目じゃないけど、アイツらにも聞いた方がいいかなーって…」
「…許してくれるかな」
「新一の頼みなんだから、許すに決まってる」
「ほんとに?」
「ああ。飼い主の俺が言うんだから、大丈夫!」

 そう言って愛妻の腰を抱き寄せ、庭に建てられている小屋へと向かう。
 そこは快斗の相棒たちの住処だった。
 主の姿に相棒たちが羽をばたつかせる。

「快斗…」

 不安そうに見つめてくる愛妻に大丈夫と囁いて、快斗は相棒たちに話しかける。

「お前ら、新一の頼みを聞いてやってくれないか」

 主の言葉に一羽の鳩が、くるっぽーと鳴いて首を傾げた。

「新一、こいつらに頼んでみな」
「ん。あのさ…この子、家に住ませてもいいかな?」

 新一はおずおずと訊ねながら、腕の中のイキモノを見せる。
 鳩たちはまじまじとそれを見つめ、一斉にくるっぽーと鳴いた。

「えと…快斗?」
「いいってさ」
「え?」
「お許しが出たんだよ」

 よかったなvと笑う快斗に、新一の顔が再びくしゃりと歪む。

「ありがとう」

 鳩たちはいえいえvといった風に羽をばたつかせた。







還る場所







 新一が拾ったのは、全身を真っ白な毛で覆われた小さな子猫だった。
 『アル』と名付けられた子猫を、新一は家に縛り付けることはなかった。
 彼が子猫に約束させたのは、ただひとつだけ。

「ここはお前の家なんだから、遠慮せずに帰ってこいよ。分かったか?」

 問いかけに嬉しそうな声で「にゃーん」と鳴いた子猫は翌日から、米花町内を元気よく駆け回った。
 工藤邸に帰ってくるのは週に4日。
 あとの3日は仲間と一緒に遊んだり、遠出をしているらしい。

「なあ、新一」
「んー?」

 手入れされた芝生の上に胡座をかいて、庭に放された鳩達と戯れていた新一は旦那様の声に生返事を返す。

「アルのヤツ、連れ戻さなくていいのか?」

 訊ねながら華奢な身体を抱き寄せ、脚の間に座らせる。
 瞬間、新一の肩や頭に乗っていた鳩達が一斉に羽ばたいた。
 彼らとのスキンシップを邪魔された新一はジト目で快斗を睨みつけ、くわっと牙を剥く。

「快斗!なにすンだよ!」
「後で呼び戻してやるから。で?」

 柔らかな髪を撫でつつ返事を促すと、愛妻は拗ねたような顔で「いいんだよ」と呟いた。

「アイツが帰りたいと思った時に帰ってきてくれれば、それでいいんだよ」
「それじゃあ野良と一緒じゃねぇかよ」

 家で飼いたいと思ったから、拾ったんじゃねぇのか?
 顔を覗き込みながらの問いかけに、新一はそうじゃないと首を横に振る。

「俺はアイツを飼うために拾ったわけじゃねぇ。ただ…」
「ただ?」

 快斗は愛妻の額に自分のそれを押し当てて、わずかに伏せられた蒼の双眸をじっと見つめる。
 飼うために子猫を拾ったわけではないと、彼は言った。
 では、なにを思ってこの家に連れ帰ったのか…

「新一」

 鼻先にちゅっと口づけて続きを促す。
 新一は旦那様にぎゅうっと抱きついて、再び口を開いた。

「アルに、還る場所をあげたかったんだ」

 生まれた時から野良だったのか、それとも飼い猫だったのか。
 定かではないけれど、拾った時はダンボールの中に入っていたから飼い猫だったのかもしれない。
 小さく丸まって小刻みに震える毛玉を、怖がらせないようそっと手に乗せた新一はその時思ったのだ。
 この毛玉が安心して還れる場所を与えてやりたい―――と。

「だから家に連れて帰った」
「…そっか」

 囁くように呟いて、新一らしいなと思いつつ快斗は柔らかな髪にキスをする。
 髪だけでは飽きたらず、顔中にキスをしているとカサカサという音が聞こえた。
 唇を離してゆっくりと顔を上げると、緑に覆われた垣根の間から子猫が顔を覗かせていた。
 2日ぶりの帰宅に、新一が嬉しそうに微笑む。

「アル、おかえり」
「にゃーん」

 旦那様に抱きしめられたまま腕を伸ばし、駆け寄ってきた子猫を抱き上げる。
 鼻先にちゅっとキスをすれば、お返しとばかりに唇を舐められた。

「あ―――――ッ!」

 とたんに響く叫び声。
 耳元で叫ばれた新一は、眉を顰めてうるさい…と呟く。
 普段は愛妻の言葉を一言一句漏らさない快斗だけれど、今回は違った。

「アル…お前っ、俺の新一にキスしやがったなぁぁぁぁ!」
「ちょっ、快斗!なにすンだよ!」

 新一の手から子猫を奪い取り、きょとんとしている子猫を怒りの形相で睨みつける。
 なぜ彼が怒っているのかちっとも理解していない子猫は、ちょこんと首を傾げてまじまじと快斗を見つめた後、「みゃう?」と小さく鳴いた。
 ―――キスしたら駄目なの?

「駄目に決まってンだろ!」
「なんで駄目なんだよ」

 キスぐらい、いいじゃねぇかよ。
 間髪入れずの問いかけに、快斗は「駄目ったら駄目!」と力いっぱい叫ぶ。

「俺以外の男とキスするなんて、絶対に許しません」
「アルは猫だぞ?しかもメスだし」
「猫も駄目…って、へ?アルってメスなのか?」

 新一はこくりと頷いて、「知らなかったのか?」と訊ねる。
 すると快斗は、乾いた笑みを浮かべて「知らなかった…」と呟いた。
 快斗から子猫を奪い返した新一は、旦那様を上目遣いで見上げて甘えたような声を出す。

「なあ、アルとキスしていいだろ?」
「…駄目」
「いいだろ?」
「……駄目」

 首を縦に振ってくれない旦那様に、新一の唇が拗ねたように尖る。

「快斗のケチ。なあ、なんで駄目なんだよ」
「なんでって…さっき言っただろ?」
「だから、アルはメスだっつーの」
「メスでも動物でも、駄目なものは駄目なの!」

 新一はもう一度「快斗のケチー」と呟いて、子猫を抱きしめたまま旦那様の胸に頭突きをした。
 頭上から聞こえてくる呻き声を無視してそれを何度もくり返す。

「分かった、分かった。アルとのキスは許してやるから、マジでやめてくれ」

 本気の頭突きに快斗が音を上げると、新一の動きがぴたりと止まる。
 ついで勢いよく上がった顔には、満面の笑みが浮かんでいた。

「サンキュ、快斗v」

 子猫を芝生の上に放して、旦那様にぎゅっと抱きついた新一はちゅっと触れるだけのキスをした。
 すぐに離れようとした唇を、追いかけるようにして快斗は深く口づける。
 そのままの状態で芝生に押し倒された新一は、しょうがないなぁといった風に肩を竦めると、快斗の頭に手を回して自分の方へと抱き寄せた。

 くり返される甘く激しいキスに酔いしれる2人を、じっと見つめていた子猫はおもむろに丸くなると、小さな欠伸を零して瞼を閉じた。

遅ればせながら、40万hitありがとうございます!
今回は言われるまで気づかず、しかもオフ原稿にかかりっきりになっていたので記念駄文掲載も遅くなってしまいました。
待っていてくださった方(いるのかしら?)には申し訳なく思っています。
相変わらずのえたーなるネタですが、タイトル部分より上は以前日記の方に掲載していたものです。
前回同様(っていうかほとんど毎回ですが/苦笑)フリーとさせていただきますので、貰ってやってもいいわよとおっしゃる方はどうぞ♪

管理人コメント
志乃香様40万HITおめでとうございますー!!
ぇえぇえ勿論待っておりましたとも!あ、40万過ぎた!そろそろかな〜?となるべくパソに噛り付き・・・
ふっふっふ・・・子猫と戯れる新一さん♪白鳩と戯れる新一さん♪そしてそれにやきもちをやく快斗君!
素晴らしい組み合わせですねvvもう光り輝く午後の光景が目に浮かぶようですよ☆
そして哀ちゃんはお隣から時々それを眺めつつ空気の甘さに溜息を吐いてくれてたら尚良し!(笑)
素敵なお話をいつもありがとうございます!


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