一つになどなれない。
一つになどなりたくない。

それでも、

限りなく一つに近い位置で、
見つめられるその視線を心地よいと思う。





異論







「シカマルの目っていいなぁ……」
「は?」
「光に当たっても黒い目って、なかなか居ないし。頂戴って言ったらくれる?」
「はぁ?」
「なーんて、そんな簡単にやれるようなもんじゃないよなー」
「……お前はさっきから何言ってんだ?」
 シカマルが仰向けになって読んでいた本をどけ、怪訝な顔で横にいるナルトを見上げた。
 にっ、と笑うその顔は馬鹿騒ぎを起こす表の顔でもなく、無感情なままに殺戮する裏の顔でもなく、ただ、彼本来のあどけなさを残した綺麗な笑み。
 その笑みを見たくて、誰もが牽制しあっているのだが……
 唯一争うことなく当然のものとして常に勝ち取り続けているのは、このシカマルを置いてどこにも居ないだろう。
 羨ましい限りではある。
 まぁ、尤も。ナルトだけが勝ち取り続けているものもあったりするのだが。
「うーんとさ、お前の目ってすげー綺麗じゃん? 真っ黒くて、新月の夜の闇みたいに吸い込まれそうな……恐いけど、ずっと見ていたい気もする」
「……んで?」
「交換してみたいとか、思わない?」
「別に。めんどくせーし、自分の目見たってな……鏡で充分見れるだろ?」
「鏡じゃわかんねーって!! 生で見ないと俺の言いたいこと、わかんねーと思う」
「……お前は闇が好きか?」
「そりゃ、もちろん。俺が育った世界だし、嫌いだったらとっくに忍なんかやめてる」
 何を突然、とナルトが目を丸くする。当然のように答えられた言葉に、シカマルが僅かに眉をしかめた。
「……俺は嫌いだ。どうせなら……よく晴れた初秋の昼間がいい。空が高く、雲の流れが細くて……」
 シカマルがふっと口元に微笑を浮かべて柔らかな表情をする。
 まるで別人のようなその顔が、ナルトにだけに許されたものだと知る者は少ない。
 むしろ、仲間の数人だけしか知らない表情だ。
 その仲間ですら、実際にそれを間近で見た者は居なく、ましてや向けられたことなどない。

 もったいねーの。こんなに……綺麗なのに。

 思わず触れたくなって、手を伸ばした。
 自分の手が暖かいためか、シカマルの頬はやや冷たく感じられる。
 滑らかな冷たい肌。自分のものとは違う。その些細な温度差が嬉しいような、悲しいような気分になる。

 嬉しいのは、自分ではない誰かの存在を感じられるから。
 悲しいのは、自分ではないのだと突きつけられた様な気になるから。

 自分ではない、人。
 決して、一つではない存在。
 ……それを、嬉しくも、悲しくも感じる自分。
 シカマルは複雑な顔をするナルトを見上げ、微かに溜息を吐いた。
「……ナルト、一つのものがお前は欲しいのか?」
「うん?」
「この世で一つきりのものが欲しいのか?」
「……うん……うーん? どうだろ……欲しいのかな。欲しい……のかな?」
 困った顔で考えるナルトに、シカマルはまた一つ溜息を吐いた。
「俺には、少なくともそう見えるけどな。……俺がお前だったら、お前は寂しくないのか?」
「寂しい……? そう、なのかな? でも、そうしたら俺一人ぼっちじゃん」
「俺はお前なんだから、一人じゃないだろ?」
 謎かけのような問いに、言葉が詰まった。
 確かに、それなら厳密に一人とはいえないかもしれない。
 一つならば一人ではないかもしれない。
 けれど、本当にそうなったとしたら……
 やはり、それは『独り』だ。
 触れられない。
 自分の体を触れても、意味がない。
 話しかけられない。
 自分に問いかけても、声が返ってくるわけではない。
 暖めても、どんなに寂しくても。
 一つになった自分を暖めても、寂しさを慰めてくれる誰かの存在があるわけではない……
「……嫌だ。やっぱり、独りじゃん……俺は、現実に誰かが居てくれないと、イヤダ」
「お前の中に居る俺も、現実だといえば現実なんだぞ?」
「違う! なんか……違う。そうじゃなくて……俺は、触れたい。声が聞きたい。何があっても、どんな場所でも、俺一人で立ってるのは嫌だ」
 自分の感じるものを言葉にするのは難しい。それが相手に正確に伝わることも、難しい。
 なのに、ナルトは言葉にする。
 シカマルはそれを、限りなく正確に聞こうと努力する。
 それは一人だったなら出来ないことだろう。
 一つになってしまったなら、出来ない会話であり、思いである。
 そう自覚できれば、孤独だとは思わない。思えないものなのだ。
 ナルトはまだそれを自覚できないだけ。
 それを教えることもまた、お互いが一つなら出来ないことだ。
「なら、一つきりのものじゃなく、二つあるものを欲しがれ。一つのものを欲しがるやつは、心に孤独を思う。二つあるものを欲しがるやつは心に誰かの存在を思う。たくさんあるものを欲しがるやつは、心にたくさんの誰かを思うやつだ。案外心ってのは、無意識に現実世界に反映してるもんだぜ?」
「……そう、かな?」
「俺はそう思うだけだ。……じゃあこう考えろよ。二つ何かが手に入ったら、一つは自分のもの。もう一つは誰かにあげりゃいい。誰かに何かをあげようって思えんなら、そいつは孤独じゃないってことだ。そうだろ?」
「……そっか。うん、そうかも。……お前って頭良いよなー」
 僅かに微笑みながら言えば、シカマルは眉をしかめつつも、ナルトから照れくさそうに視線をそらした。
 それを見ることが出来る。
 ナルトに与えられた特権であり、決して独りではない証。
 嬉しい、と思う。
 まだ、悲しいと僅かに思う心はあっても。
 指に触れる頬の感触は自分ではない。
 見つめる先の顔も自分ではない。
 それでも。
 自分ではないからこそ、意味のある感触と、視線が嬉しい。
「……へへ」
「何だよ?」
「なんか、嬉しいなーって」
「……お前って、ちょっとしたことで喜べるやつだな」
「いんだよ、俺はそのちょっとしたことを積もらせていくタイプだから」
「あっそ。……めんどくせーやつ」
「もちろん、お前もそうだろ?」
「何でだよ」
「一心異体だから!」
「……あっそ」
「……もうちょっと嬉しそうな顔しろよ」
「……これが限界だっての」
 そう返すシカマルの耳が僅かに赤くなっていることに満悦し、解いた漆黒の髪を指で梳く。
 髪をいじられるのが好きではないシカマルにとって、それを許すのは破格の好意だと知っている。
 ナルト以外の人間が触れれば即座にうっとうしいと邪険に払う。尤も彼は、自分に触れられること自体が嫌いなため、手を握るのも五分もてば良いほうだ。
 めんどくせー、と何もかもどうでもよさそうな彼だが、意外に神経質な性質だと知っているのはいったい何人か……
 彼自身気づいてはいないが、その性質が二年間育てられただけの『親』の影響を受けていることは確かだろう。
 ……気づいたら気づいたで、盛大に眉をしかめてその性質を治そうと奮闘するだろうが。
 ナルトはといえば、影響を受けている『親』は気に食わなくとも、自分だけが触れられるという状況は逃しがたく、言わずに置いている。
 癖のつかない髪は滑らかに指をすべり、掬ってはこぼれていく髪を追いかけるようにもてあそぶ。
 くすりと笑みを浮かべると、それを見上げていたシカマルが怪訝な顔をした。
「何だよ?」
「うん? いや、シカマルそっくりだな、ってさ」
「は?」
「お前って、つかもうとすると触り心地の良さだけ残して逃げてく感じがするんだよ。追いかけても追いかけても、その繰り返し。お前を捕まえられるやつって、相当根性あるよな」
 笑ってそう言うと、シカマルは片眉を上げ、呆れた顔で溜息を吐いた。
「……お前がそれ言うわけかよ」
「へ?」
「俺はいつだって、捕まってると思うがな。捕まってるし、捕まりたがってる。その相当根性あるやつは俺の目の前に居る気がするんだが、これは気のせいか?」
 唇の端だけを上げて、確信的な笑みをする。
 その言葉を理解するよりも早く、ナルトの顔が赤くなった。
「……シカマルって、すげー卑怯だよな。詐欺師になっても食っていけるって。俺が保証する」
「保証すんな。……まあ、そうだな、お前専属の詐欺師になってやろうか?」
「そんなシカマルも見てみたいけど、お断りシマス」
「何でだよ?」
「食い尽くされるから」
「騙されっぱなしになる自信があんのか?」
「それもある」
「おい」
 呆れて思わず突っ込むと、ナルトは楽しそうに笑った。
「それも、って言っただろ? お前が詐欺師になったら食い尽くされる自信はばっちりあるけどさ、騙されるってのが気に食わないんだよ」
「……そんな自信、どっかに捨てとけ。ついでに俺が詐欺師になるなんて考えもな」
「騙さないって事?」
「めんどくせーし、やんねーよ。つか、お前騙したら俺を騙すことになるんだろ?」
「何で?」
 不思議そうなナルトに、ふっと柔らかに微笑する。
「俺とお前は、一心異体、……なんだろ?」
「……恥ずかしいやつ」
「お前が言ったんだろうが!」
「そうだけど。……好きだなぁ……」
「はぁ?」
「うん、俺シカマルのことやっぱ好きだな」
「……こっ恥ずかしいこといきなり言うな!」
「シカマル、俺さ、今度からは二つあるもの欲しがるけど、やっぱり一個だけ、一つだけのものが欲しいな」
「俺、とか言うなよ?」
「当たり。さすがシカマル!」
「……めんどくせーなぁ……。まあ、」
「ん?」
「……お前のその、耳まで赤くなった顔に免じて、許してやるよ」
 にやりと笑ったシカマルにナルトがますます顔を赤くさせ、その後照れた反動で不機嫌な少年と妙に上機嫌な少年がいたことを追記する。







一つになどなれない。
一つになどなりたくない。

それでも、

限りなく一つに近い位置で、
見つめられるその視線を心地よいと思う。





独りではないと証明する異論を。



20万Hitでございます!!
このサイト、立ち上げた当初は
「10万まで何年かかるかな……いや、その前に続けてるのか?」
とか思ってました、自分。
それもこれも皆様のおかげでございますvv
ありがとうございます!!
たっぷり甘くしたような気がする(おい)小説ですが、
いかがでしょうか?
元気に砂吐いてますか?(待て)
フリー小説ですので、もらってっちゃってくださいませvv
20万Hitのフリーはもう二つ上げる予定なので、
そちらはしばしお待ちを。
こんなものでよろしければどうぞお納めくださいませvv



ついに!ついにやっちゃいました貰っちゃいましたよ!私を沢猿にハメた神原様から貰っちゃいましたよー!(感激)
20万Hitおめでとうございます、神原様vそして(読んでる私も)幸せな甘々シカナルをありがとうございますvv
もう砂どころか勢い余って別のもんまでザラザライっちゃいそうな感じですよ!
一つでありたいけれど、一つになれば独りになるから、やっぱり一緒にいたい。思い合って手を握り合うような二人が素敵ですvv愛しています!(大告白)
これからもサイトの管理・更新、頑張ってくださいvいつか私も東京へ・・・!(いけるかなぁ/涙)


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