目を閉じて、開く。
その一瞬が好きだ。

ゆっくりと瞼を閉ざして眠り、起きる。
その瞬間が、好きだ。





五秒あれば







「俺、沢松が瞬きする瞬間って好きかも」
「は?」
 唐突に天国が言った言葉に、沢松が呆気に取られた顔をした。
 そして数度瞬きをする。
「……うん、やっぱ好き。つか全部好きなんだけどさ」
 臆面もなく天国は告白し、沢松をますます混乱させた。
 珍しいことにうっすらと頬を染め、それでも何の意図かわからないその言葉を考えるように眉をしかめた。
 何を突然。
 まさにそんな唐突さだった。

 たまの休日、多くの高校生なら遊びに出かけたりするのだが、この二人は休日の昼間に出かけることはあまりしない。
 ひたすら自宅で本を読んでいるか、研究資料をまとめているか、そんなところだ。
 彼らが出かけるのは夜。
 天国いわく、夜のほうが面白いことが多いから。
 そんなわけで、いつもの休日よろしく沢松は読書を、天国はパソコンをいじっていたりしたのだが、三十分ほど前からその作業を止め、沢松をじっと見ている気配は知っていた。
 何だ、と聞けば、別に、と答え、それでも視線は外されない。
 気になって仕方ない、と言っても天国はその理由は言わなかった。
 それが突然、冒頭の台詞に来るわけである。
 誰でなくても首を傾げるのは当たり前だと思う。

「……天国、もう少し人類にわかるようにしゃべってくれねーか? さっぱり意味がわかんねーぞ」
「俺が人類じゃないってどういうことだよ」
「……いや、言いたいのはそこじゃなく。そこじゃなくてだな、意味がわかるようにもう一度言ってくれ」
「沢松……お前、不憫だな。アメリカ暮らしが長かったからって、日本語の意味がわかんないなんて……」
「……いやいや、だからそこじゃねーって」
「じゃあ、俺の愛が足りないのか? もう一度愛の告白をしろだなんて……健ちゃん、大胆!」
「……………………………………………いや……だからさぁ…………」
 一つ溜息を吐いて、呆れるように苦笑した。
「……お前、わかってんだろ? ホント素直じゃないというか、捻くれ坊主というか。照れてるお前ほど可愛いヤツ見たことねーよ」
「なっ……」
 見る見るうちに顔を赤く染めていく天国に、沢松の苦笑顔が深くなる。
 今の会話の流れで天国が照れているのだとわかる人間はそうはいない。わかったなら、たいしたものだろう。
 耳の先まで赤くした天国は、その顔を隠すようにパソコンの画面に向き直った。
「……ホント、お前可愛いよな。どうしてそう、お決まりといえばお決まりな態度をするんだか……」
「か、可愛くない!! 俺は可愛くないし、お前はもっと可愛くないっ!!」
「俺が可愛くてどうする」
「……沢松が可愛かったらからかうに決まってんじゃん」
「んじゃ、そしたら俺は下になるのか?」
「……げー……スゲー考エタクネー……」
「ばっか、騎乗位ってのがあるだろ?」
「き、はぁっ!? ば、馬鹿だろ、お前!!」
「お前絶対あれだけはやってくんねーもんなぁ……ホント、照れ屋で可愛いヤツ」
「馬鹿! アホ!! 恥知らず!!」
「恥知らずとはまた、言ってくれるもんだな? いつも可愛く強請るくせに」
「……沢松がこんな下ネタ言ってくるやつだとは思わなかった……。俺軽蔑しそう」
「……お前、今本気で軽蔑してるだろ」
「今しなくてどこで軽蔑するんだっての」
「へぇ……? じゃあ普段の俺は軽蔑する余地がない、と?」
 沢松がニヤニヤと笑う顔を、天国がギリギリと顔を赤くしたまま睨みつけている。
 反論は、ないようだ。
 こんなに簡単に手玉に取れると面白くて仕方ない。
 まあ……沢松だからこそ、なのだが。もし他の人間が天国をからかったり、下品なネタを話題に上らせれば一瞬で氷のような冷たい軽蔑の視線を送られることだろう。
 なまじ顔が整っているために、その視線の冷たさは耐えかねるものがある。
 天国はしばらく沢松を睨んだまま何かを言おうとするが、やはり言葉は出てこない。
 図星を少し突かれただけなのに、反論も言えないその可愛らしい行動は何なのか。
 沢松はますます緩んでいく顔を止められずに喉で笑い始めた。
「……沢松のバーカバーカ」
「くっ、あっははは!! お前可愛い! マジで可愛いよ」
「究極のバーカっ!!」
「ははっ、いいよ、お前。ホント抱き殺したくなるくらい、可愛い。……く、くくく…っ」
「このやろう……もういい! 一ヶ月間俺に触るな!!」
「触るなって……じゃあ、言葉はいいんだな?」
「……やっぱヤダ。なんか嫌な予感する」
「勘のよろしいことで。んじゃ、罰には何を?」
 沢松は余裕の笑みを浮かべて天国を見ている。
 何を言われても、おそらく沢松はその罰の抜け道を探し出すだろうし、第一天国が沢松なしで一ヶ月間も過ごせるとは思ってもいない。
 悔しいが、その通りなのだから仕方ない。
 料理は沢松にとって別段変わりのないものである。むしろそれがどうした、と言わんばかりに一ヶ月完璧な料理を朝昼晩と作るだろう。
 罰になるはずがない。
 全ての家事……もやはり同じだ。天国は基本的に家事には手を出さない。言われれば完璧にやれるが、言われなければそのまま放置しても気にしない性格をしている。
 放置すれば沢松がやってくれるのだから、これもまた罰にはならないだろう。
 じゃあ何を禁止させれば沢松がこの余裕の笑みを崩すことになるだろうか、と考え。
 一つだけ思い当たった。
「……じゃ、俺を抱き枕にするの禁止。一緒には寝るけど、俺を抱きこんで寝るのはなしだ」
 ピクリ、と片眉を器用に上げた沢松に、ようやく勝ったと思ったのも束の間だった。
「無意識に抱き込んで眠っちまったら、どうすんだ?」
「そ、れは……鉄拳を一つお見舞いする」
「寝起きの俺が鉄拳食らったからって諦めるとも思えねーけど? むしろ両腕封じて眠りそうだけどな」
「……」
 ありえる。
 いや、絶対そうだ。
 そんなことは簡単に思い描ける。だからといって、一緒に寝るのを禁止すると困るのは天国だ。
 どうしようかと再度悩み始めた天国を楽しそうに笑って見つめる視線は、酷く柔らかい。
「天国」
 呼んで、手招きする。
 呼ばれた天国はむっと顔をしかめているが、特に嫌がる様子もなくそちらへと足を向けた。
 まったく、可愛らしい。
 そうして素直に行動するのが一番可愛いのだと言ったら、天国はもっと捻くれてしまうのだろうか?
 ……そんなことはないな、と確信している。
 天国は、基本的に素直な性質だ。ただ、あまりにも素直すぎるそれが不安で、沢松が少しずつ天国に疑う心と隠すことを教えた。
 素直じゃない、と度々沢松は言うが、それが一種の洗脳なのだと知ったら天国はどうするのだろう、とやや苦笑した。
 捻くれているのも、照れ屋なのも、全て天国が素直に沢松の言葉を飲み込んでいったからに他ならない。
 逆に言えば、それらが天国が素直なのだということを証明している。そのことは、沢松しか知らないが。
 手を伸ばせば触れられる程度に近寄ってきた天国の腕を引き寄せ、抱きこんだ。
「ぅわっ! ちょっと待て、抱き枕は禁止したぞ!!」
「抱き枕じゃないだろ? 起きてるし」
「屁理屈! つか揚げ足取り過ぎだっつーの!!」
「どうとでも。離す気、ないし」
「こ、の……俺様がそんなに好きか!?」
 沢松の変態! バーカ!! ついでに底意地の捻じ曲がった性悪男!!
 そこまで言って沢松の反応がないことに気づいた天国が、そっと顔を伺うと。
「……何でそんな、顔真っ赤なわけ?」
 耳が僅かに赤くなるほど赤面した沢松は、かなり珍しい。
 天国が不思議そうな目で見上げると、ますます狼狽して視線をさ迷わせた。
「っ、べ、別に……」
「俺、お前に顔を赤くさせるようなこと言ったっけ?」
「だから、何でもねーって……」
「底意地の捻じ曲がった性悪男、じゃないよな。馬鹿はさっき何度も言ったし、変態も別になぁ……まあ、そんな言葉で顔赤くしたら俺は心配するね。マゾになったのかって」
「俺がマゾになったら嬉々としていじめそうだよな、お前」
「……知らなかったな、沢松って都合が悪くなるとさりげなく話題すり替えようとするんだ」
 今度から沢松が話題変えたら何処が都合悪いのか、よく考えよ。
 呟いて、先ほどの自分の言葉をもう一度振り返った。
 沢松は話題をすり替えようとしたのがバレてしまって気まずいのか、依然と顔が赤いまま黙っている。
 それでも天国を抱きこんだ腕を離さないところは流石と言うべきか。
 天国の肩口に頭を置いて顔を隠す。
「変態の前は……俺様がそんなに好きかって……あれ? なぁ、そういうこと?」
「……何が」
「お前、そんなに俺のこと好きって態度とか言葉で示すくせに、人に言われんの恥ずかしいわけ?」
「……知らねー」
「知らぬ存ぜぬで回避出来たらよかったのにな? 俺はそんなに優しくないぞー」
 白状しろ。
 嬉々として言わせようとする天国の肩に頭を置いたまま、けれどしっかりと耳は赤い。
 何も言わなくても、それだけで言ったも同然だ。
「ふーん、そっかー。お前はこれに弱いわけか。いいこと聞いた」
「……サドめ」
「俺サドだもん。あーいいこと聞いたなぁ今度からこれで脅そうっと」
「……」
 開き直りってせこい手も俺には残ってんだけどな?
 そう言おうとしてやめた。言って薮蛇を出してしまうのは避けたい。……天国に今だけ弱みを握らせて喜ばせておくのも大切だと、腹黒く計算している頭もある。
 天国がそれを聞いたらきっと盛大にブーイングをして、性悪男の次は腹黒男、と言われてしまうだろう。
 それが沢松に効くかどうかは別問題ではあるが、そんなミスをするような男ではない。出すべきカードは心得ている。心底追い詰められて、何処をどうあがいても無理だと思った時にジョーカーは出すもの。
 切り札は、勝負の最後で勝ち誇っている相手に静かに切り出すものだ。
 沢松は今の顔を天国に見られないことを幸いに、唇の端を上げる。
 ……その沢松の思考を知っていれば、サドはどちらだと天国は憤慨したことだろう。
 ふっと息を吐いて顔を上げた。
 瞬きを一つする。
 その様を間近で見た天国は嬉しそうに両手を沢松の頬に添えた。
「……うん、やっぱすげー好き」
「何でだ?」
「……さあ、何でだろ?」
「言いたくないって?」
「そ。俺だけの秘密」
「ふーん?」
「……なんっか、沢松っていっつも訳知り顔だよな?」
「そうか? ……ま、それは俺の秘密ってことだな」
 けち、と呟いてじっと沢松の目を見つめる。
 まるで面白い玩具か、綺麗な宝石でも見ている子供のようだ。
 沢松は間近でじっと見つめてくる琥珀色の瞳を見つめ返し、苦笑した。
「……俺は、お前が眠って起きる瞬間が好きだけどな」
「へ?」
「お前と同じ理由で」
「へ……ぇ?」
「好きだよ」
「……」
「……さ、寝ようか?」
 目元をうっすらと染めた天国が複雑な顔をして頷くまで、たっぷり五秒。
 目的のものを勝ち取るのには五秒あれば充分だ。







目を閉じて、開く。
その一瞬が好きだ。

ゆっくりと瞼を閉ざして眠り、起きる。
その瞬間が好きだ。





瞬きをする貴方は無防備だから。



眠っているお前は無防備だから。



無防備な貴方・お前を独り占めできる、瞬間。
それが、好き。





甘々……のはず。
たぶん……。
ま、こんなもんですよ!!(ヤケ)

天国結局抱き枕決定ー(笑)
腹黒い彼氏を持っちまった君が悪いのです(おい)
私はそんな沢松君がかなり好きです(お前が元凶だ)
ともかく、20万Hitありがとうございます!!
こんなものでよろしければどうぞお納めくださいませvv


神原紅獅様から200000Hitフリー2作目の、沢猿!!ですvv
もう私はこのカップリング絶滅危機種にしていしてもいいかと思ってたくらいだったのですが、
最近ではちょっとずつ増加傾向にあるこのCP小説に幸せを感じていたり・・・
でもやっぱりこの方の話に勝てるものは早々いないですね!
思い合う二人は勿論のこと、沢松には甘えて弱みを握られているけど享受してる天国と、
天国第一主義で天国に依存してる気がしてもめっちゃ格好良いタラシと化してる(天国限定)沢松!
彼らを見て幸せじゃないなんて言えるか!?無理でしょう!!私は無理です(断言)
神原様、素敵な沢猿をいつもありがとうございますー!vv

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