風が吹く

現とも幻ともつかぬ花の香を乗せて 暖かく乾いた風が

血臭立ち込める俄かの戦場において、酷く不似合いな(それ)に、木の葉の額当てを着けた暗部は面の奥で微かに目を細め、己以外でこの場に立つ只一人に無造作に腕を振った。


「行け」


冷やかで無機質な声を合図に、腕一本落とされた忍がすかさず駆け出す。


――怯え、逃げ出すように


暗部はその背を見送ること無く、晴天の夜空を仰ぎ、その表情を隠す面を明るい月光に曝した。

禁忌とされた狐面。全身を包む黒装束の所為か、それは夜の闇に浮かんで白く映えている。


「い――ち、に――い、さ――ん・・・」


間延びした声で数を数えていく。―――ぽつぽつと青い火が凄惨な光景を生む死骸をやきつくす中で、身じろぎもせず。


「じゅうに、じゅうさん、じゅうし・・・」


その姿は、多くの死を纏わせる者としては豪く幼い。

この場に立つことが任務の一環である事をも感じさせぬ振る舞いは、見るものが見れば不敬罪として捕われてもおかしくはない。

しかし、この場には彼以外誰もおらず、数を数える声が諾々と響くのみだ。


「じゅうしち、じゅうはち、じゅうく・・・」


にじゅう。


「もう、いい、かい?」


節を付けて、軽やかに唄うのはお決まりの文句。だが、当然のように声は誰からも返ってこない。

クツリ、かくれんぼの鬼は小さく喉で一声笑って、戦闘の痕跡は愚か、血臭すらなくなった場所から、闇にその身を溶かして消えた。



**出会いは桜と共に**
〜かくれんぼとおにごっこ〜



:壱:

 月光も差さない、暗い闇の満たす森のなか。獲物を探して目を光らせる獣達以外に、他愛ない気安さで静粛を破る者達がいた。

「ちょっと、なんでアンタまでいるのよイノブター!」
「あんただけサスケ君と花見なんて甘いのよーデコリーン!」
「どうでもいいから離してくれ・・・」

サスケを挟んで早速喧嘩を始めているのは当然ながらいのとサクラだ。

「いい天気だってばよっ!」
「モグ・・・雨降らなくてよかったね〜」
「つーかなんで俺まで・・・メンドクセー」

先頭を歩む三人の後から進むのは、女子2人の喧嘩から逃れたナルトと、しっかりお菓子の袋を抱えて食べながら返事をするチョウジ、そしていかにも面倒臭いといった態度でのんびり歩いているシカマルである。
10班の彼等は、7班の夜桜見物情報を掴んできたいのに強制連行されて来たのだ。

「ま、花見には良い日和だよねぇ」
「しかし何だって夜なんだ?」
「昼間は任務だし、明日休みだからでしょ」
「よ、夜桜が綺麗な所、サ、サクラちゃんが・・・」
「オレらはナルトに誘われたんだぜー!」
「夕方たまたま会った」

更にその後からカカシ、アスマ、紅の7,8,9班の担当上忍と、キバ、ヒナタ、シノの8班メンバーが続く。彼等は、夕方の任務帰りに、同じく任務帰りのナルトに会って誘われたのだった。

 わいわいがやがや。普段ならばシンと静かな森の中に、賑やかな声を響かせながら、明りも無しに危なげなく進んでいく忍の集団。

20分ほど歩いただろうか、時間としてみれば忍としては何でも無い長さだが、如何せん足場が悪く、森の奥へ奥へと進む毎に深まる闇が不気味さを増していく。

「ねーまだなのー?」

一番短気なタイプのいのが、不安とも不満ともつかない声を上げた。息を乱すこともなく歩き続けているが、その腕はちゃっかりとサスケの腕に絡めたままだ。

「もう、そろそろのはず・・・」

体力の無いサクラは僅かに息を乱して答える。因みにその手はいのの腕に対抗するようにサスケの服の裾をしっかりと掴んだままである。サクラが答えてからふと目を凝らすように前方に視線を向けると、キバの服の中にいたらしい赤丸が、突然一声吠えた。

「赤丸はなんて?」
「すぐ近くに桜の匂いがするってよ!」

明るく弾んだ声でシノにキバが答えると、木々の向こうにぽっかりと拓けた闇の穴が見えた。その中へ真っ直ぐ歩いていくと、木と闇で狭められていた視界がパッと開けて――

「うっ・・・わぁ・・・」

 目の前の光景に、誰もが感嘆の溜め息を吐いた。

 そこにあるのは、たった一本の桜の木だった。
しかし樹齢何百年にもなろうかというどっしりとした幹に相応しく、大きく腕を広げる枝々には、小さな毬のようなまとまりになった花々が咲き誇り、月光を受けて淡く輝いて見えた。










「見事だな・・・」
「散り際の満開ね・・・」

早速木の下に駆けていった子供達を見送り、アスマは桜に見入りながら呟き、それに並んだ紅が風に舞ってきた花弁を手に取りそっと微笑む。

 桜は散る時が一番美しい。

 それは誰が言った事だったか。
花弁を霞の如く散らす様は至極儚く、しかし更なる緑を宿し、命を次へ継がせる姿はとても力強いものだ、と。

 相対する盛衰を同時に見せながら時を刻んでいるのだ、と。

「アスマ先生〜紅先生〜早く早くっ!」

じっと桜に見入っていた2人が元気なキバの声に呼ばれて近付くと、先に桜の元に駆けた彼等は早速敷物を広げ、桜の木の下・・・から少し離れた場所に陣取ってそれぞれの夕食を広げ始めていた。

「何だい、木の下じゃなくていいの?」
「そ、それは、ナルト君が・・・」
「木のすぐ下だと肝心な桜が見えなくなるってばよ!」

紅は呼び寄せられた8班の近くに行き、素朴な疑問をお茶の入った湯呑みを手渡してくれたヒナタに向けると、吃ったヒナタに被る様にしてナルトが答えた。

「ドベでおちこぼれ」のナルトが如何にも風情を楽しもうというその考えを持っていることに多少驚き、そしてまた感心していると、横からアスマの茶々が入った。

「うずまきは花より団子っていう方だと思ったけどな」
「アスマ先生シツレイだってばよ!俺だって花見くらいするってば!」

シカマルとチョウジが座っている近くにどっかりと座り込みながらのアスマの揶揄いに、ナルトが怒って食って掛かる。わかったわかったとでも言うように、アスマは金色の頭をくしゃくしゃ撫で、「まあ座れ」自分の隣を叩いて見せた。

「お邪魔しま〜すってば!」

すぐさま機嫌を直し、アスマが叩いた場所――丁度シカマルとアスマに挟まれる位置に腰を下ろした。ナルトがいつものようにサスケやサクラに構いに行かないのは、つまり・・・

「ちょっと―いい加減にサスケ君から離れなさいよ、イノブター!!」
「あんたなんかとサスケ君を二人っきりにさせるわけないでしょーデコリーン!」
「・・・二人っきりって・・・俺の存在は全く無視なのね・・・」
「「カカシ先生鬱陶しいです」」
「アハハ・・・それより二人とも、そろそろ止め・・・」
「「先生は黙ってどっかに行っててください!!」」

たった今打ちのめされて、トボトボと意気消沈気味にカカシが離脱した戦場に、わざわざ入って二人の少女が撒き散らす戦火に巻き込まれたくないからだった。

それにしても仲が良いのか悪いのか、本当に解り難い二人である。尤も、何よりも哀れなのは、最後の助っ人(無力)にすら捨て去られたサスケだろう。遠めに見ても、彼はこの数十分間で断然に窶れてしまったようだった。

「サクラちゃん・・・あーいう時は近づきたくないってば・・・」
「ナルト、お前『サクラちゃん好きィーv』なんじゃなかったのか?」
「そうだ、止めに行かなくて良いのか?」

カカシの青暗い背中を見やり、ふと思いついた風のシカマルの何気ない発言に乗って、再度茶化すアスマに対し、ナルトは胡乱気な視線を送った。

「なんならアスマ先生が行ったら。俺は止めないってばよ」

言外に、あの二人を止められるものならお前が人身御供になれ、と告げている。珍しく何かを悟ったような目をしたナルトからは、明らかな諦めとアスマへの非難と、絶対に巻き込まれたくないという拒絶の空気が漂っていた。

アスマはそんなナルトを見、未だ喧嘩中の二人を見、またナルトを見て・・・

「わ、悪かった」

謝った。

「まったくだってば!――うわっ!?」

ナルトは憤慨したように顔を背け、そして突然の浮遊感に驚きに近い声を上げた。自分の体を持ち上げた腕の主を見ようと、首を無理に後ろに向けて見上げると、

「そうだぞ〜こんな可愛いヤツを、あんな戦場よりも怖ぇところに行かせんじゃねえよ」
「奈良のおっちゃん!?」
「親父!?」

シカマルの大人版ともいえる奈良シカクがそこにいた。さらに、その後からは――

「よう、楽しそうじゃねぇか」
「美味いもんもってきたぞ〜」
「やあ、お邪魔するよ」
「秋道上忍に、山中上忍まで・・・」

実ににこやかに、元祖猪鹿蝶トリオが集まった。因みに、この挨拶の合間に、シカクはちゃっかりとナルトを膝に乗せてアスマとシカマルの間に座り込んでいる。

「なんで親父たちがいるんだよ・・・」
「里の特別な花見場にガキ共が集まるって聞いたもんでな」
「特別・・・?」
「あら、私たちもいるわよ!」

シカクの返答に引っかかりを覚えたシカマルが視線を向けるが、別の人間に遮られた。

仁王立ちになって登場したのはみたらしアンコだ。彼女の後ろには酒瓶やつまみの袋を持ったゲンマやハヤテ、イズモにコテツなどなど、特別上忍と特別中忍の団体が楽しそうな笑顔で立っていた。

 シカマルはなんだってこんなに上級忍ばかり集まるのか、と驚き訝る声を上げたが、シカクは何も疑問に思っていない様子で適当に返事をする。その手はまだナルトの頭をかいぐりしているままだ。

 だが、それを大人しく黙って見ている連中ではない。シカクの対面に回ったアンコは早速団子の串を振り回しながらシカクに突っかかりにかかった。

「ちょっと奈良!あんたばっかりナルトを独り占めしてんじゃないわよ!」
「こういうのは早い者勝ちだ」
「自分の息子を構えばいいじゃない!」
「より可愛いほうを可愛がりたいっつーのが人情ってもんだ」
「少しはこっちに寄越しなさいよ!」
「ヤダね」

会話だけ聞くと玩具を取り合う子供の喧嘩だが、それをしているのは列記とした木の葉の実力者たちである。いつまでも子供の心を忘れないのはいい事だと思うべきか、大人気ないと呆れるべきか。
アスマが形だけは仲裁に入ろうとしているが、ナルトの隣という位置を動こうともしないので、事態は一向に収まることはなかった。
一方、シカクと口喧嘩しているアンコを放ってちゃっかりとシカクの斜め前・・・アンコに邪魔されずにナルトを見れる位置にいたゲンマとハヤテは、持参した酒瓶ともう一本を抱え込んで飲み始めていた。

「この二人はどういうときでもやることは変わんねぇな」
「まぁ、ごほっ・・・仕方ないんですね、可愛いものを手元に置いておきたいのは、ごほっ・・・人の性でしょうから」
「俺は鑑賞してるだけでも面白いからいいけどな」
「ごほごほっ・・・手元にあれば尚・・・でしょう」
「まぁ確かに」

傍観者たちは鑑賞を楽しみながら、無責任な、しかし少し黒味を帯びた一般論を好き勝手に言い合っている。

「オレってばモノ扱いだってばよ・・・」

相変わらずシカクの腕の中でかいぐりされているナルトが、のんびりと桜の花を見上げながら、背後と正面で交わされる平和な声を聞きつつ溜め息を吐くと、目の前に液体が入ったコップが差し出された。

「まぁ、飲め」

シカマルである。シカクが持ってきた一升瓶から手酌で飲んでいる。銘は、この花見に肖った『桜雨』だ。幻の、とまではいかないが、蔵元が一年がかりで限定40本だけ作る名酒である。

「ありがとうってば」

小さく笑ってナルトがコップを手にすると、シカマルがトプトプと注ぐ。シカクの息子としては中々にして酷い扱いを受けているはずなのだが、本人は気にした様子はない。慣れているのだろう。

「おい、シカマルっ!お前勝手に俺のとっておきを開けんじゃねぇ!」

息子に先に開けられてしまった酒に気づいたシカクは、アンコとの喧嘩のノリのままに息子を咎めた。気づけばその手の中には『桜雨』が収まっている。
 青筋を作りながらも目では笑いながら怒る、という3つを器用に実行しながら言うシカクに、うるうると目を潤ませたナルトが訊ねた。

「お、オレも飲んじゃダメだってば・・・?」
「ナルトはいいんだ、ナルトは!」

いや、良くない。彼らはみんな未成年である。

「何だよそれ」
「じゃあシカマルもいいってばね?」
「へ?」
「・・・・・・・・・」

おずおずと上目遣いで見上げたナルトにKOされつつシカクがかいぐりするのに対し、シカマルが理不尽さに噛み付こうとすると、ニッコリ笑ったナルトの言葉で些か間抜けな声を上げ、シカクはぐっと押し黙った。
 血筋的には赤の他人であるナルトがいいならば、息子のシカマルは当然許されて然るべきだ、と輝く笑顔で言っているのだ。いかにも正論のように見えるが要するに単なるオネダリだった。

「ね?」
「・・・仕方ねぇ」

笑顔の圧力にシカクはやむなく屈し、自分の杯に一杯注いでからシカマルに瓶ごと『桜雨』を渡した。
 そんな光景に、ずっと傍観者(鑑賞者)に徹していたゲンマとハヤテが朗らかな笑声を上げた。ゲンマの手の中には2本の酒瓶があり、自ら持ってきた『汐翔』と、『月時雨』という名の、やはり名酒だった。もちろんシカク持参のものだ。

 ちゃっかりした同僚に「お前らなぁ・・・」と呆れたような、諦めたような笑みを浮かべ、どこからともなくもう3,4本の酒瓶を取り出し、ナルトを背後から抱きしめたまま、それを円の中心に置いた。酒好きの男たちの視線が一斉にそちらに引き寄せられると、シカクはニヤリと彼らに笑い、声も高らかに宴の盛り上がりに火をつけた。

「いつもの催主は残念ながらいねぇが、野郎共っ今日は飲め飲めェ!!」
「オオ――――――!!」

気前のいいシカクの号令が上がると、その場に円座を組んでいた野郎共(一部女性含む)が威勢良く歓喜の雄叫びを上げる。既に酒が入っている所為か、ノリノリのテンションでその場は酒宴の会場と化した。

 月は真ん丸、気分は急上昇中。サクラとイノも喧嘩を止めて、花見と酒宴を楽しみ始めた。――盛況な宴に、水を差すものが現れるとは、この時は誰も思っていなかった。







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