守る、言葉
じっと彼がこちらを見る視線に気づく。その視線は、半ば怒っているようで、
半ば…悲しいのと、不安なのが交じり合ったようなモノだった。
無言の抗議のようだったけど、その内、必死でなにかを言いたいのだと、解る。
今。レヴィさんに会って。沢山のモノを見聞きして。ついこの間まで、普通の高校生だったのが嘘のように、人間離れした事ばかりを学んで。人間じゃないモノにも嫌というほど遭遇して――
あの日のことは、忘れ様もないけれど。
忘れるなんて、とても出来ない事だけど。
やたらと美人なこの「大人達」にあって、切れそうだった糸が、ほんの少しずつ解れて、余裕というものが、何とか取り戻せた気がした。
そんなある日、今まで一緒にいてくれた彼・・・カルノのそんな視線に出会ったのだ。
そう、それはまるで―
『俺はもういらねぇのかよ?』
と小さく囁くような、それでいて、心を強く揺らさ振るような視線だった。
ふい、と彼が目をそらす。見ていた事を気づかれたのが癪だったらしい。あまりのらしさに、クスリ、と笑って、前を歩くカルノの隣に行って。呼びかけた。
「何?」
言いたい事は解っている。多分。でも、ちゃんと本人の口から聞きたかった。
「・・・・・・」
沈黙。ぐぐっと眉間に皺が寄っている。彼の見栄が邪魔しているらしい。カルノはひたすら前を見て歩く。
「カルノ?」
どうしても言いたくないのだろうか。
「・・・・・・」
言いたくないらしい。その代わり、彼はまた、今度は正面からじっと自分を見つめた。さっきと同じ目で。
やはり、どこか哀しげな目に、一瞬吸い込まれそうになる。彼の凄い美貌には見慣れているはずなのに、時折する、ちょっとした表情や動作に目を奪われてしまう。
「・・・・・・――」
「・・・イブキ?」
今度は向こうが、怪訝な顔をして聞いてきた。内心慌てて笑顔を取り繕う。珍しく来たド田舎だ。きっと、滅多な事がなければ、人は来ない場所。聞かれやしないだろう。
「俺ね、嬉しかったんだ」
流暢とはいえない、でも、たった二ヶ月で叩き込んだにしては、上出来だと思う英語でゆっくりと喋る。突然の第一声に、カルノは妙な顔をして、人通りのない小さな路地の壁に背をついた。話しを聞いてくれるらしい。
「まさか君が、あの浜辺にいてくれると思わなかったから。・・・俺を待っててくれてるなんて、思わなかったから。だから、嬉しかったんだ」
何を言いたいのか、自分でも分からない。ただ、自分の今の気持ちをそのまま言葉にしたかった。
「分けわかんない夜が過ぎて、家族がいなくなって、周りが全然見えない世界に閉じ込められたみたいで・・・正直、ちょっとだけ恐かった」
大きな爪痕を遺して抉り取られた家と家族と、平和な高校生活。心は無残に変わり果てた家の跡地みたいにぐりぐりと抉られて、時が経つごとに麻痺して痛みの感じなくなって、感じなくなってきたことも、更にショックだった。
事件を忘れる事はない。
痛みに耐える事も出来る。
それよりも、痛みを忘れる事のほうが恐かった。
自分が忘れれば、家族にも忘れられてしまいそうで。
「俺が九州に行ったのは・・・カルノに九州に来てもらったのは、多分周りから逃げる為なんだと思う。・・・ずるいんだ。俺はずるいから、君にも九州に来てもらった」
「・・・・・・なんで俺があの田舎に行ったらお前はずるい人間になるんだよ。「暇だったから」って言っただろ」
「うん。君があそこに行ったのは、そういう理由だったんだ。俺は・・・俺が行ったのは・・・」
「・・・・・・」
「・・・単に、君に会いたかったから。あの事件を本当に知る君に会って・・・傍にいて欲しかったからなんだ」
気持ち。面と向かって話すには、大分恥ずかしい事だけど、言ってなかった気がしたし、なんとなく、今言わなくちゃいけないと思ったから。真正面から彼を見詰めて言う。
「・・・・・・寄り掛からせて、欲しかったんだ」
事件を思い出すだけで、視界を真っ暗に染めて、敢えて何も考えないように、自分で自分の記憶を閉じ込めていた。
家族という支えを失った穴を、カルノという、得体のしれないけれど、一緒にいるだけでどこか落ち着く事の出来る、安心できる彼に、一緒にいて埋めて欲しかったのかもしれない。
かなり我侭だとわかっているし、自分と一緒にいる事が、彼にとって良い事なのか、わかったものではないれど。
「・・・・・・それは・・・今はどうなんだよ?」
「・・・え?」
「今はどうなんだって聞いてんだよ」
意外すぎる質問に、目を丸くする。彼がそれを聞くとは思っていなかったから。
戸惑って、戸惑いながら、言う。
「今も・・・一緒にいて欲しいって思ってる」
押し付けなのかもしれないけれど。
カルノから目を逸らしたかった。反応を見るのが恐かった。迷惑そうな顔をするのだろうか。思い切り眉を寄せて。・・・しかし。
「・・・・・・――」
考えとは別に、彼はその紫の目をすっと細めて、微笑んだ。気の抜けたような笑みだった。
もっとも、すぐにいつもの微妙な仏頂面に戻ってしまったけれど。
「行こうぜ」
と呼びかける声は弾んでいた。
やはり彼は自分の前を歩いて行く。その隣に追いついて、ちらりとこちらを見る。
ぼそり、と小さく。本当に微かな呟き。聞き逃さなくて本当に良かったと思う。
――よかった。
勇吹の答えに、ほっとしたような呟き。彼は、自分といて、少しは安心できるのだろうか。自分は・・・彼の支えになれているのだろうか。そういう一抹の不安を、少しだけ取り除いてくれる一言だった。
end
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