≪1≫
栄の誕生日が終わり、大人たちの手によって屋敷の片付けが粗方済んだ後、長く延びた弔問客の列が落ち着いた頃を見計らって理一に連れられ復旧したばかりの携帯だけを手に出頭した健二は、先に出頭した侘助や理一が手を回してくれたらしく、非常に丁寧に謝罪されてから事情聴取を受けた。
謝罪理由はもちろん、全くの無実だったにも関わらず、全国区で犯人扱いの報道を流された、ラブマ事件発端のニュースについてだ。
しかしあまりの平身低頭の謝罪っぷりに、陣内家の4十代独身男たちが掛けた手綱が見え隠れしていて、逆に申し訳ない気分になった。
そうして約1時間、不思議なほど、ラブマシーンと戦った経緯やあらわしが陣内家の庭先に落ちた事は話題出なくて、覚悟していたよりも遥かに短い時間で――それこそ、誤られていた時間の方が長いくらいだ――解放された。
長野県警の玄関を潜りながら、事情聴取にカツ丼ではなくお茶とお菓子が出されるなんて新鮮だ、と妙な体験に苦笑する。
できれば二度と関わりたくないが。
帰りはパトカーで送るという人達の声は、ヘルメット片手にどこからかさっそうと現れた理一の笑顔一押しで静まり、サイドカーに乗せられて軽やかにスルーされた。パトカーに乗せられるなんて、それこそ容疑者の連行みたいで冗談じゃないと思っていたのだが、理一は自分以上に思うところがあったのか、笑顔が目に痛いくらい煌めいていて。・・・下手をすれば誘拐まがいに見えなくもないのに、誰にも止められなかった事実もどうかと軽い眩暈に襲われたりしたが。
健二の複雑な心情も知らず、本来ならば東京の自宅へ帰らなければならないのだろうが、やはりというかバイクは陣内家に向けて引き返す道を駆けていく。
「さ、帰ろうか」
「あ……はい…」
帰ろう、と言って当然のように差し出された手が嬉しくて、少し気恥ずかしい。
そんな紛れもない好意に悪いと思ったが、大人しく乗り込んだサイドカーで、本当に帰る先は違うのだ、と東京の自宅へ送ろうとしてくれていた警察で実感する。
帰り道はぽつぽつと聴取の内容を話したり行きと同じように自衛隊の“ちょっと言えない部署”の勧誘を受けたりしながら、街灯の少ない道を戻った。
途中に一度だけ、
「…僕なんかがあの家にまたお邪魔して良いんでしょうか…?」
家の復興だって、大体片付いたとはいえ今からが大変なんだろうに。
と弱音を吐くと、理一は長い腕を伸ばしてヘルメット越しに頭を撫でてくれながら、
「健二君を連れて帰らなかったら俺が全員に怒られてしまうよ」
と事も無げに笑って言った。それに、僅かな安堵とほこりとした幸せと――相反する胸の痛みを感じながら、体を丸め立てた膝に顔を埋めて帰路を辿った。
解っていた返答を敢えて求めてしまった自分が情けなくなる。
陣内家の懐の深さは、この三日間で十分に体感していても…しているからこそ、東京の家に戻った後のことを考えて、またしくりしくりと胸が痛んだ。
家に帰る、それだけの“当然”がこんなに苦しくなるなんて、陣内家に来る前は知らなかったのに。
いつの間にか眠ってしまったらしく、気づくとどこかの部屋の布団の中だった。
ずっと持っていたらしい携帯で時間を確認するとまだ宵の口で、よく耳を澄ますとどこかから大人組の宴会の声が聞こえてくる。栄おばあちゃんの誕生日会の続きだろうか。
本来あるはずの湿っぽさを抜きにしたようなハッピーバースデー。
それでも、みんなふとした時に目を潤ませ涙を滲ませていたのを知っている。
「僕は・・・結局泣けなかったけど・・・・・・」
本当の身内じゃないってこう言うことなのかな。
ぼんやり考えていると、布団に放り出していた携帯がシーツの皺を掻き分けるようにぶるぶると震えた。
開いてみると、見慣れた扁平なドット絵のアバターが暢気な笑顔でクルクルと回っている。その下にはすっかり記憶している番号が表示されていて。
「・・・はい・・・?」
『よぅ、世界の英雄!休みを満喫してるかぁ〜?』
「英雄なんて…それは佳主馬くんや夏希先輩のことだよ。まぁ…満喫してるけど」
『そういうなって。お前管理塔のパス解いた時点でかなりの英雄だぜ?満喫してるなら良かったけど。どうせ課題は終わってるんだろ?ここまできたら存分に甘えてこいよ』
「そんな…だってバイトも残ってるのに…」
『それくらいどうにでもしてやるって。…なんだ、そんなに帰ってきたいのか?』
「それもあるけど…ねぇ、敬、この家の人はみんな優しいけど、やっぱり僕が帰るのはそこなんだ……」
何を今更なことを言っているのだろう。自分でも上手く掴めないまま、現状をもどかしく思う気持ち。そんな本音を吐き出してしまうのは、電話口の佐久間だからこそ、なのだろうけど。
『…健二……お前、明日朝イチで帰るなんて事はないよな?』
「そりゃあ…何日かはいるように言ってもらえたけど?」
『そっか、そりゃあよかった。……なぁ、昨日"栄おばあちゃん"の葬儀だったんだろ?』
「うん。お葬式っていうよりお誕生会って感じだったけどね。皆で歌唄って、バーベキューセット出してきて弔問客の人たちに振る舞ったり」
お悔やみに来る人が坂の向こうまでいたよ、と言うと、笑い混じりにほんとパネェな陣内家、と返された。
まったく実感をもって頷ける言葉だ。
『それで…お前は…?』
「僕?…事情聴取行ってきたけど……」
特に大したことなかったどころか、お茶とお菓子でもてなされたと言えば、回線の向こうから安堵した声で当然だろと返された。
『じゃなくて……ちゃんと泣いたか…?』
「まさか。……たった二日の出会いだったもの、そんな資格もない」
『…バッカだなぁ、お前…』
「…何だよ、それ?」
心底呆れた、というふうな口調の佐久間にムッとして返すと、『なんでもないけど明日の昼過ぎまではそっちにいろよ!』とだけ言われて切られてしまった。本当に何がなんだかわからない。
電話を切ると、一人の部屋の静けさが更に増した気がする。耳を澄ませばまだ宴会は続いているようだったが、さすがに今からそちらに混ぜてもらう気にもなれない。
もう大人しく寝てしまおう、と暗闇に慣れた目で室内を見渡せば、印象にある掛け軸と、薄く開いた障子窓の向こうの部屋に、やっと現在地が知れて――
堪らない気分で布団を被った。
悲しみに麻痺したこころ。
目覚めたのは栄の部屋の隣
ひとこと>
はじまりはスーパーネガティブ健二さんから