ささやかなイジワル
その日は、珍しく、そして、久しぶりに新一から外出のお誘いがかかった。内容はといえば、
「たまには外に食べに行くか?」
という、お昼どうするー?と新一に聞いて、返ってきた答えだ。
そして、「健康の許容範囲にギリギリ収まるくらいの不健康な物が食べたい」という妙なお姫様の注文で、その日の昼食は決まった。
向かったのは最寄りの駅前にあるマ●ドナル●。家に持って帰るのは面倒だということで、店内で食べることにした。
―店内に入った途端、お約束のざわめきが起こったが、いつものことだし、隣にいる、大半の元凶とも言える恋人は、その辺りには疎いので、全く気にした様子はない。というか、多分わかっていないだろう。ざわめきを聞いたところで、「なんか騒がしいな」と思うだけだ。
気にしないようにしていても、あまりに煩く絡み付いてくる視線の嵐に、途方もない苛立ちを適度な範囲で隠す。本当は睨みつけたかったのだが、前にも見境なくそれをして、新一にしっかり怒られたので、必死で我慢する。
まあ、恋人持ちだとか、いかにも独り身の男性だとか、たむろっているガラの悪そうな男共などに殺気をふんだんに込めた視線を送ったが。
彼らの視線は、まず間違いなく、自分の隣に佇む美貌の恋人に注がれている。
自分も一応見られているのは解るが、何度確認しても、こっちの方向に向いている視線の殆どが彼に集中しているのだ。
(あ〜もう、蹴散らして周りたい!!)
という衝動を、寸での所で思い留まり、新一と共に、カウンターに近づいた。レジの近くに立っていた店員の女の子は、こちらを見たまま固まっている。
自分達に見蕩れている、というのがすぐに分かって、ニッコリと笑いかけてやると、我に返ったらしく、それでも赤らめた顔のまま、上ずった声で「ご注文は!?」と聞いてきた。
新一の方を見ると、何か考え込んでいるようなので、先に頼む事にした。
「ビックマックセットに、ナゲット5ピースに、アップルパイとカスタードパイと・・・」
他に二品頼んだ。勿論、そこにフィレオ●ィッ●ュは入っていない。
すごい量だな、と新一にいつも言われるが、新一の食べる量が少なすぎるのであって、健康優良児の快斗にとってはこれで普通の量だ。
男達が食べる量というのに慣れているのか、快斗の注文にも店員は驚きもせず、無料のスマイルを投げかけ、注文を復唱しながらレジ打ちしている。
「ドリンクは?」
「アイスティ」
と短く短く答えた。
「ぉ、ぉぉおおお連れ様のほほほうはぁ〜?」
思い切り吃っている。わからない事もないのだが。だって、新一は本当にキレイなのだ。
整っているというより、寧ろ完璧な作りの繊細な顔立ち。頬を飾る、濡れたように艶やかな―本当に濡れた時はそれに強烈な色気が加わるのだけれど―黒髪。全てを見透かす蒼い目。細い肢体、スラリと長い四肢―
ああ、神様ならぬ新一のお母様ありがとう!!
どこぞのお空の下にいつ、彼がしっかり美貌を受け継いだ女性に、祈りを捧げることもしばしばある程だ。
「ハンバーガーセット1つ」
「ドッ、ドドドドドドドリンクはぁ〜〜?」
吃っている。その上、声はやはりというか、しっかり上ずっている、緊張しているらしい。それはそれで可愛いが、やっぱりアノ時の新一が一番カワイ・・・
ドカッ!!ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり・・・・・・
「いっっ・・・・・・!!?」
可愛い、と頬が緩みそうになった途端、この仕打ち。下方の床の上では新一の、少し底が固そうな靴で快斗のそれ―特に足先のほう―をぐりぐりしている。新一は「変な事考えてんじゃねぇよ」と視線だけで伝えてくる。
サスガは名探偵、自分が考えた、ほんの少しの煩悩でさえも察知したらしい。しかも、すぐにニッコリと笑顔になって、全く何にもありませんでしたとでも言うふうに、痛みに堪えている快斗をしれっと無視してドリンクを注文する辺りは、伊達に長年猫被っているだけある。
・・・・・・工藤新一の面の皮はきっと、地層よりも厚いんだろうと思った。
トレイに並べられたものを確認し、会計をして―勿論快斗が払った―から、適当な席を探し、禁煙席を選択して座った。席の移動中、席に座ってから、快斗が何を考えていたのかというと・・・
(こらっそこ!目の前の彼女にだけ集中してろよお前!オイコラ、ヒゲ!イヤラシイ目して見てんじゃね―!!!)
などなど。勿論、新一を見ているのだ。男女問わず、というより、どちらかといえば男の方が多いような気がするなんて考えてはいけない。否、思ってもいけない。
表面上では普通にしていたが、内心では怒りのゲージがフツフツと上がっていく。
が。
それどころではないものが迫ってきた。
ピタリ、とビックマックとナゲットを平らげ、ポテトに伸びていた手が止まった。新一の方を見ると、食べかけのハンバーガーを持ったまま、上方をじっと見詰めている。そして、また食べ出した。
・・・考え事をしていたのか。
・・・微かに楽しそうな笑みが浮かんでいる気がするのは、気のせいだろうか。
・・・・・・気のせいであってほしい。
ちゃらら〜〜♪と陽気でイマイマしいイントロが流れてくる。ザーっと血の気が引くのがわかった。
ハンバーガーを食べ終わった新一は、烏龍茶――何でコーヒーじゃないの?と訊いたら、「ココのコーヒー甘いんだよ」と毎日毎日超濃厚なコーヒーを愛飲している彼らしい答えが返ってきた――に手を伸ばす。
「快斗」
「・・・う、うん・・・」
ズズーっと烏龍茶を啜る新一。イントロが終わるまで後・・・10秒。
「逃げろ」
ガタンッと椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。後5秒。
「4分で帰ってくるからね!知らないヒトについてっちゃダメだよ!!」
と早口で言い残し、快斗は速攻で駆け出した。否、逃げ出した。正に脱兎の如く。
イントロ終了まで後2秒、1秒・・・0.
♪す●だといわして さよ●りちゃん
たいしたもんだよ す●きくん
い●した君たち 見習って
僕もか●いに 変身するよ
サン●・ホタテ・●シン
キス・エ●・タコ
マ●ロ・イク●・アナゴ シマ●ジ
さか●さ●なさか● ●を食べると
あたまあ●まあたま 頭が良くなる
●かなさか●さ●な 魚●食べると
からだからだから● 体にい●のさ
さあさあ みんなで ●を食べよう
魚は僕らを ●っている(オゥ!)♪
どうして流行ったのか皆目見当がつかない(←失礼)が、流行ってしまった快斗の天敵とも言える曲。
その名も「お●かな天国」名前からして快斗は絶対耳を塞ぎたくなる代物で、ここ最近何かというとこういうファーストフード店でかかっていた曲だ。新一も、もちろん知っていた。
クスクスと堪えきれない笑いを何とか喉の奥で抑え、ポテトに手を伸ばして平らげていく。
含み笑いを啜った烏龍茶で流し込んで、口元だけに留める。実に楽しそうだ。
運良く周りに座っていた者達は、理由が分からないまでも、笑みを浮かべる彼に見蕩れるばかりのものもいれば、声を掛けてくる、ある意味命知らずな者達もいた。
「なぁ、あんた今一人か?」
「今はな」
今は、と言う辺り、快斗の存在を完璧に無視してしまわはい程度には馬鹿でもないらしい。が、この後の台詞は大馬鹿だった。
「こんなとこいねーで俺らと一緒に楽しいとこ行かねぇ?」
今時、下手なナンパヤローでもこんな事は言わないのではないだろうか。いや、そう言えば、同じ様な台詞を街中で掛けられたような気がする。人口の半分は女だというのに、どうして男の自分が男に声を掛けられなければいけないのか。
そんなことを考えているあたり、新一はつくづく、彼自身の放つ色香や強烈な美貌に無知だった。
新一ははっきりした答えは言わず、男達に口の端を上げるだけの笑みを見せ、言った。
「俺のツレが帰ってくるまで後30秒。俺に構ってたりしたらお前ら痛い目に遭うぜ?」
「さーあ。あのなよっちい兄ちゃんが泣いて帰る方が先さ」
ゲラゲラと下品な笑いが男達の中で起こる。残り20秒。我関せずの新一の左手にはストップウォッチ。
右手はポテトをつまみ、食べ終えて、ティッシュで拭って烏龍茶を掴む。
その一動作をも優雅なのは、彼の容姿と気品と雰囲気の所為だ。男達は、彼につい数秒見蕩れる。・・・その数秒が命取り。曲終了まで残り3秒、2秒、1秒・・・0.
そして、男達は床とお友達になった。
カチッとストップウォッチを止める。4.00秒。
「ジャスト。お帰り」
ニッコリ、と新一が本当に楽しそうな満面の笑顔を向けた所には、
「た、ただいま〜〜〜」
と結構な精神的ショックから何とか立ち直ったらしい快斗が、ご丁寧にも、這いつくばっている男達の上に立っていた。
すっかり冷めてしまった注文品と全て食べ尽くし、新一の要望で本屋に立ち寄った帰り道。快斗は何となくで聞いてみた。
「・・・新一、今日あそこに行ったのって…もしかしてアレがかかるってわかってた?」
「モチロン」
キパッ。愛しの恋人は、いとも簡単に泣きたくなるような事を言ってくれる。
「え〜〜〜なんでなんで〜〜?俺がアレ嫌いなの知ってるクセに〜〜〜」
更に聞かなきゃ良いのに余計なことまで聞いてしまう。
「知ってなきゃ連れていっても仕方ないだろ」
グサッ。また恐ろしい一撃。今度は腹にきた気がする。
「うう〜〜〜〜新ちゃんがイジメル〜〜〜」
半泣きになって言ってみると、今度はにっこりと犯罪的に可愛い笑顔で、
「イジメルつもりだったしな♪」
と言った。ズコーン!と最後は頭をタコ殴りにされたようだ。ちょっっっとイタイ。
「だって、お前外食の度に周り睨み付けてるし。鬱陶しいし。・・・――」
「え!!?何、なんて言ったの?!!!」
ベコーン、バコーンと連続攻撃を食らった後に、物凄く嬉しいことを言われた気がする。
もっ回言って言って〜〜!と頼んでも、新一はすたすたと辿りついた家の門を押し開けて中に入ってしまった。後ろから見えた耳は赤い。
(絶対もう一回言ってもらうもんね〜〜♪)
と嬉々として快斗も新一の後を追って中に入った。
『だってお前、俺の方見ないし』
ボツリと呟いた言葉は、イジメられた快斗の気分を浮上させるのに充分なもので、もう一度、と快斗が本当に聞き出せたかは、二人だけが知っている。
end
Conan-Top
駄文Top