カラ
朝。柔らかな光と微かな小鳥の鳴き声、そして時折耳障りに聴覚を擽る車のエンジン音と共に工藤新一の日曜日は始まる。
休みといえば、新一の定義からすると『何もしなくて良い日』または『ゆっくり読書に耽れる日』ということになり、彼の行動範囲はよっぽどのことがなければ、際限なく狭い空間のみに限られてくる。
ゆっくりと南の空高く昇っている太陽を手を翳して眺め、時計で改めて時間を確認するともう昼近い、なんてことは常であり、一人暮らしの彼にはそれを責めるような人間は居ないから気楽なものだった。
大きく伸びをして体を起こし、取り敢えずシャワーでも浴びようかとベッドから降りて、のろのろと部屋を出た。
日曜日の朝は無機質だ。土曜日の夜に一週間で溜め込んだ本を明け方近くまで読んで、昼近くならなければ起きてこないという怠惰極まりない時を過ごす。
逆に忙しいのは月曜日の朝。休み中に動かさなかった気怠い体を遅刻ギリギリに叩き起こして、慌ただしく家を出て学校へ行く。
平日と名の付く他の曜日は機械作業のようで、決まった事を決まった時間にこなし、変わりなく分刻みにスケジュール化された事柄を淡々とこなしていくのだ。
事件で呼び出される事もあるが、ちょっとした諸々のハプニングなどは予想の域を出ることはない。
単刀直入に言うならば、明晰すぎる頭脳を持った名探偵は、ずっと退屈だった。
目隠ししたまま綱渡りしても、やっぱりつまらないくらい変化の無い日常に飽き飽きしていたとも言う。
そんな時に現れたのが「奴」だった。
シャワーを浴びた後、何故か漂ってくる食欲のそそられる匂いに訝しみながらキッチンを覗いて、新一は思わずその場に立ち竦んだ。
そして当然のようにそこを占領して何やら美味しそうなものを製作している「奴」を凝視し、力一杯溜め息を吐いて取り敢えず聞いた。
「・・・そこで何やってんだ?黒羽」
「ん〜?やっと起きたんだ、オハヨ〜〜♪」
良く寝てたねぇ〜可愛い寝顔して★
「おはよ・・・・・・じゃなくて!!」
質問に答えろって!しかも可愛いってなんだよ可愛いって!!
「見てわかんない?昼飯作ってんの」
美味しそうでしょ。
言いながらトントンとフライパンの柄を叩いてひっくり返しているのはオムレツだ。実に美味しそうで、「寝起き」は食欲の無い新一でも食べられそうな物だったが、それに唾液腺を刺激されている場合ではない。
明らかに不法侵入の目の前の男は、なんだって勝手に人の家に入り込みキッチンで昼飯の支度をし、あまつさえ他人の寝顔を見てのほほんと「可愛い」などとほざいて当然のようにこの家に溶け込んでいるのか。
第一、鍵はちゃんと掛けた筈・・・という質問はこの男には所詮愚問にしかならない。
心底不思議だ、と新一がグルグル考えている内に昼飯ができてしまったらしく、勝手知ったるなんとやらで黒羽は手際良く二人分の昼飯を皿に盛りつけ、あっという間にテーブルに並べてしまった。
「・・・・・・なあ、黒羽・・・」
俺、昼飯食べるつもりなんて無かったんだけど?
勧められるままに席に着いた自分に思い切り違和感を感じながら、ニコニコ笑って食べて食べて♪と楽しそうにしている黒羽に言ってみるが、
「駄目だって!昼飯はちゃんと食べないと!面倒臭がってるからこんなに細いんだよ、新一は」
としたり顔で言われ、結局の所何も答えを聞き出す事無く「いただきます」をすることになった。
「奴」――すなわち黒羽快斗は、突然この家にやって来てニッコリと人付きする満面の笑みを新一に向けてのたまった。
「俺、黒羽快斗っていうんだvよろしく」
あ、初めましてなんかじゃないからね?
なんて言った「奴」に、新一は思わず渾身の右足を叩き込みそうになり・・・
「・・・・・・・・・・・・つまり、お前・・・・・・?」
敢えて堪え、何とか残っていた理性をかき集めて確認を取り、
「ん?俺が解らない?」
名探偵♪
と気配を「アイツ」のものに変えて言われた途端、抑えていたモノが弾け飛んで、その次の瞬間には一体の意識不明者が工藤邸の玄関先で蹲る事となった。
「テメェッ!!何無断で正体ばらしてんだよバカヤロ――――!!!!」
という強烈な罵声と共に。
そう、黒羽は突然現れて、しかも漸く新一が突き止めようとしていた「アイツ」の正体を、目の前であっさりと実に爽やかにバラしてくれやがったのだ。
それからの奴・・・黒羽の行動は早かった。見事と言えるくらいに早かった。名前で呼ばれるのを渋る新一に口八丁手八丁で丸め込み、工藤邸に来る事を承諾させたのだ。
元々は敵同士だった筈の新一を丸め込むなんて事は普通ならば無いに等しい筈なのに、今では何故か一緒にいて何ら違和感の無い存在となっている。
しかし、呆れるべくは新一自身もこの身勝手で飽きない男といる事を殆ど受け入れてしまっているという事だった。
現に、目の前で自分が作ったものをパクついている新一を、自分も箸を付けながら嬉しそうに眺めている男を、何故か新一は怒る気になれなかった。
「美味しい?」
「・・・・・・・・・うまい」
毒を盛られていないのはここに黒羽が現れた初日に解った事だったし、別に敵意を持って近づいて来たのではないと最近になって知ったので、料理の上手さに感嘆しながらも素直に感想を零した。
「でも駄目だよ〜ただでさえ細いのに飯抜きなんてさ、体力もつかないぜ?」
「余計なお世話だ」
「ええ〜〜心配して言ってんのに〜」
とおどけてみせる黒羽の目は、その表情に反して意外なまでに真剣で、思わず息を呑むと、それを察したようにニッコリと満面な笑みを浮かべて言った。
普段ならば人に気圧される事など無いに等しいのに、思わず止まってしまった己の思考に新一は戸惑いを覚えた。
黒羽に会ってから、自分でも信じられないくらいに感情の起伏が出て来たと思う。怠惰で・・・何もする気が起きなかった日曜日ですら、この男に会ってから少し変ったような気がする。
「ね〜新一、後で散歩行こうよ、さんぽv」
「なんで俺がお前と・・・」
「良いじゃん、良い天気だよ♪」
それから、俺の事は快斗って呼んでって言ったじゃん。
確かに、窓の外の日差しは柔かく、毎年冬の次は春を通り越して暑い夏日が続いていた日々とは違った天気は正に散歩日和で、見ているだけでは勿体無いような気にもさせる。
・・・それも、多分この男の所為なんだろうが。
何しろ、今までは必要最低限休みの日に外に行く事しかなかったし、いくら外が良い天気で子供が思わず外に駆け出してしまいそうな快晴であっても外に出ようなどとは全く思わなかったのだ。
こいつと会ってから、つまらなかった日常が大きく変化した。
生きているという実感が漸く持てるようになったと言っても良い。
「・・・・・・・・・・・・しょうがねえなぁ・・・」
「やったね♪」
ご飯食べたら行こっか。
嬉々としてはしゃぎ出す快斗に苦笑して、いつの間にやらかなりほだされてしまっている自分に対してちょっと溜め息を吐く。
そして、名前を呼んでやるのは当分先かな・・・などと本人が喜ぶ事を自覚なしに考えつつ、美味しい昼飯をパクついた。
呆気なくココロの中に入り込んできて殻を破っていった奴。
ぐいぐいと力ずくで押し入って、ちゃっかりと居座ってしまったあいつに、その内「友達」辺りになるかもなぁ・・・などと快斗が聞けば泣き出してしまいそうな呑気な事を考えながら、ズズズ・・・と食後のコーヒーを啜って、天気の良い空の下に出るべく、新一は支度しようと立ち上がった。
仲良く楽しそうに散歩に出ていく二人組みを発見した隣家の女史は、二人の余りの無自覚さに深々と溜め息を吐いたという。
END
Conan Top
駄文Top