天空、その後


























出会い頭に向けられたのは、まばゆいばかりの満面の笑顔と、すらりとして殺人的なお御足だった。
ドカッ。ずだんッッ。ゴスッ。

「いっ!〜〜〜っっ」

「ただいま」「おかえり」の挨拶をまるっきりスルーした強烈な蹴りが鳩尾に入り、その反動で背中を玄関扉にぶつけて息を詰まらせたところで、肩口を足裏で押さえつけられた勢いで後頭部まで強打した痛みに抗議の声を上げる間もなく、真上から凍てつく声音が降ってきた。

「てめぇ、あいつが俺の大事な幼馴染みだっつうことは身に沁みて理解してるはずだよなぁ?」

あ゛ぁん?と凄んでくる目は据わりきっており、いつもより三割り増しで悪くなった口調は恐ろしく低下した機嫌を指すにも余りある威圧感を出している。

「…それはもう、俺の優秀な頭脳にふかぁく刻まれておりますです、はい」

これ以上ヒートアップしたら真剣に殺られる…かも…
なんて思いながら、自分の身のこなしと同じく軽快な舌はするすると残念な回答を滑り出す。
優秀なはずの脳の回転よりも早かった滑舌の所為で、頭上から降り注ぐブリザードが激化したのは言うまでもなく、靴下を履いただけの足で容赦なくグリグリと肩口を抉られる羽目に陥った。
確かに、今回はちょっとやりすぎたかもしれない。そりゃ、慌てるコナンちゃんが可愛くて、ちょっとかなり相当必要以上にからかってしまった自覚がなきにしもあらず、というところだけども。彼の幼馴染みにしたことを頬を赤らめながら問いただそうとしているコナンちゃんも可愛かったなぁなんて、こっそりときめいていた・・・場合じゃなかったらしい。

「解っていても行動が伴わなきゃ意味ねぇって、いつになったら覚えるんだろうなぁ、この、バカイトウは」
「や、やだな、今回のは不慮の事故みたいなもんであって…っ」

ぐりり、足の甲が骨に食い込み、思いきり体重をかけられて言葉を飲み込む。見上げた愛しい人は目元を凍らせた満面の笑みを浮かべ、自分の肩を踏みつけた膝に腕を乗せるという、ある意味扇情的である意味非常に迫力のあるポーズで甘く甘く囁いた。

これで相手が女装でもしていて、いやしていなくても、ピンヒールの一つも着用していたら、マニア垂涎の女王様像だろうなぁ、なんて、対象が自分でさえなければ考えるところだ。

そんなヨコシマな妄想が、一気に吹き飛ぶ問題発言を

「物覚えのわりぃ鳥頭におしおきとして…てめぇの大事な青子ちゃん、たぶらかして奪ってみようか」

奪うって何を―!!?

いやいやそんなことより、

だめ――!だめだめ、ぜぇえったいダメっ!!そんな美味しいこと俺じゃないやつにするなんて許しませんっ」
「はぁ?お前、普通ここは青子ちゃんの心配するとこだろうよ…」
「そんな俺への報復で青子まで新一が落としちゃったらまた俺の苦労が増える…っ!」
「苦労って、」

それより青子チャンが落とされるの前提かよ、などと快斗の肩をふんずけたままの麗人が呟いているが、この無自覚っぷりが余計にこわい。日常生活でも犯人とか事件関係者とか行きつけの古書屋の店員とかあまつさえコンビニの店員まで落としてくるような人間ゴロシなのに。

「とにかく、これ以上俺のライバル(恋敵)が増えるなんて許しませんっ」

そりゃあ新一は綺麗で可愛くて時々サドっ気混じりの色気垂れ流し美人だから色んなとこで人種を問わずホイホイしちゃうのも納得だけど!

「………バカ?」
「バカね。きっとその人、自分がどんな体勢で何を喚いてるのかも自覚してないわよ」
「だよな」
「んなことあるわけ―!…あ、哀ちゃん……?」

色々と想像の翼で飛び立とうとしていた思考を引き戻された先には、見慣れた小さな少女が楽しげに口元だけを笑ませて彼の背後に佇んでいた。どうやら自分より前に屋敷を訪れていたらしい。

「おはよう、気障で節操なしの怪盗さん

いえ今はもうとっくに昼過ぎですとか一言余計で聞き捨てにならない発言が混じってませんかとか…怖くて突っ込めません。

「お、おはようございます…」

反論は一切できなくても、なんとか体を起こした―いつの間にか肩口の足がどけられていた―快斗は、そろそろと立ち上がり、未だ美しい笑みを貼り付けたままの思い人を見つめる。

「おかしいよなぁ、なんで俺が怪盗キッドってことになってんだ?それが高木刑事や佐藤刑事だけじゃなく蘭からまで疑われることになってんだ?」
「ら、蘭ちゃんの誤解はちゃんと解いて帰ったよ…?」
「わざわざ俺じゃやらないようなコトを蘭にして?」

大体、あの場で変装を解く必要なんてないはずだったよな?
にっこりにっこり。麗しい笑みはそのままで、肩に置かれていた足が退けられているのにだって気づいていたけど、どうにもさっきより身動きしにくくなっているのは何でだろう。

「…しかもてめぇ、よくよく聞いてみりゃ俺と博士の会話聞いてきっちりこの俺を仕立てようとしてたらしいじゃねぇか。万が一、億が一、最後のセクハラで蘭が気づかなかったらどう落とし前つけるつもりだったんだ、コラ」

自分への濡れ衣と、大事な幼なじみへのセクハラ、どちらにより比重があるかは解らないが、目の前の人物が思っていた以上に怒っていることは確かで。
大体、あそこで誤解が解けなかったらどうしたかって?

「ぇえええ―…と、」

そんなこっちの行動に有利になりそうなシチュエーション、存分に使わせてもらったに決まっている。口に出したらこの場で息の根を止められそうなので言わないが。

「まぁ、同じ状況にあったときに俺が取りそうな行動で想像なんて簡単についちまうけどな…?」

…口に出して言わなくてもバレバレらしい。流石は自分が唯一認めた名探偵。なんて感心している場合ではなく、コレでまた命の危険が高まった。

たらりと冷たい汗が背筋を落ちる。

特殊な靴を履いているとはいえ、コナンのときに繰り出される蹴りでさえ殺人的な威力があるのに、この姿での足技の直撃を受けたときの痛みは…想像もしたくない。

「そ、そういえば、新一は何だってそんなステキな姿に戻ってんの…?」

いや、眼福なのだが。
しなやかな足のラインや折れそうな腰の細さとか、コナンの時より冴え渡る容貌とか。目線が近い所為か、いつもより近くにあるサファイアはより輝いて見えて絶品なのだが――命の危険を感じる。

「ああ、私が戻したのよ。…今回の怪盗さんの所業には目に余るものがあったから」

一服盛って。

「ぇええ、か、体への負担とか諸々の不安事項は」
「管理人の都合で無視」
「ですよね〜」

ここで管理人てダレとか考えちゃイケナイ

「なんにしても、いつもの格好よりもはるかに効果が期待できると思ってね」
「なに、を…?」

に、にんまり笑う哀ちゃんも可愛いけどすげぇこわいんですけどっっ

「ぉう、クロバカ」
「"か"が余計なんですけど〜」
「んじゃバカイトウ」

今度はバも余計です・・・
聞きたくない聞きたくない聞きたくない、ものすごーく嫌な予感しかしない。だが、珍しく、ほんっとーに珍しく元の姿に戻った新一は、今すぐ抱きしめたいくらい魅力的なのに“近寄るな”的オーラを醸し出していて、制止のために足を踏み出すことも許してくれない。

完全(・・)接触禁止令」

「うそ―――!!?」
「俺、こと工藤新一及び江戸川コナンの半径十メートル以内に近づくことを禁じる。接触接近、視界に入れるのも勿論俺の変装も須く禁止。当然だな」
「当然って…俺ちゃんとコナンちゃん助けたよ!?」
「あら、それこそ当然じゃない?」
「だな。大体、お前のことだって餌にされて誘き出されたヤツらに殺されかけてる俺を放っておけるような野郎だったってわけか?」

そうしたら、間違いなく怪盗キッドの名前にでかい傷がつくな。

「それに飛行船から降りた代わりに再乗船の手もくれてやっただろうが」
「あの時点じゃ夕方にもなってなかったから、予告を自分からふいにしたことになるわね」
「結果的に目当てのもんじゃなかったが、あの石は今回のタイミングを逃したら海外に出ちまうらしいしな」
「う゛、ぅう…」

たたみかけられる二人に最早ぐぅの音も出ない。たしかに、あそこで新一―いや、あの場合はコナンだ―を助けたのは怪盗キッドとしては当然の行動で、黒羽快斗としては絶対に見過ごせない事態であって、やっぱり助けるのは必須事項・・・自分の新一の変装とはまた別問題・・・なんて、

「でもでも、接触禁止なんて〜〜〜」
「俺にこんなに不愉快な思いさせたんだ、当然だろ」

弱々しく悪あがきしてみても、フン、と鼻で蹴飛ばした新一は、見るも鮮やかな微笑と共に玄関扉を蹴り開けた。
ほとんど扉に背中をもたれるようにしていた快斗は、受けた心身のダメージが大きすぎて反応も出来ず外に転げ出てしまう。

「期間は俺の気が晴れるまでだ。それまで絶対顔見せんじゃねぇぞ」
「あ、ちょっ、待って待って―――!!」

体勢が整わない内に冷ややかな声が降ってきて、古い洋館ならではのギギギィ・・・と重々しい音と共に扉が閉められてしまった。ガチャンと硬い施錠の音が外にまで響いてくる。

それっていつまでですか―――!!?

手を伸ばして叫んでも、分厚い扉は開く様子はなく、中に居る二人が答えてくれる気配もない。
ここで、正面から入っても(侵入しても)いいのだが、相当頭にきているらしい彼に本気で絶縁されかねない。

それだけはごめんである。

しかし、これ以上のダメージには耐えられそうもないので、快斗は泣きたい気分で立ち上がり、しょぼしょぼと萎れた背中を向けて工藤邸から立ち去った。

“工藤新一”に変装するときの注意事項を、身に沁みた教訓として刻み込んで。

























「あいつ、多分まだ懲りてないな」
「あの人に懲りるなんて殊勝な精神があったら、あなたも今までこんなに苦労しなかったでしょ」
「ま、当然だな」

天下の名探偵に対抗する怪盗なんだ、これぐらい打たれ強くあってくれなくちゃ困る。

ニヤリ、扉の向こうで何度も振り返りながら立ち去っていく快斗の姿を監視カメラで眺めていた新一は、意地悪げな笑みを浮かべて傍らに立つ哀を見下ろした。

「にしても、本当にわざわざ俺の姿にする必要なんかあったのかよ?」
「もちろんよ。あなたのその姿だけでも、普段の数倍は彼に対する威力あるんだから。それよりも、さっき少し譲歩しようとしてたでしょう?」
「あ?・・・・・・まぁ、あんまりにも哀れだったんで、すこーしだけな」
「まったく、あそこで情に絆されたら元に戻した意味がなくなってしまうじゃないの」
「だぁからちゃんと追い出しただろー」
「まぁ、ね」

ところで、

「どういう形で譲歩しようとしてたの?」
「ん〜〜・・・」

新一の幼馴染みに対するセクハラや、ほとんど丸腰だったコナンが藤井と対決するのを放置してみすみす怪我を負わせたのに大層腹を立てていた哀は、理由は僅かに違えど、同じくらいには怒っていた新一に愉しげな笑みを向ける。
ぽりぽりと頬を掻きながらあらぬ方向を見ていた彼はちらりと扉の向こうを流し見て、爽やかに微笑む。

「1ヶ月、あいつだけ魚漬け」

俺は魚好きだけど、流石に一ヶ月連続はきついしなぁ。
そして魚は彼の天敵である。

「あら、素敵な譲歩じゃない」

あちらのおば様にお願いしたら?

試しにそう提案してみると、彷徨っていた視線が今度は正確にこちらに降りてきて、にやりと愉しげな笑みを返された。

「もう、ちゃんとお願いしてある」

今度四人で一緒にディナーに行きましょうって誘ってある。

さすが、自分が認めた共犯者である。

「それは勿論、私も一緒よね?」
「お前と博士と、俺とあの人の四人だよ」

それこそ当然とでも言うように返されて、満足感が胸に溢れた。
これから少なくとも一ヶ月はあの気障な怪盗にお仕置きが実行される手はずになっているし、やつ等に見つかるようなことと事件さえ起きなければ当分は平穏に過ごせるだろう。
初代の奥方とも連絡を取って、このお仕置き期間を存分に楽しむことができる。

「さて、今日はどうしようかな」
「あなたの大事な幼馴染みに顔を見せに行かなくてもいいの?」
「そうしたいのはやまやまだけどな、突貫で戻ったんだ、いつ小さくなるかと思うと、迂闊に会いにも行けねぇよ」

カンペにも、私は快新至上主義ですって書いてあるし。
その割には快斗の扱いいつも面白いことになってるけどなー。

「ああ・・・まぁ、戻した私が言うのもなんだけど、確かにゆっくりしてるような余裕は作ってないわ」
「おう、だから今日は俺の共犯者殿への感謝デーってことで」

たまには腕振るうぜ〜何食いたい?

「食べられるものが作れるのかしら?」
「失礼だな。中学から自炊してりゃそれなりのもんは誰にだって作れるんだよ」

唇を尖らせて不服そうに言うところによると、ただ食事の時間を忘れることが多いだけで、母親にせがまれて食事を作ったこともあったらしい。
前半は聞き捨てならないところもあるが、後半はどうやら信じても良さそうだ。新一を自他共に溺愛している両親ならばどんなものを出されても幸せいっぱいの笑顔で完食しそうであるが、あの父親ならば食えない笑顔で更なるスキルアップを促しそうでもある。

「パスタが食べたいわ。暑いから、食欲が出るようなあっさりしたもので」
「りょ〜かい♪」

音程を外した鼻歌でも歌いそうな上機嫌で、リクエストを聞いてキッチンへ向かう細い背中を見送ると、哀は珍しく穏やかな気分でダイニングへ向かう。

“俺の共犯者殿への感謝デー”

本人は無自覚だったろうが、それでも自然と出てきた言葉に浮き立つ心のまま、こっそりと笑みすら浮かべて。






その後、新一特性の春野菜を使ったパスタに舌鼓を打ち、夜は夜で博士も誘って夕食を取り、久しぶりにのんびりとした気分で時間を過ごした。

江古田町の某所では、町内に響き渡らんばかりの絶叫が響いていることを愉しげに予測しながら。





管理人の言い訳

久しぶりに珍しく言い訳発令です!
・・・いつもいつも、言い訳がないというわけではないのですが、今回はあんまりにも突発事項だったので・・・
ごめんね快斗君☆だけどそんな君も大好きさ!新一さんの次だけども!!笑(謝罪の心なし)
題しますは天空のスピンオフ。エンディング中、うっかり我が家のヘタレ攻め主導氏に向かって心の中の罵詈雑言をまとめて形にしちまいました。。。
私にしては珍しく、作成期間は約5日。実質作業期間は2日。。。遅筆っぷりが伺えるぶっちゃけですがそれはともかく。
天空のあれこれは・・・まぁ、感想は兎に角日記に上げるとして、久々の新一さんについつい筆が滑っちまいました。
ま、うちの快新はこんなもんなんですよと開き直ってしまいたい。甘さゼロのバイオレンスアクション!(どこが快新かと言われても愛はあるんで快新と言張ります)
久々のコナン更新です。次は境越〜かGame of Lifeあたりでお目見えできるかと思います。
原作がそろそろ70いっちゃいますからね!笑 管理人の筆の遅さでコナンの終了時刻も伸びればいいと思います(こら)
ではでは、お付き合いいただきありがとうございました!また次の機会にお会いしませうvv




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