画面に映し出された魔法陣を見上げながら、美知恵は茫然と呟く。
「DDS(デジタル・デビル・サモン)プログラム…。」
「そう。そして、それは無意識レベルで発動している。今、この時も。」
刻真の呟きに、横島がはっとする。
「消せ、西条!! さっさと消すんだ!!」
「こ、このままじゃ、またあんなのが出てくるんじゃ…!」
おキヌらも青ざめた表情でうろたえている。
だが、刻真は落ち着いた様子で「無駄だよ。」と言い捨てる。
「それはただの絵に過ぎない。問題はその映像を焼き付けている俺たちの意識の方だ。」
「…つまり、この魔方陣自体が回路になっていて、人の無意識下のチャンネルを開いているのね。」
美神の確認に、刻真は頷く。
横島たちは疑問符を浮かべていたが、この際それは置いておく。
「チャンネルが繋がっている先は、人の普遍的無意識の世界。アクマはそこから喚び出されているんだ。」
「…対処法はないのね。」
美知恵の言葉に、これも頷く刻真。
すでに美知恵の言葉遣いが変わっているのだが、これが事実ならばという戦慄からだろう。
「ネットを流れて、世界中に伝播してしまっているから…しかも、ウィルスは増殖、進化する。」
「人の無意識化から除去しても、またすぐに感染するわけか。お手上げね。」
美神がぼやいたとき、横島が「あの〜…」と切り出してくる。
「途中…っつーか、もう全然わかんないんスけど…。」
「…すっっっごく分かり易く言うとね、アクマは私たち人間が、無意識に異世界から呼び出してるってことよ。」
呆れ顔の美神の説明に、ようやく横島も納得した…けど、また首を捻る。
どうも、上手く整理できなかったらしい。
とりあえず、もう放っておく事にして、美神は刻真へ向き直る。
「一体、誰がばら撒いてるの?」
これがウィルスプログラムなら、ワクチンプログラムを持つ製作者がいるかもしれない。
そいつを押さえればなんとかなると考えたのだが、刻真は「わからない。」と短く答えて俯く。
「気がついたときには、もう手遅れだった。俺が気付いたのは…偶然だった。それで調べてたら…。」
「さっきの奴らみたいなのに、追われることになった、と。」
「…安全なところを探して無我夢中だった。それで、ここに逃げ込んだんだ。」
「すまない。」と、謝罪の意を述べる刻真。
これ以上の情報は聞き出せないと判断し、美知恵は次の質問に移る。
「…それじゃあ、次は『あの子』のことを教えてくれるかしら?」
美知恵が目線で示した先には、車椅子で眠る『子供』がいた。
◆◇◆
話は少し前、エリゴールが倒された直後に戻る。
崩れ落ちていくエリゴールと、再び気を失う少年─刻真。
「ちょ、ちょっと…!」
「お、おい、君!!」
西条はとっさに刻真を支えながら、驚愕とともに見つめる。
彼を連れて戻ってみれば、状況は一転していていた。
犬塚君が槍に貫かれると思ったとき、唐突に彼が目を覚まし、自分を押しのけて─。
ふと、先ほどまで刻真の手にあった銃が消えていることに気付いたが、今はそれどころではない。
美神たちも駆け寄ってきて、彼の容態を案じていたとき。
「みっ、美神さん!!」
「何よ、ヒャクメ!」
美神が振り返ってみれば、ヒャクメが示す先でエリゴールの塵が、CGで逆再生したときのように集まっていく。
呆気にとられる美神たちの目の前で、それは一人の子供となり、小さく呻き声を漏らした。
「な、何が起こったの…?」
茫然とした呟きが、美神の口からこぼれた。
◆◇◆
そして今、その子供は車椅子に寝かされている。
その様子を見やってから、美知恵は再度問いかける。
「何故、この子はアクマになっていたの?」
「…召喚した位置だ。俺たちが無意識下で、自己の外に召喚するのに対し、この子は自己の内に召喚したんだ。」
結果、自意識が呼び込んだアクマの意識に飲み込まれ、融合する。
それを『造魔』と呼ぶと、刻真はそう皆に説明した。
「そう言えば…こいつ、ジオを使っていたヒホ。」
ノースが、ぽつりと呟く。
「ジオ?」
「電撃系の魔法ヒホ。エリゴールは火炎系なんかが得意だから、本当はジオを使えないはずヒホ。」
「造魔は、そういう他と違う特異な点を持つことがある。そのせいだろう。」
横島の脳裏に、エリゴールの体から放たれた紫電が浮かび、なるほどと納得する。
子供を見る刻真の目はひどく優しく哀しげで、どこか詫びるようでもあった。
「あの姿はきっと、この子の願望なんだ。物語の騎士に憬れる、小さな子供の夢…。」
「倒しちまったけど…平気なのか?」
「…特に問題はないはずだ。ただ…再び造魔化しないとも限らない。」
横島はとりあえず、ほっと胸をなでおろす。
命に別状がないなら、それでいい。
そこから後の問題は、自分が考えたってどうしようもない。
「この子の様なケースは多いの?」
美知恵の疑問に、刻真は「いや」と首を横に振る。
「むしろ極めて少ない。意識して自分の中に召喚するか、よっぽど強いエゴでもない限りこんなことには…。」
「さっき…主君とか言ってたわね。ひょっとして、そいつがこの子を造魔に変えたんじゃ…。」
「そんな! こんな小さな子に、そんな…ひどい!」
美神の推測に、おキヌは怒りを顕わにする。
何の目的があろうとも、小さな子をそんなものに変えて、争いの直中に放り込むなど許せなかった。
震えるおキヌを宥めるように、美神がその肩に優しく手を置く。
「…とにかく、ヒャクメも横島君もいるんだし、そいつの情報をこの子から─。」
「そうはいかない。」
美神の言葉を遮り、唐突にくぐもった声が響いた。
次の瞬間、少年の真横の空間に、いきなり黒い『穴』が開く。
その穴から現れたのは、黒いフードと鏡のような仮面をまとった、異様な人影。
「我が友人の悲願の為、それを許すわけにはいかんな。」
くぐもった声で、その人物は言う。
横島の目が驚愕に見開かれる。
「お前…あの時の…!!」
「また会ったな、繋ぎの少年。そして…お初にお目にかかる、結末の少年よ。」
結末の少年。
そう呼びかけられたのは、刻真だ。
いつの間にか、その手に異様な漆黒の銃が握られ、仮面の人物に向けられている。
「誰だ、お前は…!!」
「先ほど貴様たちが話していた、この子供の主君の友人だよ。」
ぎりぎりと軋むような敵意を孕む刻真の声にも、仮面の人物は愉快げに答える。
「そいつがDDSプログラムなんて代物をばら撒いてんのね!!」
「動くな!!」
美神たちも、仮面の人物を取り囲むような位置に立つ。
だが、男は意に介した様子もなく、車椅子に手をかけると、それをゆっくりと空間の穴に押し出した。
まるで溶け込むように、車椅子が消える。
「この…!!」
「落ち着きたまえ。」
美神たちが飛びかかろうとした瞬間、くぐもった声とともに言い知れぬ圧迫感が、彼らを襲った。
それは物理的な圧力をともない、美神らを床に押し付ける。
「がァ…ッ!!」
「時が来れば、貴様たちにも存分に舞ってもらう。我が友人のために、な。」
その声には、あからさまな侮蔑が込められている。
だが。
ぴくりと何かに反応して、仮面の人物はそちらを見る。
美神たちも、何かに気付いた。
禍々しい気配を持った、何かに。
「ほう…このプレッシャーの中で、まだ立ち上がろうとするか。」
さも愉快気な台詞は、徐々にだが立ち上がり始めていた、刻真に向けられたものだ。
獣のように歯を剥いて、刻真はゆっくりと立ち上がる。
まず、腕で。
膝を立て、這い上がるように。
低い姿勢から、地の底から響くような唸り声が流れ出る。
「逃がす…ものか…ッ!!」
その声は、この圧力に耐えようとしているというより、自分の何かを抑えているように聞こえた。
不吉な響きを持つ声に、美神たちでさえ表情を強張らせる。
それまで俯いていた視線が振り上げられ、その凶眼が仮面の人物を射抜いたその時。
「…いいのか? 結末の少年。」
びくっ、と。
仮面の人物の言葉に、刻真の動きが止まる。
表情さえ、さきほどまでの迫力が嘘のように、どこか怯えたようなものに変わる。
そして、再び刻真の体は床に押し付けられた。
「ぐぁッ…!!」
「そう焦らずとも、いずれ我が友人と貴様は相見えよう。貴様が、追い続けるのなら。」
悔しげな刻真の視線を背中で受け止め、仮面の人物は哄笑しながら穴の中へと消えていった。
ま、いいか。魔鈴めぐみです。
私の出番はずう〜〜〜〜っと後らしいんですけど、召喚や魔法陣の解説をするということで急遽呼び出されました。
というわけで、魔法陣です。
この魔法陣というものですが、実際には何の力もありません。
しかし、召喚や魔術の儀式には必要不可欠なものです。
では、何故必要なのかといいますと、これが回路の役割を果たしているからなんです。
前述したように、魔法陣自体はただの記号で、これに魔力がこもっているわけではありません。(例外はありますが。グリモワールなどの魔導書ですね。)
魔法陣は、人間の意識がそれを認知した場合にのみ効力を発揮します。でなければ、長年放置してあった魔法陣なんかが見つかったりしません。
魔力を持っているのは術者ですが、その魔力を使用するための回路を人間の意識化に作成するために、理解しやすい図形の形をとったのが魔法陣です。呪文は、それの起動キーみたいなものですね。
この回路作成の手順を、いわゆる『チャンネルを開く』と本編で呼んだわけですね。
精密機械の回路のようなものですので、わずかでも図形が違っていたら意味を成しません。最悪、予想外の魔術が発動します。原作で美神さんがアルテミス召喚の際に、必死に見本片手に作業していたのは、そこに理由があります。
召喚の話が出たところで、召喚と魔法陣の関係も話しておきましょう。
魔法陣は先に述べたとおり、何の力もありません。
ですが、召喚の場合にのみですが、結界としての機能も果たします。これは呼び出した相手が危険だった場合、術者は呼び出す場所を限定しなければ危ないからです。そして、用が済んだら帰ってもらう。これを『召還』と言います。
この一連の作業が出来ないと、一人前の召喚師とは呼べません。
さて、長々となりましたが、また機会があれば、こういう魔法講座をやっていきたいですねv
お店でもやろうかしら…。
それでは、皆さん。また、お会いしましょう。
※注意! 作者が適当に考えた理論ですので、あまり頭から信じぬよう。 (詠夢)
主君と仮面の人物の目的とかいろいろ気になりますがこれからの楽しみということで。 (夜叉姫)