『大名倒産』:2023、日本

1840年、江戸後期。豊かな自然に囲まれた越後丹生山藩。土地の名産は塩引き鮭で、間垣作兵衛は鮭役人を務めていた。作兵衛の息子である小四郎は露店を出し、鮭を売っていた。彼は同情を誘う子供たちに騙され、安く鮭を提供しそうになる。幼馴染の女の子が気付いて止めてくれるが、小四郎は自分の生き方を変えようと思わなかった。彼は作兵衛から「武士は殿のために死ぬことも覚悟せよ」と言われ、「死んだら殿を守れません」と反論した。母のなつは、「武士道とは命に感謝し、毎日を懸命に生きるということだと思います」と話す。この後、彼女は流行り病に罹って死去した。
成長した小四郎は、相変わらず露店で父の作った鮭を売る日々を過ごしていた。ある日、彼は城から侍が来たと仲間に知らされ、急いで家に戻った。すると作兵衛は小四郎が藩主である松平伊豆守の子供であること、徳川家康の血を受け継いでいることを明かした。二十数年前、なつは松平家へ奉公に上がっていた。彼は十二代藩主に見初められ、小四郎を産んだ。既に三人の息子がいた伊豆守は、小四郎を作兵衛に下げ渡したのだ。
小四郎は江戸にある丹生山藩上屋敷に連れて行かれ、伊豆守と対面した。伊豆守は藩主の座を譲った長男が落馬して死んだこと、次男の新次郎がうつけであること、三男の喜三郎が病弱であることを語る。そして彼は小四郎に十三代藩主になるよう命じ、磯貝平八郎から作法を授かるよう指示した。小四郎は江戸城へ赴き、老中首座の仁科摂津守と月番老中の板倉周防守に会った。周防守は丹生山藩からの祝儀が届いていないこと、これまでに何度も滞っていることを指摘し、小四郎を責めた。
周防守は小四郎に、手違いではなく藩内の何者かが金を盗んでいるのだと告げる。摂津守は穏やかな態度で、未払いの金を献上するよう促した。小四郎は上屋敷に戻り、付家老の天野大膳と勘定方の橋爪左平次に着服した人間について尋ねた。左平次は誰もいないと否定し、藩の所持金を知りたい小四郎は帳簿を見せてほしいと頼む。しかし集められた帳簿は大量で、調べるのは無理だと小四郎は諦めた。彼が藩にどれだけの金があるのかを訊くと、左平次は二十五万両の借金があると答えた。
小四郎は下屋敷で茶人の一狐斎として悠々自適に暮らす伊豆守を訪ね、借金について尋ねた。藩の収入は年間一万両で、このままでは借金が膨らむ一方だった。すると伊豆守は落ち着き払った態度で、次の期限である五ヶ月後に返せなければ商人たちが騒ぎ出し、幕府の耳にも入って藩は取り潰しになるだろうと述べた。しかし彼は「策がある」と言い、大名倒産の方法を説明した。返済の日、商人たちに「藩は倒産した」と言って借金を踏み倒し、幕府に肩代わりさせるというのが一狐斎の作戦だった。
作戦実行までに幕府に知られると困るので慎重に根回しする必要があり、そのために隠居したのだと一狐斎は語る。彼は小四郎に、「お前の役目は五ヶ月の間、この企みを隠し通し、商人たちに倒産を宣言することだ」と告げた。小四郎が承諾すると一狐斎は家宝の小刀を渡し、命を懸ける覚悟を要求した。小四郎は磯貝に質問し、藩の借金の八割は大阪の両替商である天元屋が引き受けていることを知った。彼は蔵を調べて武具を売り払い、祝儀代を調達した。
板倉と仁科に祝儀を届けた小四郎は、藩の財政に問題があるのではないかと指摘されて否定した。板倉から「その言葉に嘘偽りがあれば、責任を取って切腹してもらう」と言われた小四郎は、一狐斎に要求された覚悟の意味を理解した。上屋敷から逃げ出した彼は、地元の水を売っているさよを目撃した。さよはならず者たちに因縁を付けられるが、強気な態度を取った。小四郎は助けに入るが、大勢の仲間に取り囲まれたため、さよを連れて逃亡した。
小四郎は捜索していた磯貝に見つかり、さよは彼が殿様になったことを知った。小四郎はさよと磯貝に、大名倒産の計画や切腹を迫られていることを打ち明けた。一方、一狐斎は屋形船へ出掛け、天元屋のタツと仁科に会った。一狐斎はタツからピストルを贈られ、仁科に依頼しておいた手筈を確認した。一狐斎はタツと仁科に、大名倒産の計画を伝えてあった。そして小四郎が切腹した後、自分が可愛がっている家臣と地主は上手く取り計らってもらうよう仁科に要請していた。
四郎は喜三郎の見舞いに赴き、庭仕事に精を出している新次郎とも会った。新次郎にはお初という恋人がいたが、彼女の父親で大番頭の小池越中守は結婚に反対していた。小四郎は磯貝から、旗本の子供の輿入れには結納金五百両が必要だと聞かされた。小四郎は大名倒産の計画を知らされた喜三郎から知恵を授かり、一狐斎の元へ赴いた。小四郎は「大名倒産では一部の家臣や大地主しか生き残れない」と指摘し、それでは本当に藩を救うことは出来ないと主張した。一狐斎は激高し、「何人かでも助かる道を選ぶのが藩主の務め」と言う。しかし小四郎は納得せず、大名倒産を阻止して藩を救うと宣言した
橋爪は家臣の白田新左エ門、黒田市ノ進たちと共に、さよの意見を取り入れて節約プロジェクトを開始した。全く使わない布団を売り払い、必要な時は借りることにした。農村で肥料が不足していると知ったさよは、小四郎たちの糞尿を売った。新次郎が上屋敷から姿を消し、磯貝たちは手分けして捜索する。磯貝は火付盗賊改方長官の長谷川式部と遭遇し、協力を要請した。新次郎は庭仕事の手伝いをして働いており、稼いだ手間賃を小四郎に渡した。
小四郎は中屋敷と下屋敷を手放し、皆で上屋敷に暮らし始めた。小四郎はお初の輿入れのために何度も小池邸へ通うが、許しは出なかった。小四郎は喜三郎から、一狐斎が下屋敷を地主から買い取ったことを知らされた。大膳は小四郎の方針に不快感を抱いており、藩の節約の嵐が吹き荒れていることを一狐斎に報告した。一狐斎は「無駄なあがきよ」と一蹴し、「間もなく参勤交代の時期だ。小銭を幾ら貯めたところで、莫大な出費は止められん」と述べた。大膳は磯貝に、小四郎の監視を続けるよう命じた。
小四郎は参勤交代で丹生山藩へ向かうが、宿場町には立ち寄らずに野宿することで出費を抑えた。一行が丹生山藩に到着すると、大膳の弟である小膳が待っていた。小四郎が故郷の村へ行くと、すっかり寂れて人の気配が消えていた。彼は作兵衛と話し、役人から「塩引き鮭は手間が掛かって儲けにならない」と言われて漁師たちが土木作業の手伝いに駆り出されたことを知った。小四郎は白田と黒田の報告で、百姓たちも年貢の前払いを要求されて次々に夜逃げしていることを知った。
小四郎はさよに手伝ってもらい、藩の帳簿を調べ始めた。すると丹生山藩の家臣たちも、協力を申し出た。調査の結果、帳簿の予算と出費の数字が全く合わないことが判明した。橋爪に話を聞こうと考えた小四郎の元に、板倉からの書状が届いた。書状には「大名倒産の企てがあるとの疑いがあるので申し立てを述べよ」と綴られており、小四郎は急いで江戸へ戻った。大膳は一狐斎に、橋爪が口を滑られたら面倒だと告げた。磯貝は「小四郎に任せれば藩の財政を立て直せるのではないか」と意見するが、大膳が一蹴した。
磯貝は一狐斎の指示を受け、橋爪の口封じに向かった。神社へ出掛ける橋爪は、首を吊って自害しようとする。そこへ小四郎とさよ、橋爪の妻であるしのが走って来たので、磯貝は縄を切って橋爪を助けた。橋爪が責任を取るために死なせてほしいと泣くと、小四郎は母の言葉を借りて説得した。橋爪は小四郎たちに、タツが藩の工事や商売を全て請け負うようになったこと、中抜きで儲けるようになったことを打ち明け、止めることが出来なかったのだと後悔を口にした…。

監督は前田哲、原作は浅田次郎『大名倒産』(文春文庫刊)、脚本は丑尾健太郎&稲葉一広、製作は高橋敏弘&和田佳恵&木下直哉&名倉健司&中部嘉人&五老剛&中川尚嗣&金岡英司&室橋義隆&鯉沼久史&渡辺勝也&井田寛、エグゼクティブ・プロデューサーは吉田繁暁、プロデューサーは石塚慶生&西麻美、撮影は板倉陽子、照明は高屋齋、美術は原田哲男、音響は白取貢、編集は西潟弘記、音楽は大友良英、主題歌『WONDERFUL』はGReeeeN。
出演は神木隆之介、杉咲花、松山ケンイチ、佐藤浩市、浅野忠信、宮アあおい、小日向文世、キムラ緑子、梶原善、勝村政信、石橋蓮司、小手伸也、桜田通、田延彦、藤間爽子、カトウシンスケ、秋谷郁甫、ヒコロヒー、近藤良平、山田暖絆、船川燿、荒田陽向、佐原悠誠、久保勝史、仁山貴恵、本山滋、キンタカオ、菊地荒太、杉井孝光、飯島大河、鶴田志陽、島菜奈星、加藤詩葉、北川裕介、美藤吉彦、糠信圭佑、松谷圭悟、野田龍之介、平口泰司、や乃えいじ、山岡竜弘、池田勝志、多賀勝一、増田広司、平井靖、奥深山新、東田達夫ら。


浅田次郎による同名の時代小説を基にした作品。
監督は『老後の資金がありません!』『そして、バトンは渡された』の前田哲。
脚本は『シャカリキ!』『七つの会議』の丑尾健太郎と『ぼくらの七日間戦争2』『妖獣伝説ドラゴン・ブルー』の稲葉一広による共同。
小四郎を神木隆之介、さよを杉咲花、新次郎を松山ケンイチ、一狐斎を佐藤浩市、磯貝を浅野忠信、なつを宮アあおい、作兵衛を小日向文世、タツをキムラ緑子、天野を梶原善、板倉を勝村政信、仁科を石橋蓮司、橋爪を小手伸也、喜三郎を桜田通、小池を田延彦、お初を藤間爽子、白田をカトウシンスケ、黒田を秋谷郁甫、しのをヒコロヒー、長谷川を近藤良平が演じている。

冒頭、「この映画のラストシーンは、エンドロールの後にあります」という文字が出る。
エンドロールを見ないで映画館を出て行く観客もいるので、「どうしてもラストシーンまで見てほしい」という思いで、わざわざ最初に注意事項を示したんだろう。
気持ちは分からんでもないけど、かなり無粋だなあと感じる。何かのパロディーやギャグ的な形で表記するのならともかく、そうじゃないのでね。
しかも、最初に注釈を入れるほど、ラストシーンの重要性が高いとも思えないし。

オープニングからナレーションで物語を進行しているが、それを担当しているのは宮アあおい。言うまでもないが、もちろん「なつ」として喋っている。
「これが私が残した最後の言葉。この後、私は流行り病に罹り、この世を去ったのでした」ってことも説明して出番を終えるが、その後もナレーションは担当する。
別に死人がナレーションを担当しちゃダメとまでは言わないが、わざわざ担当させる意味も感じない。上手く使えているかと問われたら、答えはノーだし。
だったら、第三者にナレーションを任せた方が良かったんじゃないか。

あと、ナレーションの喋り方や話す内容で、もっと笑いを取りに行っても良かったんじゃないかな。
もっと言っちゃうと、小四郎が成長した状態から話を始めても良かったんじゃないの。なつに関しては回想で登場させるだけとか、何なら台詞で触れるだけでもいいし。
幼少期の小四郎を描くパートでは彼の性格を描いており、それを後の展開に繋げようとする狙いは窺える。
ただし、それが無かったら困るのかというと、そうは思わないし。

何もかもが外しまくっており、演出は目も当たられないことになっている。
小四郎が一狐斎から耳打ちで大名倒産の策を教えられた時にタイトルを表示するが、このタイミングは完全に間違えている。
神木隆之介のオーバーなリアクションは、周囲の芝居や演出から完全に浮いている。これに関しては芝居が違うんじゃなくて、こっちに寄せた方が喜劇としては正解だろう。
遊びの乏しいカメラワークは物語のリズムを生み出さず、控えめなBGMは喜劇としてのスウィング感を生み出さない。
たまに映像で少し凝ったことをやると、それはそれで全て間違えている。

小四郎は板倉から「その言葉に嘘偽りがあれば、藩主として責任を取ってもらう」と言われ、この時点で切腹の意味だと分かっている。だったら、その時点でリアクションを取らせるべきだろう。
ところが、なぜか小四郎の反応を描かずにシーンを切り替え、上屋敷に戻った彼の姿を見せる。そして一狐斎から小刀を託された時の回想シーンを挿入し、「託すって、そういうこと?」と嘆く様子を描く。
これは見せ方として上手くない。
あと、そのタイミングで「切腹まで、あと4ヶ月」と表示して、その後も「あと3ヶ月」「あと2ヶ月」と出すけど、これは全く要らない。タイムリミットのサスペンスが出ることも無ければ、喜劇としての面白さが出るわけでもないし。

小四郎とさよが因縁を付けた連中から逃げ出すと、走る姿を正面からのカメラで捉える。明らかに追い付く程度のスピードなのに、なぜか一味は追い付けない。
追い掛けっこが続く中で、周囲にいた町民が巻き込まれて転倒したりする。追い掛けっこの様子は、途中で早送りの映像になる。小四郎とさよが大きな桶に隠れると、敵は全く気付かずに通り過ぎる。この一連のシーンは、全ての演出が昔の喜劇になっている。
そこまで徹底しているからには、たぶん意図的に古めかしい喜劇にしてあるんだろう。
だけど意図的であろうとなかろうと、どっちにしても寒々しい結果になっていることは確かである。

小四郎が喜三郎と新次郎に会うシーンは、「はじめまして」の感じが全く無い。あと、もう「大名倒産のために行動する」という目的が最初に提示されているので、そこに向かう流れとしては新次郎や喜三郎に会う必要も無いんだよね。
なので「喜三郎の見舞い」という理由を付けて対面の場を設けているのだが、上手く流れを作れていない。
あと、いつの間にか、さよが当たり前のように上屋敷で暮らし始めているんだけど、どうなっているのか。それは話の進め形として、必要な手順が飛ばされているように感じるぞ。
「いつのまにか当たり前のように一緒に暮らしている」ってのもギャグ的に処理できていればともかく、そんな作業は無いし。

「使わない布団を売って必要な時は借りる」という考えを小四郎とさよが説明すると、ナレーションが「今で言うサブスクリプション」と解説する。中屋敷と下屋敷を手放し、皆で上屋敷に暮らし始めると、ナレーションが「今で言うシェアハウス」と解説する。
そうやって「現在の流行を先取りしている」ってのは、当時としては革命的な行動だったはずで。
それなのに、そこをナレーションベースで簡単に片付けるのは、あまりにも勿体無い。
他のトコを大幅に削ってもいいから、節約プロジェクトの部分は、もっと時間を割いて丁寧に描いた方が良かったんじゃないの。

橋爪が裏帳簿の存在を明かした後、小四郎たちは中抜きされた金額の算出に取り掛かる。磯貝が「藩の財政を立て直すには収入も必要」と言い、小四郎は家臣たちから考えを問われる。小四郎は「大丈夫です。私ン゛何とかします」と告げるが、自身の無さそうな表情を見せる。
なので、1人になってから「つい調子のいいことを言っちゃったけど、どうしよう」と頭を抱えるとか、さよから質問されて「実は何の策も無い」と告白したり、何らかの形でギャグにするんだろうと思った。
ところが実際には、元気の無い様子を喜三郎に気付かれ、「家臣や民を自分の力不足で救えなくなのが怖い」と弱音を吐く展開になる。
そこはマジに描くのかよ。どっかで感動させたかったのかもしれんけど、そういうウェットなノリとかホントに要らんよ。
あと、そこは収入を増やす方法を思いつく展開も含めて、さよを全く関与させていないのね。それもどうかと思うぞ。

裏帳簿を調べて中抜きの合計額が判明した後、小四郎は改めて一狐斎の元へ行く。
このシーンでは小四郎と一狐斎の間で、「貴方が救おうとされているのは、一部の家臣や裕福な地主です。結果、多くの民を切り捨てることになります」「全てを救うなど夢物語。藩主ならば現実を見よ」という会話がある。
これって、前半で小四郎が「大名倒産を阻止して藩を救う」と宣言する直前の会話と全く同じ内容だよね。なんで二度も繰り返すのか。
その後に続く「夢を見てこその藩主ではありませんか。足元ばかり見ていたら、民に希望はありませぬ」という小四郎の台詞に繋げたいのは分かるよ。でも、それは同じやり取りを繰り返さなくても出来る作業でしょ。

切腹の日が迫る中、さよと磯貝の元には天元屋が金や米を隠した蔵の場所を示す手紙が投げ込まれる。そして切腹の当日、小四郎は板倉と仁科に対し、蔵を調べて得た証拠を突き付ける。
でもテンポが悪くてマッタリした語り口調なので、逆転劇や逆襲としての面白さに欠ける。
しかも、悪党一味である仁科を追い詰めることは出来ていない。
逆に、事前に仁科と相談していた一狐斎が現れて再逆転を図る流れになるため、「クライマックスに悪党をギャフンと言わせる」という爽快感が大幅に削がれている。

一狐斎は仁科に協力すると見せ掛けて悪事を暴露し、集めておいた証拠を板倉に見せる。実は天元屋の情報を知らせる投げ文も彼の仕業で、最初から全て仁科とタツの悪事を暴露するための計画だったことが明らかにされる。
だけど一狐斎だって悪事の片棒を担いでいたわけで、そこだけ急に美味しいトコをかっさらって善玉ムーブを見せるのは、なんか「調子のいい奴だなあ」と感じるぞ。「藩の赤字は全て自分の責任」とは言っているけど、二千万のへそくりを貯め込んでいるし。
それに面倒なことは全て小四郎に押し付け、失敗したらマジで切腹しなきゃいけない計画に巻き込んでいるんだし、だったら最後も美味しいトコは小四郎に任せてやれよ。

(観賞日:2025年3月5日)

 

*ポンコツ映画愛護協会