『SEE HEAR LOVE 見えなくても聞こえなくても愛してる』:2023、日本
漫画家の泉本真治は『ONLY FOR YOU』という恋愛漫画を連載しており、締め切り前日にアシスタントの中村沙織とリモートで繋ぎながら作業をする。彼は沙織に休むよう言うと、自分は徹夜で作業を続ける。途中で頭痛に見舞われて薬を飲み、目が霞むこともあったが作品を完成させた。『ONLY FOR YOU』の大ファンである相田響は、カトリック大道教会の児童教護施設「美鈴学園」で指導教員として働いている。彼女は耳が聞こえないが、最近は発話の練習に出ていない。先輩から出なくなった理由を問われた響は、「自分の声も聞こえないのに、話したくない」と手話で伝えた。
真治は担当編集者の平山省吾から、『ONLY FOR YOU』の映画化が決まったことを知らされる。平山は真治が考えたプロットの結末について、優しすぎると指摘した。彼はヒロインのスミレを死なせようと告げ、真治は難色を示しながらも結局は受け入れた。彼はアパートに来た沙織に、スミレを死なせるのが映画化の条件なので受け入れたことを話した。同居している祖母の多恵は車椅子を使っており、真治に悪態をついた。真治は耳鳴りに襲われ、苦悶の表情を浮かべた。
響は『ONLY FOR YOU』の主人公でピアニストを目指す守が『トロイメライ』を演奏するシーンを見て、その曲の演奏動画をネットで探した。真治は作業の最中に倒れて意識を失い、病院に搬送された。医師は急性閉塞隅角緑内障だと真治に言い、もう治ることは無いと宣告した。『ONLY FOR YOU』の休載が発表され、何も聞いていなかった沙織は驚いた。彼女から電話を受けた真治は「仕事を変えた方がいい」と言い、自分は目が見えないから漫画を描けないのだと説明した。
多恵が料理を作ろうとして怪我を負い、それに気付いた真治はスマホを渡して病院に電話するよう指示した。真治は介護タクシー運転手の菅原哲也に病院まで送ってもらい、多恵は大丈夫だが1週間だけ入院することを聞かされた。彼は菅原に目が見えないことを明かし、家まで送ってほしいと頼む。菅原は真治が最近になって失明したことを聞き、好きな漫画の言葉で励ました。真治が『ONLY FOR YOU』の作者だと知った彼はファンなので興奮し、力になると約束した。
多恵は介護施設に入居し、菅原は真治を家まで送って点字学習材を渡した。響はSNSで真治がメッセージを読んでいないことを知り、気になって投稿された写真を調べた。彼女は真治が「サンライズ日暮里」というアパートに住んでいることを突き止めて押し掛け、郵便受けに溜まった郵便物を探った。部屋番号を突き止めた彼女は、インターホンを押した。真治は部屋に引き篭もっていた真治がドアを開けると、響は用意しておいたスケッチブックの文字でファンであることや心配で訪問したことを伝えようとする。しかし真治は何も見えないので、無言の相手の意志が分からずドアを閉めた。
響はアパートを去るが、屋上から飛び降りようとする真治の姿を目撃して慌てて舞い戻った。彼女は真治を部屋に連れ戻し、目が見えないことに気付いた。彼女は部屋を掃除して荷物を片付け、真治の手の怪我を手当てして無精髭を剃った。響の優しさに触れた真治は両手を広げ、彼女を抱き締めた。真治は沙織と哲也を呼び、「響が勇気をくれたのて生きようと決めた」と語った。彼は点字タイプで漫画の原作を書き、沙織が作画を担当した。
響は自立すると書いた手紙を残して美鈴学園を辞め、商業ビルの清掃員として働き始めた。近所にオープンしたジャズカフェの店長である遠山恵がチラシを配りに来て、響にも渡した。仕事終わりの響が店の前を通り掛かると、恵は半ば強引に引っ張り込んだ。店ではジャズトリオが演奏しており、響は恵にピアノを習いたいと伝える。恵は無料で教えると言い、店で『トロイメライ』の弾き方を教えた。響は彼女に質問され、大好きな人に聴いてもらいたいのだと明かした。
恵は化粧品会社の社長である植村大輔の元へ行き、響に関して入手した情報を報告した。彼女は社長秘書で、半年前に施設から去った響について大輔の指令で調査していたのだ。恵はジャズカフェのオーナーと交渉して店長に成り済まし、響に近付いたのだ。彼女は響が視力を失った漫画家の真治と同棲していることを大輔に伝え、自分で調べるよう促した。響は恵から化粧品会社のモデルの公開オーディションを受けるよう勧められるが、首を縦に振らなかった。真治は施設へ響を連れて行き、多恵に紹介した。
真治は宝石店に入ってダイヤの指輪を触らせてもらうが、購入せずに外へ出た。尾行していた。運転手付きの高級車で尾行していた大輔は彼に声を掛け、「困っている人がいたら手伝わずにいられない。何でも手伝う」と申し出た。真治が「タクシーを呼びたい」と言うと、彼は自分の車をタクシーだと偽って呼んだ。高級車だと気付かれた大輔は、慌てて誤魔化した。大輔が障害者を「困っている人」「可哀想な人」などと評すると、真治は腹を立てて非難した。
真治は沙織と共に編集部を訪れ、平山と会った。平山は沙織が考えた「スミレを不治の病にする」という設定を絶賛し、交通事故にする自身のアイデアも足すよう促した。真治は「やり過ぎだと思います」と反対し、それよりも単行本の支払いを考えてほしいと求める。平山は苛立って「お前を売り込むために広告費やら経費やら、たくさん使ってるだよ」と言った後、泣き落としのための芝居をする。改めて交通事故のアイデアを使えかどうか問われた真治は、それを受け入れた。
真治は宝石店に立ち寄り、ダイヤの指輪を購入して帰宅した。響はスミレが不治の病になる場面を読み、真治に「こんなの真治の漫画じゃない。自分の気持ちに嘘つかないで」と抗議する。真治は「俺だって自分の好きな漫画を描きたいよ」と言い、「でも生活が懸かってるんだから、仕方ないだろ。俺たちは他の人たちと違うんだから。夢より、まず生活だろ」と声を荒らげた。響はネットで角膜移植について調べ、手術には5万ドルが必要だと知る。彼女は賞金の1千万円を手に入れるため、モデルのオーディションに参加した…。監督はイ・ジェハン、脚本はイ・ジェハン&チョン・ホヨン、製作は英田理志&アン・ソンミン、撮影監督はキム・ジンハン、美術は岡田拓也、編集はチュン・ユンホ&キム・ウーヒュン、共同製作はキム・チュンヤン、共同製作総指揮は前田利洋&Qバン、プロデューサーはハン・サンヒ&武井哲、アソシエイトプロデューサーは丸山えり、衣装は黒田匡彦、音楽はソ・ジェヒョク&キム・チュンタイ。
出演は山下智久、新木優子、高杉真宙、山本舞香、夏木マリ、山口紗弥加、加藤雅也、渡辺大、深水元基、菅原大吉、森下能幸、吉岡睦雄、宮地真緒、葉月美沙子、木村知貴、滝沢恵、金子なな子、乾りさこ、八代崇司ら。
『私の頭の中の消しゴム』『サヨナライツカ』のイ・ジェハンが監督と脚本を務めた作品。
真治を山下智久、響を新木優子、大輔を高杉真宙、沙織を山本舞香、多恵を夏木マリ、恵を山口紗弥加、哲也を深水元基、平山を菅原大吉、脳神経外科医を森下能幸、眼科医を吉岡睦雄、芙美を宮地真緒が演じている。
宝石店の店主役で渡辺大、孤児院の院長役で加藤雅也が特別出演している。多恵は登場した途端、真治と沙織が結婚すると決め付けて「結婚したら追い出すつもりだろ」と罵る。彼女はやたらと口汚く攻撃的で、余計な物を集めている設定も登場シーンで示されている。
だが、まず登場のタイミングが遅くないか。真治の登場シーンで、もう彼女との同居を見せておいた方が良くないか。両親が不在だが、そのことへの言及が無いままなのも気になるし。
あと、多恵の「悪態ばかり」「余計な物ばかり集めている」という設定は、まるで意味を感じない。「いつも攻撃的なことばかり言っているけど、本当は真治を愛している」という設定なのだが、まるで成功していない。基本設定に対して、ドラマでの肉付けが全く追い付いていない。
そのせいで、まるで三文芝居のようになっている。真治が作業の最中に倒れた後、カットが切り替わると病院の廊下を搬送されている。
生活環境を考えると、たぶん多恵が見つけて病院に連絡したんだろう。
ただ、それなら病院のシーンに多恵がいないのは変だよ。それなら、沙織がいる時に真治が倒れる設定にした方がいい。
そのためにも、リモートでの作業じゃなくて「通いのアシスタント」という設定の方が良かったんじゃないの。そっちの方が、どういう展開を描くにしても色々と便利だろう。真治に病気を宣告する医師が、やたらと高圧的で疎ましそうな態度なのは何なのか。難しい病名なので真治が聞き取れずに確認すると、医師は面倒そうに大声で「急性閉塞隅角緑内障」と繰り返すのよね。
なんで苛立っているのか、サッパリ分からん。
ここに不愉快なキャラを配置する意味って何なのよ。そこに観客が敵意や憎しみを抱くように仕向けても、まるで意味が無いだろ。
どうせ「病名と治らないことを宣告する」という仕事だけで役割を終える程度のキャラなので、何なら記号みたいな存在でもいいぐらいだし。沙織が真治に電話を掛けて目が見えないことを知らされる時点で、「2週間も電話に出ないし、家に行っても開けてくれない」という状況になっている。
それって大変な事態なのに、沙織は編集部や担当編集者に事情を尋ねようとは思わなかったのか。
っていうか、映画化も決まっている人気漫画が急に休載するってことになったら、平山だって黙っちゃいないだろうに。真治から休載だと言われた時点で彼がどんな反応を示したのか、それは見せておいた方がいいだろ。
それと、2週間も完全に外部との接触を断っていた真治が、そのタイミングで沙織からの電話を受けようと思った理由も良く分からんぞ。粗筋でも書いたように、響は真治が投稿した写真を調べ、「サンライズ日暮里」というアパートに住んでいることを突き止める。アパートに行くと郵便物を調べ、部屋番号を突き止める。
これって、これって完全にヤバい犯罪行為じゃねえか。結果的にはカップルになっているけど、ただのストーカーだ。
で、そんな響が真治の自殺を止めるシーンは、「いや無理があるだろ」と言いたくなる。
まず真治がドアの鍵を開けている時点で都合がいいとは感じるが、それは置いておくとしても「あの距離から響が走って戻っても、間に合わないだろ」と。
もう真治が柵から片足を乗り出した状態だし、飛び降りに躊躇しているわけでもないし。っていうかさ、響が訪問した時点で、郵便受けに大量の郵便物が溜まっていて、真治が無精髭を伸ばして部屋は散らかりまくっているという状態が不可解なのよ。
沙織は真治を心配していたし、哲也は何でも力になると約束していたでしょ。
その両名は、何度か訪問しているはずじゃないのか。そうじゃないと筋が通らないだろ。
それに真治は響がインターホンを鳴らした時、疎ましそうな態度を見せつつもドアを開けている。ってことは、訪問者を完全に無視していたわけじゃないんでしょ。真治は響が一言も喋らず、相手が何者か分からないのに、部屋に残って勝手に身の周りの世話をしても、それを全て受け入れる。それも「自暴自棄なので、どうでも良くなっている」ってことで納得しなきゃいけないのか。
あと、この辺りの展開には致命的な欠陥があって、それは「真治が自暴自棄になって自殺を図る」という展開が白々しく見えちゃうってことだ。
「失明によって漫画家の道を断たれたので死のうとする」ってのは、理屈としては分からんでもないのよ。ただ、その絶望感を共感できるドラマとして描けているのかと問われると、答えは間違いなく「ノー」なのよね。
それはシナリオ面での不足が大きいけど、演技力の不足も影響している。
どちらの方が大きいかと考えると、どっこいどっこいかな。恵は商業ビルの中に入り込んでまでチラシを配り、響が通り掛かると強引に連れ込んで閉店にしてしまう。無料でピアノを教えると言い、教える時も閉店にする。
色々と不可解な行動が多いのだが、「実は社長秘書で、大輔の指令で響を調べていた」と明らかになる。
それによって不可解な行動の理由は判明するが、それで何もかも解決するわけではない。
わざわざオーナーと交渉して店長に成り済ましたり、無料でピアノを教えたり、そこまでする意味や必要性を全く感じないからだ。視覚障害者と聴覚障害者の同棲生活なので、色々と苦労はあるはずだ。だが、そういう「障害者カップルならでは」の大変さについては、ほとんど描かれていない。
障害は観客の同情心を誘うための記号として序盤で紹介されたら、大半の役目を終えてしまう。
真治が響を施設へ連れて行って多恵に紹介するシーンは、分かりやすく「お涙頂戴シーン」になっているし、分かりやすく薄ら寒いことになっている。
そこはザックリ言うと、多恵が悪態をつくと響が土下座し、ツンデレな多恵が優しい言葉を掛けて響が泣き出すという流れになっている。
ベタすぎるのが悪いとは言わないけど、まあ安っぽいよね。沙織は真治が交通事故のアイデアを承諾すると、驚いた様子を見せる。
だけど、そもそも沙織が考えた不治の病のアイデアにしても、真治が望んだ展開ではなかったわけで。
そのアイデアを平山から褒められた時は得意げな様子を見せていたのに、交通事故のアイデアは「それは取り入れるべきじゃない。そんなのは真治の漫画じゃない」みたいなリアクションを見せるのは、どういうつもりなのか。
彼女をどんな風に動かしたいのか、どういうキャラとして描きたいのかが、すんげえフワフワしちゃってるぞ。平山は交通事故のアイデアに反対する真治への苛立ちを示し、そこから泣き落としに入る。泣き落としの芝居が下手でわざとらしいのは、たぶん意図的なんだろう。
ただ、そういう演出を付けていることも含めて、陳腐で安っぽくなっている。
あと真治の台詞からすると、平山は単行本の印税を全く支払っていないってことだよね。
大手ではないにしても、それなりにちゃんとしたオフィスを構えた出版社のはずで。それで単行本の印税が未払いというブラック企業な設定は、幾らフィクションではあっても、いかがなものかと思うぞ。真治はスミレが不治の病になる展開を響から「こんなの真治の漫画じゃない」と責められた時、「生活が懸かってるんだから、仕方ないだろ。俺たちは他の人たちと違うんだから」と反論する。
だけど彼は視力を失う前から、そして響と同棲を始める前から、平山の「スミレを死なせよう」という要求を受け入れていた。
だから「自分たちは障害者カップルだから、生活のためには妥協が必要」ってのは、言い訳として成立しない。
でも、それを誰かが指摘したり、本人が気付いたりする展開は無くて、そのままスルーされるのよね。終盤に入ると、平山は真治に著作権譲渡契約書へのサインを持ち掛ける。
真治を追い詰めて同情を誘いたいのは分かるけど、そのために平山のキャラ設定がドイヒーなことになってるぞ。ほとんどテレビ時代劇の悪代官みたいになってるぞ。
あと、街で倒れた真治が病院に搬送された時の医師が、やたらと荒っぽいのも、たぶん同情を誘う演出の一環なんだろうけど、「なんでだよ」と言いたくなるわ。
腫瘍があることの説明が、おざなりで終わるのも変だし。終盤、真治は響に置き手紙を残し、姿を消す。そして彼は沙織のマンションを訪れ、漫画を終わらせたいので手伝ってくれと頼む。沙織は承諾し、ここで初めて真治への愛を明確に示す行動を取る。
でも、それはタイミングが遅すぎるでしょ。真治に惚れているのに、そこまで三角関係の一辺として使わないって、どういう計算なのか。恋敵として、あまりにも始動が遅すぎるよ。
あと、真治は手伝いを頼むので、ストーリーを説明して絵を描いてもらうのかと思ったら、下書きを始めるんだよね。で、沙織には台詞を書いてもらい、その下書きのままでネットに公開する。
そりゃあ「本人の作品」としては完結させることが出来ているかもしれないけど、なんか違う気が。一方、終盤に入ると大輔が響を呼び出し、「父の作った施設で幼い頃に出会っていた」と明かす。彼は吃音を皆から笑われていたが、響は笑わずに飴をくれた。それから今まで、ずっと彼は「響と結婚する」と心に誓っていたらしい。
だけど、そんな過去を今さら打ち明けても、完全にタイミングを逸している。
なぜなら、それを知っても響の気持ちは全く揺るがないからだ。
あと、大輔の吃音は今も治っていないけど、この設定も全く意味の無いモノと化しているし。残り時間も少なくなる中、響は『トロイメライ』の演奏動画を公開するが、真治は聴いていないので全く意味が無い。で、どう考えても死んでる状態だった真治だが、シーンが切り替わると元気に復活している。
いや、それは無理だろ。
とにかく、「どんだけリアリティーから遠ざかりたいんだよ」と呆れるような描写が次から次へと飛び込んで来るんだよね。
いや、ある種のファンタジーではあるんだけどさ、「そういうことじゃないからね」と。
そもそもファンタジーとして振り切っているわけじゃないし、単にディティールが粗いだけだからファンタジーとしての完成度も下げているし。(観賞日:2024年8月24日)