『ワース 命の値段』:2020、アメリカ
2001年、調停を専門にしている弁護士のケン・ファインバーグはコロンビア大学で生徒たちに講義し、人生の価値は幾らに換算できるかと質問した。彼は生徒たちに原告や被告の役割を指示し、数字を出すことが私の仕事だと述べた。彼は「目的は公平さではなく、終わらせて前に進むこと」という考えに基づいて、仕事をしていた。9月11日にアメリカ同時多発テロが発生し、政府は司法委員会を開いた。ケンと友人で弁護士のリー・クインは、法律のプロとして助力を要請された。
政府は全ての被害者と遺族が損害賠償を求めれば国の経済が機能しなくなると考え、提訴を防ぐための協力をケンたちに依頼した。政府は被害者への補償基金を設立する代わりに、被害者と遺族に提訴権を放棄させようと目論んだ。個々の金額は、特別管財人が決定することになる。リーは偽善の汚れ仕事だと批判するが、ケンは妻のディディに特別管理人を引き受けたい考えを伝えた。彼は司法長官のジョン・アシュクロフトと会い、自分の意志を伝えた。するとアシュクロフトは、ケンが民主党議員であるテッド・ケネディーの側近だったことを指摘する。ケンが「もしダメでも敵の失敗になる」と語ると、アシュクロフトは特別管理人に指名した。
アシュクロフトはケンに、「経済的な大変動を回避するための目安として、最低でも八割の該当者に補償を申請させてくれ」と指示した。ケンは無償で仕事を引き受け、法律事務所の共同経営者を務めるカミール・バイロスや部下たちに協力を依頼した。11月26日、ケンは自分のクラスを首席で卒業したプリヤ・カンディーを、スタッフに迎えた。プリヤは別の事務所に入社する予定だったが、世界貿易センタービル内にあったために予定が狂ったのだ。ケンはプリヤたちと共に、申請者ごとの損失を算定するルール作りを開始した。
9.11被害者補償基金プログラムの説明会が開かれ、ケンは補償金額の計算式に関する資料を参加者に配布した。彼が「この原案を議会に送って、パプリックコメントを聴取する」などと説明すると、参加者からは「全員を同じ金額にすべきだ」「提訴させないつもりだ」と不満の声が次々に出た。ケンが必死になだめようとしても、怒りの声は一向に止まなかった。しかしチャールズ・ウルフという男性が「彼は政府の対応を説明している。最後まで話を聞こう」と呼び掛けると、騒ぎは沈静化した。
説明会を終えたケンは、フランク・ドナートという男性に声を掛けられた。消防士の彼はテロが発生した際、貿易センタービルで消火活動をしていた。フランクは弟で消防士のニックが救助に戻って命を落としたことを話し、「避難指示が出たが、消防局の無線は高層ビルで使えなかった」と言う。彼が「報告をまとめる時は、労働現場を改善するために弟の話を入れてほしい」と頼むと、ケンは「調査する」と告げる。フランクが「欲しいのは言葉ではなく変化だ」と約束を求めると、ケンは「検討する」という逃げの言葉で済ませた。
ケンはチャールズを見つけ、礼を述べた。するとチャールズは「これから貴方を叩く」と穏やかに言い、「僕は妻を亡くした。あの計算式は最悪だ」と告げる。彼は補償基金の修正を求めるサイトを立ち上げたこと、翌日に顔合わせのミーティングを開くことを語った。彼はミーティングに参加するようケンを誘い、修正すべきだと感じた箇所を求めた資料を渡して去った。ケンはカミールから被害者や遺族と信頼を築く必要性があると言われるが、「みんな感情的だ。我々は事実だけを見よう」と述べた。
2002年1月、カミールとプリヤは移民局への確認を手伝ってくれたウォール街の事務所へ出向き、移民の遺族と会った。カミールは遺族に対して、「補償金額は収入に基づいて決定されるが、それとは別に全ての死亡者に20万ドルの最低額が支払われる」と説明した。ケンは複数の遺族に依頼を受けたリーから、経済学者の分析による給料の伸び率の要素を示した資料を渡される。リーは資料を基準にして金額を計算するようケンに要求し、「不充分なら他の手段に出る」と通告した。
2002年5月、申請期限まで17ヶ月。プリヤは事務所に来た被害者遺族と面談し、カミールも手伝った。同性の恋人であるトム・シュルツを亡くしたグレアム・モリスは、彼の家族が関係を認めていなかったこと、最後のメッセージを聞いたのは自分であることをカミールに話す。彼は「規則は知ってる。州法は僕らを認めていない。だけど声を聞いてほしい」と訴え、留守電の音声記録をカミールに渡す。カミールは留守電のメッセージをケンとプリヤにも聴いてもらい、「グレアムはペンタゴンで働く彼と、シビル婚の予定だった。でも相手の両親はグレアムを無視した」と語った。
グレアムが暮らすヴァージニア州には、同姓カップルを守る法律が無かった。ケンが「我々も州法に従わねば」と言うと、プリヤは「例外を認めては?夫を亡くして癌と闘っている女性もいます。より多い金額を渡すべきです」と意見した。ケンは「気持ちは分かるが、個々の要望には応じられない。私情は禁物だ。ルールや期限は厳守せねば」と述べた。スタッフが帰った後、渋滞で遅れたフランクがニックの妻のカレンと3人の子供たちを連れて到着した。他に人員がいないため、ケンがカレンとの面談を担当することにした。
ケンが面談を始めようとすると、カレンはメモを取らないのかと質問した。ケンは「もう速記者が帰ってしまったので」と釈明するが、「タイプは出来ないの?」と質問されてボイスレコーダーを用意した。カレンはニックのことを語り、「彼は私の全てだった。前に進むなんて無理。立ち直れない」と泣いた。ケンが「申請書のサインは後日で構いません」と言うと、彼女は「お金は要らない。夫の命は数字に換えられない。貴方は金を貰え、義兄は戦えと言う。ウチの電話は鳴りっ放し。でも彼の遺体が見つかったという連絡は来ない。もう構わないで」と述べて立ち去った。
プリヤはリチャードの立ち上げたサイトを見て気になり、集会に顔を出した。彼女はケンと無関係で来たことをリチャードに話し、自分がキャサリンの務めていた法律事務所に入る予定だったことを明かした。プリヤはリチャードに、「ボスは命に公平は無いと言いますが、私は正直に言って分かりません。だから話を聞こうと思いました」と説明した。2002年12月の最終集計でも、プログラムの参加者は12%に留まっていた。しかしケンは部下のダリル・バーンズに、「まだ1年たっぷりある。みんなギリギリまで、考えるのを避けてる」と余裕の表情を見せた。するとプリヤは「避けられてるのは私たちです」と言い、リチャードのサイト閲覧数が基金のサイトの倍以上だと指摘する。さらに彼女は、リチャードに人望があること、メーリングリストに7千人の名があることを教えた。
ケンはプリヤの意見を受け入れ、リチャードと会った。彼が「金額の微調整やベースラインの底上げは可能だ」と告げると、リチャードは「動機は金銭欲だと?」と問い掛ける。ケンが「金を求めるのは当然のことだ。何も汚くない。人間を前に進ませてくれる」と語ると、彼は「合理的な基準は捨てろ。妻は数字では言い表せない」と述べた。ケンが「だがルールは必要だ」と言うと、リチャードは「それは貴方次第だ。全ての裁量は特別管理人にある」と告げた。
ケンが「特別管理人には国の資金を公正に使う責任もある。個々の問題ごとにルールは曲げられない」と説明すると、リチャードは「議会は曲げた。国民にも提訴権があるのに、連中は一日で法を変えた。大企業に求められたからだ」と語る。彼は「今、7千人が貴方に敬意を求めてる。人間として扱われたいと。なのに、その法が絶対か?」と批判し、その場を後にした。ケンは申請希望者の代理人であるバート・カスバートから電話を受け、「クライアントとニックの間に2人の娘がいる。DNA鑑定の結果を送る」と告げられた。
ケンがドナート邸へ行くと、フランクが来ていた。ケンが「ニックはカレンに隠し事があれば、君に話したはずだね」と言うと、フランクは「弟は家族思いだった」と言う。ケンは推定額を見せて婚外子の存在を遠回しに伝え、「子供たちのためのお金だ」と話した。フランクは「アンタみたいな連中が弟を殺した」と声を荒らげ、ケンを帰らせた。カミールはトムの家へ赴き、彼の両親と会った。父はグレアムを守銭奴だと罵り、母は「彼は単なる同居人。息子にはガールフレンドもいた。あの男は長年、息子を追い回してた」と述べた。
リーはケンに、「チャールズと話した。彼とは利害が一致している。彼の支持者を取り込めば、人数は充分だ」と語った。ケンが「集団訴訟の話か。そんな大博打に15年も費やす者など、ほんの一部だ」と言うと、彼は「ろくに被害者とも会わず、良く言えるな。彼らにも君にも選択肢を与えたい。補償の上限を上げろ。そうすれば申請するよう皆を説得する」と告げた。参加者は15%に留まっていたが、ケンはアシュクロフトと面会して「ご心配なく。まだ4ヶ月もある」と余裕を見せた。アシュクロフトは「募集期間の現実を?法を停止したまま10ヶ月だ。経済は破綻、我々の再選も消える」と危機感を示し、リーの提案に乗るよう促す。ケンが「金持ちを優遇したら納税者が納得しない」と真っ向から反対すると、同席していた航空業界のロビイストが「全ての裁量は特別管理人にある。その力でクインを黙らせてくれ」と要求した…。監督はサラ・コランジェロ、脚本はマックス・ボレンスタイン、製作はマーク・バタン&アンソニー・カタガス&マイケル・シュガー&バード・ドロス&ショーン・ソーレンセン&マックス・ボレンスタイン&マイケル・キートン、製作総指揮はニック・バウアー&ディーパック・ネイヤー&アンドレア・スカルソ&アミット・パンディア&スティーヴン・スペンス&アラ・ケシシアン&アレン・リウ&キンバリー・フォックス&チャールズ・ミラー&エドワード・フィー&ディーン・ブキャナン&マシュー・B・シュミット&メアリー・アロー&マイケル・ベッカー&クリスティーナ・パパジーカ&マシュー・サロウェイ、共同製作総指揮はアラステア・バーリンガム&トニー・パーカー&グラハム・チャン&ジョエル・リントット、撮影はペペ・アヴィラ・デル・ピノ、美術はトマソ・オルティノ、編集はジュリア・ブロッシュ、衣装はミレン・ゴードン=クロージャー、音楽はニコ・マーリー、音楽監修はルパート・ホリアー。
出演はマイケル・キートン、スタンリー・トゥッチ、エイミー・ライアン、テイト・ドノヴァン、シュノリ・ラマナタン、タリア・バルサム、ローラ・ベナンティー、マーク・マロン、アトー・ブランクソン=ウッド、クリス・タルディオ、キャロリン・ミグニーニ、ヴィクター・スレザク、ローガン・ハート、ヴィハーン・サマット、ローラ・ソーン、アルフレード・ナルシソ、ジェイソン・クラヴィッツ、クリフトン・サミュエルズ、ルイス・アルセラ、メリッサ・ミラー、アナ・イザベル・ドウ、イアン・ブラックマン、コニー・レイ、スティーヴィー・ヴィノヴィッチ、ビル・ウィンクラー、ジェフ・ビール、ステファニー・ヘイトマン他。
弁護士のケネス・ファインバーグによる回想録を基にした作品。
監督は『リトル・アクシデント-闇に埋もれた真実-』『キンダーガーテン・ティーチャー』のサラ・コランジェロ。
脚本は『キングコング 髑髏島の巨神』『ゴジラvsコング』のマックス・ボレンスタイン。
ケンをマイケル・キートン、チャールズをスタンリー・トゥッチ、カミールをエイミー・ライアン、リーをテイト・ドノヴァン、プリヤをシュノリ・ラマナタン、ディディをタリア・バルサム、カレンをローラ・ベナンティー、バートをマーク・マロン、ダリルをアトー・ブランクソン=ウッド、フランクをクリス・タルディオが演じている。序盤でケンが合理主義者であること、感情に流されずドライに仕事を進めること、早く問題を終わらせるために事実だけを見て数字を弾き出すことが示されている。
そんな男が、かなり厄介な仕事に無報酬で志願するというのは、どういう考えなのか良く分からない。そこに何のメリットも見えないからだ。
理由を推理するならば、まずはシンプルに「被害者と遺族の役に立ちたい」ってことが考えられる。
しかし本気でそう思っているのなら、被害者と遺族の気持ちを無視した計算式だけで解決しようとするのは、目的と矛盾しているようにしか思えない。とは言え、「名声が欲しいから」とか、「政府に恩を売って見返りを得ようと目論んでいる」とか、そういう私欲や野心は見えない。
そのため、どれだけ違和感を覚えようとも、「ケンは純粋に被害者と遺族の力になり、助けてあげたいと思っている」と解釈せざるを得ない。
しかし残念ながら、それを上手く表現できていない。
さらに言うと、「本気でそう思っているけど、考え方を完全に間違えており、それに気付いていない」ってことだとしたら、それに関しては、「さすがにアンポンタンすぎるだろ」と呆れるばかりだ。もちろん、「被害者遺族と関わる中でケンの気持ちに変化が生じ、やり方を改める」という展開が用意されていることぐらい、ボンクラな私でも容易に推測できる。そして実際にその通りになるのだが、さすがにケンのアンポンタンぶりは、主人公として不適格なんじゃないかと思うのだ。
この手の仕事が初めてだとか、新人だとか、そういうことなら分からんでもないのよ。だけどケンは調停の専門家であり、豊富な経験を持つ人物なのだ。
それなのに、なぜ自分の計算式で大勢が納得してくれると思えたのか。
最初から無理があることなんて、簡単に分かるはずでしょ。今までやってきた仕事から、何を学習したのかと。むしろ、「ケンは野心や私欲に満ちた男で、最初は遺族を助けたい気持ちなんて乏しかった」ってのを強く押し出した方が、よっぽど話に乗って行けたんじゃないか。この映画の失敗は、ケンを善玉ポジションから大きく外そうとしなかったことだ。
実物のケンが原作者なので、あまり悪い奴に描いちゃ困るってことだったのかもしれないよ。だけど物語の質を考えると、最初は思い切りヒール的なポジションでも良かったのよ。
もっと言っちゃうと、遺族サイドに主人公を配置して、ケンは準主役的なポジションにした方が良かったかもしれない。
同時多発テロが発生する前に、チャールズとキャサリン、カレンとニックの様子はチラッとだけ描いているけど、その程度なら逆にゼロでもいいと感じる中途半端さだ。ケンはカレンとの面談で、いつもは部下に任せていることを話す。今回のプログラムだけでなく、どうやら今までの調停でも当事者と面談する仕事は全くやっていなかったようだ。
そんな彼にとって初めての面談はショックだったようで、帰宅してディディに「夫を亡くした女性だ。子供が3人。想像できるか?掛ける言葉も無かった」と元気の無い様子で漏らす。
なので、そこからケンの考え方や今後の方針が変化していくのかと思いきや、何一つとして変わらないのだ。
そりゃあプリヤに「私情は禁物」と説いているし、全くブレていないのはプロとして立派なのかもしれない。
ただ、ケンに何の影響も与えないのなら、その面談シーンは何のために用意したのか。ケンはアシュクロフトからリーの提案に乗るよう求められて反対した後、追悼コンサートに赴く。
そこでリチャードと会った彼は、「私が基金に関わったのは、本気で国の役に立ちたかったからだ。その意味ではエゴもあった」と話す。
ここでケンが台詞を使って説明した時に、初めて「なぜケンが無報酬で特別管理人に志願したのか」という理由が分かる。
それまでサッパリ分からないってのは、やっぱり手落ちがあって話として問題なんじゃないかと。ケンはリチャードに、「この基金は完璧じゃない。我々が定めた規則では救えない人々もいる。正直、どうしていいか分からない」と弱音を吐く。
彼が「私は失敗したのかもしれない。だが、この段階で補償基金の修正を求めれば、法は議会に戻されて潰される。基金自体が無くなってしまう」と言うと、リチャードは「道義的に正しくない基金だから仕方が無い」と告げる。そして彼は、変えられる点を探すようケンに助言する。
そんな助言を受けたケンは、ようやく未申請者たちの事情を調べる。そして、ひとまず計算式を脇に置き、個々の話を聞く作業を始める。
ただし、彼は決して計算式を捨てたわけではない。リチャードが言っていたように、相手への敬意を示して人間として扱うように、被害者や遺族との接し方を変えるのだ。
「そういうのが大事」ってのをメッセージにしたいのは分かるけど、重要なターニングポイントに向けた話の進め方がボンヤリしちゃってるので、ドラマとしての力が弱くなっている。申請期限まで3週間を切っても参加率は36%で、ケンはリチャードに「申請希望者を全力で支援する」と約束して協力を要請する。期限まで残り13日になると、カミールはケンに「貴方の言う通り、みんなギリギリになれば申請する」と言う。
そんで実際、残り5日で参加率は51%だが、翌日になって一気に上昇し、95%に達するのだ。
でも、それは人望のあるリチャードがサイトで「ケンを信頼する。基金は変化したと断言できる」とコメントを出したからだ。リチャードの心を掴んだのはケンの功績かもしれないけど、リチャードがいなければ完全に失敗していたわけで。
あと、ホントにケンが言うように「ギリギリになれば申請する」という流れになっているんだよね。
なので、「実は何もしなくても、ギリギリになれば申請者が一気に増えたんじゃないか」という疑念も浮かぶのよ。(観賞日:2025年2月21日)