『シンデレラ』:2021、アメリカ
昔々、古いしきたりに囚われた王国。継母のヴィヴィアンと娘のマルヴォリア&ナリッサが暮らす家の地下室に、エラという少女がいた。エラはヴィヴィアンの再婚相手だった男の連れ子で、父の死後は使用人として同居していた。彼女は姉たちから、灰かぶりの意味である「シンデレラ」と呼ばれていた。中年貴族のトーマス・セシルはヴィヴィアンの家に通い、いつも贈り物を持って来た。ヴィヴィアンは娘に求婚する気だと感じて喜び、彼に惚れているマルヴォリアは自分目当てだと確信していた。エラとナリッサはトーマスに気持ち悪さを感じているため、それに反対するつもりも無かった。エラは地下室でドレスを作っており、自分の店を持つのが夢だった。
ロバート王子はレジナルド卿の令嬢であるローラ王女と見合いをして、領土拡大について詳しい説明を受けた。しかしロバートは全く興味を示さず、同席していた仲間のグリフ&ヘンチと一緒にふざけ合った。彼は軽い口調で、しばらく身を固める気は無いとローラに告げた。ヴィヴィアンはエラを呼び、衛兵交代式に行く準備を指示した。国中の人が集まるため、買い手が見つかるのではないかと考えたエラはドレスを持って行こうとする。しかしヴィヴィアンは「女が商売なんて正気なの?この家の名に泥を塗るようなことはさせない」と説教し、ドレスを置いて行くよう命じた。
ローワン王はロバートがローラとの縁談を断ったことに腹を立て、ベアトリス女王に「お前が甘やかすからだ」と苦言を呈した。ローワンはローラ以外にも、数多くの王女たちとの縁談をロバートに用意していた。早く結婚して馬鹿げ振る舞いをやめるよう言われたロバートは、「あの王女たちの誰かと恋に落ちるなんて有り得ない」と語る。ローワンは「結婚は権力のためだ。愛など要らない」と説き、ロバートが反発すると「逆らうなら、王位も宮殿も全て妹のグウェン王女に与える」と通告した。グウェンは政治に強い関心があり、王位を継ぐことにも前向きだった。しかしローワンは、本気で女性に王位を継がせるつもりなど無かった。
ロバートが「国王になりたいと望んでる」と言うと、ローワンは「お前を結婚させるため、舞踏会を開く。然るべき身分の女性を残らず招待する」と説明した。ロバートが「舞踏会なんて古くて馬鹿げてる」と漏らすと、彼は「これは命令だ」と鋭く言い放った。衛兵交代式に出席したローワンは、亡き父の銅像に座っているエラに気付いて「降りろ」と怒鳴った。エラは全く悪びれず、注目されていい気分だと感じた。彼女はローワンに対し、笑顔で「後ろからじゃ見えなくて。平民でも見えるように観覧席を設けては?」と意見した。
ロバートはエラに一目惚れし、ローワンに「身分を問わず、国中の若い女を全て招待する」という条件で舞踏会に参加することを伝えた。彼がエラを捜すために変装して町へ行くことに決めると、友人のウィルバー伯爵は呆れた様子を見せた。エラはドレスを売るため、家を抜け出した。町に着いた彼女が見回すと、店の経営者は全て男性だった。エラは通り掛かった女性にドレスを売り込むが、主人から盗んだ泥棒だと決め付けられた。エラが周囲の人々にドレスを宣伝すると、嘲笑を浴びた。
ロバートはエラを見つけて話し掛け、ドレスを買うと申し出た。同情なら要らないとエラが反発すると、彼は「違う。僕には間違った制度を直す責任がある」と金を渡した。タウン・クライヤーが舞踏会のお触れを出すと、エラは「ロバートは役立たずで王室を支えているのはキレ者のグウェン」という噂をロバートに教えた。エラは舞踏会に行く気など無かったが、ロバートが「世界中から偏見に囚われない大勢の金持ちが来る。僕の知り合いだから紹介する」と話すと参加することを約束した。
ロバートと別れたエラは上等な布を購入し、帰宅して新しいドレスを製作したそのドレスを着て舞踏会に参加するつもりだったエラだが、ヴィヴィアンから「未婚の女性しか参加できない。今朝、トーマスが来て貴方との結婚が決まった」と告げる。驚いたエラは結婚する気が無いと言うが、ヴィヴィアンは受け入れない。エラが「舞踏会はドレスを売るためのチャンスなの」と訴えるが、ヴィヴィアンはドレスを汚して「言うことを聞かないと追い出す」と凄んだ。
エラが嘆いていると、彼女が助けた芋虫が蝶に孵化してファビュラス・ゴッドマザー(ファブG)の姿に変身した。ファブGはエラの前に現れ、「助けてくれた恩返しをしたい。舞踏会に行かせてあげる」と述べた。ファブGはエラがデザインしたゴージャスなドレスを魔法で出現させ、木箱を馬と馬車に変えた。ファブGはネズミのジェームズ&ジョン&ロメシュを見つけ、御者に変身させた。「母にバレたら家を追い出される」とエラが言うと、ファブGは「そのドレスを着ていたら、誰も貴方とは分からない」と告げる。「それじゃ困る。ある人と会う約束をしてる」とエラが話すと、ファブGは「その人だけ例外にしてあげる」と述べた。
ファブGは魔法が永遠に続かないことをエラに説明し、時計の針が12時を指したら逃げるよう指示した。宮殿に着いたエラはヴィヴィアンと遭遇するが、正体は気付かれなかった。ロバートはエラを捜すが見つけられず、集まった女性たちに「自分が心を奪われた女性は1人だけ。残念ながら、ここには来ていない」と語る。タチアナ女王はエラのドレスを気に入り、自作だと聞いて「他の作品も見せてほしい」と持ち掛けた。エラが快諾すると、彼女は「素敵な服を作ってくれる人と、世界を旅して回りたい」と述べた。タチアナは「興味があれば明日の4時に会いましょう。帰国の船が5時に出る」と言い、エラは広場の南で会う約束を交わした。
エラはロバートが王子だと知って驚き、宮殿を去ろうとする。しかし大きな音を立ててしまい、ロバートに見つかった。エラが「そろそろ失礼しないと」と言うと、ロバートはグウェンが彼女の作ったドレスを着ていることを教えた。エラは感激し、ロバートに誘われて一緒に踊った。ロバートはエラを連れ出し、ピアノ演奏を聴かせた。彼はエラに、「幼い頃は父に憧れたが、大人になったら伝統やしきたりでがんじがらめだ。いつもみんなから指図され、本当に僕が何をしたいのかを誰も聞かない」と漏らした。ロバートが求婚すると、エラは「仕立て屋になる夢がある」と断った…。脚本&監督はケイ・キャノン、製作はレオ・パールマン&ジェームズ・コーデン&ジョナサン・カディン&シャノン・マッキントッシュ、製作総指揮はルイーズ・ロズナー&ジョセフィン・ローズ、製作協力はアイリーン・マークエット、撮影はヘンリー・ブラハム、美術はポール・カービー、編集はステイシー・シュローダー、衣装はエレン・マイロニック、振付はアシュリー・ウォーレン、視覚効果監修はアレン・マグレッド、音楽はマイケル・ダナ&ジェシカ・ワイズ、音楽監修はデニーズ・ルイゾ・モレロ、音楽製作総指揮はアニー・ブレヴィン。
出演はカミラ・カベロ、イディナ・メンゼル、ピアース・ブロスナン、ビリー・ポーター、ミニー・ドライバー、ニコラス・ガリツィン、マディー・バイリオ、シャーロット・スペンサー、タッラー・グリーヴ、ジェームズ・コーデン、ジェームズ・エイキャスター、ロメシュ・ランガナタン、ロブ・ベケット、ドック・ブラウン、ルーク・ラッチマン、フラ・フィー、ジェネット・リー・ラーチュアー、メアリー・ヒギンズ、ビヴァリー・ナイト、ナターシャ・パテル、ニキータ・チャドハー、ヴィナーニ・ムワザンゼイル、リサ・スペンサー、ナカイ・ワリカンドワ、キース・ハリソン他。
シャルル・ペローの同名童話を基にした作品。
脚本は『ピッチ・パーフェクト』シリーズのケイ・キャノンで、『ブロッカーズ』に続く2本目の監督も務めている。
エラ役はシンガーソングライターのカミラ・カベロで、これが映画初出演。
ヴィヴィアンをイディナ・メンゼル、ローワンをピアース・ブロスナン、ファブGをビリー・ポーター、ベアトリスをミニー・ドライバー、ロバートをニコラス・ガリツィン、マルヴォリアをマディー・バイリオ、ナリッサをシャーロット・スペンサーが演じている。エラの登場シーンで、ナレーションでは彼女がいる場所を「薄汚い地下室」と説明する。
だけど、ちゃんと明かりが差し込んで明るいし、ちっとも薄汚れていない。綺麗に掃除されているし、充分な調度品も揃っている。
しかも、たくさんの布が用意されており、ドレスを作る環境も整っている。
そしてエラは、自由にドレスを作ることを許されている。
それなりに自由時間は用意されており、「扱き使われて多忙な日々の中で、眠る時間や休む時間を削ってドレスを作っている」というわけではない。エラが継母と義姉たちからイジメを受けたりイビられたりする様子も、ほとんど無い。家事は全て担当しているが、「次から次に面倒な仕事を押し付けられている」という様子は無い。
それ以外でも、理不尽な要求を受けたり、酷い扱いを受けたりすることは無い。むしろ、ナリッサとは仲良くやっている様子だ。
ヴィヴィアンはドレスを町へ持って行くことを禁じているが、それは「女が商売をするなんて有り得ない。女は結婚して幸せになるべき」という古い価値観に囚われているからだ。決してエラへの嫌がらせではない。
自分たちだけで衛兵交代式に行ってもいいのに、ちゃんとエラも連れて行くし。ローラとの見合いシーンにおけるロバートの態度は、軽薄で無責任にしか見えない。そんな奴が「結婚には愛が必要」と強く主張しても、同調するのは難しい。
「まずは見合い相手に対する最低限の礼儀を持てよ」と言いたくなる。それこそが人間としての愛じゃないのかと。
ローラが不愉快だったり身勝手だったりするキャラなら、「それにロバートも合わせている」と好意的に解釈できたかもしれないが、そうじやないからね。
あと、ローラがその場だけの使い捨てキャラになっているのも、なんか雑だなあと感じるし。エラは衛兵交代式に赴き、先代国王の銅像に座って見物する。重罪に処されても仕方が無いような行為だが、ローワンに怒鳴られても全く悪びれずに冗談を飛ばす。注目を浴びて嬉しそうな様子を見せ、堂々たる態度でローワンに意見する。
また、こんな大胆な言動に対して、ヴィヴィアンが叱り付けたり罰を与えたりすることも無い。
エラはドレスを売るために家を抜け出し、嘲笑を受けても負けずにドレスを宣伝する。
ものすごく大胆で強気で、積極的な言動が目立つ。ヴィヴィアンは「いい結婚相手を見つけるためには必要」ってことで、マルヴォリア&ナリッサに洗濯物を干すよう命じている。
つまり不純な目的が付随しているとは言え、全ての家事をエラに押し付けているわけではないのだ。
また、エラが内緒で家を抜け出しても、それにヴィヴィアンが激怒したり罰を与えたりすることも無い。
「そもそも抜け出したことに気付いていない」という設定ではあるのだろうが、その辺りにも甘さが感じられる。エラが舞踏会に行こうとした時、ヴィヴィアンは彼女のドレスを汚して脅しを掛ける。ここが久しぶりの嫌がらせだし、そこだけ急激にヴィヴィアンの悪人ぷりが強くなっている。
あと、ここでのヴィヴィアンの行為はシンプルにエラへのイジメってことじゃなくて、「参加させたら実の娘たちの強力なライバルになるので排除せねば」ってのが動機なんだよね。
もちろん、どっちにしろ嫌がらせではあるけど、そこの動機って意外に重要。
あと、娘たちは一緒になって嫌がらせはしておらず、むしろ気まずそうな様子を見せている。ファブGが色んな物を魔法で用意してくれる中、エラは全く感謝の気持ちを示していない。やたらと自信満々だし、調子に乗っている。
その様子を見ていると、あまり「手を貸してあげたい」「助けてあげたい」という気持ちが沸かないんだよね。
あえて酷い言い方をすると、「シンデレラのくせに」と感じるのだ。
エラはシンデレラのくせに、あまりにも自由で恵まれ過ぎている。
シンデレラのくせに、あまりにも明るくて前向き過ぎる。この映画は原作の「女は地位と金がある男と結婚することで幸せになれる」という考え方を、「古い価値観」として全面的に否定する。
そして「仕事を持って自立する」というウーマンリブを、「幸せな結末」として設定している。
かなり極端な改変だが、それに対する是非論は置いておくとしよう。
ともかく、そんな大幅に改変された内容は、エラに恵まれ過ぎた自由や積極性、大胆さや強気な態度を持たせなくても、何の問題も無く成立するはずなのだ。ファブGを女性ではなくグラァグクイーン風の男性にしてあるのは、昨今のジェンダー問題を意識しての改変だろう。
でも、じゃあゲイの設定が物語において大きな意味を持っているのかというと、それは全く無いんだよね。
なので、単に「ジェンダー問題に敏感ですよ。最近の世相を反映してます。ちゃんと考えてます」というアピールだけで終わっている。
ドラァグクイーンのスタレオタイプみたいなキャラなので、それはそれでどうなのかと思っちゃうし。一緒に舞踏会で踊るシーンで、エラは急にロバートと恋仲になっている。しかしロバートから求婚されると、「王妃として宮殿にいるのは無理。仕立て屋になる夢があるから」と断る。
ちなみに「王妃と仕立て屋の両立は無理なのか」という問題については、ロバートが明確に「それは無理」と断言している。
ともかく求婚を断っているので、その後の展開は原作と全く意味が違って来る。12時の鐘が鳴ってエラが帰らなきゃいけなくなっても、「もう結婚する気は無いんだし、別にいいんじゃないの」と思ってしまう。
むしろ「帰らなきゃいけない」という状況になることでキッパリと終わらせることが出来るので、ある意味では良かったんじゃないかとさえ思うぞ。舞踏会の後、ヴィヴィアンはエラに「ピアニストになる夢があったけど、家族のために断念した。女性は夢を捨てなきゃいけない」と語る。
彼女は靴を見つけてエラがロバートの想い人だと気付き、結婚するよう促す。エラが「もう遅い」と言うが、ヴィヴィアンは諦めない。
一方、ロバートは父から「靴の持ち主を見つけろ、結婚するかどうかで自分が決めろ」と言われ、エラを捜索する。もう求婚は断られたはずなのに、まだ諦めないってことなのか。
この辺りの大幅な改変は、かなり無理があると感じる。舞踏会でエラが求婚を断った後、ロバートが愛の歌を歌い始める。すると帰ろうとしたエラが戻り、ロバートとキスしようとする。
このタイミングで12時になるのだから、ひょっとすると「一度は求婚を断ったエラだが、ロバートの歌で考えが変わった」という表現のつもりなのか。
だからロバートは「まだ諦めない」という態度になり、エラは「もう遅い」と言いながらも未練たらたらなのか。
だけど、たかが愛の歌ぐらいで考えが変化したのだとすると、「仕立て屋になりたい気持ちは、その程度だったのか」と言いたくなるぞ。最終的にはロバートが王位継承権を放棄し、エラは彼の愛も仕立て屋になる夢も手に入れる。
「ロバートは最初から王位を継ぐ気なんて無かった」という設定を用意して、「だからエラもロバートも何かを犠牲にしなくても幸せになりました」という大団円に繋げている。継母と姉たちを悪役で終わらせていないし、「みんなが笑顔でハッピーエンド」という形にしてある。
ただ、全ての改変が綺麗に収まっているかというと、「お気楽な結末だな」としか思えない。
「現代の世相に合わせたアップデート」を強く意識した結果として物語の基盤が崩壊し、『シンデレラ』として成立しなくなっているんじゃないかと。(観賞日:2024年9月26日)