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デカルトの『方法序説』(テキスト1.6)

この本、わたしが哲学を志した初期に読んだ時には、全然感銘を受けなかった。「なんと面白くない本だろう」と思った印象が残っている。

と ころが、何年か経つうち、誰でも知っているような「分析と総合」の方法もなかなか奥が深いということが徐々にわかってきた。テキストに抜き書きしたよう な、抽象的な箇条書きをいくら眺めていてもその意義はわからないのである。諸種の、多様な具体的問題状況でこれらの規則に従った探求を実践してみなけれ ば、その威力はピンとこない。

一例をあげてみよう。十九世紀中葉、イギリスでブールとデ・モーガンによって記号論理学が発明される。『方法序説』からはすでに200年以上が経過してい る。この記号論理学のテクニックを使って論理的推論の本性をわかりやすく解明したのは、デ・モーガンの弟子だったジェヴォンズである。ところが、このジェ ヴォンズの「論理アルファベット」の方法は、まさに分析と総合を絵にかいたような、見事な適用例の一つにほかならない。

どんな命題でもよい。三つの適当な命題をとって、A、B、Cとおいてみよう。

A: ワトソンは切手を買うために郵便局へいった

B: ワトソンは電報をうつために郵便局へいった

C: ワトソンはメアリとデートするために郵便局へいった

これらを素材にした推理をおこなうために、もっとも基本的な要素は何だろうか。これは、「分析の規則」に関わる問題である。ジェヴォンズの方法は、これら三つの命題の肯定(大文字で表記する)と否定(小文字で表記する)を考えて、それらすべての組み合わせを数え上げる。

例えば、 aBC は、Aの否定、BとCの肯定がなりたっているという組み合わせを表す。可能な組み合わせはすべて機械的に数え上げることができる。すなわち、

これら8つの一つ一つが、ジェヴォンズの「論理アルファベット」にほかならない。そこで、先の問いに対する答えは、この場合の推理の問題を解くための最小の基本単位は、これらの論理アルファベットである、ということになる。

例えば、

(1) ワトソンは、切手を買うためか、あるいはメアリとデートするために郵便局へいった

という命題は、AとCの大文字を少なくとも一つ含む論理アルファベットすべてを「または」でつないだ命題(選言)に分析されるのである。

(2) ABC または ABc またはAbC またはAbc またはaBC またはabC

こ の分析にどういう意義があるかといえば、(1)を主張すれば、(2)に含まれない論理アルファベット(aBc とabc)すべてを排除することになるというところにある。つまり、いくつかの前提から推理するという問題は、それら前提のすべてを真にする論理アルファ ベットを残して、その他をすべて消去するという消去法に還元されることになるのである。

わかってみれば簡単だが、論理的推論のこのような見方に到達するまでに、デカルト以後200年以上もかかっている。そして、この消去法は、デカルト的分析の見事な一例に他ならない。

もっと詳しくは、内井惣七『いかにして推理するか、いかにして証明するか』ミネルヴァ書房、1981、pp.12-35 参照。


Last modified Jan. 26, 2018. (c) Soshichi Uchi