FINE KYOTO 3

道徳起源論から進化倫理学へ、内井惣七

12月18日講演の要旨

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6 コミットメント関係と信頼

以下は、山岸俊男『信頼の構造』(1998)の主要部分の解説です。次図を見てください(信頼関係の図で出てくる破線は、可能な関係を表しています)。

 

排他的なコミットメント関係を離脱して、社会の中で新たな信頼関係を築くのに必要な心性や行動特性が形成されて定着するのは、そういった行動が大局的には行為者の利益になるような、客観的条件が社会的環境のうちにあるからだ、というのが山岸説の要点です(また、この「利益」を狭く理解するのも困ります。Added Dec. 28, 1999: この「利益」は、自分の利益だけではありません。相互的利他性の文脈を忘れないでください)。また、信頼する、信頼される、信頼に値するかどうかを見分ける能力などは、ワンセットとなって互いの(社会的)適応価値を高めあっている、という山岸の指摘も銘記する必要があります。他人を信頼しやすい人は単なるお人好しではなく、社会的知性もすぐれていて、相手を見分ける能力も備えているのです。

社会的環境とは、客観的な自然条件だけでなく、他の人々の心性や行動特性などにも依存し、自他の行動によってそれらがまた変わる、という可能性も含む環境のことです。動物界では、例えばクジャクの(オスの)尾羽根の発達のような性淘汰(メスの好みに依存し、他のオスの尾羽根の長さにも依存する)の場合にアナロジカルな例がみられます。

もうひとつ、他人を信頼する人は、信頼すると利益が得られると計算して、そういう動機で人を信頼するのだという誤解も注意してください。これは、社会的環境の中での「進化ゲーム」に即した「究極因」と「至近因」の混同です。行為者の動機は、基本的に至近因の話ですから、ここで「究極因」に相当する「利益」を持ち出すのはたいていの場合不適当です。もちろん、計算高いエゴイストはそうするかもしれません。しかし、そのような人は信頼関係を結ぶのに必要な心性や行動特性を欠いている公算が大きいですから、失敗する公算のほうが大きいと考えられます。

功利主義に対する典型的な誤解を知っている人には、このたぐいの話はおなじみでしょう。徳や行動特性は、習慣づけによって身につけなければならず(それゆえ、道徳性の条件に「原則」が出てくる)、計算次第で使い分けられるような代物ではないのです。遅刻の常習犯や、だらしない行動癖のある人、身勝手な人たち、(直そうと思ったらいつでも直せると思っているの?)反省!(頭の中だけで倫理学をやろうとする人は、この点がまるでわかっていない。だから、アリストテレスのように、若い奴らに倫理学はムリだよ、なんてセリフも吐いてみたくなります。奥田君、奥野さん、伊勢田君、いかがですか?)


→ 7 普遍化可能性と善の重みづけ

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