向山型国語に挑戦33
「赤い椿白い椿と落ちにけり」(河東碧梧桐)
2006年7月29日
【1】授業化にあたっての覚え書き
私は,河東碧梧桐に関する本や椿に関する本を集めた。
@『碧梧桐句集』大須賀乙字選(俳書堂,大正5年[特選名著復刻全集 近代文学館,昭和46年])
A『碧梧桐は斯ういふ』河東碧梧桐(大鐙閣,大正6年)
B『碧梧桐句集』亀田小蛄編(輝文館,昭和15年)
C『河東碧梧桐 俳句シリーズ・人と作品6』阿部喜三男(桜楓社,昭和48年)
D『なつかしき人々―碧梧桐随筆集―』瀧井孝作編(桜楓社,平成4年)
E『碧梧桐全句集』瀧井孝作編(蝸牛社,1992年)
F『俳句の謎 近代から現代まで』(学灯社,1999年)
G『俳句の花 上巻1〜5月』(創元社,1997年)
H『河東碧梧桐の基礎的研究』栗田靖(翰林書房,2000年)
@〜Gは,奈良県内の公立図書館にあった。
Hのみ奈良県の公立図書館に所蔵なし。奈良大学にはあるが,貸出不可。定価16000円。古本でも10000円。買うのはつらい。探すと
借りてよかった。この本がいちばん役に立った。というか,この本さえあればほかはいらないぐらいのものであった。著者の栗田靖氏は,俳人にして河東碧梧桐の研究者である。同書は河東碧梧桐に関する最新・最高の研究書である。
ありとあらゆる文献を調べ尽くしている。(次ページ参照。)
同書の中に,「赤い椿白い椿と落ちにけり」の鑑賞が7ページに渡って書かれている。この中に,「赤い椿…」に関するデータがずらりと並んでいるのだ。また,参考文献から,この句に関する諸家の鑑賞や批評を引用し,さらに栗田氏自身の見解も述べている。
この句は「明治二十九年二月末日付で「春季雑詠」と題して,子規・瓢亭・虚子・漱石・碌堂(後の極堂)に評点を乞うた四十一句中の一句。」(H『河東碧梧桐の基礎的研究』)である。
その評定の実物コピーが,B『碧梧桐句集』亀田小蛄編(輝文館,昭和15年)の見返しに載っている。(3ページ参照。『明治俳壇埋蔵資料』というのがネタ元らしい。)
この句が,新聞「日本」明治29年3月11日に載る。が,このときの句形は「白い椿赤い椿と落ちにけり」であった。H『河東碧梧桐の基礎的研究』によれば,「新聞「日本」の俳句欄で赤と白の順序が入れ替わったのはおそらく子規の添削であろう。」とのことである。
碧梧桐は,この句を選集『新俳句』(明治31年3月)に収録する際,元の句形「赤い椿白い椿…」に戻している。
この句が,新聞「日本」明治29年3月11日に載る。が,このときの句形は「白い椿赤い椿と落ちにけり」であった。H『河東碧梧桐の基礎的研究』によれば,「新聞「日本」の俳句欄で赤と白の順序が入れ替わったのはおそらく子規の添削であろう。」とのことである。
碧梧桐は,この句を選集『新俳句』(明治31年3月)に収録する際,元の句形「赤い椿白い椿…」に戻している。
この句の解釈には,大きく分けて次の2とおりがある。
A 落ちている椿の花を詠んだ。(正岡子規・平井照敏・高浜虚子・中村俊定・大野林火・大岡信ら。)
B 落ちつつある椿の花を詠んだ。(山口青邨・寺田寅彦・小室善弘・栗田靖ら。)
私は,栗田氏の解説に納得した。
まず,問題となるのは,座五の「落ちにけり」であろう。
虚子の有名な句に
桐一葉日当りながら落ちにけり
がある。この「落ちにけり」は「落ちる」という動作が今完了したことを意味しており,「落ち敷いているさま」というような静止の状態を詠んだものではない。広い大きな桐の葉が枝を離れてゆったり落ちるさまを写生したもので,「ながら」という時間の経過をを表す語を伴って「落ちる状態」が緩やかに完了したことを示しているのである。
つまり,椿の句の「落ちにけり」も「落ち敷いているさま」というような静止の状態を詠んだものではなく,赤い椿が落ちてはっとする間もなく白い椿が落ちたことに感動しているのである。つまり,作者は赤い椿の花がぽたりと落ちたことに対し,アッと驚き,その驚きが消えない間に今度は白い椿がぽたりと落ちたのである。椿の生命を極めて即物的,印象鮮明に捉えたところにこの句の生命がある。子規以来諸家が説くように「落ちている状態」に対する感動ならば「落ちゐたり」という表現がとられるべきである。
【2】100発問
1. 作者は誰ですか。(河東碧梧桐)
2. 何という文芸ですか。(俳句)
3. 河東碧梧桐について調べなさい。
4. 河東碧梧桐の本名は何ですか。(河東秉五郎[かわひがしへいごろう])
5. 河東碧梧桐の生まれたのはいつですか。(明治6年(1873年)2月26日)
6.
河東碧梧桐はどこで生まれましたか。(愛媛県温
7. 河東碧梧桐が少年の頃敬愛していた「淳さん」とは誰ですか。(秋山真之)
8. 河東碧梧桐は誰から俳句を学びましたか。(正岡子規)
9. 河東碧梧桐の同級生で,碧梧桐とともに子規門下の双璧と言われたのは誰ですか。(高浜虚子)
10. 河東碧梧桐が推進した五七五調にとらわれない俳句を何俳句といいますか。(新傾向俳句)
11. 河東碧梧桐の作品集にはどんなものがありますか。(『三千里』『新傾向句集』『八年間』など。)
12. 河東碧梧桐が唱えたのは何論ですか。(無中心論)
13. 河東碧梧桐が俳壇引退を表明したのはいつですか。(昭和7年)
14. 河東碧梧桐の亡くなったのはいつですか。(昭和12年(1937年)2月1日)
15. 河東碧梧桐の墓はどこにありますか。(東京・三ノ輪梅林寺)
16. この句が最初に活字になったときの形は?(白い椿赤い椿と落ちにけり[新聞「日本」明治29年3月11日])
17. この句が載った雑誌は新聞「日本」以外に何がありますか。(「日本人」明治29年10月20日,「ホトトギス」明治30年1月15日)
18. 作者が何歳のときの作品ですか。(24歳)
19. 大須賀乙字は,「赤い椿…」のような句を○○法と呼んだ。何法と呼んだか。(直叙法または活現法)
20. 大須賀乙字が直叙法(または活現法)の反対としたのは何法ですか。(隠約法または暗示法)
21. 椿とはどんなものですか。(つばき 1 【▼椿/〈山茶〉】 (1)ツバキ科の常緑低木ないし高木。暖地の山林から本州北部の海岸に自生し、早春、葉腋に五弁花をつける。ヤブツバキとも。(2)ツバキ(1)・ユキツバキおよびその園芸品種。中国産の近縁種などを含めることもある。葉が大形で光沢があること、早春に花が咲くことでサザンカと区別される。普通、花弁は離生しない。種子から椿油を採る。[季]春。《赤い―白い―と落ちにけり/河東碧梧桐》〔「椿の実」は [季]秋〕三省堂提供「大辞林 第二版」より)
22. 椿の花の最盛期はいつごろですか。(2月下旬から3月上旬。)
23. 季語は何ですか。(椿)
24. 季節はいつですか。(春)
25. 口語ですか文語ですか。(「落ちにけり」は文語だが,「赤い」「白い」は口語。)
26. 文語なら「赤い」「白い」はどうなりますか。(「赤き」「白き」)
27. 「赤い」を文法的に説明しなさい。(形容詞「赤い」の連体形。)
28. 「椿」を文法的に説明しなさい。(名詞。)
29. 「白い」を文法的に説明しなさい。(形容詞「白い」の連体形。)
30. 「と」を文法的に説明しなさい。(接尾語。そういう状態で何かが行なわれることを表す。あるいは,「赤い椿」の後にも「と」があってそれが省略されていると考えるのなら,この「と」は格助詞と考えることもできる。)
31. 接尾語の「と」を使って短文を作りなさい。(バスから次々と人が下りてきた。)
32. 「落ちにけり」を品詞に分解しなさい。(「落ち」+「に」+「けり」)
33. 「落ちにけり」を文法的に説明しなさい。(上二段活用動詞「落つ」の連用形「落ち」+完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」+詠嘆の助動詞「けり」の終止形)
34. 「落ちにけり」を口語でいうとどうなりますか。(落ちたなあ)
35. 上の句は何音ですか。(6音)
36. 何という技法が使われていますか。(字余り)
37. 中の句は何音ですか。(7音)
38. 下の句は何音ですか。(5音)
39. この句は「新傾向」の俳句ですか。(ちがう。)
40. この句は自由律俳句ですか。(ちがう。)
41. 意味のわからない言葉はありますか。
42. 椿の花を見たことがありますか。
43. 椿の花にはどんな色がありますか。(主に赤・白・ピンク。)
44. 椿の花はどのように散りますか。(花まるごとぽとりと落ちる。)
45. 比喩はありますか。(ない。)
46. 繰り返しはありますか。(ある。…い椿…い椿)
47. 1日のうちのいつごろですか。(わからない。が,夜ではない。)
48. 話者はどこにいますか。(庭?わからない。)
49. 椿の花びらが落ちたのですか,花がそのまま落ちたのですか。(花がそのまま落ちた。)
50. 赤い椿と白い椿は,同時に落ちたのですか。(ちがう。)
51. 赤い椿と白い椿は,どちらが先に落ちましたか。(赤い椿)
52. 話者の視点は,どのように移動していますか。
53. この俳句を絵にしてごらんなさい。
54. この俳句を絵にするために必要な絵の具の色は何ですか。(赤・白・茶色・緑)
55. この俳句を絵にするとき,椿の葉は描くべきでしょうか。(描くべきではない。)
56. 話者は落ちている椿を見たのですか,落ちつつある椿を見たのですか。
57. 切れ字はありますか。(ある。)
58. 切れ字はどれですか。(けり)
59. 赤い椿白い椿…から連想される映画は何ですか。(『椿三十郎』)
60. 椿から連想されるオペラは何ですか。(『椿姫』)
61. 椿姫が好んだのは赤い椿ですか,白い椿ですか。(白い椿。)
62. 椿は何科ですか。(ツバキ科)
63. 赤い椿はいくつありますか。
64. 白い椿はいくつありますか。
65. 落ちている椿はたくさんありますか。
66. 1箇所で切って読んで御覧なさい。
67. 「椿」の部首は何ですか。(きへん)
68. きへんに春は椿。では,きへんに夏は何ですか。(榎(カ・えのき))
69. きへんに秋は何ですか。(楸(シュウ・ひさぎ))
70. きへんに冬は何ですか。(柊(シュウ・ひいらぎ))
71. 椿・榎・楸・柊のうち,国訓があるのはどれですか。(椿・榎・柊)
72. 「椿」は何画ですか。(13画)
73. 「椿」は中国ではどういう意味ですか。(@香椿(ちゃんちん)。せんだん科の落葉高木。A太古にあったという大木の名。B長寿のたとえ。C父。)
74. 「椿」は日本ではどういう意味ですか。(@つばき。A「ちん」と読んで,変わったこと。不意のできごと。=珍。)
75. 「椿」のように,同じ文字でありながら中国とは異なる意味・用法を何といいますか。(国訓)
76. 「椿」を使った熟語にはどんなものがありますか。(椿説・椿萱(ちんけん)・椿事・椿寿・椿庭・椿堂・椿府・玉椿・仙椿・荘椿・大椿・霊椿・老椿)
77. この俳句を絵にしなさい。
78. 椿がシンボルマークになっている化粧品会社は?(資生堂)
79. 資生堂のシンボルマークを何と呼びますか。(花椿マーク)
80. 花椿マークができたのはいつごろですか。(大正7年ごろ。)
81. 現在の花椿マークのデザインを完成させたのは誰ですか。(山名文夫)
82. ツバキの原産国はどこですか。(日本)
83. ツバキの学名は何といいますか。(Camellia japonica)
84. 俳句で使われる○○椿という言葉を集めなさい。(白椿・紅椿・山椿・玉椿・落椿・八重椿・乙女椿・つらつら椿・藪椿など。)
85. 江戸時代,園芸品種としての椿が大ブームになるきっかけを作った将軍は誰ですか。(徳川秀忠)
86. ツバキの北限は何県ですか。(青森県)
87. ツバキは虫媒花ですか鳥媒花ですか。(鳥媒花)
88. 「椿」は国字ですか。(国字ではない。)
89. 「ツバキ」の語源は?(「厚葉木」や「艶葉木」などの説,韓国語が語源だという説などがある。)
90. 椿油は,椿のどこから取りますか。(種子)
91. ツバキによく似ていて,秋に咲く花は何ですか。(サザンカ)
92. サザンカは何科ですか。(ツバキ科)
93. この句について「之を小幅の油画に写しなば,只々地上に落ちたる白花の一団と赤花の一団とを並べて画けば則ち足れり。蓋し此句を見て感ずる所,実に此だけに過ぎざるなり。椿の樹が如何に繁茂し如何なる形を成したるか,又其の場所は庭園なるか,山路なるか等の連想に就きては,此句が毫も吾人に告ぐる所あらざるなり。吾人も亦之れ無きがために不満足を感ぜずして,只々紅白二団の花を眼前に観るが如く感ずる処に満足するなり。」と述べたのは誰ですか。(正岡子規)
94. この句について「其処に二本の椿の樹がある,一は白椿,一は赤椿といふやうな場合に,その木の下を見ると,一本の木の下には白い椿ばかりが落ちてをり,一本の木の下には赤い椿ばかりが落ちてをる,それが地上にいかにも明白な色彩を画してはつきりと目に映る,といふことを詠つたものであります。」と述べたのは誰ですか。(高浜虚子)
95. この句について「もちろん,地上の落椿でなく,落下の瞬間の,空中に引かれた紅白の二本の棒のごとき鮮かな色彩として詠んだ,抽象絵画的なイメージである。」と述べたのは誰ですか。(山本健吉)
96. この句について「そこに赤い椿の花が落ちている,ここに白い椿の花が落ち溜っている。/いま,落ちている状態と解したが,もっと短い時間,あるいは瞬間的にちぢめれば,そっちで赤い椿が落ちた,こっちで白い椿が落ちた,紅白の花のかたみに落ちるさまが眼に描かれる。/こう解すると,二つの花が相前後して落ちる情景になって,動きがあって面白いかも知れない。」と述べたのは誰ですか。(山口青邨)
97. この句について「この句が若かった当時の自分の幻想の中に天に沖する赤白の炎となってもえ上がったことも事実である。」と述べたのは誰ですか。(寺田寅彦)
98. この句について「赤い椿の花が,と思った瞬間,白い椿がぽとりと落ちた。見ると,一本の木の下には赤い椿ばかりが,また一本の木の下には白い椿が落ちているとの意」と述べたのは誰ですか。(栗田靖)
99. この句について「語法的には,赤い椿,ついで白い椿が落ちるさまと読めるし,また面白いが,作者自身は,紅白二本の椿の下に散っている赤い花の一群と白い花の一群という,ふたつの色塊の違いに感興を得たらしい。」と述べたのは誰ですか。(大岡信)
100.碧梧桐の句で,ほかに椿を詠んだ作品にはどんなものがありますか。
『赤い椿白い椿と落ちにけり』授業記録
2006/7/2法則化飛火野例会にて模擬授業
奈良県・
赤い椿白い椿と落ちにけり 河東碧梧桐
と提示する。
「読んでみましょう。『赤い椿白い椿と落ちにけり』3回読んだらすわります。…季語は何ですか。」
椿だと出た。
「季節はいつですか。」
夏だという人もいたが,「きへんに春ですよ。」というと,「春」で納得した。
「若い女性に訊いてみましょう。今,椿といえば,何ですか。」
期待どおり「シャンプー」という答えが返ってきた。資生堂シャンプーTSUBAKIのCM(資生堂Webサイトからダウンロードした。)を見せた。
ツバキの画像を見せる。赤椿と白椿を交互に提示する。
「美しい花ですね。椿は,桜と共に,日本を代表する春の花です。ツバキは日本原産の花です。学名はCamellia japonicaといいます。椿という漢字は,日本ではツバキを表します。が,中国では香椿(ちゃんちん)という別の木なのです。日本人は,この漢字を借りて,別の意味に使っているのですね。椿という漢字は中国にもありますから,これは国字とはいいません。日本独特の意味ということで,国訓と呼びます。」
と,画像を使いながら説明した。
「椿の花は,花びらが1枚2枚と散るのではなく,花ごとぽとりと落ちます。落ちている椿の花を見たことがある人?(ほとんどいない。)…見てみましょう。」
落椿(おちつばき)の写真を提示する。
「赤い椿を赤鉛筆のマル,白い椿を鉛筆のマルにして,この俳句を絵にします。描けたら ノートを持っていらっしゃい。」
A B
Aのように落椿を描く意見と,Bのように落ちつつある椿を描く意見とが出た。
「さて,話者は,落ちている椿の花を見ているだけなのでしょうか。それとも,椿の花が今まさに落ちるところを目撃したのでしょうか。ア・落ちている椿を見ているだけ。イ・椿が落ちるのを目撃した。ウ・それ以外。」
意見が分かれた。討論をさせる。
子ども役が大人なので,「落ちにけり」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形だから…というような意見が出て,結局「イ・椿が落ちるのを目撃した。」(あるいは「落ちるのも目撃した。」)ということになった。
「この句は,落椿を見て作ったのだという人もいますし,いやいや作者は椿が落ちる瞬間を目撃したのだという人もいます。専門家の間でも意見が分かれているのです。」
この後,黒澤明監督『椿三十郎』の一部(椿が出てくるシーン)を見せた。(おそらく,この映画は「赤い椿白い椿…」の俳句が1つのモチーフになっていると推測される。)