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修那羅峠は長野県東筑摩郡坂井村と小県群青木村の境にある峠である。その峠に、地元の人がショナラさまと呼ぶ、「修那羅山安宮神社」がある。修那羅大天武と称する一修験行者が江戸時代末期の安政年間に、土地の人の熱望により雨乞いの法を修して信頼を得、古くから鎮座する大国主命の社殿を修し、加持祈祷をもっておおいに人々の信仰を集めたのが、安宮神社のはじまりである。 この神社のまわりにおよそ700体の石造物が立ち並んでいる。その内、230体ほどが、石神仏像で、ユニークな表現の像や他に例類を見ない異形像が多く、非常に魅力的な石神石仏群である。これらの像の多くは高さ40p前後の小像で、幕末から明治時代にかけて、修那羅大天武の信奉者や一帯の地域の人々が建立したものである。そういう意味では、修那羅の石神仏は大天武という一修験者の教化活動の所産であるとともにこの時代、この地域の庶民信仰の集約でもある。 縄文時代の土偶や古墳時代の埴輪にも似たこれらの石神仏のプリミティブな表現は原始から脈々と続いている自然崇拝の精神の発露ともいえる。 |
![]() 行者像 |
参照文献 |
金子万平 「修那羅の石神仏」
銀河書房 |
| 修那羅で一番多い石像は地蔵菩薩で、約50体近く確認される。 その多くは、亡き子どもの追善供養としてつくられたり、子宝に恵 まれるように願ったり、子どもの無事成長を祈って奉納されたもの で、子どもへ寄せるさまざまな思いが込められている。 |
| 修那羅には鬼や鬼神と思われる像がいくつもある。地獄の鬼や獄卒と考えられるもの以外に、威力ある神としての鬼と考えた方がよい鬼(鬼神)もあり、非常にバラエティに富んでいる。 |
| 修那羅の石神仏の中には衣服等の装飾物を一切省略して、裸身のように見える像がいくつもある。多くは、同じ石工の作と思われる。また、大日如来や金神と思われる像の中にも衣服を省いた表現のものがみられる。 |