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| 日神墓地石仏群 三重県津市美杉町飯垣内 鎌倉時代 | ||||||
| 旧美杉村(現在は津市三杉町)は西は奈良県の御杖村・曽爾村、北は名張市・伊賀市に接し、伊勢湾に流れる雲出川の上流に位置する山里である。伊勢の国司で守護大名でもあった畠山氏の拠点として国府がおかれ、伊勢本街道の宿場町としてさかえた歴史の村でもある。 村の西の太郎生(たろう)地区は大阪湾に注ぐ名張川の上流にあたり、平家の落武者が住みついたと伝えられる地である。名張から国道368号線を南へ名張川に沿って15qさかのぼると美杉村で、最初の集落が太郎生(たろう)地区の飯垣内(はがいと)である。飯垣内のバス停より名張川を渡って飯垣内の集落を抜け、曲がりくねった道を上りきった所にある小さな集落が日神(ひかわ)である。そこに、三重県指定文化財の日神墓地石仏群がある。 日神墓地は平家六代墓ともよばれ、墓域は柵で囲まれている。入口の鉄扉を開けて上った正面突き当たりに、石龕があり、奧に高さ1.2mの安山岩に舟形光背を彫りくぼめ、蓮花座に座す半肉彫りの定印阿弥陀如来石仏が安置されている。整った張りのある阿弥陀石仏で、ほほえむ眼や口元が若々しく魅力的である。体躯や衣紋もゆったりとしていて写実的で、鎌倉中期から後期の様式を示している。 石仏群の向かって左側には五輪塔が多数見られ、最奧部にある2基の五輪塔が最も大きい。この墓は平惟盛の子、平家六代君の墓と伝えられている。 |
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| 中村薬師堂磨崖仏 三重県伊賀市島ヶ原村中村 鎌倉時代後期 | ||||||
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| 三軒家三体地蔵石仏 三重県伊賀市寺三軒家 南北朝時代 | ||||||
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| 参照 | 『石仏』 | 清水俊明 | 昭和54年 | 講談社 |
| 『全国、石仏を歩く』 | 庚申懇話会編 | 平成2年 | 雄山閣 | |
| 『大和の石仏』 | 清水俊明 | 平成49年 | 創元社 |