隆さんの落款

   隆さん(作家、内海隆一郎)と出会ったのは20代後半だったから、もう、あれから30数年も
  経った事になる。
   彼は、まだ無名の頃からインクの臭いが残る初版本に「著者謹呈、内海隆一郎」と書いて
 今日まで送り続けてくれた。 もう40数冊にもなったろうか。



         
                           
       サイン中の内海隆一郎さん

  
 1999年4月、仕事が終えて東京を離れる時が来た。   隆さんに別れの電話を入れる。 
   「隆さん、いよいよ奈良へ帰ります」
   「貴男が送り続けてくれた作品は私の宝として大切にしてきました」
   「作品のすべてを読ませていただき、貴男の生き様を見ている様でした」
   「私が作品に登場した(木津川)(キーワード)は忘れる事が出来ません」
   「東京を離れるにあたって貴男から戴いた蔵書を嫁に出そうと思います」
   「家内には反対されましたが」
   私が話すあいだ彼は黙って聞いていたが、バスの聞いた声で「君に贈った本だから
  君の好きなようにしたら良いよ」「でも高く売れないよ」
  と、少し機嫌が悪そうな返事が帰ってきた。
   彼はブックオフにでも処分すると思った様だ。

    「実は、本を奈良に持って帰り書棚に押し込めてしまうより東京で誰かに読んで貰った方が
本も喜ぶとおもってね」
  「最初は江戸川区の区立図書館に寄贈しょうと思ったけど隆さんと何度か飲みに行った店に
  置いて帰る事にしました」
  「東京と奈良に離れるけどお元気で」

   私は8年間生活した東京に何か思い出の形跡を残したかったのかもしれない。

                     






隆さんのサインと落款

   そして数日後、私が彫った印鑑(落款)を彼に贈り東京を離れた。
   その印鑑には中国のことわざから引用した「人生短く
て成す事多し」と彫った。
   それ以来、隆さんから送られてくる「著者謹呈、内海隆一郎」の短冊には
  私の贈った落款が押される様になった。