「一万年の旅路」 ポーラ・アンダーウッド著 星川淳訳 翔泳社
この本は、北アメリカのオンタリオ湖畔に住むイロコイ族というネイティブ・アメリカンに伝わっていた一族の口承史を、伝承者の子孫である著者が記録し出版したものである。
物語は、一万年以上前、東アジアの海岸沿いに住んでいたらしい彼らの祖先が、地震とそれに続く大津波で壊滅状態となり、残された少数のものたちが北に進んでベーリング海峡を渡るところから始まる。一万年以上の部族の歴史がこのように詳細に語られること自体が驚嘆すべきことであるが、さらに感動させられるのは、この人々の生き方である。彼らは知恵を尊び、「学ぶ」ことを最重要視した。ベーリング海峡を渡る苦難の旅の前に彼らの指導者である「雪の冠」が(白髪の老女であったのだろう、なんと美しい表現!)一族の人々に言う。「(前略)すなわち、われらは幼い民で、じゅうぶん学ぶ前に先生を失い、あれこれを決めるのに言い争ってばかりいる子供のようだ。ならばいまこそ、節度ある話し合いの知恵を求める民への道を学ぼうではないか。指導者をまたたくまに失いかねないことを、記憶にとどめようではないか。一人では不可能なことも、大勢なら可能になるかもしれないことを理解しようではないか。 そしてもし、こうしたことがすべて記憶からすり抜けたとしても、これだけはおぼえておくがいい。節度ある話し合いの知恵を求めること。どんなに大勢でも、どんなに少数でも、どんなに年老いていても、どんなに若くとも、節度ある話し合いの知恵を求めること。一同の中で最年少の者にさえ、座を与えて耳を傾けるがいい。 ただしこれを、私が助言したからといって行なうのも、私を讃えて行なうのもまかりならぬ。みずからその内にある知恵を見抜いて実行せよ。私がこのように語るのは、自分の一族が記憶にとどめられる一族となることを願えばこそ。
ここでおまえたちに言い残す。他の民がわれらと道を交えるとき、他の民がしばし、われらとともに座すとき、彼らにこう語らしむべし。互いに耳を傾け、ともに話し合い、知恵への節度ある道をたどる民を、われらはこの目で見た、と---。よいな。」 彼らはこの知恵を語り伝え、それは、彼らの遠い子孫である現在のイロコイ連邦の民主制の精神(女性や子供を含む完全な平等、徹底的な話し合い、自由意志と多様性の尊重など)に色濃く表れているという。
一万年の歴史を一族が口承していくことがはたして可能なのか? 物語のあまりの素晴らしさに、著者の創作ではないかという疑いさえ湧いてくる。 ただ、たとえ創作であるとしても、ある一部族の冒険と知恵と学びの壮大な物語として読んで十分に楽しむことができる。 また、もし真実であるとすれば(そしてその可能性は高いように思われるが)読者は、一万年以上も前にすでにこうした高い精神性を持っていたわれわれの祖先の声に直接触れるという、奇跡とでも言えるような経験をしていることになるのである。 訳者の言うように、「ひょっとしたら途方もないものに出会っているのではないかという驚き」を感じさせてくれる本である。
|