| 進撃開始 | 672年(天武元年)七月一日 後方の桑名では健康を取り戻した 「やっと終ったわね。皆,御苦労でした。」 讃良皇女が額の汗を拭いながら女官, 「皇后様,お体は大丈夫ですか。」 女官の一人が病み上がりの讃良皇女の体を気遣って声をかけると讃良皇女は笑みを浮かべて答えた。 「ありがとう。 直接の戦には参加しないまでも,少しでも大海人皇子の力になれたという満足感が,讃良皇女の心を穏やかなものにしていた。 「ほんとに,大変な作業でございました。桑名の地から赤の染料が無くなってしまいましたわ。」 大海人皇子が関ヶ原で軍事訓練を閲兵中に,あることをふと思いついた。大津方も大海人方も兵装にはそれほどの違いが見られない。当時の鎧は 敵味方が入り乱れての乱戦になると判別がつかず,同士討ちになる可能性もある。それを防ぐために大海人皇子は,自分の軍には赤布を体のどこかに着用するよう命じたのである。その赤布の作成を後方の
この日,
672年(天武元年)七月二日
倭古京に向かった軍は,鈴鹿山脈を右に見ながら南下を続けた。亀山に入ると進路を西に変え,伊賀道と甲賀道が交わる関に出た。
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| 奇襲 | 672年(天武元年)七月二日 午後 「何事か!」 「近江朝騎馬軍の奇襲です!」 「陣を立て直せ! 絶対にここを突破させてはならぬ。 近江朝の騎馬隊は縦横無尽に陣内を走り回り,次々と 「蹴散らせ! 大海人皇子の本陣は目と鼻の先。大海人皇子の首を取るのじゃ!」 「弓を持っている者たちをここに集めよ。」 即座に数名の弓を持った者が狛のもとに馳せ参じた。 「馬を射よ。敵の足を止めるのじゃ。」 放たれた弓矢が次々と騎馬隊が乗る馬に突き刺ささると,騎馬隊の動きが僅かにひるんだ。その隙に狛は兵をまとめて陣を整えた。 「槍隊を前に。一騎たりともここを通すでないぞ。」 狛の兵は,楯の隙間から槍を突き出し,その背後から弓隊が間断なく矢を射掛ける。しかし,敵は騎馬の精兵。馬を全速で走らせながらも巧みに弓矢を放ってくる。その矢に,次々と兵が倒されていく。ついには騎馬隊によって包囲され,周囲から矢を射掛けられて立っている兵の数がみるみるうちに少なくなっていった。その中でも 「最後の一兵になるまで頑張るのじゃ。天皇への使者は出したか。」 「はい。今頃は本陣に到着しているかと思われます。」 大海人皇子に敵の攻撃を知らせることが出来ただけでも出雲狛は満足であった。 「そうか。本陣の戦闘態勢が整うまで時間を稼げれば良い。」 出雲狛はここで敵の足止めを行い,少しでも長く時間を稼げるのなら本望と思っていた。その時,傍らにいた兵が声を上げた。 「狛殿,赤い 兵の声に出雲狛は耳を疑った。使者が本陣にたどり着き,援軍を派遣したとしてはあまりにも早すぎる。兵が指差す方向を眺めると,そこには確かに無数の赤い幟が揺れている。全速で走る騎馬兵の背中に立てられた幟が風にはためき,その後ろには赤い鉢巻をした兵の大群が駆けていた。総勢二百の兵が上げる掛け声は, 出雲狛たちの奮戦により,近江朝騎馬隊も半数近くまでその数を減らしていた。騎馬隊の将は,奇襲攻撃の失敗を悟った。 「ちっ 奇襲攻撃は失敗じゃ。皆の者,引くぞ!」 近江朝の騎馬隊は馬首を巡らせると, 「狛殿,ご無事でしたか。」 特別隊を率いる将が狛に声を掛けた。 「もはやここまでと思うておったが,助けられたわ。しかし,何故こんなに早くに援軍が来れたのじゃ。」 「天皇が敵の奇襲を予見されました。奇襲を受けるとすれば 出雲狛は,改めて大海人皇子の洞察力に感服した。 「まさしくあの天皇は神じゃ。」 |