672年(天武元年)六月二十六日
六月二十四日の夜に群臣会議が開かれ,翌二十五日の朝には韋那公磐鍬(いなのきみいわすき),書直薬(ふみのあたいくすり),忍坂直大麿侶(おしさかのあたいおおまろ)の三名が募兵のために東国に向かった。
高市皇子は群臣会議終了直後に大津京を出奔し,その日の午後には伊勢にまで達し,大海人皇子の一行と合流していた。それより数時間後に出発した韋那公磐鍬,書直薬,忍坂直大麿侶らは,遅くともその日の昼には不破関を通過していてもおかくしくはなかった。しかし,彼らの歩みは遅く,いまだに不破関にも至ってはいなかった。
三人の使者は,六名の舎人を連れて勢い良く大津京の門を出て行ったが,不破関が近づくに連れてその歩みは確実に遅くなっていった。使者の気持ちには,既に不破関が大海人皇子軍によって封鎖されているのではないかという,恐れが支配していた。そのため,周りを警戒するあまり,自然と歩みが遅くなっていったのであった。
二十五日の朝に大津京を出たにも関わらず,不破関に至ったのは翌日の夜になっていた。
大海人皇子軍の兵に見つかることを恐れた使者たちは,松明を焚くこともせず,夜道を進んでいた。夜陰に紛れて韋那公磐鍬(いなのきみいわすき)の歩みが徐々に遅れだし,書直薬(ふみのあたいくすり),忍坂直大麿侶(おしさかのあたいおおまろ)との距離が大きく開いていた。闇のなかでは先を行く二人の姿は見えない。遅れを心配した舎人の一人が韋那公磐鍬に言った。
「磐鍬様,先のお二方との距離が相当開いてしまいました。もう少し急ぎませぬと追いつきませぬ。」
「良い。共に歩んでおれば,もしも不破の関が大海人皇子の手に落ちていたとしたら,一網打尽となる。」
韋那公磐鍬は何食わぬ顔で答えた。
「それでは先のお二方を斥候役に。」
「全員が捕縛されれば,誰が皇子様にお伝えするのじゃ。」
韋那公磐鍬に付いた二人の舎人は,韋那公磐鍬の大友皇子への忠節を疑る反面,自分達が大海人皇子軍に捕縛されないという安心感を感じながらも,大友皇子への連絡役ということで,自らの使命を納得させていた。
その直後,前方の二人が歩むあたりが急に明るくなり,怒声が轟いた。
「止まれ! 何者か。」
韋那公磐鍬と舎人は咄嗟に道端の繁みに飛び込んでいた。
「不破の関は大王大海人様の命により封鎖している。所属と名を名乗れ!」
韋那公磐鍬は松明を見つめながら呟いた。
「やはり,不破の関は敵の手に落ちていたか。」
剣を鞘から抜く音が聞こえたかと思うと,前方の松明が揺れた。剣を交える金属音が数度聞こえ,すぐさま肉を切る重い音と同時に悲鳴が聞こえてきた。どちらかの兵が斬られたのであろう。それきり怒声は静まり,会話は聞き取れなくなった。
恐らく書直薬と忍坂直大麿侶の二人が降伏したのであろう。松明が揺れながら不破の関に向かって消えて行った。
松明が見えなくなるのを待って,忍坂直大麿侶たちは今来た道を全速で駆け戻っていた。
韋那公磐鍬,書直薬,忍坂直大麿侶らが大津京を出たのが二十四日の早朝である。順調に進んでいればその日の夕刻には不破関を通過していたであろう。しかし,大海人皇子軍を恐れるあまりに行軍を遅らせていた一行は,不破関を封鎖した直後の大海人皇子軍の兵によって捕縛されたのであった。
彼らが無事に不破関を突破しておれば,大友皇子の使者として東国からの募兵を行い,大海人皇子の背後を討つ可能性もあったが,その望みも消えてしまった。
大津京に逃げ帰った韋那公磐鍬は,直ちに大友皇子に不破関が大海人皇子軍によって封鎖されていることを報告した。大友皇子の表情は硬かった。
「不破関は敵の手に落ちておったか。二日もたっておれば無理もあるまい。」
韋那公磐鍬はただ叩頭するばかりであった。その額には汗が滲み出ていた。二日をかけて不破関に至った韋那公磐鍬らの行動に大友皇子は納得が行かなかった。また,東国からの援軍にも期待していなかった。高市皇子が大津京を逐電した直後に出発した韋那公磐鍬らが,高市皇子を追い越す訳が無く,東国に向かった大海人皇子が,すでに東国に蜂起の要請をしているのは間違いが無い。韋那公磐鍬らには何ら咎めは無かった。
大友皇子は宮から鏡のように穏やかな湖面を見せる琵琶湖を眺めながら思った。
(吾の臣には吾に忠を尽くす者がおらぬ。それに比べて大海人皇子には・・・)
その頃,吉備に使者として派遣された樟磐手は大宰の当麻公広嶋と会っていた。
「広嶋殿,この磐手が大友皇子の使者として参った。理由は言わずとも分かっておられると思うが。」
当麻広嶋は,無謀にも樟磐手が引き連れた兵に対して一人で接見していた。当麻広嶋は胸を反らして磐手に述べた。
「我が大友皇子に手を貸す謂れはござらぬ。即刻お引取り願おう。」
中臣金より,当麻広嶋は斬り捨てよと命じられている樟磐手は,当麻広嶋の言葉には微塵にも同ずること無く,剣の束に手をかけた。咄嗟に当麻広嶋も応戦すべく剣を手に取ったが,その剣を抜くより早く,樟磐手の兵が当麻広嶋の胸に槍を突き立てていた。
広嶋は槍を抜こうと抵抗したが,兵は更に深く穂先を突き刺した。その場に倒れ伏してもがく当麻広嶋に樟磐手が留めを刺した。
それより僅か後に,同じく大友皇子の命を受けた佐伯男は筑紫大宰の栗隈王の元を訪れていた。栗隈王は当麻広嶋とは異なり,佐伯男と接見するに当って,武家王と三野王の二人の息子を武装させて傍らに控えさせいた。その他にも物陰に多数の舎人を忍ばせている気配が漂っている。
「栗隈王殿。大友皇子の命をお伝えに参りました。この度の戦に伴い,筑紫から兵を出していただきたい。」
佐伯男の進言に栗隈王は一括した。
「筑紫大宰の任務は外敵の侵入からこの国を守ることにある。内乱に乗じて外敵が攻めて来ないとは限らぬ。故に,我がここを動くことはまかり成らぬ。兵が無くては守ることも出来ぬ故,一兵たりとも割くことも出来ぬ。」
佐伯男は溜息をついた。中臣金から栗隈王を斬れと命じられているが,二人の息子と多数の舎人に守られているため,斬りかかる隙さえも窺えない。佐伯男は黙って帰るしかなかった。
吉備は当麻広嶋を斬り捨てたことによって,兵を集めることは出来たものの,筑紫から佐伯男は早々に引き返した。
672年(天武元年)六月二十七日 夕刻
美濃国に放っていた間者が近江朝に戻ってきた。着衣はいたるところで破れ,表情はやつれ果てていた。不破関が大海人皇子の軍によって封鎖されていたため,山を越え,河を渡り,道無き道を通って来たが,それでも要所要所で大海人皇子軍の斥候に危うく捕縛されそうになり,ほうほうの体でようやく大津まで戻ってきた。その間者が伝えた内容は,大友皇子にとって最悪のものであった。
「申し上げます。美濃国で募兵をしておりました小子部さ鉤(ちいさこべのさひち)殿が,募兵した二万の兵と共に大海人皇子様の手に落ちました。」
大友皇子は間者の報告に怪訝な表情をして,中臣連金に問うた。
「二万の兵とな。小子部さ鉤は美濃国で吾が父の墓陵を建設するための民を徴発していたのでは無かったのか。」
金は大友皇子には見られないように忌々しい顔をみせた。
(この皇子はこの時になってもまだ墓陵を造る気でおるのか)
即座に真顔に戻った金は大友皇子に答えた。
「さようでございます大王。ただ,民たちにはこの時期のことでもあり,大津までの道中に危険があるやも知れませぬので,鍬やくわを持たせ,自分の身は自分で守るよう指示しておりました。それを大海人皇子の軍の者たちが武装兵と思い込み,襲ったのでございましょう。」
金が天智天皇の墓陵を作るためと称して美濃国から民を集めたのでは無いと,大友皇子は察していた。時がときだけに,集められた民は兵として使用されることは明らかである。しかし,大友皇子は,その民を徴発した行為が大海人皇子を動かしたとは思いもよらなかった。
大友皇子は表情を変えずに金に言った。
「二万の兵とは惜しいことをしたな。しかし,美濃国から徴発した兵であれば戦力にはなるまい。」
「は? と言いますと。」
大友皇子が悲しげな顔をして金を見つめた。
「大海人皇子を養った国の民じゃ。大海人皇子に槍を向けると思うか。二万の兵に内応されれば勝てる戦も勝てぬ。そうは思わぬか,金。」
中臣金は大友皇子に返す言葉を失っていた。
大友皇子は一人で楼に上がると夕闇が迫りつつある湖面を見つめた。大友皇子の目は湖面よりも,その遥か彼方にいる大海人皇子を見ていたのかも知れない。
「大海人殿,あなたの力は偉大だ。恐らく,二万の民も一滴の血も流さずに手中に収められたのであろう。誰からも好かれるあなたの天性の性分によって。それに比べて吾は直臣の心はおろか,十市の心すらつかめない。」
大友皇子の頬を一筋の涙がつたい落ちた。
「例え数十万の兵を得たとしても,吾はあなたには勝てぬやも知れぬ。あなたに傷一つ負わせることも出来ないかも知れぬ。それでも吾はあなたと闘わなければならない。もはや闘わなければならないところまで来てしまった。しかし,吾は勝つ。必ずやこの戦には勝つ。正当な皇位継承者として吾は勝たなければならぬ。あなたに勝つことで吾はすべてを手に入れることが出来る。大王としての地位を。そして,十市の心を。」
大友皇子はその場で泣き崩れていた。夜の闇が静かに湖を覆い,大友皇子の姿を闇の中に沈めていった。
672年(天武元年)六月二十八日
大友皇子は大津京に集められた兵たちの軍事訓練を閲兵していた。しかし,兵たちの動きにはどことなく緊迫感が無く,これから戦に向かう兵としての心構えが見られない。大友皇子は隣にいた蘇我意美赤兄に言った。
「兵たちに覇気が見られぬ。」
しかし,蘇我赤兄は自身万々で答えた。
「ご心配には及びません。大海人が攻めて来るまでには立派な兵としての根性を叩き込んでやります。」
大友皇子は,そんなことでは間に合わないと思ったが,それ以上に大海人皇子を呼び捨てにした赤兄に苛立ちを感じた。
「例え敵の将といえども呼び捨てはならぬ。礼を尽くせ。」
そう言い残すと大友皇子は閲見を打ち切ってさっさと宮中に入ってしまった。蘇我赤兄は叩頭しながら苦虫を噛んだような顔をしていた。その一部始終を見ていた中臣金が蘇我赤兄に近づき,赤兄の肩をぽんと叩いた。
「我慢しろ。大海人を倒して大友皇子を大王にすれば我らが政権を握る。それまでの辛抱じゃ。」
大友皇子の消えた方向を見つめながら蘇我赤兄が呟いた。
「皇子は本当に大海人と闘うつもりがあるのだろうか。兵たちの意気込みも見えぬが,皇子の意気込みも見えぬ。」
中臣金も大友皇子が消えた方向を見つめながら呟いた。
「確かに。帝王学とやらがどこまで戦に役立つかは知らぬが,あの落ち着きと思慮の深さは理解できぬところがある。」
この時,近江朝では大海人皇子軍が動き出すのは七月半ば以降と踏んでいたが,翌日には近江朝を震撼させる出来事が起ころうとは夢想だにしなかった。
672年(天武元年)六月二十九日
早朝,大伴吹負が指揮する騎馬隊が倭古京の飛鳥寺西の広場に集結していた近江朝の軍に奇襲攻撃を敢行。守備隊長の穂積百足は斬殺され,大友皇子軍は全員捕縛されてしまった。大和の豪族たちが続々と大海人皇子軍への参軍を申し入れ,倭古京は大海人皇子軍の手に落ちたのであった。
飛鳥寺を抜け出すことに成功した穂積百足の兵は,運良く近江朝の間者と接触することが出来た。知らせを聞いた間者は即刻,馬を飛ばして近江朝に向かった。
間者の報告に近江朝は直ちに群臣会議を開いた。しかし,その場は沈鬱な空気に包まれていた。
「穂積百足が斬られたか。」
「弟の五百枝を始め,全員が捕縛。しかも,大和の豪族どもが大海人軍に雪崩れ込んでいるとか。」
「だからわしは倭古京には大軍を派遣せねばならぬと申しておったのじゃ。」
紀臣大人(きのおみうし)が髭をしごきながら忌々しそうに言った。その場にいた者たちが一斉に紀大人に顔を向けた。全軍の配備は群臣会議の結果,大友皇子が決定を下した。この度の布陣は大友皇子の決定と言っても間違いは無い。その決定に紀大人がケチをつけたことになる。
皆の視線に気付いた紀大人は気まずそうに頭をうな垂れるとぼやくように呟いた。
「倭は国のまほろば。倭を押えぬ限り,民の心も押えられぬわ。」
この言葉は大友皇子の心に深く突き刺さった。
(民の心・・・か)
「金,河内国の将軍は誰か。」
「壱岐韓国にございます。」
「韓国に命じて西から倭古京を攻めさせよ。河内国には守備兵だけを残して全軍を倭古京奪還に向けても構わぬ。また,大野果安に大軍を授けて北方より倭古京に向かわせよ。」
中臣金は驚いた。河内国の壱岐韓国の軍だけでもかなりの兵力である。にも関わらず大野果安にも大軍を授けて倭古京に向けるという。中臣金は大友皇子に問い質した。
「果安の軍も差し向けるのですか。」
大友皇子は金の顔に視線を向けるとゆっくりと言った。
「吾は畿内の民に動員令を出したはずじゃ。勿論,大和にも。そして畿内の動員は完了したとの報告を受けた。しかるに,大和の豪族たちが大海人皇子軍に参軍を申し出たとはいかなることじゃ。吾が軍に動員されたのであれば,大海人皇子の元に降る兵はおらぬはず。」
「それは大王・・・」
蘇我赤兄が口を挟もうとするのを大友皇子は制した。
「吾の元に届けられている報告には偽りがあるようじゃ。」
蘇我赤兄は額に汗を浮かばせながら大友皇子の表情を窺っていた。
「大津京の全軍を二分し,北と西からの挟撃を敢行する。一隊は蘇我果安を将として不破の大海人皇子に正面攻撃をかける。もう一隊は大野果安を将として倭古京を北から攻撃。壱岐韓国の隊は大野果安と呼応して倭古京の西から攻撃して一気に倭古京を奪還する。倭古京を奪還せねばこの大津京が南と東から攻められることになる。大海人皇子が不破を出ぬうちに,何としても倭古京を奪還するのじゃ。倭古京奪還後には,そのまま軍を東に向け,不破の大海人皇子を前後から挟撃する。直ちにそれぞれの将に出撃命令を出せ。」
群臣会議は大友皇子の決定で閉会した。蘇我赤兄は直ちに蘇我果安と大野果安,壱岐韓国に出撃の命令を下した。
672年(天武元年)七月二日
大友皇子の命を受けた蘇我果安は,山部王,巨勢臣人と共に一万数千の兵を率いて琵琶湖の東岸を北上していた。そこに大海人皇子の本陣に放っていた間者からの知らせがもたらされた。蘇我果安はその報告を馬上で聞き,巨勢臣人を呼ぶと並んで馬を歩ませた。
「大海人皇子の軍が本日早朝に出陣したと間者が報告してきた。その報告では全軍を二つに分け,一隊は西に。一隊は南に移動したらしい。」
「では,今大海人皇子の本陣は手薄な状態ということじゃな。」
「さよう。しかも高市皇子の隊は不破におる。高市皇子の隊が戻るまでに大海人皇子の首を取ってしまえばこの戦も終りじゃ。」
二人はこの機会を逃がすわけには行かないと判断した。
「では直ちに全軍で大海人皇子討つか。」
巨勢臣人の提案を蘇我果安が制した。
「いや,全軍を動かしたのでは敵に気づかれる。ここは少数精鋭を持って西に向かった敵の隊と入れ違いに大海人皇子の本陣を叩く。」
百名ほどの精鋭部隊が組織されると,大海人皇子の本陣を目掛けて出陣して行った。この部隊は湖東を北上し,湖東へと西進している村国男依隊の鼻先をかすめて北に出ると,そこから東に進路を変えると一気に不破へ突入した。 |