藤原鎌足
ふじわらのかまたり
生没年
614(推古22年)〜669(天智8年)
家 系
父:
中臣御食子
なかとみのみけこ
の子
藤原不比等
ふじわらふひと
の父
名
中臣鎌足・中臣鎌子
644年
神祇伯
じんぎはく
に任ぜられたが辞退。
645年
中大兄皇子
なかのおおえのみこ
(
天智天皇
てんじてんのう
)とともに
蘇我入鹿
そがのいるか
を暗殺。
669年
病にかかり重態となり、天智天皇が見舞いに行き、
藤原朝臣
ふじわらあそん
の姓を賜り、
内大臣
うちつおみ
・
大職冠
たいしょくかん
に任ずる。
死後、正一位
太政大臣
だじょうだいじん
を贈られる。
698年
大功田100町を与えられた。
墓陵
奈良県
多武峰談山
とうのみねたんざん
神社
大和の歴史